世界は雑音に満ちている

世界は雑音に満ちている

作者 夏希纏

https://kakuyomu.jp/works/16817330660914543115


 発達障害グレーゾーンの聴覚情報処理障害で苦しんできた三田重音はネットの通信制高校で医療ヘルスケア同好会に所属し、自分自身の経験も盛り込んだ「発達障害グレーゾーンについて」の記事を学内Slackに貼り付ける。同好会メンバーのアカウント名『Yuno』から同じ体験をしてきたと伝えられ、『三田さんに出会えて、話せて、本当に嬉しいです。悩んでいる人は自分だけじゃないよ、ひとりだけの問題じゃないよって、伝えてくれてありがとうございます』とスマホ画面に表示される文字に涙が溢れ、『私も今、まったく同じことを思っていました』と、雑音のない世界で会話する話。


 あたりまえを疑い、偏見を自覚し、世間の言葉から遠ざかることで、これまでになかった新しい価値や考え方を表現できることを教えてくれるだけでなく、自分と他人が同じとする考えが社会を変える知恵になることを描いてみせている。


 主人公は、ネットの通信制高校に通う三年生の三田重音。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られ、現在→過去→未来の順番で書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の三田重音は、幼いころから物覚えは悪いし、足は絶望的に遅いし、手先は異常に不器用、思ったことを口にしがちで、騒がしい中では人の話が聞き取れないことが多かった。

 自分が呼ばれていないといっても先生は、どうしてそんな嘘をつくのかと何度も叱ってくる。無視するはつもりないのに周りの子達は主人公が『無視する子』と思うようになり、一方的に叱られているうちに『無視してもいい子』『軽んじてもいい子』になった。

 小学校はまだ『口頭だけでは動けない子もいる』考えがあったが、中学からは口頭だけで情報伝達されることが多くなる。気をつけていても、トイレに行っていたり宿題を優先したりと、他の理由から確認できないこともあり、「そんなんじゃ、社会でやっていけないよ」といわれ、社会でやっていけないと思いますと言いかける。相手を不愉快にさせる度、私がどうして話を聞けないのか知りたいですと心のなかで問い返し、口では地球人に対する呪文「すみません」を唱える。六月、寝ても疲れが取れなくなり、授業中にお腹が痛くなることが増えて、トイレに行くようになる。

 女子グループから陰口をいわれ、雑音のない世界に行きたい、このまま私なんて、いなくなれればいいと思ったのが、まともに登校した最後の記憶だった。

 以降、不登校となるも定期テストは別室で受験し、スクールカウンセラーや先生との面談で幾度となく学校へ足を運ぶ。

 不登校になって半年が経つのに、教師は嫌なことがあったのかと聞いてくる。「毎日忘れ物をして、毎日怒られる。嫌な顔をされる。……それが嫌でした。あと、教室がうるさくて、まともに言葉が聞き取れないことも」と答えれば、「何を言ってるの? 忘れ物は、気をつけたらいいだけじゃない」といわれ、すみませんを口にする。

 スクールカウンセラーが教室のうるささについて質問しては、やたらとメモを取る。カウンセラーの紹介で病院に行き、いつのまにかWISC知能検査を受けさせられ、結果を医者に見せられながら、どうして検査を受けると先に言ってくれなかったのか口に出そうとして閉じる。

 カウンセラーや教師が定位テストの試験時間延長を促してくる。どうして私の許可なく、知能テストの結果は学年主任に共有されて、勝手に試験時間延長を相談してるんだよ。当事者は私なんじゃないの? それをすれば私が幸せになれると思ってるの? 学校に行けるようになるとでも、思ってるの? それとも、私のことなんて何も考えてないの?

 先生とカウンセラーが母親と話し終えた後、車に乗り込んだとき母は怒りを口にする。「県の発達支援センターに通所するのはどうかって言われたの。そんな大事なことを、なんで本人抜きで進めようとするかなぁ⁉︎」

 主人公は母親に「私、もう学校行くのやめる」と声を絞り出し、「うん、やめよう」と微笑んだ。その後、卒業式も欠席して通信制高校へ入学する。

 ネットの通信制高校に通いだした高校一年生のとき、コンビニでバイトをしたとき、自分だけ聞こえ方がおかしいと理解する。客の注文が聞い取りにくいのだ。聴覚障害も疑ったが、一般人よりも良い結果。「集中力の問題じゃないんですかね」耳鼻科医は言うも、接客のときは集中しているのに。動きも遅くレジの誤差を生み出しまくったため、一カ月ほどで退職したことがある。

 五月。通信制高校三年前期のスクーリング、グループワークに参加した主人公。ざっくりと地方ごとに分けられ、アンケートをもとにランダムに生徒を割り当てるため、友人同士は少なく、休み時間もひとりでスマホをいじっている人が多かった。

