家族のしおり

家族のしおり

作者 儚和

https://kakuyomu.jp/works/16817330662054576512


 事故でなくなった母を普及してきた復元型人工知能で再現して生活し二年が過ぎた凌介は違和感を覚え、このままでは天国の母は安心できないと決断し、三回忌の節目に最後に家族で楽しんでお礼を伝えてシャットダウンし、父と二人での生活をはじめる話。


 数字は全角漢数字云々は気にしない。

 近未来SF。

 死別は誰しもいずれは経験することだからこそ、感じ入る作品。


 主人公は、高校二年の凌介。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道で書かれている。

 買い物に出ていた主人公の凌介の母は、交通事故で死んだ。

 父はその事実を受け止めきれず、家族の時間はそこで止まっていた。最新技術として注目されていた復元型人工知能で母さんを再現した。

 主人公の十七歳のとき以上に、結婚記念日を楽しんでいた。母が亡くなって二年が過ぎ、違和感が大きくしていた。

 三年生の引退試合が終わり、打ち上げをすることになったと母に連絡を入れる。友人の巧翔が最近の家の様子を聞いてくる。最近では復元型人工知能が普及し、多くの遺族が利用しているらしい。

 先輩たちが母親を美人で凄い優しそうだと話す。

 七月、コーチにプレーを叱咤され、顧問に部活との向き合い方を咎められる。おまけに帰ってきたテストは昨年より順位が下がっている。帰宅後、母に答案用紙と順位と分布がまとまったプリントを見せ、「全体的に悪くないけど、少し順位は下がったのね。まあ、次回頑張りましょう」優しい声色で、柔らかく微笑んだ。いいしれぬ違和感が増大し、いまの母になってから失敗したのははじめてだった。

 復習したいからと自室に戻り、失敗したとき母は『よくできました』と困った顔で言っていたことを思い出す。来週の土曜日でちょうど三年。そろそろ潮時だと考える。

 母の様子がおかしいと思わないか父に尋ねると、土曜日に出かけるかと話してくる。「今週の土曜は、母さんの三回忌でしょ? もういい加減、気持ちの整理つけないと。あれは母さんじゃなくて、母さんの形をしたロボットだよ」やめろと言った父は、押し黙った。

『復元型人工知能 取扱説明書』からシャットダウンの手順をみた翌朝、今週の土曜日に三人で出かけたいと話す。

 登校時。巧翔に、そろそろ三回忌だからと父に話したことを告げる。お前はそれでいいのかと聞かれるも、俺が口出すことじゃないよなといい、気まずい空気のまま校門をくぐる。

 帰宅後、土曜日の話をしているとき、母の行きたいところでいいと話すと、遊園地で久しぶりに遊びたいという。

 家族三人で楽しみ、無理言って母に作ってもらえるよう頼んで家で食事をする、いつもより時間を書けてゆっくり咀嚼し飲み込む。その夜、母を起こし、頭が痛くて嘘をついて一緒にリビングに行く。

「遊園地行けてよかった」「母さんの料理も、最後に食べられて嬉しかった」「母さん、ごめん。これ以外の方法が思いつかなかったんだ。俺だって、母さんと一緒にいたいけど、でも」「母さんは母さんだけど、やっぱりどこか違くて、もういい加減前に進まないとって思って」「だから、お別れ、してほしい」

 母の温かい手が背中を擦り、大丈夫だから深呼吸してといい、コンセント用の穴の上に、透明なカバーがついたパネルとボタンがあり、『シャットダウンパスワード』を打ち込み、続けてスマートフォンの画面に表示されている『お客様ID』を入力した。あとは、このボタンを押すだけ。

「凌介、いつでもいいよ」というははにありがとうと伝え、小さなボタンを押す。「凌介、よくできました」そこにいたのは紛れもなく母だった。動かなくなった母を前にしていると、外が明るく白みだす。

 父が来て、「どうして! なんで勝手にこんなことしたんだ! 今ならまだ間に合うかもしれない。このまま修理会社に持っていけばまだ」涙を流しながら、精一杯の声量で叫ぶ。顔は怒りと苦痛に歪み、体は小刻みに震えていた。

 あやまりながら、「この母さんは、確かに俺たちの母さんだった。だけど、記憶と体を引き継いだだけで、感情はない。その場凌ぎだったんだよ。天国の母さんは、このままじゃ安心できないでしょ?」

 最後になんと言っていたか聞かれ、「大丈夫だって、よく、できましたって」目頭が熱くなる。「凌介も、たくさん考えて出した答えだったんだな?」聞き取れないほどに震えていた。夢跡がくっきり残った手を差し出して主人公の手を握り、『復元型人工知能 re:AI』と書かれた店舗荷運び、必要書類を記入して母は引き取られていった。

