月光〜SONATA quasi una FANTASIA per il Clavicembalo o Piano - Forte

月光〜SONATA quasi una FANTASIA per il Clavicembalo o Piano - Forte

作者 春野カスミ

https://kakuyomu.jp/works/16817330663214070578


 小学三年生のときに参加したピアノコンクールで出会った彼の絶望の月光に引かれた私は彼に褒められ、自分なりの希望の月光を弾くも入賞できず、動画サイトに投稿すると高評価を得、三年後のコンクールで彼は最優秀賞、私は奨励賞を獲得する。だが彼は私の月光に染まって自身の音色を見失ったことで自殺したことを夢で知り、自分の月光も彼の音色に染まったことに気づく話。


 相反する音色だからこそ惹かれ、思うことで相手の音色に染まり、自身の音色を見失って別れてしまう。

 狂わせるのは月光か才能、それとも恋愛か。

 気づかされるほど、悲しいものはない。


 主人公、女子高生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 一応、恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れに準じている。

 面白い作品ある、どきり、びっくり、うらぎりの三つの「り」がみられるところがいい。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の私は母にピアノを教わるも、小学校に上がってすぐ亡くなり、ピアノ教室にも通っていない。小学三年生のとき。父が勝手に申し込んで初めて参加したピアノコンクールで彼と出会い、絶望の音色で月光を弾いて彼は賞を取った。が、私は取れなかった。なのに彼は「ピアノが泣いてるみたいだった」と褒めた。「君のピアノは、新しい。あんな月光があるなんて、知らなかったよ。だから、下手なんかじゃないさ。僕は君のピアノに惹かれた。やめるなんて、言わないでくれよ?」

 その後、コンクールで何回か彼と出会い、私は散々だったが、彼は入賞をくり返した。

 中学になっても独自の解釈である希望として、月光を演奏するあまりに入賞を果たせず、「お前のピアノは、コンクールには似合わないんじゃないか?」と父に勧められて動画サイトに投稿。反響は凄まじく、明日を生きる勇気が湧いてくると高評価を得る。

 三年後のコンクールで彼は最優秀賞、私は奨励賞を獲得。やっと認められたと思い、彼と喜びを共有したかったのに、コンクールが終わって彼を探しても姿は見つからなかった。

 コンクール後の満月の夜、彼は自宅のレッスンルームで首をつって死んでいた。彼の葬儀に参列した私は、彼の母親に「あの子が死んだのはっ……」と声をかけられ、場の空気に絶えられずその場をあとにした。

 帰宅後、彼はどうして死んだのかわからず、ピアノの前の椅子に力なく腰掛けた。

 気がつくとピアノコンクールの会場の客席に立っていた私は、死んだはずの彼がステージで月光を弾くのを見ていた。

 演奏をやめて「“月光“は、どんな曲だと思う? 君の意見を聞きたい」と彼は聞く。先に彼は月光を絶望や恐怖、底知らぬ恨みや悲嘆の旋律だと解釈していると話す。でも私は、暗い毎日からの脱出をテーマにした明日への希望を綴った旋律だと考えだと答える。

「分かった気がするよ。君のピアノの、音色の理由が」

 そんな彼にあの日どうして死んだのか尋ねると、「僕にとって、君はジュリエッタだから」と答える。「ねえ、それじゃあ君は、私にとってのベートーヴェン、なの?」聞き返せば「そうだったら、よかったんだけどね」と自嘲気味に笑った。

 彼の思いに気づかなかった私が彼を殺したことになる。「言ってないからね、それも当然だよ」「そうだ。直接言えていなかったね。奨励賞受賞、おめでとう」

 嬉しくないと叫ぶ私は、君のピアノがあればそれで良かったと告げる。死についてどう思うか彼に問いかけながら、子は悪いことではないが、生きている人ともう触れ合えないのが弱点だと話す。

「君らしい意見だね。ああ、でも、聞けてよかった」

 死んでからそんなことを言う彼に最低だと泣きじゃくり、気づく。「君は、私のベートーヴェンだよ」 

 ありがとうという彼だったが、「君の月光が、希望の音が輝いた。それに伴って僕の音は、どこまでも深く、沈んでいく。いつしか、分からなくなったよ。自分が今まで、どんな月光を弾いていたのか。情けないだろ? 嗤ってくれ」との言葉から、彼のピアノを殺したのは自分だったと気づいたときには彼の姿はなく、かわりに座っていたはずんお椅子から赤黒い血が滴り落ちていた。

