十秒間ランナーズハイ

十秒間ランナーズハイ

作者 @raika101

https://kakuyomu.jp/works/16817330663413627757


 元警察官の栗田が企画し、五年前に起きた滑山高校での拳銃殺傷事件で人生が変わった選手が集められ、町の人達の募金により開催された百メートルレースの話。


 文章の書き出しはひとマス下げるなど気にしない。

 群像劇。

 十秒足らずのレースの中に、それぞれの選手たちの悲喜こもごもが描かれている。

 現実には、百メートル走でランナーズハイは起きない。けれども、五年前に起きた滑山高校での拳銃殺傷事件をきっかけに人生がどう変わったのかを回想で語りながらの疾走することで、それを可能に感じさせくれる。


 三人称、神山大視点、柳凛子視点、竹下誠視点、元警察の栗田視点、元・三好ケンジこと藤田東吾視点、で書かれた文体。回想内では一人称、俺、私、オレ、自分で書かれている。ミステリー要素もある。

 回想や走っている状況では、自分語りの実況中継で綴られている。それぞれの視点で各話、現在過去未来の順に書かれている。


 女性神話とそれぞれの人物の思いを知りながら結ばれないことにもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 周りの人に報われて前科無しで警察官になれた栗田は、他人に優しくできる川島花と交際し結婚の約束までしていたが、薬物に依存し、彼女は彼から拳銃を持ち去ってしまう。彼女は身ごもっており生まれたのが三好ケンジ。母親は酔っ払って家で寝転がるだけで、家に来る男は数カ月に一度は入れ替わり、誰一人自分のことに気がついてもらえず、何度も警察の世話になる。受け入れてくれたのは陸上部とチームメイドだった。

 八月末。母親が交通事故で死んだと、目撃した人から連絡がある。親無しで生きていくには弱すぎ、家にあった拳銃を持ち出し、グラウンドで発砲。神山大を除く滑山高校陸上部チームメイトは死亡し、野球部の竹下誠も重傷を受ける。

 犯人は三好の家に押し入り殺害、その後グラウンドで発砲。逮捕された犯人は未成年だっため個人情報は公開されなかった。逮捕された三好は死ぬ今年考えておらず、留置所で何度も死のうとする。

 警察官の栗田は、犯人を死んだことにするかわりに、陸上を続けることを条件に出してきた。「殺人犯が走っていいのか」と自分で委縮してしまい結果が出せないまま三年が過ぎるも、「お前が日本を代表する選手になることが一番の罪滅ぼしだ」の声を叱咤激励にしてようやくタイムが改善。ついには本当に日本を代表する陸上選手になった。

 事件当日、逃げ出し唯一の生き残りである神山大は事件後、三好の父から葬儀はひっそりと行われた話を菊も無気力となり三年間引きこもる。が、藤田東吾というスプリンターの成績を見て、三好が生きていたら残しそうな活躍から、戻ってこいといわれた気分になり陸上を再会。二年経ち、ようやく藤田と並び立つ候補くらいになった。

 拳銃を使った殺傷事件が隣の滑山高校で起き、陸上部が被害を受けた八月末。隣の高校に通うニ年の柳凛子は陸上部のマネージャーをしていたが、自分たち陸上部を狙った事件がまた起きるのではという児湯府から退部者が続出。休部の危機に陥り、マネージャー三人が残る。走る人がいないのでは困ると、元々足の早かった柳が走ることになる。スーパーでバイトしているとき万引き犯を追いかけて捕まえた経験から、選手を犯人に見立てて追いかけるようになっていた。

 事件当日、野球部だった竹下誠は右肩を撃たれる。右腕に力が入らなくなるも、監督の「お前は走攻守の内『攻守』はできない。しかし、野球はツーアウトからだ」励ましの言葉を受けて、代走で活躍。子甲子園は惜しくものがしたが未練なく野球をやめてランナーとなっている。

