春の標に、朧月。

春の標に、朧月。

作者 朝霧に唄う。

https://kakuyomu.jp/works/16817330660885532493


 標を見つけられますようにと母の願いが込められた生き別れの双子が戦争の中、負傷した海軍と医者という立場で再会する話。


 文章の書き方など気にしない。

 時代物。

 史実を背景に描かれた、双子が再会する物語。世界観をうまく表現されている。


 三人称、大日本帝國海軍少尉候補生の大湊朧次郎視点と母視点、神視点で書かれた文体。泣ける型の喪失→絶望→救済の流れに準じている。


 男性神話と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は、裕福な家に生まれた大湊朧次郎。

 十九世紀末。彼の母は双子を生み、一人は先天性白皮症で、生まれつき髪と肌が白かった。双子は忌み子とされ、親族から殺せと言われるも、そうせず、町医者の家に事情を書いた手紙とともに残していった。

 母は心臓病に犯され、良い医者に見せるべく引っ越すも、『信頼できる、前の医者の方が良い』と以前住んでいた付近にある町医者へと通い、使用人たちは頭もおかしくなったのだろうと噂した。

 そんな母は幼少期に死別。六つの時分に教育係が付き、十八で海軍兵学校に入学。首席で卒業したあと海軍の一員として軍務に励み、大日本帝國海軍少尉候補生として船福井丸に乗船、明治三十七年、三月二十七日に行われる『第二回旅順港閉塞作戦』に参加している。

 時に、西暦一九〇四年。

 日本軍は日露戦争で露軍艦隊へ攻撃したが、旅順艦隊だけは陥落できすにいた。脅かされたままでは陸戦にも悪影響を及ぼすと考えた大日本帝國聯合艦隊司令長官・東郷平八郎は、旅順港の狭い入口を塞ぎ、動きを封じようという作戦を立てた。

 実態は、海軍兵が古くなった複数の運送船に乗り込み、旅順港口へ侵入後、船を爆破させ沈めるというもの。

 一度露西亜艦隊と相見えれば突進する他に道は無い。旅順港へ着けば戦争が始まる状況下、船内は緊張した空気が張り詰めていた。

 起床時間前。杉野麟之助上等兵曹に我々の隊が全滅したら上はどう考えているのか疑問を投げかけられるが、主人公は「別に死滅したとして、露軍の戦艦を沈め、我々日本軍の脅威を消せるのなら、それで良いだろう。御国のためになる」と真面目に答える。

 決死隊と呼ばれることに不満を持っていた麟之介は、故郷に血痕を約束した人がいて、生きたいと願うのは無理なのかと問いかける。

 起床後、持ち場へ着けば。沖の方角にロシア艦隊が鎮座している。朧次郎の乗る福井丸と共に弥彦丸・米山丸が艦隊へ向け、突進。爆破装置に点火し、用意された小型船に乗り込んで撤退する段取りとなっていた。ロシア艦隊の要撃を受け、打撲の衝撃で死んだと思われる者、飛び散った血、片足を負傷しながらも歩き続ける者。見るも無惨な光景が広がる中、生き残った者たちは、次々と用意された避難船へ乗り込み、避難を試みる。

 朧次郎が総員の点呼をしたか尋ねると、「人員確認は行いました! 然し、杉野が! 杉野麟之助上等兵曹が居りません!」と返ってくる。ロシア軍からできるだけ離れ、連絡船と出会ったら通信兵は通信機を借りて上官に報告しろと伝え、主人公は杉野を探しに行く。

 ロシア艦隊の砲撃が福井丸を襲う。水雷が福井丸に着弾する音に包まれた。

 気がつけば傷を負って、仲間だった者たちとともに海面に浮かんでいた。杉野はどこへ行ったのか。彼の婚約者は悲しむだろうかとかんがえて、自身の家族へ思いを馳せる。

 優秀な将校として活躍している兄は家に帰らず、父も教育投資はしても子育ては人任せ。祖母も女中も複数いる弟たちの世話で忙しく、家にいても居場所ない環境で育ったため、杉野の意見とは違う世界に生きていた。

 そんなとき、「もし、そこの御方、お身体は大丈夫ですか」小舟にのって現れたのは、白髪を後ろに束ねた天使のような姿の少年。廣瀬蛍と名のり、携帯していた救急具で応急処置をして旅客船ほどの大きさの船に乗せられる。

 手当の後、運ばれた汁物と白米を食すと、「母の料理を思い出す。あのような時間が、真に大切なのかもしれん」とつぶやく。「人を護るために、人が死ぬ。おれ自身、戦地の喧騒に慣れ過ぎて、平穏に暮らしている時間を大切にしていない気がしてしまう」

