ようこそ、珈琲店・ポーズへ

ようこそ、珈琲店・ポーズへ

作者 江葉内斗

https://kakuyomu.jp/works/16817330657692324524


 コーヒー好きの僕は、学校帰りに『珈琲店・ポーズ』でおいしいパナマ・ゲイシャを何も考えずにのみながら堪能して満足する話。


 会話文の冒頭ひとマスは下げない云々は気にしない。

 ちょっと不思議な、ファンタジーっぽい作品。

 本当に求めていたのは安心と休息、何も考えない絶対の安静時間だった。

 おいしいコーヒーも飲みたい欲求も、もちろんもっている。

 一杯四千円以上のコーヒーも飲んでみたくなる。 


 主人公は、男子高校生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 欲求という名の悪魔に霊を売り渡した存在が動物なら、悪魔を理性で成功することに成功したのが人間である。が、人間には弱点がある。欲求によって弱点を集中的に攻撃されると、理性でも抑えきれなくなる。

 主人公の僕の弱点がコーヒーである。インスタントでなく刻のある珈琲をわずかにBGM流れる静かな雰囲気のある喫茶店で飲みたい。

 前回、深くにも財布を忘れた時は二週間以上もローテンションで過ごすこととなった。

 休み時間に財布に千円あることを確認し、下校すると、いつもの喫茶店へと自転車を走らせる。が、毎週木曜日は定休日。別の喫茶店をさがそうとコンビニコーヒーを考えるも、コーヒーと共にリラックスを求めているため考えられなかった。

 通学との路地裏に一瞬見た『珈琲店・ポーズ』を思い出す。スマホで調べてみるも、情報が載っていない。グーグルマップやホットペッパーにも名前がなかった。

 登校時に看板を見るので学校方面に視線をむけるも、看板は見当たらない。しばらく家に向かっては走らせ、来た道をなぞるように進むと『珈琲店・ポーズ』を発見。人通りの少ない路地裏に入る。

 外観はさびれた喫茶店に入ると、正面にはバーカウンターがあって、厨房側の中央に白髪交じりの五十歳くらいの店主が座っていた。

「……この店はね、特別な人しか入れないの。あんた、どうしてもコーヒーが飲みたくなってここに来たでしょ?」「この店は入る人によって内装が変わるの。あんたは多分、静かな空間で何も考えずに、おいしいコーヒーが飲みたいって感じだね。だからこんな陰気臭い雰囲気になっちゃって……」「いや、いいんだよ……来る人の希望に合わせるのが、『珈琲店・ポーズ』の役目だから。はい、アンタが今一番飲みたいコーヒーだよ」

 出されたコーヒーの香りを嗅いでパナマ・ゲイシャだとわかる。一杯二千円以上する高級品。予算が足りない気がして値段を聞くと千円だという。

「うちはコーヒーの値段は決めて無くてね……相手の所持金で判断するのよ。相手が常に財布に五万円入れているようなボンボンなら、四万円くらいむしり取るかな」 

 一口飲んでたちまち悪魔を撃退し、これ以上ない満足を感じた。普段はじっくり飲むのに、あまりの旨さに飲み干していた。

「……ごちそうさまでした」千円札をカウンターに置くと「毎度ありー」店主は不愛想に千円札を回収。席を立とうとすると、「ああ、ちょっと待ちな」店主に呼び止められる。

「あんたなら知ってると思うけど、コーヒーの値段ってのはね、コーヒーそのものの値段だけじゃないのよ。店の雰囲気とか、その店に居座る権利とか、そういうのも含めて千円って言ったの。もう出てくなんてもったいないよ」

 たしかにそうだと思い直し、何を恐れてすぐに店を出ようとしたのか考えていると、店名の由来を教えてくれる。「ポーズって言ったって姿勢じゃないよ? 一時停止のポーズだよ」「この店ではね、考え事は禁止。何も考えちゃダメなの。思考を一時停止ポーズさせて、コーヒーの味に身をゆだねること。それがこの店のルールよ。だからあんたも何も考えずに、もう少し余韻に浸ってなよ。はい、これは私のおごり」

 差し出されたコーヒーは、パナマ・ゲイシャの香り。いっぱい四千円以上するのに駄目でしょというと、店主は呆れ、「あのねえ、私の話聞いてた? 考え事はだめ。何も考えずに飲みな」

 素晴らしいコーヒーの世界に入り浸り、二十分くらい目を閉じながらカフェインが体内を循環するのを感じた。目を開けると喫茶店はなくなっていた。一体あの店主は何者だったのだろう……「珈琲店・ポーズ」というのは何だったんだろう……と考えるも、ものすごく満足したので帰ることにした。次に悪魔が暴れだすときのために、しっかり貯金しなきゃと思いながら。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、五月某日五時間目の授業中、コーヒーが飲みたいと思う。

