身勝手なラブレター

身勝手なラブレター

作者 錠前伊織

https://kakuyomu.jp/works/16817330663457053349


 高校で小説デビューを果たすほどの天才の葵の隣にいたいと思った空は、ようやく処女作の恋愛ものを書き上げ読んでもらうも、現実とリンクさせて身を引くラストに不満を漏らし、「意気地なし」とむくれ顔の葵にいわれる話。


 恋愛もの。

 これもまた恋愛の一つの形。

 作品には作家の思いが現れるから、気持ちが伝わってしまう。


 主人公は、男子高校三年生の空。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 中学生のとき、「葵ちゃん小説書いてるの⁉」とクラスメイトの悪意に満ちた声をかけられているのを目撃した空は昼休み、ひょっとしたらないているかもしれないと彼女を探した。が、彼女は図書室で黙々と執筆する姿を見て、はるか先を行く彼女の隣にいたい、認められたいと、同じ小説書きの道を選ぶ。

 文芸部に入って二年が過ぎた高校三年生の空は、いまだに一作も小説を書き上げられずにいた。葵からは「ねぇ、卒業までに絶対空の小説読ませてよ。約束だからね」といわれ、約束する。

 勉強の合間にパソコンに向かう毎日が過ぎる。夏が終わり、真剣にノートを取りながら内職する人を見かける季節となったある日、葵から電話をもらう。編集から、彼女の書いた小説が金賞を取り、本が出るという。作家デビューする葵におめでとう、と声をかけてから一週間後。ついに処女作を書き上げる。

 もう一度書ける気がせず、最初で最後になる小説の内容は、文芸部を舞台とした恋愛もの。中学校のクラスメイトに一目ぼれした主人公がその女の子と同じ高校に入学し、一緒に部活動に励む。最終的には彼女を幸せにできないと諦め、別々の道を進む話だ。

 文芸部の部室に行くと葵が、パソコンに向かって物語を紡いでいた。筋腫の祝としてミルクティーを渡し、ノートパソコンを取り出して彼女の前に置く。

 読んでもらうと、最高に面白かったと言っては、「最後がちょっと気にいらないかな」「主人公の陸くんはさ、ヒロインの茜ちゃんのことが好きなんでしょ? 陸くんは自分に自信が無くて、身を引くことを決意した。でもさ、ここに茜ちゃんの意志は入ってないの。これって茜ちゃんからしたらさ許せないよね。勝手な思い込みで大事な友達が一人減っちゃうんだから。ここは直した方がいいと思うな」「一人称で書かれてるから茜の気持ちは読者には分からないけどさ、まぁ……私には、茜は陸のこと、ずっと前から好きだったように思えるよ」「だいたいこのわざとらしく登場人物と現実リンクさせるの気持ち悪いから! しかもそれで最後に主人公、ヒロイン諦めるのかよ! 小説の中でぐらい男らしく告白しろよ! そういう女々しいところ直した方がいいからね空!」「この意気地なし」むくれた顔の葵に上目遣いでいわれるのだった。


 放課後に文芸部へ行く謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんな関わりをみせて展開していくのか、どんな結末を迎えるのかにドキドキして楽しめる。

 書き出しの、「放課後」という大きな枠組みから、校舎内に様子を伝えてから、主人公にスポットを当てて、どこへむかって歩いていくのか。C棟にある文芸部にたどり着き、そこにいる葵はどういう子なのか、主人公の名前、三年生の二人の関係、葵の小説を読むのが好きや、空の小説を彼女に読ませる約束、そして季節はいつなのか、といった客観的な状況説明を経てから、主観で書かれた本編へと入っていく、文章のカメラワークの書き方がいい。

 情報を小出しにしつつ、読者を、先へ先へと誘ってくれている。


 葵から金賞を取った連絡がきて、悔しがっている。

 作家デビューを先に越されたから悔しいよいうよりも、彼女の隣にいたいとおもって追いかけてきたけれど、大した努力もしないうちに、追いつけないほど先へといってしまったことに悔しがっているのだ。

 受験まで残り時間は少なくなっている。

 彼女の隣に立てるかも怪しい。

 それでも、「ねぇ、卒業までに絶対空の小説読ませてよ。約束だからね」と楽しみに笑った彼女との約束を、せめて守りたいとパソコンに向かうときの、描写が良い。

 部屋に膝を抱えては顔を埋めていた主人公の体が負の感情に縛られていたのが解けるのにあわせるかのように「体育座りを解いて、壁にかかったカレンダーを見る」で、下を向いていた顔が上がっていく。

 絶望の中で見つけた希望にむかって、せめて約束は守ってみせると決意するのが、動作から伝わってくる。 


「一から設定や登場人物を考える力は俺にはない。だから俺は、俺の人生を切り売りして、今までの葵への思いから物語の着想を得ることにした」

 誰でも一つだけ、書けるものがある。

 それは、自分が体験した話。

 自分のことは自分が誰よりもわかっているし、長い時間かけて創作するためにも自分に関係することを作品に盛り込まないと、作品への思い、テンション、熱量といったものを維持して書くことができない。

 主人公は、内面にある体験してきたことや葵へ思いを吐き出すように文章にしていったから、いくらでも書ける気がするのだ。

 いままで書けなかったのは、頭の中で考えた、自分とは関係ない絵空事だったからだろう。


「ただ、もう一度やれと言われてもできる気がしない。これが俺の書く最初で最後の小説になるだろう」

 これまで体験した自分の話をベースに書いたからだ。

 自分の体験をベースにした作品を作る場合、新たな体験をすれば、また書けるようになるだろう。


 クライマックスに書いた話は、 身を引く決意をするラストであり、「この展開が一番しっくり来ている。会心の出来だ」とあるので、隣には立てないと諦めて、葵との関係を終わらせる、身を引くつもりだったと思われる。

 作品を読んだ葵は「わざとらしく登場人物と現実リンクさせるの気持ち悪いから! しかもそれで最後に主人公、ヒロイン諦めるのかよ! 小説の中でぐらい男らしく告白しろよ!」「この意気地なし」といっているので、彼女は空のことが好きなのだ。

 いつから好きだったのかしらん。

 中学の頃なのかな。


 ラスト、ちょっと笑ってしまった。

 タイトルが良かった。作品全体を上手く表している。

 作品には、多かれ少なかれ、作者の思いが現れる。

 タイトルは、空が書いた小説を読んで、葵が思った気持ちだと考える。隣にいられないからといって、告白もせず勝手に身を引くなんて勝手過ぎる、と思ったに違いない。

 葵は書いた小説を空に読んでもらっている。作品には空の考えや思いが少なからず含まれているはず。

 そう考えると、葵もまた、空にラブレターを書いて読んでもらっていたようなものである。

「葵の書いた小説を読むのは好きだ。どれも面白いし、文章がすっと入ってくる。感動して泣きそうになったこともある」のだから、彼女の思いもまた空に伝わっていたはず。

 それで身を引こうとするのは、意気地なしといわれてしまうのは当然だ。

 二人が並び立って、歩いていきますように。

 

 

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