破壊衝動

破壊衝動

作者 虹鳥

https://kakuyomu.jp/works/16817330662185973067


 生き甲斐なく高齢男性から大金を巻き上げ自傷行為みたいに日々を過ごす雛乃は、聖母みたいな夢咲依織を道連れに誘拐するも、娘の死に苦しむ元読者モデルの妻・如月璃子からDVを受けていた彼も誰かに終わらせてほしいと思っていた。GPSを頼りに妻が殺しに現れる中、二人は互いを選び生き甲斐を得る話。

 

 会話文の頭はひとマス下げない等は気にしない。 

 現代ドラマ。

 時代性があり、現代を生きる人達が抱える閉塞感が描かれている。


 三人称、女・雛乃視点で書かれた文体。泣ける話の型、喪失→絶望→救済の流れに準じて書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 生き甲斐がないと取り残される世界で、ヤケを起こしておべっか使いながら色ボケ爺共から大金を巻き上げている元看護学生の雛乃は、生活すべてが自傷行為みたいな日々を過ごしている。

 駅の改札手前でぶつかってきた男に旨を触られ、ハイイールの足で痴漢野郎と叫びながら追いかける。

 ホームに電車が滑り込む。駆け込んだ痴漢男のリュックを掴んでホームに引きずり出した美貌の青年がいた。ハンドバッグを振り上げると、彼に止められる。駅員に痴漢男は連れ去られていった。

 軽い現場検証と駆け付けた警官による事情聴取を終える頃には、帰宅ラッシュ時は過ぎ、先程の美青年に巻き込んですみませんというと、「いや、大変だったのはお姉さんの方でしょ」聖母のような穏やかな声。『実は自分は今朝、人間界に降りてきたばかりの天界の住人なんです』と言われても何一つ疑問に思わず納得してしまいそうだった。そんな女性的な彼の左薬指に指輪を見て、激しく失望。

 美青年がスマホをみたとき、僅かに目が曇る。すぐに我に返り、「お姉さん、夜道は気をつけて」と遠ざかっていく。

 そんな彼に「ひとづまさん‼ 助けてくれてありがと‼」と手を振り別れる。

 翌日。スマホに届いた通知にうざがり。、画面を伏せてシンクへ行く。幸せそうな夢を見た気がするも思い出せず顔を洗う。

 ヘアアイロンを持ちながらテレビを見ていると、SNS上で知り合った五十代の男を刺した容疑者の女は自分と同い年だった。同業だと思いながら「何があったか知んないけどさぁ、そんな冴えないおっさん殺ってブタバコ放られるなんてね。まぁわかる、わかるけどさ」普通逆じゃね殺されんの、と呟きつつ、度の入ってないカラコンの容器に手を伸ばす。

「確かにこんな稼業してたらさ、そりゃ嫌んなっちゃう事もあるって。でもさ、少なくともあんたは、その写真見る限りあたしみたいな、なんの生き甲斐もなくなんとなく生きてるような擦れたヤツじゃなさそうだったよ。ま、そこまではわかんないけど」どうせ殺すなら、と、昨日の美少年を思い出し、「どうせ殺るなら、死に顔の美しいひとが良い」とつぶやく。

 死んだら負け。これが女の人生においてのポリシー。

 世界に未練が無くなっても、自分で自分は殺さない。けれど、そろそろ潮時かもしれない。だとすれば、女が社会に見切りをつけるならばと、昨夜出会った「美しいひとづまさん。道連れ候補だね」と決めて、ニヤリと笑った。

 駅前通りから一本入った路地裏に車を止めて、改札から吐き出される人波から、昨日の美青年を見つける。通りかかると、運転席側の窓を下ろし、「すいません、なんかエンジンがかからなくなっちゃって。友達と急ぎの待ち合わせがあるから早くしないとなんですけど」見てほしいと指で示しながら首元にカッターナイフを突きつける。

