白兵戦
白兵戦
作者 見咲影弥
https://kakuyomu.jp/works/16817330663413683693
本だけが友達の私は創作するも満たされず孤独だった。そんなある日同じ趣味の彼女と出会い、互いに創作した小説を見せあって仲良くなるが、彼女は執筆できなくなる。筆を折ると言った最後の小説を、自分のせいだと破り捨てる私。贖罪と懺悔の気持ちで書き上げた小説が書籍化することとなる。卒業式で彼女と再会、復讐のために書き始めたという。いつか同じ舞台で再会する約束を交わし、しばしの別れをする話。
文章の書き方云々は気にしない。
作るには自分が描きたいものを注ぎ込めばいいけれど、出来上がった作品は、楽しませる相手に届くものでなければならない。
矛盾するようでいて、車の両輪のように、前に進むためにはどちらも欠けてはならない大切なものだということに、改めて気づかせてくれる作品。
勉強や研究と同じく、創作も独りで行う孤独な作業である。
主人公は女子高生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られており、現在→過去→未来の順で書かれている。
男性神話と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
人の友達がいない主人公の私の唯一の友達は本だった。理想の世界を作り、理想の私となって非日常を味わおうとキーボードを打って数多の世界を作るも満たされず、孤独だった。
高校生になって、まわりの子をシカトする彼女に惹かれ、放課後一人で執筆する彼女に「あんたは、どんな世界を紡いでいるの」声をかける。自分も小説を書いていると秘密の告白をし、彼女の小説を読ませてと頼む。翌日、「これなら、読んでもいいから」と分厚い封筒を渡される。家に帰ってからにしてというついでに「あたしも、貴女の紡いだ世界、見たい」といられる。
彼女の小説は、おなじ高校生が書いたと思えない出来で、彼女の紡ぐ世界に惚れ込んでしまう。以降、互いの小説を見せ合うようになり、二年生になっても続いた。が、あっさり終演を迎える。
「あたし、筆を折る」
自分のために書いてきた小説を読みたいと言われて、一番まともそうなのを渡し、褒められて嬉しかった。貴女のために小説を書きたいと思って書いても、出来上がった作品は中身のない空洞に思えたという。「気づいたの。あたしには、望まれた世界を紡ぐことはできないんだって。誰かのためとか、そんな綺麗なことはできないんだって。どんなに自分を奮い立たせて書いてみた所で、上っ面だけは美しい、驕りを振りかざした、ちゃちな作文にしかならなかったから」
だから貴女の望む世界は紡げないから筆を折るといい、最後の小説を手渡される。「私があんたを壊したんだ。私が、あんたの才能を殺しちゃったんだ」「あんたの勝手な都合で、私達の世界を蔑ろにしないでよ!」自分でも間違っているとわかっていたが、怒りに抑えが効かず、原稿用紙を破り、世界が散り散りになる音とともに彼女の悲鳴が重なった。
以来、私は彼女とは会わず、独りでキーボードに打ち込んでいく。棚のクッキー缶にはあの日破った数枚の紙片が入っている。大半は風に吹かれ、最後の小説の全貌を知ることはできない。取り返しのつかないことをしてしまったと思いながら、悩みに悩んで、引き際も決められぬままズルズルと創作していく。
高校三年生の春、軽い気持ちで応募した作品が運良く引っかかり、受賞までいかなかったが、書籍化する運びとなり、小説家となる。
自分はふさわしくない、辞退しようと思ったが、両親は書籍化の話を聞いて二つ返事でオーケーしてしまい、弾くに引けなくなる。卒業式の二週間前には見本はできあがる。一つだけ先に貰えないかと贈ってもらう。真っ白なカバーデザインを選んだのは、あの日の懺悔であり、傲慢な祈り。どれだけ飾っても美しくなるはずがないから何も施さなくていいと選んだ。その本を破りすてるも、心は満たさえなかった。
