純白の花

純白の花

作者 鹿瀬琉月

https://kakuyomu.jp/works/16817330663458559528


 普通でないからと人権を奪われた落伍者の一人の瑞希は、落伍者も意思ある一人の人間だと教えてくれた盲目の朔に、神のように尽くしてきた。第一落伍者の処刑を決定した政府に殺されるのならばと、自らの意思で死を選んだ話。


 近未来SF。

 時代性や社会性を感じられるだけでなく、考えさせられる作品になっているところが良かった。


 主人公は落伍者の瑞希。一人称、私で書かれた文体。ラストの主人公は男。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 生まれつき顔にアザがある主人公の瑞希は、普通の家族と同じように、街の小さな家で両親と兄と一緒に暮らしていた。

 そんなとき、政権の大規模汚職事件がおきる。政権反対派だった政党を含むほぼすべての政党が関与した国家レベルでの大規模汚職を暴いたのが弱小政党。

 国民のヒーローとして一躍有名になり、一気に九割越えの支持を集めて政権が変わる。最初に行われた政策により、普通の人を健常者、普通でない人を落伍者と呼び、落伍者の人権が否定された。

 落伍者は、手伝いが必要である身体の欠陥、見た目の欠陥、自分のことを行える程度の身体の欠陥、という第一から第三に区分され、労働力として、政府が作った専用施設で働くことになった。

 生まれつき顔にアザがある瑞希は、第三落伍者と区分され、三歳のときに、子供の落伍者を将来の労働力として育成するための孤児院に収容される。

 施設入りは強制ではなく、数は少ないが個人に使え、奴隷のような立場で働く落伍者もいるが、普通の仕事にはつけず、施設は落伍者を一定以上の金額で買い取っているため、ほとんどの落伍者は施設に入っていた。

 ヒーローである政党の政策に間違いなどあるはずないと、孤児院の先生からくり返し聞かされてきた瑞希はある日、先生に呼ばれて初めて外出することになる。連れて行かれた屋敷で、両目の見えない第一落伍者の朔と対面し、彼の身の回りの世話や屋敷の仕事をする仕事をすることになる。

 第一落伍者は、施設に入れば最低限の衣食住を保証されるはずである。人を雇って屋敷で暮らす必要がないのだが、両親は資産家で、加盟に傷がつくことを防ぐために施設に預けるつもりだったが、母親が嫌がり、使用人とともに屋敷に住まわせていた。が、施設収容が反響性的となり、妹が生まれたこともあって母親の考えも軟化したものの、施設では目立つ理由から、落伍者である瑞希に朔の世話をすることになった。健常者が決めたことに落伍者は拒否権はなく、使用人の女性に一週間つきそってもらって仕事を覚え、彼の世話をすることになる。

 相手が使用人であっても自分からはなにもしない彼。二人きりになって忙しさから苛立って、「朔様は、自分が世間ではどのような存在なのかご存知でないんでしょうね」と意地悪なことをいうが、彼は自分が第一落伍者であり、落伍者がどういう生活をしているのかも知っていた。ならばなぜと聞けば、「だって、おかしいじゃないか。僕が生まれてくる少し前までは、咎められることは無かったのに、急にいけないことになるなんて」といわれて、頭を殴られた気になる。

 自分のせいだと思ってきた境遇も、自分異性人はなかったのかもしれないと思うと肩の荷が下りた気がし、瑞希にとって彼は神様になった。彼に尽くすことは苦にならず、尽くしても足らないくらいに思うようになる。

