過去のあなたに送る詩

過去のあなたに送る詩

作者 リート

https://kakuyomu.jp/works/16817330663332113709


 大好きな明華穂鈴と百貨店デートの帰りに告白しようと海辺へ向かう米沢だったが、二人は工事現場の鉄骨の下敷きに。一命をとりとめたが彼女は亡くなったと知る。クラスのみんなが忘れる中、彼女の手紙をみつけて同じ思いだったと知り、自分だけは忘れるものかと黒板の日直当番欄に『明華穂鈴』と記す話。


 恋愛もの。

 解釈が別れるかもしれないけれども、ハッピーエンドかしらん。


 主人公は男子学生の米沢。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られ、現在過去未来の順で書かれている。やや読点が少ない。

 恋愛ものなので、出会い→深め合い→、不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 明華穂鈴と付き合っている主人公の米沢は、彼女を人生かけて幸せにすると思っていた。

 放課後、百貨店デートする約束をして正門で待ち合わせてむかう。一通り周り、クレーンゲームで遊ぶ。すつろ、泣きじゃくる迷子の少年と出会う。彼女は手品を披露して落ち着かせ、主人公は親らしき人を探すも見つからない。迷子センターに連れていき、親が迎えに来ては彼女は涙ぐむ。主人公も一緒に泣いていた。

 まだ彼女に大好きと伝えていないため、一番の絶景を誇る海辺へと彼女と向かう。途中、工事現場の鉄骨が落ちてきた。彼女に手を伸ばそうとするも間に合わず、下敷きになった二人は救急車で搬送される。

 お互い命が危うかったが、なんとか助かる。が、彼女は主人公が目覚める少し前に息を引き取ったと知らされる。家に引きこもっていたが、なんとか再び学校に行けるまで回復した。

 上の空で過ごしながら、クラスのみんなは穂鈴のことを口に出ることもないことに気づき、人間とはこういうものだと理解する。

 机の中に、彼女の手紙が入っており、「自分の口から言えばよかったんだけど、恥ずかしくて無理だった。ごめんね。それでね、今日のデートの後、○○って場所に一緒に来てほしいんだ。そこで伝えたいことがあるの。それじゃ、また後で」と書かれていた。〇〇とは、あの日主人公が行こうとしていた場所。同じことをしようとしていたことに気付く。

 隅っこに「I love you forever」と書かれていた。

 泣きながら「俺も……俺も大好きだよ……穂鈴……絶対に君のこと、忘れたりなんかしない……絶対にだ……」とつぶやいて、黒板の当番欄の空白に、『明華穂鈴』と記すのだった。


 死んだ恋人が目の前にいる謎と、主人公に起こる様々な出来事が、どのように関わりを見せていくのかに、興味が引かれる。

 だから、冒頭に書かれた数行の、現在部分をどう読むかで、本作の解釈が別れる気がする。

「何か月も前に死んだ恋人が、今目の前にいる。視界いっぱいに広がる桃源郷。燦然と輝く真夏の太陽。頬を滴り服に染みていく汗。そのどれもが俺にここは現実だということを叩きつけてきた」

 死んだ恋人が目の前にいて、「視界いっぱいに広がる桃源郷」と続く。

 御存知のとおり桃源郷は理想郷であり、俗世を離れた別天地、仙境を意味する。言葉どおり受け取るなら、主人公は俗世である現実世界を離れて、桃源郷で死んだ恋人と再会したとなる。

 死んだのかと言うとそうではなく、「燦然と輝く真夏の太陽。頬を滴り服に染みていく汗。そのどれもが俺にここは現実だということを叩きつけてきた」とあり、夢ではなく現実だと書かれている。

 つまり、ここでの桃源郷の解釈は比喩で、死んだ恋人が目の前にいる光景は、まさに桃源郷にいるみたいだ、ということになる。

 死んだ恋人が生きていたとはどういうことなのか。

 期待と、強い引きを感じながら、読者は読み進めていける。


 緑葉が生えはじめた初夏を思わせる数カ月前に遡り、物語が始まる。導入の客観的に状況説明をしているため、「もうお気づきだと思うが、彼女と俺はカップルだ。それもつい最近成立したばかりの出来立てほやほや。つまり、俺は穂鈴のことが大好きだ。胸を張って言える。大観衆の前でも大声で叫ぶことができるほどに。くどいようだがもう一度言う。俺は穂鈴のことが大大大好きだ。生涯を共にする覚悟だってある」と回りくどいような書き方がされている。