 酷い夢だったと目が覚めて鍵盤を見ると、涙で濡れていた。一週間前に彼と参加したコンクールを思い出し、あのときすでに彼は自身の音を失っていたのだろうと思う。月光を弾くと、彼のピアノに染まっていることに気づく。自分の音が崩れ去っていくのは気分が良く、そう広くない室内にピアノの号哭が鳴り響くのだった。


 ベートーヴェンが作曲したピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27―2『幻想曲風ソナタ』。

 通称、月光と呼ばれる楽曲は、静かで神秘的な第一楽章、可憐で可愛らしい刹那的な第二楽章、情熱的で激しめの第三楽章からなる。

 ベートーヴェンが発表時につけていたタイトルは『幻想曲風ソナタ』であり、月光ではない。

 当時、カリスマ音楽評論家であり詩人でもあったレルシュタープが第一楽章を聴き、「まるでルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のようだ」と発言したことが広まり、『月光』と呼ばれるようになった。

 

 ベートーヴェン自身がつけた「幻想曲風ソナタ」というタイトルからも、「ソナタ形式に縛られずに自由に作ってみた」という意思が読み取れ、当時は第一楽章がソナタ形式ではないことが非常に珍しかったという。

 この曲は発表当時、付き合っていた伯爵令嬢のジュリエッタに贈られている。ベートーヴェンが友人に宛てた手紙には、彼女への想いが綴られている。

「私の人生はいま一度わずかに喜ばしいものとなり、私はまた外に赴いて人々の中に居ます。この二年の間、私の暮らしがいかに侘しく、悲しいものであったか信じがたいことでしょう。この変化は可愛く、魅力的な少女によってもたらされました。彼女は私を愛し、私も彼女を愛しています。二年ぶりに幾ばくかの至福の瞬間を謳歌しています。そして生まれて初めて結婚すれば幸せになれると感じているのです。しかし不幸にも彼女は私とは身分が違い、そして今は、今は結婚することなどできやしないのです」

 手紙をふまえて楽曲を考えると、静かで神秘的な第一楽章では、

だんだんと聴力が衰えていく不安の中、彼女によりどころを求めるも育ってきた環境が違うため、すれ違いは否めなかった。

 惹かれあっているにもかかわらず、想いを伝えられないもどかしさ、気持ちをさらけ出せない恋愛初期のよう。

 可憐で可愛らしくも、刹那的な第二楽章では、束の間の現実逃避。恋愛において最も楽しい時期であり、あっという間に終わってしまう。

 情熱的で激しめの第三楽章は、恋愛のドロドロした感情をすべてさらけ出しては、ぶつかったり求めあったりしている。実際、ベートーヴェンが曲を贈った直後、ジュリエッタは別の爵位を持った作曲家と婚約、結婚している。

 そんな『月光』をモチーフにして、本作のストーリーも展開されていると考える。


 まだ本作は、同作家の『月光』に登場する彼女側を主人公にして、立場や配役が入れ替えただけでなく、独自の構成で描かれた作品となっている。前作と異なる点も多々みられることから、視点や立場を入れ替えただけでなく、本作単体でも楽しめる作品になっていると考える。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場は、彼の葬儀に参列して帰宅後、ピアノのある防音室のピアノの椅子に座り、突然の死に理由がわからず、胸に痛みを感じていた。二場の主人公の目的では夢の中、ピアノコンクールの会場の客席に立ちながら、死んだはずの彼が月光を弾いている。その彼から、月光はどんな曲かと意見を聞かれる。

 二幕三場の最初の課題では、過去回想。小学三年生の初めてのコンクールに出て散々な結果だったのに彼に「ピアノが泣いてるみたいだった」とほめられ、やめないでくれといわれる。