 二場の主人公の目的は、休み時間に財布に千円入っているのを確認して下校し、いつもの喫茶店へいく。

 二幕三場の最初の課題では、いつもの喫茶店が定休日だと知る。コンビニコーヒーを考えるも、リラックスも求めているため、どこか条件に合う喫茶店はないか探す。

 四場の重い課題では、登校中に『珈琲店・ポーズ』があったことを思い出し、スマホで調べてみるも検索に引っかからない。家に無合って進みながらターンして学校へ向かう道を進めば看板を見つけ、外観はさびれた喫茶店をみつける。

 五場の状況の再整備、店内に入り正面にはバーカウンターがあって、厨房側の中央に白髪交じりの五十歳くらいの店主が座っており来る人の希望に合わせるのが『珈琲店・ポーズ』の役目であり、今一番飲みたいコーヒーだと出され、香りからパナマ・ゲイシャと気づく。

 六場の最大の課題では、パナマ・ゲイシャを口にし、たちまち幸福となり満たされる。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、飲み干して背年を払って店を出ようとしたとき呼び止められる。コーヒーの値段は店の雰囲気や居座る権利なども含めての値段だとしいわれ、いつもなら余韻に浸るのにすぐ出ようとするのは何を恐れているのかと考えたとき、店名は一時停止のポーズであることを教わり、何も考えずコヒーの味に委ねろと、もう一杯パナマ・ゲイシャを入れてくれた。

 八場のエピローグでは何も考えず二十分暗い目を閉じて堪能して目を開けると、喫茶店はなくなっていた。満足して帰りながら、次のために貯金をしようと思うのだった。


 冒頭の書き出しが、面白い。

 昼食を食べ終えた授業中だったから、コーヒーを飲みたかったと思ったのだろう。「朝は朝食と共に必ずホットコーヒーを飲むと決めている」からもわかるように、食後のコーヒーを欠かしていないのだ。

「もう一つの好物であるラーメンだったとしても、コーヒーに対する欲求は収まらない」

 ラーメンよりも、コーヒーは勝っているのだ。

 

 コーヒーが好きな理由がわからないとしながら、悪魔という欲求を理性で制御しているけれど、弱点によって欲求を抑えられなくなるという、悪魔を使った比喩の書き方がいい味を出している。


 コーヒーが好きな人の気持ちがよく書けている。

「インスタントなんかじゃなくて、もっと上質で、深い苦みがあって、コクのあるコーヒー」を飲みたいと思うもの。

 とくに、香りや渋み、旨味、コクなど独自の好みをもっている。だから、豆にも、焙煎にも、挽き方や入れ方にもこだわりを持つ。コーヒーカップの形や入れ物もそうだし、そうなると店の雰囲気も重要になってくる。

 そういう人は、インスタントは美味しくないのはわかっているし、マグに取り付けてお湯を注ぐタイプも、美味しさを感じない。自分が満足いく味を知っていれば知っているほど、その味を求めてしまう。

 しかも、満足の一杯を朝に飲むと、その日一日がうまくいく。

 それくらいの効果が、コーヒーにはある。

 主人公にとってコーヒーは、まさに欠かせない飲み物なのだ。

 もっと上質で、深い苦みがあって、コクのあるコーヒーを、微かにBGMが流れるような静かな雰囲気の喫茶店で飲めなければ、「翌朝から二週間以上周りに心配されるほどのローテンションで過ごす」ほど、だらけてシャッキとしなくなるのだ。

 主人公のいう欲求とは、ダラけたいとか授業中眠りたいとか、そうい状態になることを指すらしい。


 毎週木曜が定休日もすごい。

 通りに面していて、土日の客が見込めるような場所なのだろう。

 週の真ん中あたりに休みを取っているのかしらん。

 

「コンビニのコーヒーは確かにかなりの美味しさだし、価格も安いけれど、あんなところではゆっくりじっくりとコーヒーを飲むなんて不可能」

 コンビニのコーヒーはマシンのタイプによって、二つにわかれる。

 一つはドリップタイプ。「セブンイレブン」「ミニストップ」。

 もう一つはエスプレッソタイプ。「ファミリーマート」「ローソン」。

 華やかな香りのセブンイレブン、バランスが取れた味わいのファミリーマート、苦味が強く深煎りのローソン、ライトで飲みやすいミニストップ。

 チェーンカフェの「スターバックス」は深煎りで味が濃い。

 それに比べてセブンイレブンは香ばしいが味は薄くマイルド。

 値段が高いのはスターバックスであり、店舗賃料と人件費の上乗せがされているから。


『珈琲店・ポーズ』を見つけるとき、学校に向かって走らせると看板が見つかる。帰宅方向に向かっているときは、振り返っても看板が見えないのはどうしてかしらん。

「この店はね、特別な人しか入れない」と店主が言っている。飲み終えたら店は消えてしまうし、不思議な店。

 登校途中に見えるのは、主人公がコーヒーを求めているからだろう。だけど、毎朝コーヒーを飲んでいるのになぜかしらん。

 やはりここは、コーヒーを飲みたいのではなく、コーヒーが飲めるいい感じの喫茶店でくつろぎたいと、朝から思っているから看板が見えたと考える。

 ならばなぜ、帰宅している時は看板が見えなかったのか。

 喫茶店に求めているくつろぎとはちがうものの、自宅でくつろげるからだろう。

 学校に向かうときは、頑張って勉強しないといけない気持ちから、「くつろぎたい気持ち」が現れ、看板が見つけやすくなるのかもしれない。


「この店は入る人によって内装が変わる」 

 正面にはバーカウンターがあり、厨房側の中央に白髪交じりの五十歳くらいの店主が座る。正面の五つのカウンター席以外、椅子はない。フローリングや壁や天井には汚れ一つ見当たらなかったが、日当たりが悪いのか、薄暗くて、五月後半なのに涼しいとある。

