異世界転生の夢幻

異世界転生の夢幻

作者 すっとこ

https://kakuyomu.jp/works/16817330663459564800


 トラックに跳ねられそうだった紗耶を助けて目覚めると異世界だった、という夢から目を覚まし、いじめられて現実に馴染めなかった自分と向き合いながら、紗耶のお陰で生きていこうと思えた話。


 誤字脱字等は気にしない。

 異世界ファンタジーに見せた現代ドラマ。

 異世界転生ものと思わせて、実は現実だったという描き方が良かった。 


 主人公は、異世界転生ライトノベルが好きな高校一年生男子。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は中学生のとき、他人に興味がなく、相手の気持ちを慮ろうとする配慮に欠け、無駄な正義感と根拠のない万能感を持ち合わせていた。友達もなく、壮絶ないじめに合い、妙な意地もあって誰にも相談しなかった。

 それでも自殺せず済んだのは、異世界転生のライトノベルに出会い、心の支えとなった。

 いじめられてから他者の空気に敏感となり、現実世界はいい加減で不明瞭で悪意と嘘で満ちているから、自分に嘘をついては笑顔の仮面を被り、いじめっ子の謝罪を受け入れた。この時芽生えた不信と軽蔑が、真っ黒い影みたいにこびりついて離れない。

 高校に入って、そこそこ上手くやり、友達もでき、あまり目立たないようなポジションに収まっていたが、どうしようもなく学校生活が苦痛だった。人間という不透明で不明瞭な存在がいるのが嫌で、嘘の仮面に隠されているだけかも知れない膨大な悪意を恐れるばかりで、致命的なまでに人間社会に生きいるのに向いていなかった。

 夏休みの終わりの日。雨の降る中、あてどなく歩いていると、落ち込むようなことでもあったのか、うつむきがちに歩く中学生くらいの少女紗耶と運転手が居眠りしている暴走トラックが視界に入る。

 気付いた時には駆け出し、少女を突き飛ばす。代わりにはねられる。耳をさす少女の悲鳴だけがはっきりと聞こえた。

 気づけば平原に立ち、ドラゴンが頭上を通過。異世界転生するも、何か特別な能力に目覚めた訳でもなく、日々の食い扶持を稼ぐのもやっと。身寄りも何もないので、お馴染みの冒険者になって命を切り売りする毎日。訳も分からないまま魔物に襲われた時に助けてくれた命の恩人の少女カタリナと採取依頼の冒険している。

 異世界転生から二年、目の前を蝶が横切り追いかけると、「お前はそろそろ夢から覚める……ホントのことを知った時、お前はどんなになるんだろうな? どれだけぐちゃぐちゃになるんだろうな?」という悪魔が現れ、突き飛ばされる。

 病院のベッドで目覚め、交通事故から約二年間ずっと眠っていたことを医者から説明され、トラックの運転手や助けた少女の家族と面会するも、自分の意識だけが浮いて状況が飲み込めずにいた。

 数カ月後。目覚めて三日くらいから悪魔を名乗る黒い影が夢に現れ、目覚めの気分が悪い。週に一、二度、女子高生となった助けた紗耶が面会に訪れている。

 彼女が剥いたりんごをひと口食べるも、フルーツは好きじゃないから次から持ってこないでほしいと伝える。

 以、前彼女の母親が話していたことを思い出す。事故前はもっと活発で表情豊かだったらしい。眠っている間も何度も見舞いに来ていたという。

 彼女がたまに持ってくる小説を読むも、人に見られていると出ゆできない。彼女といると悪夢を思い出さないが、話すことがなく窓から見える景色の変化を楽しんでいた。

 彼女に外に出ないのか聞かれ、医者から散歩してみると精神的にいいと進めを受け、リハビリの成果もあって松葉杖無しに歩けるまでになっていた。あと半年で退院するらしい。彼女と冬の外を散歩し、現実っての部分を飲み込んで、意外といいものだと口にする。

「ああ、そうか。こうすれば良かったんだ。最初から」

 悪魔が夢の中で笑い、中学時代にいじめられていた光景を見せてくる。いじめがトラウマとして残っており、妙な意地から相談できず、それでも自殺しなかったのは、主人公がみんなからそうサンされる異世界転生のライトノベルのおかげだった。いじめは収束したが現実はクソだと思ったことをつよく思い出す。