 人々を救うのが正義だと話す蛍は、「私達にとって一番大切なものは、平穏な日々です。つい、忘れてしまいがちですが」にっこり笑った。

 食事の後、蛍は朧次郎の左半身へ包帯を再び巻き、処置を終え、「さっきの話を聞いて思い出しました。これ、差し上げます」と万年筆を渡される。「個人的な貴方への贈り物なのですが…そうですね。貴方の心の病を治す為の、医者からの贈り物だと考えて下さい」といって手紙を書くことを勧められる。書いても読んでくれるかどうかわからないと答えれば、「読めずとも良いのです。そもそも、朧次郎さんの戦地にある心を取り戻す為のものですから。日記を書き連ねる気持ちで、日々の出来事を書いたらよろしい」といれて納得する。

 乗船して二日。この船にはけが人が複数いること、蛍は顔が広いこと。二週間に一度は物資補給と入院が必要な患者の引渡しを兼ねて小樽港へ上陸を行っていること、旅順港閉塞作戦が失敗したことを知る。

 ヨーロッパで開発された無線機が船内にはあり、海軍同士の通信を拾うことで、福井丸はロシア艦隊の砲撃で沈没、その他の艦隊も同様で、旅順港を閉塞させるに至らなかった。また、今回の戦では信号兵と機関兵が一人ずつと、杉野と朧次郎、合計四名が行方不明として戦死扱いにされていたことを知り、軍に対して懐疑的な意見を持ちはじめる。

 そんなときせん内の廊下で、左肩を失い包帯を巻かれた男、杉野と再会する。朧次郎より二日前に救出されたことを蛍から聞いたとき、蛍の白髪について生まれつきだと教えてもらう。自分は双子で意味後だから捨てられるところを、母が町医者に預けたと経緯を、育ててくれた町医者から聞いたと教えられる。悲しいとは思わないが、血を分けた兄弟は知らずに生きているのは少しく安うと思わないかといわれ、嘘を吐くのは構わないが、自分に嘘をつくと呪いとなって自身を縛るからやめておけという。

 何故と問われ、無理しているように勘が働いたと答える主人公の瞳が、この世で美しい景色だと蛍は感じた。

 下船を決めた主人公だが、軍衣は戻らずしばらく旧羽化をもらおうと考えていると杉野に伝えると、彼は除隊し田舎で療養すると不器用に笑った。

「俺は先に降りている、廣瀬、助かった。後で手紙を出す。手伝える事があれば、何時でも訪ねてきてくれ」と挨拶すると、彼は作業の手を止めニコリと微笑んだ。

「おれが戦争について、命を護ることについて語ったときを覚えているか。軍では、あの様な世迷言を言えば、真っ先に処分される。まず降格は免れないだろう。しかし、お前は、そのような考え方もあるのだ、と肯定した。お前の様なひとに出逢えて良かったと、心からそう思っている」と蛍に告げると彼は「お元気で」と口を動かした。

 家に戻り、涙を流して家族が出迎えてくれた。蛍からもらった万年筆を回していると、中から分費が飛び出してしまう。慌てて拾うと、中に薄い髪が筒状に丸められていた。取り出すと写真で、若い頃の母と蛍の面影のある子供だった。

 年老いた使用人のハツが、どこでその万年筆をと聞くので尋ねると、亡き母のものだと知る。すべて合点がいき、万年筆を片手に小樽港へと走り出す。蛍は別れ際、何をいいたかったのか。どうか出向まで間に合ってくれと願いながら地面を蹴っていくのだった。

 在りし日の母は、蛍への手紙に封をして、春の空に浮かぶ月や川辺の蛍のように、我が子が標を見つけられますようにと願うのだった。

 

 母の涙と「あなた達」という謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、旅順港閉塞作戦が失敗した中で二人が数奇な再会を果たす様を描かれていく。

 史実を使ってファンタジーを描いているところは挑戦的で、当時の世界観を醸し出しながら、現代の読み手が味わえるよう書かれているところは素直に凄いなと感服する。

 冒頭は、主人公視点の母の面影が描かれ、本編のあと、ラストは母視点で在りし日の姿を描いて終わる構成になっている。

 つまり、冒頭ではこういうことが過去にありましたという客観的事実の導入からはじまり、主人公の主観・主張が本編で語られ、最後の結末ではどういう理由があったのかを客観的視点で描くという、文章のカメラワークを使って、読み手を物語の世界を堪能させるための工夫がなされているところが良かった。


 書き出しが「記憶にあるのは、母の髪から香った桜の匂い」という、誰かの記憶からはじまっている。

 思い出すきっかけとなるのは、目で見ることもそうだけれども、もっと原始的な音や匂いといった感覚が先にくるように、懐かしい思い出を浮かべるとはっきりとした映像よりも、雰囲気や匂いのような、はっきりしない事が多い。

 だから、桜の匂いがした感覚程度に、主人公の記憶もおぼろげなのだけれども、たしかにそんな過去はあったのだと信じている現れが「桜の匂い」なのだ。

 桜の匂いといっても、花の香りを嗅いだことがある人はわかると思うけれども、実際は匂いはあまりない。桜餅をたべると、塩漬けにされた桜の葉の香りは印象的にするのだけれども。

 母の記憶もまた、それくらいはっきりしないことを比喩として表しているのだと考える。桜を使うことで、季節は春なのだろう。

 主人公の名前が朧次郎なので、生まれた時の記憶だということもこの一行から連想できる。

 事実、読み進めていくと「隣から聞こえてくる別の産声だ」とあり、生まれたばかりの記憶を回想しているのがわかる。


「あなた達を共に生かせてやれなくて、ごめんなさい。この母を許してくれはしませんか」

 出産した母親が、泣きながら謝るのはなぜなのか。

 あなた達とは?