「大人しくして。ちょっとでも抵抗したら、あんたの首にこれを刺すよ」彼を後部座席に放り込み、エンジンを掛けては知らせる。

「助け求めたら殺すから‼」女はミラー越しに怒鳴った。

 車を走らせている間も男は大人しかったが、「体勢がキツいから、体起こして良い? 腰に来る」体を起こして楽な姿勢になり、 「ふぅ、腰痛持ちにはあの体勢キツイよ」未成年と思われ、二十歳はとっくに越えていると答える。彼がいくつなのか尋ねると、いくつだと聞かれて辞めた。彼は自分からスマホ電源を切り、「誘拐犯のお嬢さん。それでどこに連れて行かれるの?」と聞いてくる。お嬢さんはやめてといい、名前を教えるわけにもいかない。彼がユリと名付けるも、彼の名前は教えてくれなた。

 パーキングエリアで欲しい物を聞くと、コーヒーのブラックと答える。買ってくると、彼は逃げずにいた。ありがとーと受け取る。毒とか変なクスリは入れて無いから、と女が念を押すと、なぜか余裕そうに笑って、そんなことわかってるよと微笑まれる。

 キャラメルラ手を口につけ、仏頂面のままハンドルを握った。

 彼が車中泊が嫌だからと宿を探す羽目になり、ダブルベッドの部屋しかあいてなかった。「とにかく。あんたは所詮あたしに拐かされた側なの、もう少し殊勝でいてくれる? あたしにもね、いちおう何、誘拐犯のメンツ、ってもんがあるの」はーいと返事する彼。ため息着けば「幸せが逃げちゃうよ、ユリちゃん」「別に良いし。幸せって何」「それは人それぞれだよ、ユリちゃん」とやり取りする。

 ピンクのカラコンを入れているのに気づき、「すごいねー、今の若い子のファッション文化って」よく見たいからと顔を覗き込んできては「目、開けてしたいタイプ?」といって冗談だよと離れていく。「とりあえず寝ときなね。俺ちょっと夜風に当たってくるから。若者じゃないから寝入るのに時間かかるんだよー。あっ、通報とかしないから安心してね」そう行って部屋を出ていく。なんなんだととつぶやき、ない出しそうな苛立った目でドアをにらみ 「既婚者のくせに、ひとづまのくせに、他人の女のモンのくせに‼」と呟いた。

 行きたいところがあると言った彼。数日におもえるほど数十時間が経過して、一緒に教会へ向かった。永遠の愛を誓う場所にきた理由を尋ねると、殺すつもりでしょと聞かれる。「どうせなら、誰もわからない遠いところが良かったから。それで、ここ」

 一旦は否定するも、そうだと肯定する。

「だってあんた恵まれてるじゃん。ひと目でわかったよ、あの時。別に良いじゃん、生活全部が自傷行為のあたしみたいな女が一人豚箱にぶちこまれたって。生きてる意味が見出だせないんだよ。この社会の中で。生き甲斐が一つでも無いと置いて行かれるイカれたこの世界で。結局ヤケでおべっか使って色ボケ爺どもから大金巻き上げてみたりしたけど、何も楽しくないんだよ。もう良いじゃん、こんな人生。自分で死ぬよりゃマシでしょ。その対象がたまたま、あんただったってだけだよ」

 男は恵まれてる? と聞きながらも、「確かに、人より生活水準は高い方かもね。でも目に見えるものだけが真実とは限らないんだよ。ユリちゃん。なんで既婚の男が行きずりのお嬢さんに大人しく誘拐されたか、わかる?」服を脱ぐと、男の肌には無数の赤黒い字が刻まれていた。

「両腕合わせて八ヶ所、首の後ろに一ヶ所、胴体はどうだったかな。とにかくたくさん。痣が多いけど、やけども少しあるよ。見たいなら見せるけど」

 首から下げているロザリオのペンダントをみせて娘の遺骨だと話す。元読者モデルだった妻の如月璃子は心労による不注意から、当時三歳だった一人娘を事故でなくして以来、目の前で娘が死んだ衝撃と自責の念にかられ、既婚者への暴力が始まったという。精神科医の男は身内の異変すら気づけなかったと語り、誰か第三者が終わりにしてくれないかと思ってユリに期待したのは間違いだったかのかなとこぼす。

