死ぬための理由を下さい

死ぬための理由を下さい

作者 御厨カイト

https://kakuyomu.jp/works/16817330662651385095


 生きることに絶望した男子大学生は、人間の血が吸うのが苦手な吸血鬼シオンと出会い、生きたい意思のある彼女を生かすために死を選んだ話。


 現代ファンタジー。

 生き残っていいのは生きる意思ある者だと教えてくれる。


 主人公は、男子大学生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は、会社員の父と専業主婦の母と三人で暮らしていた。中学校での成績も中の上、至って平凡な日々を送るが、高校一年生の家族旅行の帰り、トラックとの衝突事故により両親をなくしてしまう。親戚に引き取られるも、不仲からいじめられ、大学進学似合わせて一人暮らしを始めるも、大学で出会った彼女や友人にお金を騙し取られ、生きるのに嫌気が差していた。自殺を考えて夜の道を歩いていたとき、地べたにうなだれた女性に声をかける。通り過ぎる時、伏せていた顔を上げ、ルビーのように綺麗な目を少し潤わせながら乞うような目線で彼女見てきたからだった。

 彼女は吸血鬼のシオン。不老長寿であっても不死ではなく、日光や十字架は効かず、ある程度の怪我なら自己再生するが、寿命と飢えには勝てないといい、人間の血を一定期間吸えないと死んでしまうという。しかも彼女は、人間の血を吸うのが苦手だった。恋心を利用し、油断したところを吸うという。人間にとっては恋仲でも、吸血鬼からすれば食料。用が済めば姿を消し、次の人を探す。人間からすれば裏切られたと思い、下手すれば自殺してしまう人もいるという。そんあ人間の恋心を弄ぶやり方は受け入れることができず、血が吸えない有様。このままでは数時間の命だという。

 シオンはそんな世界に満足しているのかと聞くと、してないけどあなたも同じではないですかと聞かれる。吸血鬼は人間が何を抱えているのかわかるという。ポケットに入っているナイフと共に話してと尋ねてくる。身の上話をしたあと、大変でしたねといった彼女から世界に満足しているのか聞かれる。

 していないから自殺しようと考えてきたけど踏ん切りがつかず、簡単に人生を逃げてもいいのか引っかかっていることを伝えると、逃げるのが悪いことなのか、と彼女に言われる。

 吸血鬼は人間に正体がバレないよう生きてきたからか、都合の悪いことがあればすぐ逃げる。吸血鬼にとって当たり前の行動であり、生きるのに大切な行動でもある。だから逃げたとしても決して悪くはないのでは、との意見に呆然としてしまう。

 シオンに死ぬのが怖くないのか尋ねると、怖いがいいrのも怖いしこの世に未練はないという。それなのに彼女は泣いていた。死にたくないのではと指摘すると、もっと生きていたいという彼女。「……でも、残念ながらこの願いはもう叶いそうにありませんね。今更足搔いたところで何も変わらないでしょうし……来世に期待ですね」

 諦めた顔で笑う彼女を見て、左手首にナイフを当てようとするも彼女のに止められる。生きたい意思があるなら生きるべきだ、と伝え、「……実はまだ死ぬのが怖いんです。だから、どうか僕の『死ぬ理由』になってくれませんか?」と訴える。

 血を吸っては、なんどもありがとうと泣き続ける。彼女に膝枕され、お疲れ様でした、そして、おやすみなさい――という言葉を最後に、深い眠りへとたび出すのだった。


 世界の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎がどんな関わりをもち、最後に決断をする展開に無常を感じる。


 人間から血を吸うのが苦手な吸血鬼というアイデアが斬新だった。ひょっとすると比喩かもしれない。

 人間は食料という価値観を持っている吸血鬼とは、家畜を食料にしている人間を指しているのではと考える。かわいがっては育てて、美味しくいただく人もいれば、可愛がったのに殺すなんてできないといって食べることができない人もいる。

 シオンは、後者の人たちの比喩かもしれない。

 あるいは人間から血を吸うのが苦手というのは嘘なのではと考え、物語の後半で、いつシオンが主人公を食料として血を吸うのだろうと考えていた。

 なぜなら、吸血鬼は人間がどのようなモノを心に抱えているのかがある程度わかるから。

「最初は本当に偶然でした。ただ……やはり一人で死ぬのは心細いので仲間が欲しいなと」と答えているえれども、お腹を空いて今にも死にそうな状況で、目の前に美味しそうな食料がやってきたなら、我慢できずにひと思いにかぶりついて吸ってもおかしくない。

「都合の悪いことがあったら直ぐに目の前から姿を消し、逃げます。なので、吸血鬼にとって『逃げる』というのはごく当たり前の行動、なんだったら『生きる』のに大切な行動でもあるんですよ」とシオンは答えている。

 吸血鬼と人間とは価値観が異なると思うし、生きることに対して貪欲さが伺える。

 そんな吸血鬼だからこそ、目の前に死にたがっている人間がいたら、どうせ死ぬのならこの人間をどうにかして食料としていただけないかと、考えてもいいのではと考える。


 どうしてシオンは、そんなことをしないのかといえば、

「そんな人間の恋心を弄もてあそぶようなやり方を私はどうしても受け入れることが出来なくて……そしたら吸血鬼の中でも異端児扱いされてしまい仲間からも嫌われ……それで、吸血鬼のコミュニティを飛び出して人間社会に紛れて生きて来たんですが」と答えているところから考えると、異端児扱いされて吸血鬼の仲間から飛び出し、人間社会で生活してきたため、人間よりの考えに染まってしまったということかもしれない。