 四場の重い課題では、ステージにいる彼の意見を先に求めると、ベートーヴェンの想いに忠実で絶望だと答える。私は明日への希望を綴った旋律だと答える。

 五場の状況の再整備、転換点では、私の考える月光に出会ったのはいつだったか振り返る。彼のベートヴェンの演奏は、当時の作曲者が蘇ったようだと評判なのに対し、一つの可能性である「希望」を見出し、感情をぶつけてコンクールに出場するも入賞できなかった。が、父が動画投稿サイトに投稿すると、高評価を得られて自信をつけることができ、三年後のコンクールで奨励賞を獲得。彼とともに喜びを共有したかったのに、彼は自宅で首をつって死んでしまった。

 六場の最大の課題では、私の音色の理由を知った彼になぜ死んだか尋ねると、自分にとって私がジュリエッタだからと告白。奨励賞を祝われるも嬉しくなかった。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、死は生きている人ともう会えないことを伝えると、聞けてよかったとホッとする彼に、「君は、私のベートーヴェンだよ」と告げる。ありがとうという彼は、私の希望の音色に沈んでしまい自分がどんあ月光を弾いていたかわからなくなってしまったと、彼のピアノを私が殺したと知る。

 八場のエピローグでは、目が覚めると涙で鍵盤が濡れていて、窓の外に白い月が輝いていて、月光を弾いてみると彼の音におぼれて以前のような月光はいけなくなり、崩れ去っていくピアノの号哭が鳴り響いた。


 構成も展開もよくまとめられている。

 彼が彼女に惹かれて自身の音色を崩したことで自殺を図り、その事実を知った彼女もまた彼に惹かれていたこと告げるも、彼はもうこの世には折らず、自身のピノが彼の音色に混ざり、悲しみに満ちた音色が鳴り響くまとまりが、悲しいのだけれども、ようやく互いの気持ちが結ばれたようで素敵な出来である。

 恋愛ものであり、結末は死別ではあるものの、互いが思い合っていたことが明かされてよかったかなと思える。


 冒頭、彼が突然死んで、理由がわからないところから始まっている。しかも雨の中、葬式に参加し、相手の母親から「あの子が死んだのはっ……」といわれる。

 続く言葉は、あんたのせいだといいたいのだろう。

 母親は、自殺の原因を知っているのだ。

 希望の旋律で弾く私のピアノに狂わされたと、母親は思っているのだろう。自分の息子が彼女を好きになったからまでは、思い至っていないと考える。


 雨の比喩が「ショパンの雨だれを聞いているようだった」と音楽でたとえているのもいい。世界観に合っている。

 彼の葬儀の場面に雨が降るのは、悲しさを情景描写で表している。

 葬儀では雨が降り、帰宅して、ピアノの前の椅子に座る。

 夢から覚めて、部屋の窓の外を見ると白い月が輝いていた。彼と話していた夢が終わったから雨も上がり、月が輝いている。

 首をつって死んだ彼が夢の中で現れて、ピアノを弾いては二人の会話が終わった後、彼が座っていたはずの椅子から濃くて赤黒い血が滴り落ちて消えてしまう。

「私……君のピアノを殺したんだ」

 と、主人公が彼を殺した証とて血を滴らせるのは、一番わかり易い表現だと思う。

 そもそも彼女が見た夢なので、遺体が消えて血だけが残ってもいい。夢は不思議なことが起きるので、違和感にはならない。

 彼女が彼を死に追いやったわけだし、乱暴な言い方すれば、この物語には黒と白しかないので、ケガレの一つである赤を出すのは悪くない。


 自室のピアノの前で、理由がわからないとしていた主人公が、二話ではいきなりコンサートホールの客席側に立っているところからはじまる。

 区切りのいいところで場面が変わっているとはいえ、読者は驚くだろう。死んだ彼が月光を弾いているの驚くけど、いきなり場面が変わっているのにも戸惑うはず。

 最終的には夢を見ていたと明かされるため問題ないけれども、本作はすでにある同作家の『月光』という作品のリニュアルといっていいので、前作とは違う切り口でありながら、超える作りをしていなければならない。

