浮世知らず

浮世知らず

作者 梣はろ

https://kakuyomu.jp/works/16817330663462799409


 国の命運をも変えてしまう強大な術をつかった『囚われの狛犬』と呼ばれし術師の伝説は、強い意志とはどんな困難をも乗り越える力を与えてくれることを教えてくれる話。


 壮大なファンタジー。

 強い力は、争いのために使うものではないことを教えてくれる。


 冒頭のナレーションは三人称、術師を指導する者の視点。主人公、狛犬の白菊。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 とある世界に、国の命運さえも変えてしまうほどの兄弟な術を使う者たちがいた。中でも伝説として語り付くべき『囚われの狛犬』と呼ばれた術師がいた。人生をかけて正しさを追い求めた若い術師の生涯の片鱗を、これから術を学ぶ者たちに語る。

 獅子と狛犬は、その術を組み合わせることによって、本来の力を発揮する。何かを代償に捧げることなく強大な術を使うことができる、いわば無限機関のような力。だからこそ、獅子狛犬は常に、術師たちの中でも最高と言われるほどの強さを持つ。そして、狛犬の主人公には術の才能があった。

 軍人たちにより、大国同士の争いに駆り出されていた採用の狛犬出会った母や獅子の金蘭は、術の代償を受けながら術を使わされ、無理をした結果、死んでしまった。軍人たちは同じ力を持つ狛犬である主人公を探しては囚え、軍の基地へ。姉の死を知り、獅子と狛犬が存在する、本来の意味を伝えると、彼らの顔から血の気が消えていった。

「明日、満月が一番高く昇るとき、この戦いを終わらせて見せましょう。ただし、私は絶対に、あなたたちのためには術を使いません。私が術を使うのは、唯一金蘭姉様のためだけです」決意を胸に宣言した。

 祭壇に、代償として、伸ばしてきた髪を切り置く。金蘭姉様の魂と力を呼び出し体に宿して力を取り込む術を使い、姉と混ざった容貌となる。

 将軍に、この争いが起こらなかった世界へと移動することによって争いを終わらせる最後の術を使うために、戦場の真ん中の、月の光がよく当たる場所に大きな櫓を建てるよう進言する。

 いくらこちらの軍が優勢になろうとも、争い続ける限り犠牲が出てしまうからという理由から、争いが怒らなかった世界へ移動する選択をする。

 鏡の奥には、争いが起こらなかった世界が少しづつ見え始め、意識を集中する。必要としているのは、世界を変えてしまうほどの、普段は触れることも恐ろしくて出いないような「なにか」。振り落とされないように必死に掴んでも、さらに激しく振り落とそうとしてくる。術が失敗するのは、時間の問題だったが、突如動きが止まり、主人公を連れたまま真っ白い光の海へと飛び込んでいった。

 目をさますと姉の金蘭に起こされ、術が成功したことを実感。

 この世界には、かつての世界のような強大な術も、獅子や狛犬も存在しない。かわりに、以前は決して許されなかった下町との関わりも自由にできる。

 狭い世界に生き、幼くても子供として生きられなかった強大な術師ではない。浮世知らずな獅子と狛犬は、自由を得て浮世に生きる、純粋な子供たちになったのだ。

 私達術師は、かの囚われの狛犬のような兄弟な術は使えない。強大な術をつかわなかったとしても、かの若き術師は、伝説に違わぬ世界の変革を起こしたと思う。強い意志は、どんな困難をも乗り越える力を与えてくれる。これから術を学ぶ者たちにはしっていてほしいと語った。


 囚われの狛犬と呼ばれた術師を伝説として語り継ぐのかという謎と、主人公である狛犬に起こる様々な出来事の謎が、どのような関わりがあるのかを物語を通して、語り伝えようとするところに物語の重さを感じる。


 冒頭のナレーションのような語りは、これから語られる伝説のプロローグであり、作中としては、これから術を学んでいく若き生徒たちに指導するにあたって、講師から一つの話が語られるみたいな作りになっている。

