黒羊

黒羊

作者 守屋丹桂

https://kakuyomu.jp/works/16817330662650181693


 無国籍の殺し屋集団の町リトスのボス縞に拾われ、梁珂に育てられた羊=ハウライトは、ルートリッヒ殺害依頼を受けて完遂するも命を奪われた梁珂の復讐するべく、逃亡したルートリッヒの血縁者殺害依頼を受けて果たす話。


 ダークファンタジー。

 殺し屋に育てられ、依頼で養父の仇を取る復讐劇。


 三人称、羊=ハウライト視点、梁珂視点、縞=オブシディアン視点、神視点で書かれた文体。現在→過去→未来の順に書かれている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 大陸の南西、リトスの町はどの国にも属さない無国籍者の集団である。社会的に弱者である彼らが生き残り、他国から侵略されない理由はただ一つ。彼らが凄腕の殺し屋だから。だが、リトスの民の平均年齢の上昇と町民の減少、それによる古参の引退、無国籍故の新参の教育不足、殺し屋としての質の低下による依頼の減少など問題を抱え、苦悩するボスの縞は、とある赤子を拾い、リトスの町の東、ボスの屋敷の隣に位置する小さな教会にいるアンダーボスの牧師である梁珂に赤子を預け、経営不振の時に現れた〈幸運の象徴〉羊=ハウライトと名付けられ、養父によって英才教育を施される。才能以上に努力しているがまだまだ未熟。

 リトスの民は他国の依頼を受けるため、母国語である極東の言語の他にも、リトスの西に位置する友好国フィオーレと、北に位置する軍事国家キーセンベルトの言語、最低でも三か国語を習得する。

 罪を重ねる人殺しであるから、指定言相手に礼儀を尽くさなければならないと教わる。

 四年後。羊が十二歳のときに梁珂は引退。現役連中より動けるものの自身の腕の衰えを感じていた。

 三年後。羊が十五歳のとき、梁珂に指名で依頼が届く。引退した以上依頼は寄越さないし、受けないのが筋。だが指名で来たということは梁珂でないと完遂できない依頼のようだった。出発までの間、梁珂は自身を鍛えなおすため、羊と手合わせをする。終わると羊のピアノが聴きたいとせがまれ、羊は賛美歌を弾く。

 寝静まっている早朝、縞と羊は見送る。

 一カ月後、一週間前の新聞には『キーセンベルトの独裁者・ルートリッヒ暗殺! 老害が引き起こした独裁社会終幕か!』と見出しを飾るも、梁珂は一向に帰ってくる気配がない。度重なる会議の結果、キーセンベルトに調査依頼の書簡とリトスから大使に扮して数人で構成された偵察部隊を遣わせることになった。依頼主はルートリッヒにより幽閉されていたキーセンベルト国王だった。キーセンベルト側はリトスの味方であり、ルートリッヒの遺体の回収を請け負っているが、自国のことで手が一杯でリストの容貌には答えてくれない。

 キーセンベルトからの書簡と独自の調査を行い記録した書類を持った偵察部隊がリトスに帰還した。『ルートリッヒの死亡は確認済み。ルートリッヒの衣服のポケットから〈Dead by Howlite〉のカードを発見。証明の為、貴公に提供する。しかし、事件現場にてハウライトの遺体はなし。人員不足により、その後の調査は難航すると思われる』縞はそれを握りつぶし、激昂。「ふざけるな! 何が『人員不足』だ! 大国が聞いて呆れる! 使い潰すだけで此方の要望には十分に応えずにフェアな取引だと⁉」縞に呼ばれ、手渡されたくしゃくしゃの書簡を読んだ羊は隠しきれない怒りで書簡を持つ手元が震えた。

 偵察の報告によると、現場には血痕が多く残っており、その中に梁珂の血液もあったという。素人でもわかるほど、倉庫まで引き摺った足跡のようが血痕が続いていたという。梁珂の遺体は回収され、調査された死因は失血死。足の健を切られ、脇腹を切られ、腕を切られていた。

「キーセンベルトの目は節穴のようだ。今後キーセンベルトからの依頼は受けない。いいな」皆が返事する中、羊は一人返事ができず、絶望と喪失感、憤りから涙が止まらなかった。