 雛乃は嘘をついたと謝り、「誰でも良いなんて嘘。あんたを欲しかったから連れ出した。ただそれだけ」と本音を語る。駅で見たとき、綺麗だとおもった、なんだか救いのマリア様みたいに見えたといいながら男の肩に指が食い込む。

 それは君のエゴだと男は手を払い、海を見てくると部屋を出ていく。

「馬鹿、あの馬鹿。恋愛なんて……惚れた腫れたなんて、そんなん、みんなエゴじゃん」イエスの像が「結局、お前はどうしたい?」と問うているようにおもえて、わかんないってばと思ったとき、似つかわしくない声を聞いた。

 海を一望出来る中庭に立つ、返り血浴びた如月璃子よりも、その背後で血を流して倒れ込んでいる既婚者の姿が目に入る。手に握られた刃物の切先が突きつけられ、みいつけたと薄ら笑う。

 敬体以外にもGPSを仕込んでいたのだろうと理解する間に、容赦なく振りかざされる刃。ヒールで蹴って突き飛ばし、男の元へ駆け寄る。何刺されているんだよと声をかけると、弱々しい声で謝りながら、好きになってもいい? と呟いた。

 半年以上前から夫にDVをしていたことを認め、元「Mint」専属読者モデル如月璃子容疑者が暴行及び殺人未遂罪で逮捕された。警察に連れていかれそうになるとき、男が上手くいってくれたおかげで、逮捕されずにすんだ雛乃。元看護学生だったから彼、夢咲依織も一命を取り留めることが出来たのだった。


 負の感情の謎と、主人公に起こるさまざまな出来事の謎が、どのよに関わっていくのかを描きつつ、現代を生きる女性の生きにくさの一部を感じさせているところが良かった。

 

 導入と結末が客観的視点で、本編は主人公の主観で描かれている文章のカメラワークをもちいて、読者に伝えようとしている書き方がされている。

 前半は受け身がちな主人公だったが、同性の同い年が起こした事件をきっかけに、抱えていた負の部分「未清算の過去」と向き合って、自分だったらきれいな男を選ぶという選択をしてからの後半、誘拐する展開になっていくところは驚かされた。

 後半部分は、夢咲依織の物語が語られて、主人公の雛乃は当事者でありながらも巻き込まれていく立ち位置で話が進む。

 展開が考えられているところがいい。


 書き出しの「例えば、負の感情を抱くのは簡単だ」からはじまる負の感情については、インパクトはないものの、作品の核心部分を想像させるものであり、面白みはないかもしれないけれども手堅く、ギリギリのところまで情報を開示していく書き方なので、興味が引かれる。

 実際に、目の前の男を殺害しようとするわけではないけれども、これからはじまる物語は、こういった方向性の作品だと読み手にさり気なく伝えてくれているところが良い。

 ついでに、主人公の性格が感じられる。


「横文字羅列爺」は面白い。

 たしかにやたらと横文字を使って話す大人は多い。英語を満足に話せないけど、英語っぽいことを話せてる自分はカッコイイ、という感じが見え隠れするのもいい。


 ワインの味がわかるということは、それだけ飲み慣れていることを意味している。それだけ、色々な男にお金を出させては美味しいものを食べてきていることを、さりげなく伝えてくれている。


