桜になれない君

桜になれない君

作者 雪蘭

https://kakuyomu.jp/works/16817330659168565543


 感情が欠如している桑名優輝は祖父の葬儀の日に、病院の花の咲かない桜の木で小林かすみと出会い、花が咲いたように明るい彼女と一緒に過ごすも病気でなくなてしまう。彼女の笑顔は彼の記憶の中で咲き続ける話。


 三点リーダー云々は気にしない。

 本作は、偏見で物事を見、価値を下していることに改めて気づかせ、人並みではない見方や発見ができるはずと教えてくれている。


 主人公は、男子学生の桑名優輝。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順で書かれている。


 女性神話と男性神話の中心軌道に沿って描かれている。

 他人より感情が欠如していることに悩んでいた主人公の桑名優輝は、祖父から周りに合わせずそのままでいい、死んだときは笑って見送るよう言われていた。祖父の葬儀で涙は出てこないが、約束どり、なんとか笑ってみせる。

 親戚たちの目を気にした母親に葬儀場から追い出され、行き場をなくした主人公。祖父が入院していた病院を訪ねると、小林かすみという同い年の病人に出会う。彼女は、昔から病院の桜に花が咲くのを待っているが咲かず、待ちくたびれたという。

 植えられて花をつけるまでかかる時間は木ごとで違うし、早い遅いと良し悪しは関係ないから焦ることはないと祖父が言っていたことを伝える。

 葬儀から二週間経った六月。主人公のクラスに小林かすみが転校してくる。あっという間に好かれるクラスの人気者になった。

 昼休みに屋上に来るよういわれて二人で会ったとき、病院のときとテンションが明るくて印象が違うことを伝える。それはともかく、彼女から病院に入院しがちなことを誰にも言わないよう頼まれる。

 二週間後の七月。あれ以来、彼女から話しかけられるようになり、鬱陶しく感じ、昼休みは階段の下にある薄暗く狭い空間で一人、昼食をとっている。

 かつて『桑名は何も話さないし、笑いも怒りもしねーから何考えてるのかわからねーんだよ。正直気持ち悪ぃ』と言われてから、祖父を除いて対人関係を嫌ってきた。不思議な人であったが、彼女は祖父と優劣がつかないほど変わっている。

 彼女が家庭の事情で学校を休むこととなり、登校は夏休み明けになると発表される。彼女がいないと落ち着かない自分に気づき、病院にむかって走る主人公は、ベッドで半身を起こす彼女を見た直後、倒れる。

 気づくと彼女の隣のベッドで寝ていた。病気のことを聞かないのはなぜかと問われ、「俺が知る必要ないだろ?」と答える。優しいと言われ、彼女に変わってると告げると、初めて言われたという彼女をみて、おもわず笑ってしまった。

 その日から見舞いに行く日々が始まり、お盆は病室で一緒に花火を見ながら来年は河川敷で花火を見ようと約束する。

 九月に入り彼女が登校し、話しかけられる。主人公が笑うとクラスの連中から驚かれる。

 文化祭の季節となり、『男女逆転⁉ 執事・メイドカフェ』をクラスですることになり、彼女は執事、主人公はメイド服を着ることになる。クラスで買い物に行った際、彼女に贈ろうと桜が象られたバレッタを購入する。

 文化祭最後の後夜祭で話したいことがあるからと、彼女に教室に来るよう頼まれる。主人公も渡したいものがあるからと十九時に約束するが彼女が現れない。学校を探すと、学校の桜並木の見えるテラスで倒れているのを見つけ、彼女を抱えて病院へと運んだ。

 担当医の表情を見て、手遅れだと悟る。

 血相を変えて小林の両親らしき人たちが病室へ入ってきた。悲痛な嗚咽が病室を支配していたその時、小林の瞳が開く。あの桜みたいになるのかなと呟く彼女に、「小林は、桜になれない。あの桜はまだ咲いていないじゃないか。小林はいつも花が開いたように笑ってた。それに……、桜は少しの間しか花を咲かせない。だけど、小林は違う。たとえ、近くにいなくても、ずっと、俺の記憶の中で……咲き続けるからな」と伝えると涙が流れる。

 泣いて欲しくはないけれど、泣けて安心したという彼女に、良かったと声をかける。うれしかった、ありがとうと呟いて彼女は息を引き取る。

 三月十八日。病院の、花の咲かない桜に一輪咲くのを見て、彼女のことを思い出す。彼女の両親から預かった、優輝宛ての手紙を読むのはこの場所が最適だと考え封を切る。『あの日から、この桜の木の下で出会ったあの時から、ずっとあなたのことが、好きです』と書かれていた。きっと彼女は、いずれ満開になるであろうこの桜の木を、ずっと見守り続けるだろう。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、感情が欠如している主人公の桑名優輝の祖父が亡くなる。二場の主人公の目的では、親戚の目を気にして追い出された優輝が祖父が入院していた病院で小林かすみと出会い、なかなか咲かない桜を待つ彼女に咲き急ぐことはないと教える

