ノクチルカによろしく
ノクチルカによろしく
作者 僕が若かった頃は
https://kakuyomu.jp/works/16817330652899684326
万葉集の石碑を見ようと蒲郡の竹島に一人旅をする高校二年生の小野瀬は車の鍵をなくして探すノグチルカと出会い、振り回されて嫌な思いをしながらも離れがたくなる話。
現代ドラマ。
ボーイミーツガールを描きながら、男女の機微を感じる。
主人公は、高校二年生の小野瀬。一人称、僕で抱えた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話、メロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
主人公の小野瀬は、物心付く前にはあと姉を亡くし、父と祖父母に育てられる。歪んだ厭世的な性格や極度のお人好し、変なところで達観する癖をもっている。
冬。一月終わり。正直になろうと祖父の形見のカメラをもって一人で蒲郡の竹島に、万葉集の石碑を見ようと旅に出る。町並みを動画に撮っているとスマホに父から、実家からレコードプレイヤーを見つけたので持ち帰ると通知が来る。一週間前に「ディープ・パープルを一度だけでもレコードで聴きたい」といっていたことを思い出し、帰りに駅前の中古屋でディープ・パープルのレコードを何か一枚買っていくことにする。祖父の使っていたカメラで撮ると満ち足りた気分になる。
腰掛けていた岩が危ないと声をかけてきた少女が、主人公が座っていた場所に座る。はじめてきたと告げて彼女はと聞くと、家族で来たけど車の鍵をなくして探していると返事。手伝いましょうかというと、助かるといわれ、長橋を渡り切る。
腹が減っては、と彼女がずっと言うものだから、近くの饂飩屋へ。以前から気になっていた牡蠣饂飩を、彼女は天丼と天ぷらの盛り合わせと山菜を注文。
何しに来たか聞かれて、一人で海を見ようと思ってと答える。彼女は天丼にタレを回して七味をかけ、その上に山菜を乗せては混ぜてはかき込んでいく。
レコードが買えなくなったので、心の奥底で父に詫びる。
心当たりはないのか尋ねると、「最初に豊橋の動物園、そっから参拝に行って、弟のためにそこの水族館、くらいかな」話をしていると敬語を気にした彼女が年齢を聞いてくる、答えると二人共高二だとわかり、タメ口で話すこととなる。カメラを貸してといわれ、大事なものだから取りすぎないでというも、事あるごとに彼女はシャッターを切っていく。
小野瀬と名乗り、彼女の名前がノグチと知る。下の名前を教えられないまま、二人分の水族館のチケット代を払い、あと二千円と少しの小銭しか残っていない財布を眺め、死tの名前を知られていないのが何故か苦しい。
彼女から目を話すのも心配なので、気にしていると、子供の苦労が少しわかる。二回目とは思えないほど彼女は熱中して周り、スマホを見てふっと笑い、母親がおかしくなって海に鞄を投げ捨てたとはなし、バカだよねという。こんな事している場合じゃないだろというと、「お父さんがホテルで休ませてるって。今日中に見つからなかったらそのまま泊まるかもって」スマホ画面を見せられる。
産まれてこの方、母を知らず、テレビで見られる包容力のある母を想像していたが、実施はそればかりでもないらしいと思う。
スタッフに落し物の有無を聞いて確認するも見つからなかった。行きたいところはなかったのかと聞かれ、「鍵を見つけたら、万葉の小径」と答える。展望台が本命で、祖父の影響から小さい頃から文字に親しんできた。感受性は人一杯あると、中学時の成績表にも書かれていた。
彼女は面白くないから嫌だという。だから一人でいくというと、「じゃあさ、私の行きたいとこ言っていい?」といって、ホテルの温泉へ向かう。紙幣がなくなり、帰りの切符代さえ危うくなる。
露天風呂から、海や緑、大自然がみえ、この光景をフィルムに写せれたらいいのにと思う。一時間後に待ち合わせしたのに、すでに時刻は五時半を指し始めている。
聞き覚えのあるシャッター音がして「ナイス・ピクチャー。──ねぇ、そろそろ出ない?」時刻は六時を過ぎていた。
長橋の正面から眺めると、太陽のある方だけが綺麗なコバルトブルーに染まり、橋を挟んで左側は一面の真っ黒。現実離れした光景にノグチは慎重にシャターを切る。