卒業式の日、教室で彼女と再会する。引き返そうとするも呼び止められ、「本、出すんだってね」おめでとうと言われる。彼女はまた小説を書き始めたことを告げる。「復讐」「もう貴女なんかのために、世界を紡がない」「赦さないから」
彼女に「赦さなくていいから」と伝える。この後悔が執筆の原動力であり、自分なりの贖罪だった。
強いねという彼女。「あたしも貴女みたいになりたい。そう思ったから、あたしはまた筆を握ることができた」微笑んで、「あたしも、いつかそっちの世界に行くよ」「いつか、またどこかで」
私はずっといえなかった言葉「ごめんね」と口にすると、彼女は首を横に振って「今は、まだ受け取らない。受け取りたくない」という。来週出版されるから本を送るので、思い切り破り捨ててほしいと申し出ると、「いいよ、気を使わないで。自分で二冊買う。一つは原型が無くなるまでぐちゃぐちゃにしてやるから」「また会いましょう、今度は、同じ舞台上で」不敵な笑みを浮かべる彼女。
私もほほえみ、「いつかまた、どこかで」と口にする。
いつかまた、一人の友として、言の葉の刃を交え戦った相手としてもう一度再会するのだろう。その日まで、恨んで憎んで許さないで。彼女は私の横を颯爽と通り過ぎ、「さよなら」と互いに暫しの別れの挨拶を交わし、響き渡るチャイムが長い長い戦いの終わりを告げるのだった。
三幕八場の構成で書かれている。
一幕一場のはじまりは、本歯科友達のいない主人公は物語を紡ぐも満たされず、高校生になってはじめて友達と呼べる存在、小説を書く彼女と出会う。二場の主人公の目的は、彼女に自分も小説を書いていることを告白する。
二幕三場の最初の課題では、彼女の小説を読ませてもらい、彼女の紡ぐ世界に惚れ込む。四場の重い課題では、互いに書いた小説を読み合い、楽しい時間を過ごす。
五場の状況の再整備、転換点では、自分のために書いてきた彼女は主人公の読ませるために書くようになって小説が書けなくなったため、筆を折るといって最後の小説を書いてきたが、自分が彼女をかけなくしたことに怒りを覚え、彼女の渾身の一作を破り捨ててしまう。
六場の最大の課題では、彼女と合わなくなり、あの日の出来事を振り返りながら彼女を追い詰め取り返しのつかないことをしてしまった懺悔と贖罪を込めて、小説を綴るしかできなかった。
三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、高校生最後の春、小説を応募すると、受賞しなかったまでも目に止まり、手直しした作品が書籍化することとなる。卒業二週間前に見本ができ、一冊送ってもらい破り捨てるも心は満たされない。
八場のエピローグでは、卒業式の日に彼女と再会し、復讐の思いで再び小説を書き始めた彼女は、今度は同じ舞台で再会することを約束して別れるのだった。
前半は受け身な主人公が、反転攻勢の場面を経て、後半は積極的に物語を動かしていく展開もいい。
書き出しは、彼女が筆を折る場面が、さらっと書かれている。プロローグであり、どうして彼女が筆を折るに至ったかをこれから描いて説明していくことを、読者に伝えている。
この段階で、私と彼女、二人の話だということがわかるし、原因は「あたしにはもう、貴女の望む世界は紡げない」からで、二人の関係は作家と編集なのか、その辺りがまだわからない。
彼女と出会うまでは、主人公である私の独白で物事が進んでいくので、主人公の人となり、性格や創作するに至る経緯がわかる。
彼女と出会ったのは、高校生になって同じクラスになってから。
それまでの話は、主人公の小中学生のころの話だったのだと、わかってくる。
主人公は五月下旬、勉強もろくにせず小説を書いていたせいで赤点を取り、追試を受ける。試験が終わって教室に荷物を取りに帰ったら、彼女が独りで執筆する姿を目撃する。
つまり、執筆に明け暮れている彼女は、主人公と違って勉強ができることがわかる。追試を受けていないから。