 相手の男を褒めるときに、まず自分を下にしてから相手を立てている。ホステスみたいなトーク術を感じる。

「女の空想の中では、テーブルクロスの下で足を伸ばし、鋭利なヒールの先でこの男の脛を蹴り上げる」とヒールがでてくる。

 この先も、ヒールが登場する。

 殺されそうになった時に相手を蹴りつけるのにも登場する重要なアイテム。何気ないものが活躍する使い方がすばらしい。

 本作では主人公の男性性的なもの、ファルスとしてヒールが搭乗していると考える。だから、攻撃的に使われるのだ。


 作品に登場する男性は、紋切り型として思い浮かぶ男性らしいキャラクターが登場している。

 自分を大きく見せて可愛い子に褒めてもらいたい男、痴漢男、綺麗で女性的な男。

 だから女主人公の雛乃が男らしく見えるし、喋り方も乱暴な一面を見せている。

 あえてそうするために彼らのような人物が登場していると考えられるので、それぞれの登場人物についてよく吟味されたと思う。


 各場面では、主人公の心の声や感情の言葉を入れて、ときに表情や声の大きさ、行動や仕草など、想像しやすいように描かれていくので、感情移入しやすい。

 

 主人公と同い年の女性が、親子ほど年の離れた五十代の男とSNSで知り合い、刺したという事件が現実味がある。

 パパ活に分類されるかしらん。

 主人公が「つーか普通逆じゃね殺されんの」とツッコミを入れているのは、読み手も共感する。

 また、容疑者の女性の写真を、「女性のフェイスブックから持ってきたであろう数枚の写真が映し出されている。どの写真に映る姿も、綺麗に髪を巻き、ブランドものを纏って程よく加工がなされていた」ところも、最近の事件報道の容疑者写真の使われ方と同じなので、現実味を感じてしまう。


 主人公が運転しているので、車を持っているのだと思った。

 レンタカーかもしれない。


 夢咲依織は一体いくつなのかしらん。

 最初に登場したとき、主人公は彼を美青年と表している。

 だけど、二十歳をとうに過ぎている主人公よりも年上で、思っている以上に上だと彼は語っている。

 主人公が、二十歳前半と仮定し、パパ活で金づるとして付き合っている男性は四十代五十代くらいだと想像すると、そのくらいなのかしらん。

 読者モデルをしていた妻と結婚して、三歳の娘を半年前になくしている。

 如月璃子は、かつて主人公が好きだった読者モデル。

 小学生か中学生くらいに読んでいたものとすると、十年くらい前かしらん。そう考えると、如月璃子は主人公は年上で二十代後半から三十代くらい。

 そう考えると、夢咲依織は三十~五十代くらいか。

 腰痛持ちなので、四十代くらいが妥当かもしれない。


 夢咲依織とはじめてあった時に、聖母という表現を使っていて、相手は男性なのに女性で比喩するのはどうしてだろうとモヤモヤしていた。「救いのマリア様」とも呼んでいる。

 けれども教会へ行き、「イエスの像は変わらず静かに女を見下ろしていて、『結局、お前はどうしたい?』と問うているようだった」と繋がっていくので、物語のベースにキリストが関係しているのかとわかって、ラストが酷く納得できた。

 キリスト教では聖母マリアの持ち物の象徴である百合は、「純潔」「謙虚さ」「優しい心」あるいは「美のシンボル」とされている。

 神は聖母マリアを歓迎し、「純潔な花」と呼んだという。

 マリアはユリの花ように白く、優しさはユリの透きとおった美しさ。まさに、純粋さといえる。


 読後、タイトルを読み直して、なるほどと考える。読む前は、暴力的な内容を扱う作品かと思っていた。実際、扱っていたけれども、いかに破壊衝動と付き合っていくのかを考えさせてくれる、そんな作品だったようにも受け取ることができた。

 破壊衝動とは、気持ちを抑えきれなくなり、突発的に物を壊したくなったり、暴力的な行動をとりたくなったりする衝動のこと。

 自暴自棄になって誰かを巻き沿いにしようとしたり、誰かに道連れにしてほしいと願ったりすることを、誰しも抱えながら生きている。ふとした瞬間に表に出て事件となるか、出ないようにして過ごしているだけかの違いであって、潜在的に持っているのが今の社会かもしれない。

 そんな時代だからこそ、優しい心が必要なのだと思う。

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