あとはあっちしかない、と長橋を渡る。カメラを返してといい、「最後一回だけ」と、インスタントにシャッターを切り、ストラップを首から離して返してくれた。残量板をみる勇気がなかった。
微かに彼女の温もりが残るカメラを掴んで対岸に向けてシャッターを切る。絞りの調節を忘れたが、どうでも良かった。
中間地点の踊り場に似たところ、朽ちかけたベンチ下に、銀色のものを見つける。「渾身の一枚、撮ってよ。これで」カメラを渡し、あっちの方をと指差し、その好きにベンチの方へ急ぎ、掴む。
カメラを受け取り、境内まで足を運ぶ。一枚だけ彼女を撮る。
岬のようにも思える岩場に立つ二人。
彼女が何かを手に握らせてきたのは、きれいな貝殻。触れた彼女の体温を忘れることのないように、フィルムカメラと一緒に見つけたクリーナーに包んで、大切にしまった。
昼間に出会ったとき座った岩に腰掛け、なぜ下の名前を教えなかったのかを話してくれた。「小野瀬くんもさ、揶揄われたことあるでしょ、いろんなことで」「ずっと笑われてたの、生物に詳しい子に。お前の名前はプランクトンだって」「その子、頭もいいし、私には男友達もいなかったから、言い返しすらできなくて」「だからさ、君みたいな男の子と話すことなんてだいぶ久しぶりだった。それだけ」
主人公は小さくため息を付いて、「僕もさ、あんまり女子と話さないからさ、お互い様で」インスタントな自虐と小さな笑いを含ませ、無責任に下の名前を教える。
島の入り口の鳥居にくると、彼女は島内の神社に向かってお辞儀をしてから橋まで進む。何となく、主人公も真似をし、彼女の名前「ルカ」をくり返し考える。
満月を見上げなら良くない思い出ばかりが残った。残量盤の針が3を示し、祖父の形見が満ちていて、彼女を本当に嫌だと思い、海面の黄金の光の道が綺麗だったので、一枚だけ撮ってみる。
彼女と離れるのが嫌だった思いが、右手に握っていた鉄くずを海に投げ入れた。
潮騒がうるさい中、ルカの方を見る。彼女は振り返り、わずかに微笑んだのがわかった。空っぽになった右手に汗が滲みながら、微笑み返した。時間だけが気色の悪い寒さのせいで融け、潮騒だけがうるさかった。
ノグチルカの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、彼女と関わりながら、主人公がどんな体験をして変わっていくのかを追体験できる。
一般的に、わからないことがわかる、自分にも関係がある、自分でもできる、そう思えることが書かれているとある種の感動を読み手は感じることができる。
本作にもそれらが描かれ、色々な思いを感じられる良い作品だ。
一人旅は自分でもできるし、旅先で出会った人と何かしら関わり合いを持つかもしれないし、いい体験をするとは限らない。はじめはお金があるから余裕があるけど、散財していくと心も寂しく余裕もなくなる。他人に振り回されるならなおのこと嫌に思う。
だけれども、苦しいことの中にしか楽しみがないように、嫌なことを経験しないと、良さを知ることもできない。
主人公の体験を通した気づきを通して、普遍的なものを伝えようとしている本作は、読み応えがあり、これもまたボーイミーツガールだと感じさせてくれる。
豊橋の動物園、蒲郡の竹島、饂飩屋の牡蠣饂飩など、実在する場所を舞台にして描かれているので、現実味を感じられるところが良い。
ほかにも、フィルムカメラやレコード、万葉集といった、昔からある古いものをあえて取り上げていて、作品が醸し出している雰囲気が、都会ではなく地方の様子をうまく表していると感じる。昭和の香りというか、ノスタルジックな印象が伝わってくる。
現在レトロブームがあるので、時代性も感じられて違和感はないけれども、古さを感じることで主人公とルカが、大人びた男女に見えながら、いまの高校生をも上手く体現しているところが良かった。
実際にこういう子がいるよね、と強く感じられる。
実体験を書いたのかと思わされるほどの生々しさ、出来の良さに驚かされた。
書き出しが、「在来線がレールを跨ぐその振動に自身の中の気味の悪い童心を委ねていると、いつになく冬空が眩しく思えてきた。燻んだ青が痛々しくて、心地良かった」動きのあるところから始まっているのがいい。
説明して、感想を添えている。この中だけでも、ちょっと変わった主人公だというのがわかる。