 今回のレースは元警察官の栗田が企画し走者たちは無料、自費と町の人たちの募金やなかなかの金持ちの協力もあって開催にこぎつける。走者には、五年前の高校での拳銃殺傷事件で人生が変わった選手を集められた。

 事件で仲間を失い、しかしそこから這い上がって一流選手となった神山。事件をきっかけに陸上競技を始めた柳と竹下。事件を起こして自分までも消そうとしていた藤田。性別も年齢も、本来の出場距離も違う彼らが何も知らず一堂に会し、レースしている様子に、栗田は非常に感動していた。

 レースをスタートした瞬間、三好ケンジは死に、藤田東吾だけが残っている。この後、神山と相棒になるだろう。過去を掘り起こすより新しくスタートしてもいいのではと思うと、頭のどこかでホイッスルが鳴るのを感じながら、三好ケンジ、藤田東吾、神山大の三人はほぼ同時にゴールテープを切るのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、空砲のピストルが鳴り響き、各選手が一斉にスタートする。走り出しながら、神山大は五年前の夏の部活での事件から居までのことを思い出しす。二場の主人公の目的は、事件以降引きこもりを経て、百メートル走でもランナーズハイに入れるようになり、失った青春を取り戻す気分では足を早める。

 二幕三場の最初の課題では、隣の高校で陸上部のマネージャーをしていた柳凛子は、五年前の事件で休部状態に陥った陸上部のために選手となり、スーパーの万引きを捕まえたことをきっかけに今では犯人を追いかけるように走っている。

 四場の重い課題では、五年前は野球部だった竹下誠は右肩を撃たれて右腕が使えなくなるも足の速さを生かして代走で活躍。未練なく野球をやめたあと走者として走る。

 五場の状況の再整備、転換点では、藤田東吾こと三好ケイジの身の上が語られ、母の事故死から死にたいと考え、発砲事件を起こし逮捕。以後も自殺を図ろうとするも、警察官の栗田に「陸上を続ける」を続けることを条件に犯人は死んだことにしてくれた。励ましもあって現在は日本を代表する陸上選手となり、公式記録にもならないレースでも常に見守ってくれている栗田のためにも、過去から逃げず夢を掴みに行くと決めていた。

 六場の最大の課題では、警察官の栗田には結婚を約束していた川島花という女性がいたが、薬物依存になり彼女は消える。その子が三好ケイジだった。が、実の子でなくとも、周りの人たちが心配して育ててくれたように彼に愛情を注いでいく。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、今回のレースは栗田が企画し、自費と町の人達の募金で開催されている。無料で走る選手たちは知らないが、五年前の事件で人生が変わった人たちが集められた。トップを走る藤田東吾、元の名前を三好ケンジである彼を見つめる。

 八場のエピローグでは、第一レーンを走る神山を意識する藤田は、二人で日本を代表する選手となり同じレースを走るという三好ケイジが抱いた夢を実現した。が、神山はそれを知らない。レースが終わったら真実を伝えることにしていた。神山と相棒となって新しくスタートするホイッスルを感じながら、三好ケンジ、藤田東吾、神山大の三人はほぼ同時にゴールテープを切るのだった。


 書き出しの、「『ぱぁん』と間延びしたピストルの音が聞こえる」が凄く良い。

 百メートル走のスタート合図なのだけれども、本作では、すべてのはじまりを象徴する音でもあり、物語のはじまりとしてもこれほどふさわしい書き出しはないだろう。


「重い一歩目を踏み出した。恐怖に震える体を動かし、二歩目。ほぼ無意識に三歩目。ここまで来れば、もう大丈夫だ」と走り出す神山にとって五年前の出来事は、いまも心に深く刻まれているのがわかる。


「野球部の使うグラウンドに圧迫されているほど小さい滑山高校陸上競技練習場には、直線のコースが五十メートルしかない」

 野球やサッカーなどグラウンドの面積を使う部活は人数も多いため、トラックは使えない。幽霊部員をのじて部員五人とマネージャー二人しかいないので、なかなか融通されることはなかったと想像できる。