 一年と少し経ったある日。

 朔の父親に定期報告するため月に一度、御屋敷から使いがきて出かける。その際、朔に頼まれたCDやリクエスト料理の食材を買っていた。

「政府が全ての第一落伍者の処刑を決定した。朔のところにも明後日政府の使いが行くから、引き渡してくれ」と旦那さまに言われる。

 自分の世界を変えてくれた朔が、世界の仕組みによって殺されることはあってはならない。

 いつものように買い物をし、朔様が一度匂いを嗅いでみたいと言っていたといってダチュラの花を手に入れる。

 帰宅後、なにかあったと聞かれ、なにもないと告げる。「それより、今日はいい食材が手に入ったんです。夕食、楽しみにしていて下さい」

 その日一日中、朔と一緒にCDを聞き、とても喜んだ彼はピアノも弾いた。いつも以上に和やかな一日を過ごす。

 最後の夕食がいい思い出になるようにと心を込めて作り、すべての料理に仕上げをする。夕食前に花を飾り、甘い香りが充満する。

 いつもより少し豪華な夕食に、いつもと同じような他愛ない会話をする。彼が先に眠ってしまうと、起こさないよう準備した。

 屋敷に訪れた政府の者たちは、むせ返るほどの甘い香りのする部屋の中、大きなベッドに横たわる彼を見る。周りには真っ白い花がベッドを埋め尽くすよう大量に置かれ、ベッド横に置かれた椅子には瑞希が眠っている。

 死んでいることを確認し、男たちは彼の胸の上に置かれた白い封筒を見つける。

 遺書には、「落伍者は自分の命さえも自らのものでは無いと教わりました。しかし、それはおかしいことだと朔様が私に教えてくださいました。だから、私たち落伍者も意思がある一人の人間だと示すために死ぬことにしました。あなたたちに降伏し、殺されたのではありません。私達は自らの意思で死を選んだのです」と書かれていた。

 回収が来るので帰宅することになった男たちは「気でも触れたのだろう」「気分の悪くなるようなものは燃やしてしまおう」と火をつけて遺書を燃やす。ひとけのなくなった部屋には、冷たくなった二人と大量の花、ひとつまみの灰だけが残されたのだった。


 落伍者の謎と、主人公瑞希に起こる様々な出来事の謎が、独特な世界観の中でどう関わっていき、進むべきを見失ったとき、どんな選択をするのかといった展開が良かった。


 書き出しが実にいい。

 本作は、近未来SFであり、健常者と落伍者という区分をする特殊な世界を描いている。

 だからこそ、書き出しが普通の言葉ではじまるのだろう。

 冒頭は、読み手に興味を持ってもらうためにインパクトや動きのところからはじまる。しかも、徐々に物語の深部へと誘っていくために導入は客観的な状況説明をし、外側から内側へとむかっていく。

 特殊な世界観である本編から遠く離れたところからはじめるため、普通の声掛けに聞こえるような会話が、一行目にきたのだと思う。

 この声掛けは、主人公にだけでなく読み手にも、これから物語へとご案内しますよという意味合いもかねている。

 そう考えると、書き出しがすごくいい。


 主人公の年齢がいくつなのか。

 三歳に孤児院の施設に来たのはわかるが、年齢は書かれていない。

「幼い兄弟たちの質問攻撃」からも、弟や妹たちがいるのはわかるし、彼女彼らよりは年上だと推測できる。

 朔に関しては「年は十四、五歳くらいだろうか」とあり、「だって、おかしいじゃないか。僕が生まれてくる少し前までは、咎められることは無かったのに、急にいけないことになるなんて」とあるので、朔より年上なのがわかる。

 単純に考えて、瑞希は十八歳ぐらいだろう。

 おそらく瑞希は、孤児院で弟や妹たちの面倒を見てきたはず。

 だから、朔の面倒をみることは容易にできたのだろう。年下なので、着替えさせることも出来たのでしょう。(どこまで着替えさせていたのか知らないけれども)後に、神様と思うようになってからは気にしなくなったに違いない。

 施設の先生もその辺りから、朔の世話をするのに適任だと判断したに違いない。

 一週間、使用人と一緒に屋敷内での仕事を教えてもらったとはいえ、料理までできるとは。元々、労働力に使うために施設にいるのだから、家事全般は習っていたのかもしれない。


