行きつけだった喫茶店
行きつけだった喫茶店
作者 @Sakurasuitou
https://kakuyomu.jp/works/16817330663415478830
気分やイメージで味の変わるパンケーキが食べられる行きつけの喫茶店がテレビ放送された際、『甘くてフワフワしてる』との感想が広まって誰もが同じ感想を持つようになったことで閉店すると聞いて食べに行くと、自分もみんなと同じになっていることに悲しくて涙を流し、やっと塩辛く感じた話。
文章の書き方云々は気にしない。
こういう行きつけの店は大事。
みんなと同じは安心な反面、大事な個をなくした悲しさを感じさせられる。
主人公は、女性。一人称、私で描かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。人物や風景、心情や状況描写がなされ、現代過去未来の順で描かれている。
それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って描かれている。
東京にくらべたらまだまだ田舎とよべる都会の街にある、おとぎ話にでてきそうな店構えをした喫茶店の女性店主が、たった一つのメニュー、食べた人の気分やイメージによって味が変わるパンケーキを提供しているのは、食べた人の気分やイメージによって味が変わるのでその感想を聞いて、相手の考えに触れたいため。
主人公が高校ニ年の夏、勉強しなさいと母親に言われるのが嫌で
フラフラしていたときにみつけた喫茶店に入り、たった一つしかないメニューを頼んで何が出るのか不安になりながら待っていると、出てきたのはパンケーキ。甘いと思ったら酸っぱく、かといって酸っぱすぎずイチゴのような酸味に固まっていると、店主は声を上げて笑う。食べた人の気分やイメージで味が変わることを教えられてから、何年にも渡って店に通い続けた。志望校に合格した時は甘く、恋は甘酸っぱく、面接で落ちた知らせを遠回しの表現で知らせてくるメールが来た時は、舌に残る苦さしか感じない時もあった。
食べることで自分がどんな状態か知ることができ、見つめ直せるとうな優しい心地がした。
人生に迷ったら喫茶店へ行き、最善な選択ができるという安心感ができていた。が、SNSで喫茶店が閉店すると知り、子育てに忙しかったから、訪ねたの数年ぶりだった。
だが、店は繁盛していた。なぜ閉店するのか尋ねると、「誰も彼も同じことしか言わなくなったから」という。店がテレビ放送され、ニュースキャスターが『甘くてフワフワしてる』といったら、見せに来る客はみんな『甘くてフワフワしてる』としか言わなくなったことに落胆したという。ニュースキャスターは最近結婚したからそう感じたのかしら、と考えたから間違いはないはず。
パンケーキを一口入れ、みんなと違うと思い込んだ。テレビで知ったのではなく、自分で喫茶店をみつけたのだからと。だが、驚き呆れ果て、悲しくなる。閉店するのが悲しかったあらてっきり塩辛くなると思っていたのに、甘くてフワフワしていたのだ。そんな自分に泣きなるもなくも、流さないよう我慢しているとひと粒だけあふれ、そこでやっと塩辛い味を感じることが出来たのだった。
メニューが一つしかない喫茶店は斬新である。
とはいえ、「カウンターの向こうには、大きな棚があって、コーヒー豆が入っている瓶が規則正しく並んでいた」とあるので、パンケーキ以外に珈琲があるから一品しかないというのは嘘じゃないか、と突っ込みたくなる。
けれども、飲み物と食べ物は別。
喫茶店といっているのだから、コーヒーと紅茶、あとはミルクくらいは用意されているのではと想像する。
軽食は、パンケーキしかないのだ。
高校ニ年のとき、フラフラ歩いていたときに喫茶店を見つけているので、近所に住んでいたのだろう。
店に入るまでの、主人公がいろいろなことに悩んでいる様子が具体的に描かれている。
ちょっと泣きたいような悲しいような、将来の不安や勉強や暑さでつらいもまじった気持ちと、見た目は喫茶店ぽいし扉のウェルカムの英字くらいで、店名もなく怪しげな雰囲気、女性店主の様子、一品しか無いメニューなども加味したからこそ、パンケーキを食べたときに苺の酸味のような酸っぱさを感じたのだろう。
財布を覗いたとき、「あらヤダっ、私、今日いつもよりもお金入っていないじゃないっ! 最近寄り道ばっかりしていたからだわ……。それはそうと、二〇〇〇円あれば流石に足りるわよね……? あぁもう、せめて値段聞いてから頼みなさいよっ、私‼」と、急におばさん口調になっている。
普段の性格なのか。
おそらく過去回想部分なので、現在は子持ちの母親の視点で振り返っているため、表現がおばさんぽくなったのではと邪推する。