 二幕三場の最初の課題では、彼女が転校してくる。四場の思い課題では、病院に入院しがちなことを秘密にするよう頼まれる。

 五場の状況の再整備、転換点では、感情が欠如しているために対人関係を嫌っているのに、彼女は祖父と同じように変わっているが一人のほうが楽だと思っていた。が、彼女が入院して会えなくなると彼女のことが気になってしまい、病院へ走って会いに行く。どうして病気のことを聞かないのか尋ねられ、いいたくないかもしれないことを無理に聞くのは野暮だと「別に。俺が知る必要ないだろ?」と答える。それから夏休み中、見舞いに通う。六場の最大の課題では、笑うようになった優輝。文化祭で『男女逆転⁉ 執事・メイドカフェ』に決まり、メイド服を着ることになる。

 三幕七場の最後の課題では、クラスのみんなと買い物に行った際、彼女のために桜が象られたバレッタを購入。文化最後の後夜祭のとき話があるからと彼女に言われ、十九時に教室で合う約束をするも現れず、学校中を探し回ると学校の桜並木の見えるテラスで彼女が倒れているのを見つけ病院へ運ぶ。医者の様子から手遅れだと悟り、あの桜みたいになるのかと彼女の聞かれ、「桜は少しの間しか花を咲かせない。だけど、小林は違う。たとえ、近くにいなくても、ずっと、俺の記憶の中で……咲き続けるからな」と涙を流しながら声をかけ、泣ける彼に安心して、嬉しかったありがとうと息を引き取る。

 八場のエピローグでは、三月十八日、一輪花が咲く病院の桜の下で、彼女からのラブレターを読む。

 

 書き出しが衝撃的である。

 祖父の死を告げ、その様子が端的に描かれてはじまっていく。


「黒い棺」は珍しい。

 日本は、亡くなると棺と一緒に火葬する。

 棺は軽くて燃えやすい素材で作る必要があり、棺の九割を中国曹県の桐で作られているといわれる。

 現在はいろいろな棺桶もあり、黒い棺もある。

 祖父は不思議な人だったと表現されているので、周囲の人間とは違うことを表したかったのかもしれない。

 

 感情が欠如しているらしい主人公は、「周りが面白そうに笑っているとき同じように笑えないし、おそらく悲しく感じるだろう場面があってもそれを感じられない、涙が出てこない」と気持ちを表情に出すのが苦手なのかもしれない。

 赤ん坊のとき、泣きわめいたりするのは表情筋を鍛えて、いろいろな表情をするための練習をしているから。

 生まれたときから泣きもせず、仏頂面をし続けているのなら考えられるけれども、そうでないな顔に気持ちを表せるはず。

 生きることに絶望しているのであれば、顔に表せないけれど、そういう様子もない。

 表せないのは別な理由があると考える。


 祖父が『優輝はそのままでいいんじゃ。周りに合わせたりなんかせんでいい。別に変なことじゃないんじゃからな。じゃけど、近い将来わしが死んだ時、その時だけはどうか……』といわれて、笑うよう頼んだのはなぜだろう。

 辛いとか悲しいといった表情をするには、あまり筋肉を使わなくていい。だけど、笑顔は一番多くの表情筋を動かす必要がある。

 笑うよう頼んだのは、優輝も感情を表現できるようになって欲しいとする思いの現れだったのではないかしらん。

 

 というわけで、笑うためには練習が必要。

 笑ったことがない人間の笑みはぎこちなくなるのはそのためであり、主人公が笑ったとき、「親戚のやつらのひそひそと小声で話す声が届」いたのは、通夜の席で笑うなんて不謹慎だではなくて、不気味な顔をしていたからだと思う。

 気持ち悪い、みたいに思われていたのではと邪推する。


 病院の敷地内の桜の樹の下で、彼女と出会う。

 葬儀から二週間後、転校してきたときは梅雨の時期で六月。

 だから、小林かすみと出会ったのは六月の上旬、もしくは五月下旬と推測。

 桜の時期はもう終わっているので、逃げているとはいえ、どうして桜を見ていたのか。

「この木ね、本当は桜が咲くはずなんだけどいつまで経っても蕾ひとつつけないんだー。私ね、昔からこの木をみてるからさ、もう待ちくたびれちゃった」と思うのは、他の桜が散って青葉が茂る4月下旬か五月上旬くらいなら頷けるのに。