「旧政権の大規模汚職事件。旧政権反対派だった政党までもを含むほぼすべての政党が関与していた国家レベルでの大規模汚職」

 なそうであるかもしれないと思えるところに、本作の現実性を感じさせられる。

 過去には、 三木内閣汚職事件、佐々木内閣汚職事件、リクルート事件、住友金属汚職事件、小沢一郎事件、 森友学園・加計学園問題、民進党(現立憲民主党)政治資金問題、 自由民主党・山田派事件、公明党・朝鮮学校問題などなど起きている。

 最近では、東京オリンピック・パラリンピックを巡るスポンサー契約をめぐる汚職事件や、自民党派閥の政治資金パーティーの収支をめぐる問題で、最大派閥の安倍派では少なくとも五人の議員がノルマを超えて集めた額を裏金にしていた疑いがある。

 同様なことは与野党でも行われているかもしれないし、明るみになっていないだけで、もっと大きな金の動きが潜んでいるかもしれない。

 私達の国に階級制度はないけれども、富裕層と低所得層の格差問題は確かに存在している。また、健常者と障がい者の問題もある。障がい者を雇用した企業には助成金が支払われるが、障害者の賃金は症状や状況によってフルタイムで働ける人が少ないため、健常者と比較すれば月給が低くなる現実がある。

 海の向こうに目を向ければ、イスラエルとパレスチナとの争いがある。第二次大戦後、中東のアラブ人が住んでいたパレスチナに、イギリスとアメリカがユダヤ人が住むイスラエルを作り、現在に至るまで争いをくり返してはパレスチナの領土を奪っている。

 アメリカと西欧諸国は、パレスチナに住む中東アジアのアラブ人には命も人権もないと考えているのだろうか。この中に、日本も組み込まれていることを忘れてはいけない。

 本作内での現政党の「落伍者は普通の人としての欠陥部分があるため、人とは呼べない」として人権を奪い、また国民は「ヒーローである政党の政策に間違いなどあるはずない」と反対することもなくなっている。

 まるで戦時中に行われた文民統制のように、反対の声をあげられなくなっているのかもしれない。

 本作はフィクションだけれども、長いものに巻かれたり増税に不満を言いつつ選挙にいかなかったり、好き勝手に行う国のやり方に反対の声を上げず行動もしない現在の状況と似ているようにも感じられる。

 こうした点からも、本作からは時代性や社会性を感じることができる。


 朔の母親は、「施設への収容が半強制的になってきたことや、妹君様がお生まれになったことで、奥様も考えをお変えになりました」とある。

 たとえ、目が見えなくとも自分のお腹を痛めた我が子である。

 可愛くないはずがない。

 我が子を守りたくとも、半強制的に収容するようになったことから、法律で義務化が決定し、一定期間の猶予があたえられたのかもしれない。

 朔の家は財閥なので、政府関係者と人脈もあるかもしれない。

 近いうちにすべての第一落伍者の処刑を決定することを事前にきいていたから、妻を説得するためにも夫は子を設け、朔のことは諦めてくれとたのんだのかもしれない。


 収容が半強制的になったときから、政府は処刑を検討していたにちがいない。施設に集めれば、鳥インフルエンザに罹った鶏を殺処分するように、まとめて処分することができるから。


「朔様に帰宅を告げた時、『何かあった?』と聞かれた時はドキリとしたが、何もないと告げるとそれ以上追及はされなかった」とある。

 盲目とはいえ、きっと朔は気づいたのだろう。だからといって、自分になにかできるわけもない。これまで一緒に過ごしてきた瑞希を信じたのだろう。

 なにを信じたのか。

 朔は、使用人がいたときから着替えをしてもらっていた。

 それについて瑞希の問いに、「だって、おかしいじゃないか。僕が生まれてくる少し前までは、咎められることは無かったのに、急にいけないことになるなんて」と答えた。

 つまり、朔は理不尽な政府のやり方に納得していないから、落伍者だから健常者の役に立たなくてはいけないという考えに反抗するべく、健常者である使用人に着替えさせていたのだ。