 でも、グランドの端に直線の百メートルを練習する場所は作れそうな気もする。それだけ、グラウンドが狭いのだろう。


 五十メートルを折り返して走っていては、タイムが出ない。

 にも関わらず、「その反転も含むタイムで十一秒を切らんとしているのが、顔よし器量よしの三好だった」とあり、折り返しがうまいだけでなく、足がずば抜けて早かったのがわかる。


「滑山高校陸上部は、俺以外皆死亡していて、隣の野球部にも重傷人が出ていた」とある。神山以外死亡ということは、二人のマネージャーも亡くなったのだろう。野球部員の竹下も撃たれている。

 少なくとも八発、撃っている。

 川島花は、栗田の拳銃を持ち出したときに余分の銃弾も持っていったことになる。

 心神喪失の状態だった当時の三好に、銃弾の再装填ができたかしらん。

「幽霊部員を除けば五人とマネージャー二人しかいないこの部活」とあり、マネージャーも部員にちがいないので五人のうちに入ると邪推すれば、陸上部は神山、加藤、三好、二人のマネージャーの五人だったのだろう。

 実際に撃たれたのは、加藤とマネージャー二人、野球部の竹下誠の四人。警察の拳銃は銃弾は五発装填できるし、一発は空砲ということもあるので、三好が発砲したのは四発だったかもしれない。

 レースに参加しているのが、元三好、神山、竹下、隣の高校だった柳。他にも参加メンバーがいるかもしれないけれども、書かれていないのでわからない。

 五年前の事件で人生が変わった人たちが集められてレースが催されているならば、加藤やマネージャーの、恋人や兄弟が参加することも十分考えられる。

 その辺が書かれていないということは、恋人や兄弟がいなかったか、いても陸上関係に進んでいないために参加の声をかけなかったのだと想像する。


 警察官だった栗田は、拳銃を紛失したから警察官をやめたのだろうか。だとしたら、三好ケイジが事件を起こしたとき、温情をかけるような行動を取って、犯人死亡という扱いをすることが出来ないので、拳銃を紛失したあとも警察官を続けていたと考える。

 でも、警察官の拳銃により高校生が殺害されたのだから、警察の不祥事として責任を取らなければならないはず。

「今思えば、犯行に使われた拳銃は自分の家から彼女が持って行った物だった」とあるので、かつて紛失した拳銃が事件に使われたのは間違いなさそう。

 その辺りのことはどうなったのだろう。

 犯人死亡として有耶無耶にた後、栗田は一連の責任を取って、警察官を辞めたのかもしれない。


 事件が起きたとき、神山や三好は高校二年生だったのではと想像する。三年生が引退したから、マネージャーをのぞいた部員五人と、少なかったのだと思う。だとすると、今回のレースでは二十二歳となる。


「三好の葬儀は家族だけでひっそりととりおこなったと、初めてみる三好の父親から連絡されたが、もうそこに行く気にはならなかったし、当時の俺は何に対しても無気力になって家に三年間引きこもっていた」

 このとき連絡してきた父親は誰だろう。

 川島花が三好という人と結婚し、三好の仲間が家を出入りしていたのだと考えると、連絡してきたのは、三好という夫に違いない。

 なので、警察官の栗田ではなかったであろう。

 

 高校に通わすためにもお金がいる。

 母親はいつも家にいてお酒を飲んで、数カ月ごとに男が変わるとある。男を取って、稼いでいたのかもしれない。

 息子の名前がケイジとある。名付けたのは母親だったと想像する。本当の父親である栗田は警察官だったから、ケイジとつけたとすると、息子を大事にしていたはず。

 三好ケイジにはだらしない母親に見えたかもしれないけれども、母親としては一生懸命育てていたのだと思いたい。

 そういう一面が生活の中でもあったから、事故でなくなったときに親なしでは生きられないとなったのではないかしらん。


 なぜ陸上部を狙ったのかしらん。

「親なしで生きていくには、自分は弱すぎた。もう、それからは死にたいとしか考えられなくなった」三好にとって自分を受け入れてくれたのが「陸上競技の世界とそのチームメイト」であり、「自分にとって、初めての居場所で、『家』だった」と思うほどの存在だった。