勉強と創作の両立がきちんとできている子なのだ。
だからといって、高得点をとっているかわからない。赤点にならにギリギリの点を取れるくらいの勉強をしているのかもしれない。
原稿用紙に万年筆で執筆している彼女に、こだわりを感じる。
憧れの作家先生のマネをする、みたいな。
形から入る子かもしれない。
お話を作りたいだけなら万年筆は使わない。
書き直しができないから。
ノートに鉛筆書きした作品を、原稿用紙に移し書いているなら理解できる。けれど彼女は直書きしてるので、間違えたり補足したり、余分な所を削ったりする赤字の修正がいっぱい入っているとおもう。
主人公の読書量はわからないが、「同じ高校生が書いたとは到底思えなかった。素人作家が書いたとも微塵も思わなかった。完成されている。序盤の何やら意味深な行動。登場人物の秘めた思い。そして息を呑む展開。ほろ苦い、余韻を残す結末。秀逸、その言葉が一番似合っている」と彼女の作品を褒めている。
出来がいいのだろう。
そんな作品を書いているのに、応募しているようにみられない。
「あたしね、自分のために小説を書いてた。どうしようもない惨めな自分を救うために。貴女に見せられないような、目を覆いたくなる作品を沢山生み出してきたの」
自分のために執筆していると明言しているので、どこかの賞に応募したことはないはず。
もし応募しているなら、手書き原稿は避けるはずだから。
小説の応募要項には、原稿用紙フォーマットに印字したら駄目と書かれているものもあるし、手書き原稿不可の新人賞もある。(認めている新人賞もある)
手書き原稿が悪いわけではないけれども、下読み担当には、手書き原稿は読みにくいので読まずに落とす人もいるらしい。いまや、読まれやすい形式、プリントアウトしたものやテキストファイルで送るようになっている。
「これは、私の世界だから。誰かに見せるためのものじゃない」
と彼女はいうのだけれども、だったら教室で書かなければいい。
原稿用紙の束があとで出てくることを考えると、家で執筆しているはず。ひと目のつきやすい学校の教室で書かなければいいのに。
ちょっと矛盾に感じる。
憧れの作家が、学校の教室で書いていたと知って、学校で執筆する気分に浸ろうと真似をしたのかしらん。
ただ単に、家で書いていると親に知られて怒られるからなのか。
そもそも彼女は自分のために書いているのだから、学校であった嫌なことなどを、忘れないうちに小説に落とし込みたくて、教室でかいていたのかもしれない。
朱色を入れての修正は彼女のものなら、校正記号や書き方を知っているということ。学校によるだろうけど、高校の国語の授業でも習うかしらん。
彼女は「ただの汚い願望の具現化、文章化」であり、自分のために書いてきた。けど、主人公が読んで褒められたことが嬉しくて、主人公を楽しませようと書くようになって、自分の具現化をしなくなっていって書けなくなった。
主人公は、余計なことをしてしまったと嘆いた。
怒りもあるし矛先を向ける相手が違うともあるけれど、作品を破ったのは彼女に作品を書き続けてほしくて、筆を折ってしまう最後の小説をなかったことにしようと破って物語世界を壊したのだろう。
主人公のためでなく、彼女自身のために書いてと伝えればよかったのだけれども、感情が勝って冷静に話せなかったに違いない。
主人公がとった方法は、彼女を思っての行動であり、彼女のためでもある。でも、それは主人公が思っている考えであり、エゴの押しつけでもある。
挙げ句、数カ月必死になって書いてきた彼女の作品を破り捨ててしまったのだ。作品には、作者の思いが込められているから。破り捨てるのは踏みにじるのと一緒。
棚のクッキー缶に大事に紙片を入れているのは、彼女の思いを大切にできなかったことを忘れないためでもあるし、懺悔と贖罪の象徴にもなってしまった。
原稿を破られた彼女がとってもかわいそう。