他にも、「でも、酸っぱいと言ってもあれよ? 梅干し特有の酸っぱさでもなく、蜜柑とかの柑橘系の酸っぱさでもないの。そうねぇ、一番近いので言えば、苺の酸っぱさに似てる気がするわ。そういえば、気持ちも似ているかしら。甘くて美味しそうな苺だと思って買ったのに、それが想像以上に酸っぱかったときのあの感じ? って言えば伝わるかしら」というところも同じではと考える。
「食べた人の気分やイメージによって味が変わる」ことから、エッセンシャルオイルを思い出す。
人には好きな香り、お気に入りの香りがある。
だけれども、体調や気分が悪いと、いつもとは違う香りに感じるときがある。その違いから、自己の体調や変化を確認したり、疲れているのなら疲れに効果のある香りを選んだりする。
それと、パンケーキを食べることで自分の心の状態を知り、人生で迷ったときはパンケーキで確かめてきた主人公の捉え方に類似をみつけた気がした。
料理でも、好物を食べていても体調が悪いときはおいしく感じられない。体調が良くても、心配事やショックなことがあると味覚が失われてしまって味がわからないこともある。
喫茶店のパンケーキの企業秘密部分はわからないけれども、気分やイメージで味覚が変化することは実際にあることなので、主人公が不安のときに訪れていたのは、理にかなっていたと思う。
ニュースキャスターのコメントで、味の感想が画一されたのが恐ろしい。
ただでさえ同じ考えに染まりやすい国民性をもっているのに、ネットとスマホの普及によって拡散された一つの話題に飛びつきやすい現代は、多忙で失敗できない風潮が強いため、タイパやコスパな傾向からネタバレや解答を先に求めたがり、答え合わせをするように体験しにいく傾向にある。
そんな現代社会の様子をよく表した作品に感じた。
自分で考え、自分で決められず、まわりと同じことをなんとなく真似をして安心を得ようとするのは楽な発想にみえて、自分の人生を主体的に生きていない現れともいえる。
また、違いを作らないことで争いを回避している、ともいえる。
百にいれば百とおりの考えや生き方があるからこそ、閉鎖された空間では、いじりやいじめが起きる。が、現在はスマホがあることで、自分とおなじ趣味や興味を持つ人と繋がれるため孤独ではない。
ただ、食べ物は別。
三大欲求の一つであり、食への関心は高く、みんなで分け合うことで楽しみを感じるため、おいしい、うまい、あまい、を味わいたいと望んでしまう。
テレビは食べ物やスイーツを紹介する番組を毎日放送し、インスタではバエる料理写真が投稿されては拡散していく。
見た人は、自分も、と行動をとっては来店しては注文、撮影して甘くて美味しかったとコメントつけて投稿する。
真似や追随することに抵抗や疑念を抱かないほど、画一的な考えに染められて、自分で考えなくなっている傾向にある。
客の反応を見て楽しんできた店主から、今夏の映画『君たちはどう生きるか』を思い出す。これだけ情報が氾濫する世の中だからあえて宣伝せず、どんな映画なのかは見た人に判断してもらうと選択した鈴木敏夫を思い出す。
前情報なく見た人は、様々な感想を抱いた。
その後、動画サイトなどでまとめられたネタバレを見てから映画を見た人は、なるほどと同様の感想を抱く。すると、一つの考えに集約されていく。
謎に満ちているうちが楽しいのだ。
映画なら上映を終えればいいけれど、喫茶店となると閉店するしかなくなる。
閉店するのが悲しいはずなのに、みんなと同じく甘くてふわふわに感じてしまうのも、また悲しい。
自分の意見ではなく、他人の意見に染められてしまったから。
初対面の人に会うときでも、第一印象を抱く前に、他人からの事前情報という名の他人の感想を聞いてしまい、他人の物差しで相手を推し量って見てしまうことはよくあることだ。
主人公は、店主からニュースキャスターの話を聞いてしまったので、画一した味になったのだ。
もし聞かず、番組視聴もしていなければ、パンケーキを今まで通り気持ちとイメージで味わえたに違いない。
涙が出て塩辛い味を感じることができたのは幸いだと思う。
読後、内容を知っても大盛況となるものがこの世にはあることを思い出す。遊園地や歌舞伎、舞台劇である。どれも内容は事前に知られていても、こぞって見に行くのは演出や役者を見るのを楽しみにしているから。
客の反応を楽しむには、メニュー以外で、来客の気持ちやイメージを変える工夫をすれば、閉店しなくても済んだかもしれない。
行きつけの店がなくなるのは、非常に寂しいものである。
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