 だからこそ、親という家族をなくして生きていられなくなり、家と思える陸上部のチームメイトもいっしょに死ねば寂しくないと思ったのかもしれない。

 加藤やマネージャーが可哀想ではある。

 死にたいといいながら三好は、拳銃で自殺をしていない。

 したかったけれど出来なかったのだろう。発砲して銃弾が尽きたか、あと一発あると思っていた弾がなかったか。だから死ぬ手段を失って、警察が来たとき十秒走っては立ち止まり逮捕された、と邪推する。


 柳凛子は、隣の高校の陸上部マネージャーだったけど、事件がきっかけで走ることになる。

 間接的な被害者であるけれども、自分の足の速さを生かして万引き犯を捕まえることもでき、陸上の道にも進めて、彼女としては良かったのかもしれない。


 野球部の竹下がポジティブな性格をしている。

 監督が「お前は走攻守の内「攻守」はできない。しかし、野球はツーアウトからだ」というほど、竹下は守備や打撃には貢献できていない。それでもレギュラーで、先輩が引退したから「オレが引っ張らなきゃ、と思ってたころだった」とある。

 攻守が苦手な自分だから、野球部をもり立てることに励もうとおもっていたのだろう。

 そういう性格だったから、撃たれて右腕に力が入らなくなっても、盗塁で活躍するという別の道に活路を見いだせたのだろう。

「チームはそこで負けて甲子園は意外と惜しかったけど進出できずだった。でも最後にいい盗塁がきまったから、未練なしで野球やめれた」とあるのは、三年生のときの話だろう。

 後ろ向きじゃないところがいい。

 

 栗田が、三好ケイジが自分の子だと知ったのは「つい最近」とある。日本を代表する陸上選手となったころかもしれない。知ったから、今回のレースの企画を考えたのか。それともレースの企画をして開催が近づいてきたときに知ったのか。

 どうやって知ったのだろう。

 

 藤田の名前を変えた三好に、陸上を続けさせたのは、彼には陸上競技の世界しか受け入れてくれると感じられる場所がなかったからだろう。陸上を失えば、彼はまた自殺を選択してしまうくらいに心が弱かったと思われる。

 

「このレースでスタートした瞬間に、三好ケンジは死に、今は藤田東吾だけが残っている。この後神山は、たぶん藤田東吾と相棒になるだろう」

 素朴な疑問として、藤田東吾の容姿は三好ケイジだと思われる。知っている人が見たら、すぐにわかる気がする。整形でもしたのかしらん。

 そう考えないと、レースを開催する前から藤田が三好ではないかと、マスコミが過去の事件を調べて取り上げたりするのではと思ってしまう。


「ピストル音が全てを打ち消し、自分はそのコースから脱落した。しかし、そこから這いあげてもらい、まるで五十四年かけてマラソンをゴールした金栗四三のように再びスタートラインに立つことができた。事件からちょうど五年の今日に行われるこのレースが、正に自分にとってのスタートの瞬間だった」

 ここの書き方がいいなと思う。

 マラソンと百メートル走はちがうけれども、そもそも長距離走に起きるランナーズハイを短距離走で起こる話が本作なので、その関連付けた比喩は世界観にあっていて良い。


 読み終えて、十秒ほどで終わってしまう競技を応援席からみているだけでも、タイムの凄さに驚きと感動を覚えるかもしれない。けれど、各選手にはそれぞれの人生があり、五年前に起きた事件からどう乗り越えて今日この日を迎え、走っているのかを描いて見せてくれているところに作品の凄さを感じた。

 

 


 

 

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