ほろ苦チョコと甘い幻想

ほろ苦チョコと甘い幻想

作者 香屋ユウリ

https://kakuyomu.jp/works/16817330650998389668


 人生初の彼女を亡くした大学生の村雨迷は、大麻入りチョコを食べて幻覚を見て、彼女と心中した話。


 ホラーテイストのある現代ドラマ。

 社会性を取り上げていて、実に悲しい事件だった。


 三人称、男子大学生の村雨迷視点、警察視点で書かれた文体。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は、村雨迷。二十一歳の大学生。二カ月前の十月、サークルで偶然気があい、人生初の彼女ができる。たまたま一週間後が彼女の誕生日だったので、銀色の花のヘアピンをプレゼントするといつも付けてくれた。

 十二月に入った直後、彼女と連絡が取れなくなる。大学は冬季休暇に入り、会う機会がなく、通信アプリのマインでメッセージを送る。三週間、既読がつかない。友人に相談したら、「そりゃ振られたな。自然消滅ルートじゃね」と笑われた気がつけば毎晩缶ビールをやけ飲みするようになる。

 十二月二十二日の朝。鍵をかけ忘れて寝ていたため、取られたものがないか確認すると、床に黒色の小さいビニール製の袋があり、可愛らしいピンク色のリボンで結ばれている。なっからチョコが出てくる。一つ二つと食べるも普通とはなにか違う味がした。

 昼。行く宛もなく街をぶらついていると、小学生が血まみれで倒れていた。トラックに跳ねられたのだ。周りの家に助けを求めるも誰も出てこない。心臓マッサージすると顔に血が付き、反射的に手を離すも少女に右手を掴まれ、痛いと叫びながら起き上がる。少女の目はなかった。

 叫びながら起き主人公。家の布団の中にいた。夢を見ていたと気付き、ため息を漏らす。

 二十三日。スマホに電話がかかり、彼女の蘭海から電話がかかってくる。彼女は泣き続け、主人公はいつしか眠ってしまう。電話が切れていえ、かけ直すも繋がらない。残っていたチョコを一気に食べると猛烈な吐き気に襲われ、トイレにはいてしまう。

 その夜、非通知の電話に出ると、彼女から電話がかかってくる。謝るも、『……ねぇ、迷くん。私もう無理……! 助けて』と彼女は小さい頃から虐待され、暗いところに一人ぼっちにされているという。助けに行くから場所を教えてもらおうとするも、迎えには来ないでという彼女。そのかわり、心中しようと言われる。

 二十四日。断る訳にはいかず、承諾してしまう。スマホのメモアプリに計画を書き込み、翌日にそれぞれの最寄り駅でそれぞれ電車に轢かれて死ぬ。自分は九時十三分、蘭海も数分前の電車で轢かれる。そもそも路線が違うので、自殺による電車の遅延影響は受けない。

 そんなとき警察が来て、隣から夜中に騒いでいたことから苦情が来る。彼女が電話越しでお大きな声を出していたからだ遠見だし、彼女と揉めてと伝える。ついでに、「近頃、違法薬物の売人がここら辺に隠れてるらしいんですね。たぶん外国の方かな。そういった人、見ましたか」といかれるが、見てないと答える。

 二十五日。ホームへ行き、電車がやってくると一歩ずつ歩き、最後の一歩を踏み出す。ドン、という衝撃と共に、意識は深淵へと呑み込まれていった。

 同時刻。とある住宅街を、一台のパトカーがサイレンを鳴らさずに走り、主人公が住んでいたアパートにやってくる。昨日訪れたとき、部屋が青臭かったのだ。強制家宅捜索の令状をもってドアを叩くも返事がない。隣のおばあさんが出てきたので、「実は先日、ここら辺に隠れていた大麻の売人が逮捕されまして。その売人から大麻を購入した人物に令状が出たんですよ。その中に彼も含まれている、という感じです」と警察が説明。彼女と揉めたと答えたことを話すと、おばあさんはそんなはずはないと答え、彼女は十二月に入ってすぐ亡くなったと告げたのだった。


 彼女の謎と、主人公に起こるさまざまな出来事の謎が関わりあっていきながら、ラストの展開に驚かされる。

 怖いミステリーはホラーなので、ホラー作品だと思われる。それでも、実際に起こりうるのではと思わせるように描かれているところに、一抹の寂しさや悲しさを感じさせられる。

 起承転結の流れのなか、いつ、どこで、だれが、なにを、どのよに、どうしたのかをわかるよう五感を用い、主人公の様子や心の声、感情の言葉、行動や表情、声の大きさを描かれているので、共感する。さらに、クライマックスではより強い思いが読み手に伝わるように必要な行動や表情、描写が強くなされているから、彼の思いが読者の胸に迫ってくる。