気味の悪い童心ということは、見た目の年齢と、中身の年齢がそぐわなくなっているのを自分でも感じていることを表している。ここから主人公は、子供ではないけど、まだ大人になりきれていにことを読み手に伝えている。
同時に、本作はうがった見方をする感じで書かれています、ということも伝えてくれている。
三部構成の割合も悪くない。導入の客観的状況の説明をしてから本編の主観、ラストは客観的に結末が書かれ、文章のカメラワークも良く、読み進めて行ける。
各場面では想像しやすいよう、いつ誰がどこで何をどのようにどんなことをしたのか、五感を用いながら主人公の心の声や感情の言葉、表情や声の大きさなどを入れて描いているので、感情移入しやすい。
ただ、主人公たちは移動しているので、長橋、饂飩屋、水族館、ホテルの温泉など、それぞれどこにいるのはわかるものの、主人公が一人旅でやってきた地域の全体像が想像しづらい。
駅から出て周辺の様子を最初に読者に伝え、温泉の露天風呂にはいっているときに、再び全体像を見せてくれても良かったのではと考える。
母と姉を物心つく前になくしているため、主人公ははじめから喪失状態にある。女性との接点をほとんど持ってこなかったことで、実際の女性にも乏しい状態にあったといえる。
ルカと出会ったことを契機に母親像を模索し、姉と弟のような関係を疑似体験していく。下の名前を教えあうことで、異性との接し方がより深まっていく。
ベンチ下に見つけて拾ったものはなんだったのだろう。
「寒風にさらされてひどく冷たくなった金属の温度が、僕の手のひらを冷やした。どう考えたってそのものだった」とある。
そのものだったとあるので、車の鍵かもしれない。
「僕は右手に握っていた鉄屑を水の音にした。黒い海面から発せられる福音にした。その微かな音が耳に入って、それが愚かな確証となった」と終わりのほうで、海に投げ入れている。
このとき「鉄屑」とあるので、拾ったのは車の鍵ではなかったかもしれない。
だけど主観で書かれているので、主人公にとって、鉄屑同然のものを海へ投げ入れたのかもしれない。
そう考えると、車の鍵だったと考えるられる。
投げ入れた音を福音にし、音が聞こえると「愚かな確証」となっているので、やっちゃった感をも感じられるから。
見つけたのになぜ彼女に渡さなかったのか。
渡すと、彼女との関係が終わってしまうからだろう。主人公は終わりにはしたくなかったのだ。
散々振り回され、散財し、嫌な目にもあったけれども、彼女を好きになったのだ。
旅先で出会った人というのは、旅人にとっては特別で忘れがたい存在となる。いいこともそうでないことも、すべては素敵な思い出と思いたいように、偶然の出会いに運命のようなものを感じてしまうのも無理からぬこと。
まして母や姉を早くになくし、ろくに女性を知らない主人公にとっては、あちこちに振り回す彼女が刺激的に思えたのだろう。
とくに海、夕日が沈んでいく情景描写は素晴らしい。
この先の展開をも暗示しているかのよう。
夜が深まっていくので、二人の関係は、この旅限りで終わるのではと考える。
潮騒がうるさかったのは、状況描写で主人公の心情をあらわしていて、彼女に対して激しい動悸を感じているのを表現しているのだろう。
読後、実にいいところで終わっている。
このあとどうなるかは、読者の判断に委ねられているだろう。
なにもなく一人帰り、父に旅先であった土産話をするのもまたいいもの。感情にまかせて彼女と付き合うことを選択するかもしれない。連絡交換はするのではと考えることもできる。
冬の海なので、うまくいきそうにない場面な気もする。
主人公にとっては、ちょっとだけ大人になれた、そんな体験の話だろう。
ノクチルカとは海洋性のプランクトンであり、夜に光ることから夜光虫ともいう。ラテン語で「夜」を意味する「Noctis」と「光る」を意味する「Lucens」に由来。赤潮原因生物としても知られており、昼には赤潮として姿を見せることがある
彼女は夜光虫を象徴しているからラスト、夜の暗闇の中でも微笑んでいるのがわかるのだろう。
男子にからかわれた経験から、主人公を振り回すような態度を取っていた昼間の姿は、漁師を困らせる赤潮のようでもあった。
その辺りから、本作はつくられたのかもしれない。
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