 三年後。羊は十八となり、篤=オニキスがアンダーボスに就任。羊は淡々と仕事をするうちに梁珂のように他国に名の知られる殺し屋になっていた。彼のお陰で、リトスの経済状況は異様なまでに回復した。その不気味さにリトスの民たちは羊を『黒い羊(ブラックシープ)』と呼ぶようになった。

 仕事をする傍ら、梁珂の墓の手入れやルートリッヒについての情報を着々と集めていく。キーセンベルトの依頼を受けなくなった為情報収集は難航したが、リトスには内緒でキーセンベルトに潜入し、徐々に情報を集め、行き場の殺意は何処かにいるルートリッヒの血縁者に向けられるようになった。

 墓参りのとき、ボス縞に会い、ピアノを弾いてくれないかと頼まれる。羊に指名で依頼が来たといい、「ルートリッヒの息子の殺害。キーセンベルトからの依頼だ。受けるかは羊に任せる」キーセンベルトからの依頼は受けないのではと尋ねると、血縁者を牢に入れる際、逃げられて困ると頼ってきた。これだけは受けてほしい、と頼まれたという。

 引き受ける羊。縞からボスにならないかと言われるも、今はできないけれども二十歳になったら引き継ぐと答え、依頼に出る。

 キーセンベルト北部の雪の中に、逃亡したルートリッヒの子を見つける。梁珂とルートリッヒとの戦いの中、彼が矢を放ち驚いた隙をついて傷を受けたと教えては煽ってくるも、冷静な判断をして、相手をうつ伏せに押し倒して短剣を心臓に突きつける。

「言い残したことは?」

「貴方は父よりも強いですね。僕を殺してくれてありがとうございます、ハウライト」

 とどめを刺した後、「貴方に、死の救済を――」と祈りを捧げ、自身のサインを書いたカードを遺体のコートに忍ばせる。梁珂から受け継いだせめてもの礼儀だった。

 同時刻、縞は自室から友好国フィオーレの大統領・ジーリオと電話をしていた。数少ない友人であり、リトスと交易を行っている需要な人物である。羊に目をかけすぎて縞の健康が心配だと言ってくる。後継者は決まっていると答えて電話を切る。

 平和だったリトスの町は、数年前から変わってしまった。キーセンベルトへの報復を望む者、反対に他国との縁が大事なリトスの構造上キーセンベルトとの穏便な解決を求める者、リトスの統率者の今後に不安を覚える者などが増える中、後始末に追われて羊のケアを怠ってしまった。

 上司であり梁珂の友人で羊の父親という立場を過信するあまり、誰よりも信じられる人を失わせ、大きな立場に押しつぶされないよう距離を取ったのに呼び戻し、挙げ句復讐をさせては生きていく意義を示した気になっている。縞は、梁珂を亡くしたあの日のように呆然と羊の帰りを待っているしかなかった。


 リトスの町の謎と、主人公に起こるさまざまな出来事の謎が絡み合いながら、少年羊の成長が描かれていく。

 

 書き出しの「白銀に鮮血が映える」と、映像を見せて、読み手になんだろうと思わせるところがいい。

 白銀は比喩なので、言葉どおりなら、白銀に鮮血がついて所を浮かべるかもしれない。一読すると、真っ白な雪の上にこぼれた血が鮮やかに見えている光景が思い浮かぶことができる。

 数行後に「雪原に倒れる男」と、場所がわかるので、詩的な書き出しはカッコイイ。


 冒頭に書かれていることは、養父の復讐を果たし終えた場面。

 初見では、いったい何が起こったのか、 小柄な青年は何者で、アーメンと死者に祈りを捧げ、建前とはいえオヤジのためとはなんなのかなど、数々の謎を投げかけて物語がはじまっていくところがよかった。

 次に時間軸と場面が変わる。リトスの町がどういうところなのか、拾われてアンダーボスに育てられた主人公の説明が書かれてから

 主人公がようやく登場してくる。

 遠景、近景で距離感を描いてから、主人公の様子を描くことで、読者に彼が主人公だと示して興味を持ってもらい、物語を先へ先へと誘っていく。この書き方の流れ場はいい。

 まだ導入部分なので、客観的な状況説明をする。

 養父である梁珂とのやり取りをして二人の関係を描きつつ、「アパタイトとはリトスの民の苗字であり、他国での通り名だ。由来は宝石。羊はハウライトの名を冠している。仕事で使う為、リトスの民にとっては名前よりも苗字で呼ぶ方が一般的だ」などの説明をし、剣の修業の様子や、それを見ていたオパールとガーネット、そして梁珂視点で、主人公について「あの子は神でも何でもない、ただの人間の子供だ。才能はあるが、あの子は才能以上に努力している。それを〈幸運の象徴〉と一言で片づけないでくれないか」と、どういう子なのか、どうみられているのか、ボス縞とのやり取りからリトスの現状にふれるなど、客観的に読み手に伝えていく流れが良い。