 わからないことがわかっていく展開、さらに最後のどんでん返しもよかった。


 主人公が大麻をやったのはいつなのか。

「十二月に入った直後に、彼女と連絡が取れなくなった」とある。この時期に彼女はなくなったのだろう。

 隣のおばあさんがそれを知っているので、主人公自身、彼女がなくなった連絡は受けていることになる。

 彼女から既読がつかないまま三週間すぎたのが、本作の冒頭。

「そのことを友人に相談したら、『そりゃ振られたな。自然消滅ルートじゃね』とヘラヘラされた」とあるが、友人にいつ話したのかはわからない。

 彼女がなくなったのをかくして、友人に話したかもしれない。

それが、十二月二十一日だったと仮定すると、主人公は三週間、現実を受け入れられずに毎晩酒を飲んでいたのだろう。

 それでも悲しみが消えない。

 冒頭の主人公は、ふらふらと夜の駅を歩いていて、サラリーマンや学生、女子高生には笑われている。

 どこかで、お酒を飲んできたのだろう。

 そのときに友人に話したと推測。

 友人は「ヘラヘラされた」とある。

 この友人が大麻の売人、と邪推する。

 このチョコでも食べて元気出せ、みたいな感じで、酩酊している主人公に買わせたのかしらん。


 チョコを見つけたとき、「そういえば、もうそろそろクリスマスの時期な気がする。ああ、もしかしたら、街で無料配布みたいなのをやっていたのかもしれない」とある。

 友人から買ったのではなく、酩酊しながらの帰宅途中で、もらったのかもしれない。

 大麻グミの問題がニュースに取り上げられもしていたので、お菓子の中に大麻を入れたものを手に入れたのだろう。

 こういうところから、本作に社会性を感じられる。

 実にタイムリーだった。


 チョコを食べたとき、「チョコってこんな……味だったっけ? 味を表現しようとするとなんか難しい。だが少なくとも、普通のチョコとはなんか違うような……」とある。

 初めて口にしたことがわかるので、過去に大麻に手を出したことがないであろう。

 常習犯ではないのだ。


 トラックに跳ねられる小学生の夢を見る場面がある。

 大麻入りチョコを食べたせいで幻覚を見たのだろう。

 この小学生というのが、彼女の象徴で、きっと彼女がなくなったのもの、トラックに跳ねられた交通事故だったのだと考える。


 その後、彼女から電話がかかってきたのも、幻覚だろう。

 気がついたら「朝食に顔面だいぶしていたようで、パンに塗っていたバターが顔面にところどころ付いてしまっていた」とあり、布団から起きて朝食を用意していたときにまた幻覚に襲われたのだ。

「慌ててスマホを見ると、通話画面はではなく、真っ黒の画面がそこにはあった。液晶に映る自分の顔が、なんだか情けなく見えてきた」

 電話はかかってきていないから画面は真っ暗なのだ。

 情けない顔が映っていることで、自分の顔を見ているこの描写が良い。大麻でやつれているのか、彼女を亡くした悲しみに満ちているのか、睡眠不足か。すべてが混ざった顔をしていたのだろう。


 残っていたチョコを食べては、吐き出している。精神状態もおかしくなっていて、食べ物を受け付けなくなっているし、大麻入りチョコの味がおかしいから、拒絶してはいたのだろう。「胃酸特有の変な味が口の中にじんわりと広がる」も、実際吐いている感じがして生々しさや、苦しさが伝わてくる。


「朝から気分が、最悪だ。今日はこのまま寝よう」とあり、ろくに食事をしなくなっている。

 

 電話がかかってきたのが「非通知」。

 セールス的な、迷惑電話の一つだったかもしれない。

 電話には出たけど、スピーカーから聞こえてきた実際の声と、主人公に聞こえている声は違っていたと思う。彼は彼の中にいる彼女と独り言のようにつぶやいていたのだろう。

 

「随分とパニック状態になっているみたいだ。かなり大きい声で話すので、思わずスマホから耳を遠ざけてしまった」

 実際にかけてきた電話の相手は何者かはわからないが、会話が成り立たない主人公に対して、「ふざけているのか」といったのかもしれない。


「翌朝は、携帯のアラームで目が覚めた。一昨日の恐ろしい夢は見なかった。さすがにあんな悪夢、一週間のうちに二回も見てたら精神がもたない」

 主人公は、夢の中にいるから夢を見ないのだ。夢の中で夢を見ることもあるだろうけれども、その線引がどこにあるのか、主人公にはわからなくなっているにちがいない。


 ホームへ飛び込んでいくまでの語りがよかった。

 完全に自分の世界に入り込んでいる。焼肉を食べたのは事実だろう。まともな食事をしたのでまともな考えができるようになるのかなと思うのだけれども、そうではなかったようだ。

 

 警察が来て、おばあさんとのやり取りの展開には意表を突かれた。

 アパートの壁は薄いから、深夜に電話すれば大きな声に聞こえる。通報するのは理解できる。ひょっとすると、主人公は、彼女のセリフまで口に出していたのかもしれない。

 

 最後の「冷たい冬風が、二人のあいだをヒュウと吹き抜ける。カラスの不気味な鳴き声がただ、辺りに響いていた」が、作品全体を表している。

 悲しい事件だった。カラスの不気味な鳴き声というのは、大麻入りのチョコが入っていた包みを連想させる。彼女がなくなった哀しさが主人公を狂わせ、そこに大麻が追い打ちをかけたのだ。

 

 読後、タイトルの『ほろ苦チョコと甘い幻想』をみながら、彼女をなくした辛さと、幻覚でも彼女と話し、好きな人と心中したと思いこんで自殺した主人公。

 幻覚でも、彼にとっては救いになったのかもしれない。


 

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