 三年ぶりに母の眠る墓を訪れ、きれいなユーカリの花を供える。

「やっと目が覚めてきたよ。凌介、ありがとう。父さんだけだったら、ずっとあのままだった」「遅くなってごめんな。これからは、ちゃんと二人で頑張るから。安心して待っててよ」二人で手を合わせ、夕食と進路の話をして帰った。

 帰宅後、父は母の写真の側に花瓶を置いて、ただいまというのだった。

  

 母さんの謎と、主人公に起こるさまざまな出来事の謎がどんな関わりを見せていき、その中で主人公がどんな決断をして受け止め、乗り越えていくのかがよく描けている。

 現代ドラマかなと思わせて、近未来SFを描きつつ、現代をいきる誰しもに関係する普遍的なところに落とし込んでいくところは上手いからこそ、感じ入ることができるのだろう。

 母は事故でなくなり、記憶と容姿を引き継いだAIだったと明かされる展開、わからないことわわかったとなり、死別を受け止めて乗り越えていくことは自分にも関係があることだし、もし主人公と同じように家族を亡くしたときは、ありがとうと伝えては事実を受け止め、悲しみを乗り越えていくことは自分にもできると思えることが書かれているからこそ、読み手は感動するのだ。

 感情移入できるためには、それぞれの場面を具体的に想像できるよう、起承転結で、いつどこで誰が何をどのようにどうしたのかを、五感をもちいて、心の声や感情の言葉、登場人物の表現や声の大きさ、震えていたり爪痕が残る手のひらといった、読み手を想像させるよう書かれている。

 とくに、難しい漢字を使ったりするのではなく、読んでいけばすっとわかる言葉を使って書かれてあるのがいい。

 

 息子の誕生日以上に、父が結婚記念日で楽しそうにしているのは、母が生きているときは、そんなふうに喜んだりしなかったからだと想像する。

 父にとっては、母は大好きな人だったから結婚しただろうから、たとえ復元型人工知能だろうと、もう一度会えて一緒に過ごせるのは嬉しいのだ。

 それだけ、父が一番寂しかったのだ。

 だから、三回忌の話をしたときも「やめろと言っている」といった声が震えていたのだ。

 父もわかっている。もう母はいないと。

 だけど、事実を受け入れるのが辛いのだ。

 AIでもちゃんと受け答えしてくれるし、家のこともする。昔のことを覚えているし、寂しくない。

 息子がシャットダウンしたときは、爪が食い込むほどの怒りや哀しみをおぼえていた。下手すれば、主人公を殴り飛ばしていたかもしれない。それを必死に抑えつつ、現実を受け入れようとすればするほど、自分が母の死を受け入れられなかったことを思い出し、悲しみが込み上がっていたのでは、と想像する。


 巧翔は、いい友人だと思う。

 復元型人工知能を使っているとはいえ、母親がなくなった主人公を心配しているのがわかる。シャットダウンをするかどうかの話も彼にしていて、「凌介はさ、それでいいの?」と問いかけるところが良かった。

 人が相談するとき、八割は心のなかで結論が決まっている。人に話すのは残り二割、背中を押してほしいから。

 肯定でも否定でもなく、それでいいのかと問いかけることで、主人公に一旦考えさせている。

 彼のこの問いかけがあったから、父も含め家族でお別れをしようと考えを変えたのだと思う。

 もし、彼の言葉がなければ、あっさりボタンを押し、父との関係もうまくいかなくなり、最後に「よくできました」も聞けなかっただろう。


 生前の母は、何をしても、困った顔で「よくできました」というのは凄いなと思う。悪いことをして、よくできましたなんて言うだろうかと考えてしまうけれども。

 感情にまかせて怒りをぶつけるよりマシである。

 まったくしょうがないんだから、というニュアンスかしらん。

 

 墓前にユーカリの花を供えるのは珍しいなと思った。

 好きだった花かもしれない。

 ユーカリの花言葉は、「再生」「新生」「思い出」。

 復元型人工知能の母と過ごしたこと、亡くなった母との思い出を胸に、父と二人でこれからも生きていく思いがこもった花に思える。


 読後、母をなくし、父と二人で生活していく。その間の三年間、復元型人工知能の母と三人で暮らした時間を表したタイトルなのだろう。

 これまでと、これからを記す大切な役割があるのがしおり。

 主人公と父にとって、復元型人工知能の母との生活も、大切なものだったのだ。


 

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