 説明が多いし、視点がコロコロ変わるので、飲み込みづらさはあるかもしれない。


「石は磨けば最高級の宝石にもなりえるのに、丹精込めても濁るだけ濁って売れ残る低級も混ざるなんてなあ」

 宝石の名前が使われているからこそ生きてくる比喩な気がする。

 本作の世界観にあった物の言い方は、現実味を感じさせてくれるのでいい。


 ファンタジーで、なおかつ殺し屋という世界の話を描いているので、どうしても説明が増えてしまう。けれども、まだ何も知らない主人公に教え聞かせることで、読み手に追体験させ、伝えることが出来ている。

 主人公が学んでいくところは、苦もなく飲み込めていけると思う。


 

 台詞のやり取りが多いけれども、各場面で、といに五感をつかって主人公の心の声や感情の言葉、表現やしぐさ、態度といったことを入れて、感情移入ができるよう書かれているおかげで、主人公と梁珂の楽しそうな感じや死んだ後の悲しみ、その後、復讐へと繋がっていく気持ちなども胸に響いてくる。


 ピアノのところがいい。

「羊、ピアノを弾いてくれ。お前のピアノは優しい音がするから、聴いていて心地がいい」

 ここに、養父と主人公の親子のような愛情を感じる。

 誰でもいいわけじゃない。

 羊が弾くピアノが聞きたいのだ。

 仕事で死ぬかもしれない、これが最後かもしれないと覚悟しているから頼む。

 だけど主人公は、死んでしまうとは思ってもいない。

 今日と同じ日々が明日も続くと信じている。仕事から帰ってきたら、また一緒に、剣の稽古をしたり座学をしたり、楽しい日々がまっていると思っているのだ。

 また弾いてもらうとしようといわれても、嫌そうに「ボクの話聞いていた?」と返すのだ。

 この場面は、引き返せない状況にあるからこそ、梁珂の感情がよく現れている。


 クライマックスは、主人公の強い思い、感情を強く描かれている。必要な行動、悲しみから涙し、殺しの仕事に邁進し、キーセンベルトからの依頼には応えないにもかかわらず、受けてもってきた依頼を引き受け完遂していく姿に、胸を打たれる。


 戦いの描写は端的でリズムよく、想像しやすいよう書かれているところは上手い。


 ラスト、ボス縞の視点で主人公を待つところで終わるのは、導入の客観、本編の主観、結末の客観という具体に、文章のカメラワークを用いて描いているから。

 なによりボスの縞は、これまでリトスの町全体を見てきた人であり、本作中においても作者に近い視点にたっている人物であるから、物語のラストに登場するのだ。

「梁珂を亡くしたあの日のように呆然と羊の帰りを待っているしかなかった」とあるように、依頼をこなして帰ってくるはずの梁珂をいまかいまかと親身に心配して待ち続けていたことが、今回主人公を舞っている様子から想像できる。

 彼の内面の言葉によって、父でもあるが、殺し屋のボスという立場にいる以上、複雑な思いを抱えているのが伺い知れる。

 ボスを続けている以上、他に選択肢はないし、どこかから拾って来たときから主人公の運命は決まっていただろう。

 そんな気持ちを遠ざけるような夕日の情景描写は明るい。きっと羊は帰ってくるにちがいない。少なくともボスはそう思っているし信じているから、帰り待ち続けて終わるのだ。


 読後感が明るい感じがあって、良かったと感じられる。

 気になるのは、ボスが主人公の羊をどこで拾ってきたのか。なにか出生に秘密があるのかもしれない。そう考えると、本作は壮大な物語の序章に過ぎないのではと思えてくる。殺し屋としての彼の活躍は今後どうなっていくのかは、夕日の向こうにあるのかもしれない。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る