 二話から本編が始まり、主人公の主観で物語がどんどん進んでいく。

 

 人物描写もそうだし、それぞれの場面も、起承転結でありつつ五W1Hをつかい、主人公の心の声や感情の言葉、行動や表情、声の大きさなどを入れながら、想像できるよう具体的に描かれている。

 百貨店内を回り、クレンゲームをする二人の楽しそうな感じがよく伝わってくる。


 手品のシーンが良かった。

 彼女の動作がわかりやすく書かれ、それを見た男の子が泣き止む変化をみせているところは、場面が想像できる。


 工事現場の鉄骨が落ちてくるシーンの書き方が良くて、二人のテンションが上っているところに、「ふと下を向くと、石ころのような硬い物体が転がっているのを足を伝って感じた」と足元に視線を持っていき、彼女のやり取りで「頬を風船のように膨らませた。可愛い。もうほんっとに可愛い。天使はここに存在したんだ」と、風船を比喩に使って浮き上がらせ、天使で例えて空へと気持ちとともに視線が上がっていく。

 そこに「カランッ」という音。

 なんの音が説明がなく、普通に会話をしてきて、「足元に不思議な影が出現」鉄骨が落ちてくる流れになっている。

 楽しいことや嬉しいことは上に、不幸は下に描いている。

 感情の起伏と視線の上下と比喩を上手く使って書いている。

 この辺りの書き方はすごいと感じた。


 問題は、彼女の安否。

「起きるなり俺は穂鈴の安否を尋ねた。その問いに、彼らは皆沈黙した」「後から聞いた話によると、彼女は俺が目覚める少し前に息を引き取ったそうだ。知人や家族に見守られながら……言葉も交わさず……」

 彼女の安否は伝聞であり、「~そうだ」と書かれていて、「死んだ」とは確証がない。

 クラスのみんなは、彼女のことを口にも出さない。

 ひょっとすると、受験勉強で忙しいのかもしれないし、主人公は恋人だったから関心が強いけれども、他のクラスメイトにしてみたら、可愛いクラスの女の子という印象で、事故から数カ月経過しているわけだから、クラスにいない子は関心が薄れてしまう。

 だから、彼女の話が出てこないのだと想像する。


「俺は独り、机の上でうずくまっていた」

 いいたいことはわかる。

 椅子に座って、机の上に置いた両腕の中にうずめるように、うつむいている状態なのだと思うのだけれども、机の上で体操座りみたいに膝を抱えて座っている姿を浮かべてしまうかもしれない。


 彼女の手紙で〇〇というのは、作中で場所を決めて登場させておけばよかったと考える。

 そうすれば、「○○という場所はまさに俺が行こうとしていたところで、この瞬間彼女も同じことをしようとしていたことに気が付いた」と説明しなくても、読み手は、彼女も主人公と同じように告白しようとおもっていたんだろうなと想像してくれる。

 そうなのだけれども、お話全体が主人公の回想を語っているので、説明してもいいと考えるのもわかる。

 これまでの話は、回想ですよと読者に伝える必要があるので。

 ラスト、忘れないよと、黒板に彼女の名前を書いて終わる。


 これで終わりなのかと思って、もう一度冒頭に戻る。

 すると、現在の主人公の状態が書かれていて、「何か月も前に死んだ恋人が、今目の前にいる」のはどういうことなのだろう、と最初抱いた疑問を改めて考えることとなる。


 いいお話というのは、冒頭に繋がるように書かれている。

 疑問の答えは作中に忍ばされているはず。

 主人公が、彼女は死んだみたいだよと親から聞いた話は、まちがいだったのではと考えたくなる。同じ病院では治療が難しくて転院したのかもしれない。その話が伝わる過程で、誤った話が届いたのかもしれない。

 そうではなくて、死んだ恋人だと思ったら、妹だったとか、赤の他人とか、可能性はゼロではないけれども、作品に書かれていないところから答えを持ってくるのは読者としては嬉しくない。

 どう捉えるかは、読み手に委ねられているのだろう。


 大好きな人のことを忘れたりしないことが、本作の教訓かもしれない。そんな気持ちを持つことは、大切な人をなくす経験をしなくても、誰でも持てるのだから。

 

 

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