 夏の終わり。散歩コースのベンチに座ってぼんやりしていると、蝶が目の前を飛んでいく。大学生の頭の上にとまり、友達が珍しがってスマホで撮影している。その男が高校の同級生だと気づいたとき、社会や世界から一人取り残されている事実に気づき、病室に逃げ帰る。彼女がいて、「正直ずっと目障りだった。もう来ないでいい」というと、「私だって、別に来たくてきてるわけじゃ、ない」彼女の目が潤んでいく。謝る前に彼女はでていった。

 夢の中で悪魔は笑い、「現実が嫌いとか、クソだとか、色々言って誤魔化して! ホントは怖いだけなんだ! 辛い現実から逃げたいだけなんだ!」「死ぬのはお前だ。お前が死ね! 死ね! 死ね!」指さしてきた。

 目が覚めると目の前を蝶が飛んでいく。追いかければすべてが解決するとお見、追いかけ屋上にでると、トラックに引かれた三年前の八月三十一日の夏休み最後の日のように、細雨が降っていた。

 学校生活が苦痛で、夏休みが終わるのに絶えきれず当て所なく歩いていたことを思い出す。

 屋上から死ねば、異世界に行けるのではと思うも足が動かない。そんなとき突き飛ばされ、背後から悪魔の「どーん!」という、主人公に似た声がした。

 横から押され、馬乗りになってきたのは紗耶だった。「あんなこと言ってごめん」というと、「死ね。馬鹿。あんたなんか大嫌い」「ボンヤリしてて、いつも死にそうな目をしてて、これじゃあっ、私、バカみたいっ! 本当に、本当に嫌い!」「あんたのせいで、ずっと縛られてきた。だけど、私は、あなたが、あなたがいたから――だから、だからあっ! 死んじゃダメなの!」と泣きじゃくる。

 彼女は、等身大の悪意と等身大の好意をぶつけてきた。夢幻の様な現実でただ一つ、現実感のある現実。自分のために泣いてくれた。悪魔も見当たらなくなった。

 蝶や悪魔は幻覚だったんか、屋上の鍵が開いていたのは何故か、彼女がどうして自殺に気がついて駆けつけて来られたのかは分からないが、生きることに前向きになれた主人公は、春から大学生となる。引っ越しの際、『僕の考えた最強の異世界』ノートがみつかる。夢の異世界のもととなったものだろう。このノートを元に、異世界ファンタジーを書こうと思った。

 異世界ファンタジーが生きる希望になるのなら、その希望を届けたい、自分は異世界転生の夢幻にずっと囚われたままなのだろうと、主人公は思うのだった。 

 

 異世界ファンタジーの謎と、主人公に起こる様座mな出来事の謎が、どのような関わり合いを見せながら自分と向き合い、現実世界を生きていこうと思えるようになるのかの展開に興味が沸いた。

 異世界転生ものと思わせておいてからの、現実世界だったという展開がよかった。面白い作品にみられる、どきり、びっくり、うらぎり(もりあがり)が盛り込まれていて、どんでん返しもあって読み手を楽しませる工夫がされている。


 異世界にやってきたことを語った冒頭の、客観的状況の説明をしている導入を経て、現実世界に目覚める主人公の主観を描き、客観的視点からのまとめをする結末という文章のカメラワークの書き方がされているので、読者を物語の世界で楽しませようとしているのがわかる。

 書き出しの「街から出てしばらく馬車で行ったところにある、木々が鬱蒼と茂った森」から、ファンタジーがはじまったと読み手に思わせている。遠景で持ちを描き、近景でひんやり湿った空気を首筋に感じさせてカタリナを描き、正直怖いと心情を語って、「あなたの故郷のニッポンってホントすごいのね。いつか行ってみたいな……」現在の居場所は日本ではないことを伝えていく。

 各場面、起承転結のなかでいつ誰がどこで何をどのようにどうしたのかを描きながら、五感を意識した書き方をもちいて、主人公の心の声や感情の言葉、表情や行動、声の大きさなどを入れて読み手に伝えているのでどんな事が起きているのか想像しやすく、感情移入できるところも良い。


 悪魔が「ドーン!」と突き飛ばすのは、漫画的な表現を思わせて軽い感じがし、いままで異世界だと思っていたものが現実ではない感じを読み手にも伝えてくれているように思えた。