自分の書いたものを褒めてくれて、仲良くなれた友達のために必死に書いたものを破られてしまって。
高三の春に大賞ではなく、特別賞みたいなのに入賞して、書籍化されると知った彼女は、気分悪いなと思う。
高三の春に入賞して、書籍化は卒業の頃。一年かかっている。
「長編をリメイクした作品を書籍化」なので、手直しをするのに時間がかかったからだと推測される。
一般でも、受賞したら原稿そのまま書籍化されるわけではない。
編集から、直してほしい箇所をメールで送られてきては手直しをするやり取りを数回くり返し、校正が入り、本の表紙デザインなどを決めて印刷、広告宣伝もあって世に出てくる。
ラノベだと、出版サイクルを早くしようと半年や数カ月で並ぶような仕組みをとっているところもあるみたいだけど。
主人公は高校在学中、しかも受験生なので、手直しに時間がかかったと思われる。
「中には未来の作家先生とツーショットを撮っておこうと私にすり寄ってくる輩がいたが、微笑んだまま背を向けると、盛大に舌打ちされた」
嫌われてもいいと思うのは自由だけれども、出版側としては本を売って利益を出したいから、本を買ってくれるお客さんは大事にしたい。
クラスメイトにはむしろ、自分の小説を買ってもらわないといけない。たくさん買ってもらって増刷されることで、次回作につながるから。
現在、ラノベは年間二百五十冊くらい出版されている。それぞれのレーベル、一般文芸もたくさん書籍化されて書店に並ぶため、毎日なにかしらの作品が世に出ていることになる。
そんな状況で新人作家が登場しても、よほどの話題作でなければ、すぐ書店から消えてしまいかねない。
出版側としては、在学中に出版すれば『高校生作家デビュー』と広告に打てて売りやすいと考えたはず。もっと早く、書籍化したかったに違いない。
今度は同じ舞台で、とカッコよく別れているけれども、彼女が小説家になったとき、主人公はもう作家でいられなくなっている可能性も考えられる。
これで終わりではなく、これから作家人生がはじまるという、プロ意識が主人公は足らない気がする。
彼女は、主人公の復讐のために再び執筆しようと思ったとある。
私のほうが上手く書けるのに、あんな子に作家になるのを先越されて悔しい、みたいな。
腹が立ったというか怒りというか、もともと彼女は「ただの汚い願望の具現化、文章化」が小説の原動力なので、主人公が小説家になったことで執筆スタイルを取り戻せたのだろう。
「赦さないから」と宣戦布告したのに、「赦さなくていいから」といわれて、出鼻をくじかれたとおもう。
だから、「やっぱり、貴女は強いね」と陽気に笑うのだ。
きっと彼女は一年余りの間、悲しくて塞ぎ込んでいたのだろう。それだけ彼女も、主人公のことを友達だと思っていたのだ。
「強くなんてない。弱くなって誰かに助けを求める術を持っていなかっただけ」
「いいや、強いよ。あたしも貴女みたいになりたい。そう思ったから、あたしはまた筆を握ることができた」
二人はおなじような性格をしている。
それだけ似た者同士、仲が良かったから友達になれたのだろう。
最後、「彼女は私の横を颯爽と通り過ぎる。背中合わせの私達。『『さよなら』』暫しの別れの挨拶。二人から一人に。静寂に響き渡るチャイムが、長い長い戦いの終わりを告げた」という締めくくりはかっこいい。
読み終わってタイトルを見たとき、主人公が執筆した書籍のタイトルは『白兵戦』なのではと想像する。
なぜなら白い表紙は白刃を意味し、敵味方ともやり合うことを表現したかったと推測。
主人公の書いた作品は「ここに下ろしたものは、剥き出しの内臓だ。血生臭くって、人間の腐敗臭がする」であり、互いにやりあえば内蔵が出てくる。
決してきれいなものではない。
カバー裏は真っ赤なんじゃないかなと思えてくる。
二人が同じ舞台に立てたとき、良き友人として笑いあって再会することを切に願う。
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