 そもそも彼女は入院していて、一般人とは違って自由に出歩くことはできないだろうから、気にする必要はないかもしれない。


 祖父から聞いた、「植えられてから花をつけるまでかかる時間はその木その木で違うし、早いから良いということも、遅いから悪いということもない。早く咲いて欲しいと願うのはいいことだけれど、それを焦ることはない」という話から考えると、造園業や桜の木の医者のような仕事をしていたのかと考える。


 とくに「早いから良いということも、遅いから悪いということもない」の考え方は、そのとおりだと思う。

 良し悪しを使うと、相手を傷つけることがあるから。

 親しいのならいざしらず、親しくない相手に価値を決めつけられたいくはない。なにより、使ってはいけない最初の相手は自分自身である。自分の考えや価値を、自身で貶める行為にほかならない。

 祖父は、人間ができた人だったのだろう。


 主人公の優輝は、祖父の受け売りで口にしているとはいえ、自分も周囲の人間とは違うからと疎まれてきた過去があるので、祖父の言葉に救われてきたはず。

 彼女もまた周囲とは違う病気持ちで、高校生になってもいまだ登校できないことに悩んでいた。

 彼の言葉は、救いになっただろう。

 だから、彼のことを好きになったのかもしれない。


「通学路の途中にあるハチミツ屋の庭には、紫と青の紫陽花が咲き始めようとしていた」

 季節がかわっていく何気ない風景描写が上手い。

 大股で歩いて十分なら、八百メートル。

 学校まで近いとみるか遠いとみるかは人それぞれ。

 主人公は遠いと思っている。目の前に学校があればいいのに、くらいに考えているかもしれない。


 小林かすみは、転校生として来ているのかしらん。

「突然だが、今日からこのクラスに新しい仲間が加わることになった」とあるだけで、転校生とはいっていない。

 高校に入学できてもいまだ通えていなかったので、新しい仲間には違いない。違いないけれど、どうなのだろう。


「昼休みの今も、小林さんに見つからないよう階段の下にある薄暗く狭い空間で一人、昼食をとっている」から、彼女はクラスメイトと一緒に食べているのかもしれない。人気者だから。


 彼女が学校に来なくなり、気になって病院へ走っていくけれど、彼女との絡んでいる場面が少ないので、どうして彼女が気になるのかわからない。

 祖父に似て彼女は不思議な人だからとあるけれども、生前の祖父がどういう様子だったのかを物語として読者は読んでいないのであまりわからないし、彼女も同様。

 もっとこまめに接触してくる彼女の様子が描かれていると、わかりやすかったのではと考えてしまう。


 学校から病院まで走っている。

 倒れている彼女を発見したときも、背負って運んでいる。「小林の無事を祈りながら病院までの道を急いだ」

 救急車を呼んで運んでもらうよりも、おぶって運ぶ方が近いほど、祖父や彼女が入院していた病院は学校近くにあることとなる。

 主人公の優輝は、祖父と一緒の家で暮らしていたのかもしれない。

 病気になって入院し、亡くなった。

 もしそうなら、亡くなったことを母親から聞いたとき、父親も家にいた。もし亡くなったのなら病院へ駆けつけているはず。

 そう考えると、祖父とは一緒に暮らしていなかったのだろう。病院から葬儀会場へ移してから喪服の用意などのために一旦帰宅して来てきたところだったのかもしれない。


 あの桜みたいになるのかな、と呟いた彼女は、花も咲かせられずに終わるのか、と嘆いたのかもしれない。

 それに対して、たとえ近くにいなくてもずっと記憶の中で咲き続けるからと答え、とっくに花を咲かしていることを彼は伝えた。

 だから最後、「私、嬉しかった……。桑名、あり……が……と、」と口にしたのだろう。

 二人にとっては告白でもあったのだ。


 小林かすみは、桑名優輝に感情表現できるようになるために登場してきたように思える。そのために殺されるのは可哀想。

 とはいえ、彼女にしてみれば、優輝に出会わなければ一生恋することもなく病院で死ぬ運命に会ったかもしれない。

 彼と出会い、無理してでも一緒に学園生活を過ごし、両思いになれた。おまけに、感情が欠けていた彼に、笑顔や悲しいなどの表情をできるようにした。彼女にとっては、これほど幸せだったことはなかっただろう。

 桜の花が咲く度に、彼は彼女を思い出すだろう。

 ところで、彼女にプレゼントしようと購入した桜が象られたバレッタはどうしたのだろう。両親から手紙を受け取ったときに、手渡したのかもしれない。

 

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