 そんな彼を神と思い、尽くしてきた瑞希だからこそ、彼の考えを読んで行動してくれる、と信じていたと思う。

「嬉しいな。楽しみにしてるね」と笑って応え、新しいCDをとても喜び、気まぐれで気分が乗ったときにしか弾くことのないピアノを弾いて、いつも以上に穏やかに過ごしたのだろう。

 遺書に書かれていたことは、瑞希の考えであり、瑞希の考えは朔の考えてもあったにちがいない。


 ダチュラ(チョウセンアサガオ、曼陀羅華)は、夏に美しい花を咲かせる有毒植物。花言葉は「愛嬌」「愛敬」「変装」「偽りの魅力」「夢の中」「陶酔」「恐怖」などがあり、世界に二十種程度が分布している。

 昔は海外から入ってきたものを「チョウセン〇〇」と呼ぶことが多かったためであり、ダチュラがチョウセンアサガオと呼ばれても、朝鮮半島原産でもなければ、アサガオの仲間でもない。

 果実にイガイガしたトゲがあるナス科の植物なので「イガナス」とも呼ばれる。

 草タイプと木タイプの二つがあり、最近はそれぞれを別物として扱う。草タイプをダチュラ(属)、木タイプをブルグマンシア(属)と呼ぶ。ちなみに木タイプは、エンジェルストランペットがよく知られている。

 ダチュラ(草タイプ)

 春まき一年草。草丈は一五〇センチほどに生長。やせ地でもよく育つため、道端や花壇で野生化。花が咲いている夏~秋はよく目に付く。

 花はラッパ型で上から横向きに咲く。花色は白、紫、黄色など。一重の他、花びらが重なった二重や三重もある。果実は球形で、表面にびっしりとトゲが生えた、まがまがしい姿をしている。

 茎、葉、花、果実、根など植物全体にアルカロイドを含む有毒植物。経口後三十分ほどで口渇が始まり、体のふらつき、幻覚、妄想、悪寒など覚醒剤と似た症状が表れ、命に関わる。特に根に毒性が強く、致死量はわずか0.2~1グラム。


 屋敷に男たちは「今回の対象者は財閥の息子らしい」とあるので、すでに幾人もの第一落伍者を殺してきたのだろう。

 遺書を燃やすとき、「そうか。こんな気分の悪くなるようなものを他の者に読ませるわけにはいかない。燃やしてしまおう」と男たちの先輩はいっている。が、この遺書が明るみになれば、同じように考えている落伍者たちが現政権に反抗するかもしれないと危惧して、処分したのだろう。 

 これまでにも、似たようなことがあったときは握り潰してきたに違いない。


 読後、同調圧力という言葉を思い出す。ロシアがウクライナに侵攻したとき、日本はアメリカはじめ西欧諸国側についた。国同士の同調圧力は、女子間の同調圧力とは比べ物にならないほど強い。

 当たり前だとする意見や常識だと信じているものも、大多数の人間がそうだと思いこんでいるだけであって、必ずしも正しいとは限らない。

 朔の容姿は、「年は十四、五歳くらいだろうか。抜けるような白い肌、光に透けるサラサラの金髪、百人中百人が美しいと答えるような整った顔立ち。そんな女性に向けるような誉め言葉がいくらでも出てくるような容姿をした美少年」とある。

 その美しさは、間違った世の中に反抗する強い意志をもっていたからだと考える。

 灰谷健次郎の『兎の眼』という小説の中にある、「人間は抵抗、レジスタンスが大切です。人間が美しくあるために抵抗精神を忘れてはなりません」を思い出す。

 彼は世界に抵抗し、瑞希もまた、抵抗した。

 だから最後は美しく純白の花に埋もれるように眠っているのだ。

 タイトルを見ながら、二人のような気概を忘れないようにしようと思った。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る