 これが主人公が求める喫茶店なのだろう。

 ただ、内装の色味がわからない。

 喫茶店に入れば、独特の匂いがある。コーヒーの粉の粒子は細かく綺麗に掃除しても匂いは残るので、ザラメを焦がしたような香ばしくも甘い香りがするはずなのに、その表現がない。

 パナマ・ゲイシャのコーヒーの香りは「かなり香りが甘めだ」、飲んだときは「焙煎されたばかりのコーヒー豆の香ばしい香りが、口腔から湧き上がって鼻腔を刺激する。何も入っていないブラックコーヒー特有の苦みと、パナマ・ゲイシャ特有のフルーティーな酸味が僕の舌の上で踊り狂う」と表現されている。

 酸味の中に甘みがあり、コーヒーに飲み慣れていない人は、コーヒーの中にレモンのような酸っぱさを感じるかもしれない。

 一口飲んだときに鼻から抜けていく、ジャスミンやアールグレイを思わせるフローラルな香りが特徴で、フルーツのようなほのかな甘味と程よい酸味がし、ふわっとフローラルな華やかな香りが広がる。

 冷めると酸味が目立ってくるため、温かいうちに飲むと美味しく飲める。

 

 飲み食いする側としては、居座って味わいながら店の雰囲気を楽しむことは正しい。

「コーヒーの値段ってのはね、コーヒーそのものの値段だけじゃないのよ。店の雰囲気とか、その店に居座る権利とか、そういうのも含めて千円って言ったの」

 店主の言葉は、コーヒーに限ったことではない。

 外食する際、飲食の値段には、食品の原価に商業施設の賃貸料や光熱費、従業員の給料や利益などが含まれている。

 平たくいえば、飲食する場所代も込みの値段なのだ。

 東京などの飲食店が高いのは、賃貸料の高さだと思って差し支えない。とくに現在は、持ち帰りは八パーセントだが、店内の飲食には十パーセントの消費税がかかる。


 主人公は、飲み終えて帰ろうとした自分に「なぜだ? 一体僕は何を恐れているんだ? 店の内装が変わるとか言ってたのが引っ掛かっているのか? それとも所持金を看破されたことか? あれ、そもそも僕はなんでこの店に入ったんだっけ……」と自問している。

 ようするに主人公は、妖怪やあやかしの類の店に来てしまったと怖くなり、コーヒーを飲んだら逃げるように店を出ようとしたのだ。

 居座ったばかりに酷い目に合う、ホラーやおとぎ話があるので、そんな店に自分は来てしまったと、心の何処かで思っているのだろう。

 でも主人公は、コーヒーを飲みに喫茶店へ着たのだ。

 くつろぐために。

 

 店の名前が素晴らしい。「『珈琲店・ポーズ』だよ? なんでそんな名前かわかる? ポーズって言ったって姿勢じゃないよ? 一時停止のポーズだよ。ゲームとかで見るでしょ」「思考を一時停止ポーズさせて、コーヒーの味に身をゆだねること。それがこの店のルールよ」

 コーヒーに限らず、お茶室でお茶をいただくのも、ただ飲むのではなく、何も考えず心落ち着けるひとときを味わうのが目的。

 ちょっとゆっくりしていこうかな、という気持ちで入るのが喫茶店である。


 飲み終えた後、店が消えるのは不思議。

 ムジナの話を連想させる。でも狸に化かされたにしては、美味しいコーヒーを飲んではくつろいだのは間違いないので、騙されてはいないのだ。

「『珈琲店・ポーズ』、それは、コーヒーが必要な人の前に現れて、理想の環境とコーヒーを提供する……そんなお店。もし見かけたら立ち寄ってくださいな。あんたたちがその時一番飲みたいコーヒー用意して待ってるから」 

 とくには、コーヒーは高いので、美味しいコーヒーを飲みたいと思っている人は多い気がする。そんな人の前にも一番飲みたいコーヒーを用意してくれるのかしらん。

 

 読み終えて、親戚が喫茶店を経営していることを思い出す。叔父さんが存命のころ、お邪魔するとコーヒーを提供してくれた。売るほどあるからと言って。昔ながらの喫茶店で、アンティークにこだわっていて、とくに、巨大なオルゴールがある。一メートル近くある円盤がゆっくり周りながら奏でられる中で、何杯もコーヒーを頂いた記憶がある。ゆったりとのんびりした時間は、喫茶店ならでは。

 忙しない現代こそ、ゆっくりとくつろげる喫茶店・ポーズのような場所が必要だろう。

 


 

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