空翔る、私

空翔る、私

作者 弥生 菜未

https://kakuyomu.jp/works/16817330663028859636


 世界で発症例の少ない病に罹って幻覚と深夜徘徊が酷くなり行方不明になった彼女を探しては見つけだした彼。血の繋がりはなくとも誰よりも家族で泣き虫の彼に『愛してる』と伝えたい彼女の話。


 誤字脱字等は気にしないけれども、推敲をされると良くなる。

 現代ドラマ。

 幻想的な趣きもありつつ、思い合う一つの愛を描いた作品。


 主人公は二人であり、共に医者。女性は一人称が私、男性は一人称が僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 男主人公が幼い頃、友人の彼女の家にお世話になっていたことがある。その彼女――医者――が世界でも発症例の少ない病気になり、身体の麻痺、感覚の喪失、物忘れなど。とくに幻覚と深夜徘徊が酷く、夜に話しかけても通じず、病室外に出かけては看護師に連れ戻され、朝になれば嬉々として話す彼女に付き合う。「私はハヤブサ」「身体がうんと軽くなるんだ」「私は何よりも自由で、何もかもが美しく目に映る」「人間なんてやめてしまいたい」「――――研究対象になるつもりはない」と言い残して行方不明となる。

 警察に通報し、彼女の母親とは縁を切ったと聞いていたものの、連絡したが返信がない。

 家を訪ねて縁を切ったとはどういうことか尋ねると、「失踪だなんて大袈裟だわぁ。大丈夫よ。あの子がこの家を出て行ったのも半分、家出のようなものだから。そのうち帰ってくるでしょう?」「あの子は自立したの。私は母親だけど、だからこそ、あえてあの子を突き放したの。自分のことを自分で解決できるように。何でもかんでも人に頼ろうとするのを変えるために。この先、一人でも解決できるように、立ち上がれるように。そうやって、あの子のためを願って、縁を切ったの。――――あの子から聞いてない?」

 自分お娘が死にかけてると言っても同じことが言えるのかと聞けば、仕方がないと言って「人間が嫌いなんだもの。嘘つきで、自分勝手で、気持ち悪い。私が酷い人間でも、仕方がないでしょう?」と、縁を切った理由を述べた。

 女主人公の彼女は、幼馴染の友人に会って話したい、泣き虫だから守ってあげなければと思って帰ろうとしてていた。

 男主人公は、彼女と通った高校の駅や、寄り道したショッピングセンターの最寄り駅、一緒に遊びに行ったプラネタリウムと屋内プールの最寄り駅、遠足で行ったフラワーパークの最寄り駅をたずね、駅のホームの椅子に力なく腰を下ろし、虚ろな目は地面を見つめている彼女を見つける。着ていたコートを掛け、「僕はずっと、側にいるから、目を覚まして」と声をかけたが、植物状態となりチューブに繋がれている。声をかけるも声が届いているのかわからない。でも彼女には聞こえている。

 互いに寂しかった、友人で良かったと思いが重なる。

「愛している、誰よりも、だからお願い目を開けて」と告げ、「愛、し、てる」彼は泣いていた。

 彼女は、泣き虫で誰よりも家族でいてくれた彼に最後のひと言、「愛してる』を伝えたかった。


 ハヤブサになった謎と、主人公たちに起こるさまざまな出来事が交互に折り重なっていきながらも、互いに見えているものや言葉が届かないからこそ、伝えたい気持ちが募って行くのが良かった。

 二人の主人公の視点で描かれていて、女主人公は見ている幻覚や思ったり考えたりしていること、男主人公はあの女の外側の現実世界での出来事や彼の考えや思いが、徐々により合わさっていくことで二人の気持ちが近づいては重なっていくので、二人の気持ちが読み手によく伝わってくる。

 

 女主人公のモノローグによる書き出しは、ハヤブサとなった自分自身の心情が語られているのだけれど、初見ではそういうことはわからないから、なんだろうと不思議に思う。

 遠景のあと、近景で主人公の状況がせつめいされていくけれど、「しばらく経ったある日、私はハヤブサになった」とある。

 さらに謎が深まり、現代ファンタジーなのかなと思いながら、ハヤブサになって飛び回る心情、感想を読むことになっていく。

 落とし込んでいく書き方をされているので、鳥になった気持ちが、読み手に深く伝わってくるので、主人公に共感できていくところがいい。

「――――楽しい。子供の頃に戻ったみたい」このひと言が、鳥になったときの感想として、うまい喩えだ。

 誰しも、子供だったときがあり、できることは限られていたけれども、今よりも自由で楽しく過ごしていたことをおぼえているはず。

 鳥になれば、そんな気持ちになれるのだったら、自分も鳥になってみたいな、と読み手に思わせてくれる。

 だから前半の、朝は人間で夜は鳥になる生活は面白く読めてしまえる。


 幻覚を見ている彼女、つまり夢を見ているのである。

 人が空を飛ぶと夢というのは、現状でなにかストレスを抱えていることを意味している。

 抑圧されて苦しかったり、何かしらに行き詰まっていたりして、思うようにできない状態にあるのだ。

 空は自由の象徴。

 かつて子供だったとき、横になっていると、頭の上では見えない言葉が飛び交っていた。そのおかげで、ご飯だったり着替えだったり遊んでくれたり、欲しい物が手に入った経験があるので、空を飛ぶ夢を見ることは、自由に触れることであり、かつて何でもできたころの自分を取り戻したいと思っている現れであろう。