 また、屋上へ行った際にも同じく「ドーン!」と悪魔の声がしている。主人公の声に似ていたとあり、悪魔とは主人公の中にいるもう一人の主人公、現実から逃げてばかりいる主人公を叱り飛ばすような、良心やインナーチャイルド的なものだったのかもしれない。

 

 主人公は、いじめられた経験をトラウマに持ち、実社会に馴染めず、学校に行くのをためらい、夏休みが終わるのを嫌に思っていた。

 そんなときにトラック事故に巻き込まれそうになっていた紗耶を助けるのだが、彼女は事故前までは明るい性格だった云々という母親の話から考えて、彼女も夏休みが終わって学校へ行きたくなかったと思っているのではと考えた。

 ひょっとしたら死のうと思っていたかもしれない。

 そこを主人公に助けられ、意識が戻らず眠り続けている様子を前に、死のうとした自分を反省したのではと邪推する。

 彼女が家族以上に見舞いに来る理由が今ひとつわからず、主人公が救われることで自分自身も救われると彼女は考えていたのではないか、だからりんごを剥いたり、本を持ってきたり、彼女なりの献身的対応をしていたのではと思って読んでいた。

 死のうとしたのを止めた時に、「ボンヤリしてて、いつも死にそうな目をしてて、これじゃあっ、私、バカみたいっ! 本当に、本当に嫌い!」と叫ぶのは、彼女自身を見ているようだったからだと思っていたけれども、死んではダメと言ったのは「彼女は、等身大の悪意と、等身大の好意を、僕にぶつけてきた」、彼女は主人公のことを好きだったのかと驚かされた。

 だから、彼女が屋上に駆けつけられたときの理由に(彼女自身は猛烈に嫌な予感がしたと言っている)とあり、そういうこともあるかもしれないねと納得してしまった。


 いじめの場面で、先生が謝罪の場を設けて謝りにきたけど赦したくなかったと思っていた時に、「その旨を先生に言おうとした時に、先生の手の僕の肩を掴む強さで、僕を見る目で、悟った。この人は、僕の味方だと言って、優しい言葉を投げてきたけれど、絶対に謝罪を受け入れさせる気なんだと。僕がヤツらを許さないのは絶対に認めないのだと」と書かれているところが、生々しい。現実味を感じてしまう。

 小中学の先生は、加害者が被害者に謝らせて終わりにすることはよくある。事態の収拾を優先し、当事者の気持ちを納得させるには至らない対応をするのは、いかにも先生が取りそうな手法だなと思うし、先生にも立場があるといったことを考えて、自分のキモいtに嘘をついて場をやり過ごす。そんな自分も嫌にな里、世の中も嫌に思えて現実はクソだと、ツバを吐きたくなるような気持ちがよく伝わってくる。

 こういう主人公の強い思いがクライマックス部分で、必要な行動や必要な言動、必要な表情をみせるから、読み手も胸も打たれていく。


「ちなみに、紗耶とは今もちょくちょく連絡をとる。定期的に僕の精神状態をチェックしてくるのは御免こうむりたいのだが」とある。

 主人公は大学生になった頃、彼女は高校生のはず。付き合っているわけではなさそう。


 引っ越しの際にでてきたファンタジー世界の設定ノート。これが夢の元となったものと、つながるところが良かった。悪魔にしろ、異世界にしろ、主人公の中で産まれたものが現実世界を生きていくための力になったのだ。

 だから、ノートを基にした異世界ファンタジーを書こうと思うし、自分と同じようにファンタジーから生きる希望を得る誰かにも、同じ体験、思いを届けたいと小説を書く動機づけ、原動力になっていく。この展開がすごくいい。


 読後、ファンタジーとは、見えないものを見えるようにする、といことを思い出した。

 人生はイメージが大事で、イメージを強く持てた人が叶える力を持てる。変わろうとすることばかり考えても人が変われないのは、脳は死なないことを優先するため、どうしてもチャレンジすることを脳が邪魔するから。

 人は目にしたものに反応する。だから、変化したもののイメージを客観視し、明確な目標を持つことで変わっていける。

 異世界ファンタジーは現実離れした内容かもしれないけれども、主人公の体験から気づきを得て、普遍的に捉えて学べるものもあるはず。それができる読者に、夢を届けるのは素敵なことである。

 

 

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