 それにしても、周りはみんな食料だらけご馳走だらけ。そんな状況でも人間を襲って血を吸おうともしないなんて、禁欲主義なのか、吸血鬼内の僧侶みたいに、人間の血を吸わないという戒律を守る修行僧のような考えを持った吸血鬼かもしれない。

 でも実は、そう思わせておいて、主人公が自分が死ぬことで彼女を救えるのならばと命を投げ出したところで「ご馳走様でした、おいしかった~」と陽気に去っていくかもしれないと期待しては身構えていたのだけれども、そういう作品ではなかった。


 書き出しの「人生は無情だと思った」からは、主人公が絶望していることが伝わってくる。世界は残酷で、神も仏もいないのかと嘆き、天を仰ぎ見ている姿も想像できそうな気がする。

「何故にこの世は救いが無いのか。……今更、そんな事を思ってもどうしようもないのに」と続き、世をはかなんでいる。

 本当に絶望しているときは、こんなに客観的な思考にならないのだけれども、冒頭は導入部分であり、客観的な状況説明から徐々に主人公の主観へと入っていくため、書き出しは問題ない。


 通り過ぎようとして、主人公は「……大丈夫ですか? 何かありましたか?」と声をかけている。彼が不幸になったのも、大学進学をきっかけに一人暮らしをした際、彼女や友人にお金を騙し取られてたら。

 彼女も友人も困っていたから、お金を貸したのだろう。

 つまり主人公のもともとの性格は、困っている人を見たら手を差し伸ばす、いい人なのだろう。

 自分が強いそうで、生きるのが辛い状況にあっても困っている人を見たら、声をかけて話を聞いてあげる。なかなかできることではない。


 吸血鬼シオンは、人の抱え持つものがわかる。つまり、何を考えているのかがわかるということ。

 主人公が、死を考えていることと同時に、困っている人がいたら放っておけない性格なのもわかったはず。

 いい人だったから、一緒に死のうと思えたのだろう。

 

 読者に伝わってくるのは、主人公の心の声や感情の言葉、表情や行動、仕草、声の大きさなどの描写を入れて、想像しやすく書かれえいるから。

 また、シオンの話し方が丁寧で、相手にわかりやすく順番に話しているところが印象的だった。

 人間の食べ物が食べられない→吸血鬼だから→不老長寿であるけど不死ではない→寿命と餓死で死ぬ→人間の血を吸うのが苦手→このままでは数時間の命、といった具合に、非常にわかりやすく飲み込める。

 シオンの人柄がそうさせるかもしれない。


 公園に場所を移動したとき、シオンの描写がある。

 ベンチに座るのはいいのだけれども、夜遅い時間なので、街灯がなければ容姿はわからないと思う。月明かりがあるけれども、満月か半月か、三日月なのかで明るさも変わってくる。

 その当たりがモヤッとした。


 本作で描きたいことは、逃げについてだと考える。

 生きるために大切な行動であるのだから、逃げることを悪く捉える必要はないとする考え。おなじものに「嘘」がある。嘘も生きるためには大切な手段だから、嘘をつくことに後ろめたさを持つひつようがないと考えることもできる。

 子供に対して嘘をつくなというのは、子供を守り助けようとしたいとき、嘘をつかれると対応が遅れてしまい、助けられないから。

 逃げるも同じで、逃げてばかりいたら逃げ癖がついてしまい、ちょっとしたことでも挑めなくなってしまう。

 事実、シオンは逃げるのは生きるのに大切な行動だといいながら、吸血鬼コミュニティーから逃げ出し、食べることができずに死にそうになっている。

 生きるために逃げたのに、死にそうになっているのでは説得力に欠ける気がするのだけれども、絶望にある主人公にとっては、いやなこと辛いことから逃げ、生きることからも逃げたいと心の何処かではおもているから、魅力的に聞こえただろう。


 

 シオンは死ぬことを選びながら、生きていたいと涙している。

 主人公と違って、シオンは生きながらえることができるし、目の前に食料があるから。涙は吸血鬼にとってはよだれかもしれない。


 主人公は死を選ぶ。シオンのために死ぬ理由にして。

 誰かの命を生かすために自分の命を吸ってもらう。

 生き物の命を食べて人間は命を長らえさせるように、家畜は人間の命を活かすために食べてもらう。そんなふうにも思えてくる。

 シオンは主人公の血を吸って、命をつなぐ。

「……ありがとう……本当にありがとう」「私がちゃんと最期まで看取ってあげますから……だから……安心して……逝ってくださいね……」「――お疲れ様でした。そして、おやすみなさい」といった言葉は、いただきますやごちそうさまでしたという意味合いを持つようにも感じた。


 読後、タイトルを読みながら考える。

 死ぬ理由を求めるのは、無駄死にはしたくないことの現れだし、どうせなら誰かを生かすために死にたいと思うことは間違っていない。命とは繋がりであり、リレーのようなもの。

 毎日の食事は、自分たちではないなにかの命を頂いている。いただいた命の分、生きて、生き抜いて、少しでも無情の世の中をよくするために使う。主人公は人生は無常で、この世は救いがないのかと嘆いていたけれど、世界に辛いことや悲しいことがゴロゴロしているところだから、少しでも良くしていこうしなければ救いは生まれない。求めるのならば、まずは与えよ。

 彼は人生の最後で、シオンに命を与えることで、この世に小さな救いを残したのである。

 私達は人生の中で、この世にどんな救いを残せるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る