 自殺した相手がピアノを弾く展開は前作にもあるので、立場や視点を変えて同じことをしてもインパクトに欠ける。

 だから、突然場面がコンサートホールの客席に移り、そこで死んだはずの彼が月光を弾く姿を展開は驚く。

 良い書き方をしていると思う。


 前作にはなかった月光という曲の説明がくわえられている。

 曲を知っていても、本当の名前『幻想曲風ソナタ』と違うとか、どういった背景があるのかなど、音楽に携わっていない人はなかなか知らない。

 作品の中で蘊蓄を少し挟むのはいいと思う。

 本作では、「僕にとって、君はジュリエッタだから」「君は、私のベートーヴェンだよ」みたいに作品とうまく絡んでいるので、蘊蓄は無駄ではない。

 書きすぎると、読者は蘊蓄を読むために小説を読んでいるのではないと気分を害する人も中にはいるので。

 蘊蓄の配分は悪くない。


 途中の回想については、彼との関係性を描くことで主人公がどんな人物でどう対応するのかを浮かび上がらせていくのに役立っているので、奇抜な行動をとる姿を描かずに読者に伝える書き方はいいと思うし、前作よりも読み進めやすい。

 おそらく主人公の女の子が、希望の月光を弾くからだと推測する。


 前作の主人公は絶望の月光を弾く彼だったので、読み手側も暗い立ち位置で読むことになったし、後半の生き返ってピアノを弾いていた彼女が再び自殺する展開からの淀んだ感じを引きずっての絶望の幕引きだったため、重苦しかった。


 主人公の彼女は、ベートーヴェンの楽譜を見て、「希望」を見出すのだけれども、どういったところから希望をみつけたのかが書かれていない。

 希望の月光を弾いて、動画サイトにあげて高評価を得たことで、自身がついて三年後の奨励賞へと結びつくのわかる。

 なぜ希望の月光をみつけたのか。

 考えられるのは、彼のピアノに惹かれたからだろう。

 学校がちがう彼と会うには、コンクールに出るしかない。

 彼が月光を弾くのならば、自分も月光を弾く。

 月光を弾いていれば、同じコンクールに出ることができるし、彼に会える。それが彼女の希望だったのではないか。

 いつしか月光が、彼に会える希望の曲へとなっていったのではと邪推する。

 そう考えれば、死んだ理由を答えた彼の「僕にとって、君はジュリエッタだから」といわれた彼女が「君は、私のベートーヴェンだよ」と答えることにつながるだろう。

 悲劇だったのは、彼の気持ちに彼女は気づかず、彼女自身は彼が好きだった自覚が足りなかったことだろう。

 音楽を共通言語として語りあっていたとしても、好きなら好きとわかる言葉で相手に伝えないと届かない。

 せめてコンクールのあと、二人が会話していたら、彼は自殺をしなくても良かったのではと考える。


 ただ、彼女のピアノに沈んでしまって自分のピアノの音色を出せなくなったのはもっと前からだろう。

 両思いになったら、絶望の月光は弾けなくなるはずなので、やはり彼は自殺してしまうかもしれない。


 曲は解釈だと、彼自身いっている。

 絶望に希望が混ざった月光という解釈もあっていいはず。

「月光だけではない。モーツァルトのアイネクライネ・ナハトムジークも、ショパンの子犬のワルツも、彼の手によって弾かれるピアノは、まるで当時の作曲者たちが現代に甦ったようだ」といわれる音色をだす彼にとっては、その解釈は受け入れなかったのだろう。


「私……君のピアノを殺したんだ」と気づいたとき、彼の姿はんく、椅子から血が滴り落ちている演出はよかった。

 彼は死んでいたのだから、再び死に戻ったと解釈できるし、そもそも彼女がみていた夢だったので、死んだ彼と夢の中で話ができたんだと素直に受け取れる。


 彼の絶望に染まって月光の音色から希望が失せたのは、もともと彼に会うために月光を弾いてきたのだから、もう会えないとわかっているので希望にはなり得ない。 

 号哭が鳴り響くのは、彼女自身の悲しみである。

 それはそれで、新しい月光の音色として受けいられるかもしれない。


 読み終わって、前作を読んでいるので話の構成や展開はわかるけれども、単体として読んでもこちらの方が読みやすく、スッと内容が入ってきた。

 ただ、前作にあった凄まじさはない。主人公がそもそも違うので同じにはなりようがないのは当然である。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る