 読み手も、講義を受ける生徒の一人のように、本作を読見進めていけるところが、凝っているなと感じた。

 しかも、国の命運を変えてしまうほどの強大な術師『囚われの狛犬』の話である遠景をまずして、つぎに、近景でこれから術を学ぶ君たちに語ろうと距離感をみせてから、お話へと入っていく流れだから、物語の中へと入っていける。

 いきなり「――姫様、何があってもこの扉を開けてはなりません」からはじまっても、読み進めていけるのだけれども、プロローグとエピローグに当たる部分があるとないとでは、作品を読み終えた時のずっしりと胸に残る重厚感は生まれないと思う。

 

 結界にこもっている主人公の視点ではじまっていくので、心の声や感情の言葉に聞こえてくる声や音、聴覚が描かれ、さらに扉を叩いては軋み、内側に倒れるという視覚が加わっていく。

 入ってくる情報が積み重なって、読み手に伝わってくるところが、追い詰められていく切羽詰まった臨場感を追体験できる。

 本編の書き出しは、大変なことが起きているぞと伝わってきて、つぎはどうなるんだろうと読み進めてしまう。

 書き方が上手い。


 主人公の年齢はよくわからないけれども、子供らしい。

 そんな子供の主人公が、一番大切なこととして聞いたのは、「使用人たちは……?」である。

 最初に家政婦が「――姫様、何があってもこの扉を開けてはなりません」とあり、主人公が姫様であることはわかっている。

 でも子供。

 そんな子供が一番に大切なのは、使えている人たちの安否だったところから、しっかりした考えを持っている子だと、行動から伝わってくるのがいい。

 その後の主人公の行動も、自分本意ではないものとして読み進めていける。

 

 姉がいると思って部屋に入ると姿はなく、軍人たちは獅子と狛犬の意味を知らず、最強の狛犬であったはずの母様も、金蘭姉様も、彼らの道具のように使われたと知って、悲しかったと思う。

 だけどそんな素振りもない。

 それでも、姉の魂と力を自身に宿して体を変容したのは、まさに自身の殻を破った証である。強大な術が仕えるほどの力を持っていたのだ。

 おそらく、母も姉もそれを知っていて、妹を守るために、自らが戦場に駆り出されていったのだ。上官の「ああ、約束しよう。……だがまさか、こんなにあっさり来るとはな。お前の姉は、嘘をついていたようだ」からもそれが伺える。

 母も姉も、主人公が戦う道具に使われないことを願っていたはず。

 悲しみと怒りをもって、母と姉の思いを受けて、最後の術に挑む決意をしたのだろう。


「この争いを終わらせるのです。――具体的には、"この争いが起こらなかった世界"へと移動することによって」

 術によって、争いのない平行世界へと移動したのは、主人公だった。しかも「強大な術も、獅子や狛犬も存在しない」「浮世知らずな獅子と狛犬は、自由を得て浮世に生きる、純粋な子供たち」となって、仲良く平和に暮らしたのだ。


 主人公が去った後、大国同士の争いがどうなったのかはわからないが、「国の命運を変えてしまった」のだから、狛犬の術の力で勝てるかもしれなかった戦に負けてしまったのかもしれない。

 

「これから術を学ぶ君たちには知っていてほしい」と語っていた人物は、どこの国の者かはわからないけれども、かつて囚われの狛犬という伝説の術者がいたことは、語り継がれているのだろう。

 

 本作の教訓は、「強い意志は、どんな困難をも乗り越える力を与えてくれる」だろう。付け加えるならば、「他人の思惑ではなく、自分の意志で決断したときだけ」乗り越える力を与えられるであろう。


 読後、タイトルはこれで良かったのかと考えてみる。

 母や姉に守られているだけだった妹の主人公は、浮世をしらなかったばかりに、戦争の道具に使われて死んだことをいままで知らなかった。だから、自分の力で奪われた母と姉を救い、子供らしく生きられる争いのない世界で、これから浮世を知っていく。

 そう考えると納得ができた。

 この世から、争いがなくなることを切に願う。


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