 ハヤブサは、急降下の時速三百キロ以上で飛ぶ、世界最速の鳥である。誰よりも早く、遠く、現状から抜け出し、自由になりたい欲求が彼女にあったのではと推察する。


 鳥になる夢では、いい意味では「希望を手にできる」「自由になれる」

 一方で、悪い意味で「現実逃避をする」がある。

 作中の彼女は「私は自由と現実逃避を履き違えていたかもしれない」と気付く。

「自由は永遠だけど、現実逃避は一瞬だ。今、こうして崩れかかっているのは、私が見ていた景色が虚像に過ぎなかったからなのかもしれない」

 彼女がハヤブサとなって飛んでいたのは、現実逃避だったかもしれない。

 何に対しての現実逃避なのか。

「人間である内は、忘れたくても忘れられないことが数え切れないほどあった。忘れることが簡単なことではないことを知っている」

 嫌なことから全部逃げたくて、ハヤブサになったのだ。

 母親から縁を切られたことも含まれているかもしれない。


 彼女の母親は「人間が嫌いなんだもの。嘘つきで、自分勝手で、気持ち悪い。私が酷い人間でも、仕方がないでしょう?」と語っている。

 嫌いだから、自分の娘を突き放したのだろう。

 人に頼ろうとせず、自分のことは自分で解決できるよう願って縁を切ったというのは、建前だった。

 そんな母親に育てられたから、彼女は幻覚の中で「人間なんて嫌いだ」「いっそ死んでしまえば」「いや、ダメだ」残された選択肢は一つしかないから、逃げ出して家を出たのだろう。

 一度逃げると、逃げぐせがつくという。

 また、家出を経験した者はたとえ戻ってきたとしても、心のなかではいつでも家出をしようと思い、家出をしている気分で過ごし、ここではないどこかへと思いを馳せているものなので、「人間である苦痛から逃れたかった。自由が欲しくてたまらなかった。一瞬の幸福ではない、永遠の幸福を手にしたい、と願ってしまう。逃げて、飛び立って、私は長い旅に出た」とあるのは、彼女の心のなかに常にあった思いだったと推察できる。


 昼は人間、夜はハヤブサだったときは、大人の顔と子供の心のような二面性を表していると考える。真面目で理性的で、自分の気持ちに素直になれない性格だったのかもしれない。

 でもやがて、昼も夜もハヤブサで、なぜ逃げているのかもわからなくなっている。

 子供に会って、追いかけたり逃げ回ったりするのを目にして、主人公の心の声や感情の言葉が書かれ、幻覚の中で記憶を思い出そうとしていく。

 クライマックスへと至りながら、主人公たちの強い思いが、必要な行動や表情、思い出したり会いたいと強く思ったりする描写がされているので、感情移入して読み進めては二人の再会に胸を打たれるのだ。


 男主人公は「お母さんに、会いに行ったの?」と聞いている。

 病室を抜け出したのは、逃げ出したのでも現実逃避でもなく、縁を切った母親に会いに行こうとしたのかと思ってのかもしれない。

「考えたことはなかったけど、そうかもしれない。今の私だったら、受け入れてもらえるとどこかで思っていたのかもしれない。でも、そもそも目的地なんてなかった気もする」

 答えは、彼女にもわからないだろう。


 彼女がいたのは、「遠足で行った、フラワーパークの最寄り駅」だろう。

 子供のとき、男主人公も一緒に行ったときの駅で、彼女が幻覚でみた子供たちは、かつての自分と彼だったのかもしれない。

 フラワーパークで、きっとハヤブサを見たのだ。そのことをおぼえていて、幻覚の中でハヤブサになっていたのだと考える。

 どうして、そんな幻覚をみたのか。

 おそらく、振り返って楽しかったと思える時間が、遠足での体験だったのだろう。ハヤブサになって、泣き虫の彼と一緒にいた子供の頃にもどって、彼と楽しい思いをまた過ごしたい。そんな思いが、彼女の心のなかにあったのだと想像する。

 

 読後、自由に遠くまで飛んで、愛している人のもとにたどり着けた彼女だったけど、彼の声が聞こえていても思いを届けられないのは辛い。

 泣き虫な貴方も愛してる、と伝えられたのだろうか。

 それとも、そのままハヤブサとなって、飛んでいってしまったのか。タイトルを読みながら、後者かもしれないと思った。

 

 

 




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