 そういった謎を読み手に抱かせながらはじまっていく書き出しは素晴らしい。

 ここで使用人のハツの名前が出てくる。のちに、万年筆の話をしてくれる彼女の存在を登場させるところも素晴らしい。


 主人公の名前が朧次郎とあり、弟なのだなと想像させる名前がいい。話が進むなかで、名前は出てこないけれども兄がいるのがわかるので、だから次郎なのだろうと納得してしまう。

 蛍が双子のもう一人だと気づかせないような、細かな演出がいい。

 蛍の名字の廣瀬は、育ててくれた町医者の名字だろう。


 感情移入できるのはやはり、起承転結の流れの中で、いつ誰がどこで何をどのようにどうしたのかがわかるよう、五感を使いながら、主人公の行動や表情、心の声や感情の言葉を入れながら、想像できるよう書かれているから。

 杉野を探しに行った時、助けに行こうとして、攻撃を受けて落下物が直撃し悶えている間にさらなる着弾音がして戦犯が崩壊していくといった描写は良かった。


 全体的に、出来がすごくいい。

 福井丸が撃沈され多くの仲間も死に、主人公も負傷する破壊場面があったあとで、助けられた船内で蛍が顔が広いこと、二週間に一度は物資補給と入院が必要な患者の引渡しを兼ねて小樽港へ上陸を行っていること、旅順港閉塞作戦が失敗、杉野と朧次郎、合計四名が行方不明として戦死扱いにされたと知り軍に対して懐疑的な意見を持ち、杉野と再会や、蛍の身の上話など、いろんなことが明らかとなっていく展開がいい。

 万年筆を渡すときにはすでに蛍は、主人公は生き別れの双子だと気づいていたのだろう。

 気づきながらも名のりもせず、哀しくはないとしながら「血を分けたもう一人の兄弟は私の事を知らずに生きている。少し悔しいとは思いませんか」と意味深なことを口にはする蛍。

 主人公は、「哀しくない、か」と引っかかり、自分に嘘をつくのはやめろと勘が働くところからは、目に見えない結びつきを感じさせてくれる。実にいい表現である。

 しかも「自分に嘘を吐くのだけは止めておけ。それは後に呪いとなって、お前を縛り付けてくる」のセリフがいい。

 本作の中では読み手には関係があると思える部分は少ない。

 けれども、このセリフがあることで自分にも関係があると思えて、読んで良かったと感じられる。

 しかも、蛍にそう告げたのち蛍が双子だと確信した後、主人公が走るのは、蛍がなにを言おうとしたのか聞きたいことが山積みで知りたいから。

 主人公は嘘なく生きているのが行動でわかる。

 福井丸から脱出するとき杉野を探しに一人残ったのも、探して助けたいと嘘なく思ったからだ。

 このセリフは、主人公の生き方そのものなのだ。

 彼はまっすぐ生きている。

 母が双子に、我が子が光を標しるべを見つけられますようにと春の月と蛍の名前に願いを込めたのをちゃんと受け取って生きてる証なのだ。

 母の願いを、主人公は知っているかどうかわからないけれども、蛍もそうあってほしいと主人公は思っているに違いない。

 出港までに間に合ってくれと、ずっと願いながら走る姿から感じられる。

 ラストの、母親の視点で終わるところも、作品全体を上手くまとめている。

 いい出来だから、推敲をしてほしい。

 第二回旅順港閉塞作戦の年号が誤っていたり、船内は地面ではないし、瓦礫でもない。瓦や小石が船内にあるのかしらん。

 書き終わったら、おかしなところはないか、間違ったところはないのか、音読して確かめてほしい。当たり前だと思っている単語も、辞書を引いて、本当にその場面にあっているのか確認を怠らないようにすると、今よりも良くなると考える。

 

 読む前にタイトルを見たとき、詩的だなと感じた。読み終えてから見直すと、母親の我が子達に対する願いを強く感じられる。春の月夜に二人が生まれたからだ。

 冬の冴え冴えとする月の光ではなく、ぼんやりとしてはっきりしない月でも、確かな明日へと歩いて導いてくれるだろうと、そんな優しさを感じられて読後が良かった。

 

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