 世界史の授業で、どうしたら世界平和が叶うかという議題についてのディスカションをしている中、主人公はうまく聞きとれない。

 聞き直すのも何だか忍びないし、いつものごとく諦めて、とりあえずにこやかな顔を作る。

 前期スクーリングを終えて、うるさい駅構内で騒音を撒き散らす電車を待つ。うるさい環境で会話する女子高生を嫉妬半分羨ましさ半分で眺めながら、異聞と彼女たちの違いは何なのかと胸の中で問いかける。

 帰宅後、高校で所属している医療ヘルスケア同好会メンバーである主人公のスマホに、同好会副会長の朱色から『次回記事のテーマ確認お願いします! 三田さんが記事を書くのは初めてですし、わからないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね』とメッセージが届く。

 運営が二週間に一度のペースで医療や健康にまつわる記事を投稿をすることになっていた。リマインドで気づけた主人公は、『すみません、テーマ共有遅くなりました』と返して、同好会に入った理由であり通信制高校に入る原因にもなった『「発達障害グレーゾーンについて」で考えています』と応える。

 発達障害グレーゾーンについて、一般的な症状の解説を入れ、モデルケースとして自分自身の経験も盛り込む。今後の記事の展開を考えつつ、ソースとなる医療機関や研究機関の記事を漁り、自身の苦悩をひとことにまとめた言葉『聴覚情報処理障害(APD)』を記載する。

 学内slackに貼り付けると、同好会メンバーから続々と感想が届く中、『私もAPDみたいなものがあって、「私だけじゃないんだ」ってとても安心しました……! 発達障害グレーゾーンのところも、共感の嵐で……。本当によかったです!』気になるコメントが目にとまる。同好会は完全オンラインなので、互いのことを殆ど知らない。アカウント名『Yuno』の簡素なプロフィール「趣味、読書。DM、誰でも」を見つつ、ここでなら友だちができるかもしれないとDMを送る。

『私も小さいときから無視したって言われたり、バイトを始めても言葉が聞き取れなかったりして……。何だか自分だけ、別の世界にいるような気持ちになっていたんです』と、自分と同じ経験を相手の子もして来たことを知る。どうやって過ごしたか尋ねると、『とにかく、すみません、を多用しましたね……。最初のうちは謝らずに堂々としていたんですけど、それだとトラブルになってしまって。そこから何かあるたびに謝ってしまって、もう今は謝りすぎってよく言われます』と返され、画面越しで意気投合。十数年の孤独が溶けてゆき、もう何だか泣きそうになる。

『今まで、聞き返しすぎて怪訝な顔されたり、ふざけてる、嘘だって思われて、肩身の狭い思いをしてきたので、三田さんに出会えて、話せて、本当に嬉しいです。悩んでいる人は自分だけじゃないよ、ひとりだけの問題じゃないよって、伝えてくれてありがとうございます』袖で拭いながら『私も今、まったく同じことを思っていました』と送信。雑音のない世界で会話が始まるのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、ネットの通信制高校のスクーリング、グループワークに参加しての帰り、大阪のうるさい駅構内で会話する女子高生を眺めながら、自分とあなた達の違うは何なのかと言葉にせずに問いかける。二場の主人公の目的は、帰宅後、高校の医療ヘルスケア同好会に参加している主人公の三田は記事テーマをメッセージで聞かれて、医療ヘルスケア同好会に入った理由であり、通信制高校に入る原因にもなった『「発達障害グレーゾーンについて」で考えています』と返事する。

 二幕三場の最初の課題では、小学生時代、みんなと違うことで嫌われ孤独を過ごした様子が書かれている。

 四場の重い課題では、中学時代、「そんなんじゃ、社会でやっていけないよ」と教師に言われ、学校でやっていけないのだから『社会』でもやっていけないだろうと思うようになる。

 五場の状況の再整備、転換点では、忘れ物をしないようにと思いながら夜は眠れず、毎日遅刻寸前。確認自体忘れることあり、気づくのは登校してからが常だった。同じよに忘れる男子は調子よく笑い、先生も「次からはちゃんとしなさいよ」と笑う。が、三田が忘れると、「また……と呆れられる。彼のようにあっち側にいけないから場がしらけると気づき、もうみんなの前で口を開くのはやめようと固く心に誓う。

 六場の最大の課題では、不登校となり、スクールカウンセラーや教師に嫌なことがあったか聞かれ、「毎日忘れ物をして、毎日怒られる。嫌な顔をされる。……それが嫌でした。あと、教室がうるさくて、まともに言葉が聞き取れないことも」と答えると「何を言ってるの? 忘れ物は、気をつけたらいいだけじゃない」いつものようにいわれ、「すみません」といつもように返す。

 三幕七場の最後の課題では、教師とスクールカウンセラーが勝手に試験時間延長を相談してくるし、母親は県の発達支援センターに通所するのはどうかって言われて腹を立てる。これを機に学校をやめ、通信制高校へ入学する。

 三幕八場のエピローグでは、一般的な症状の解説を入れて、モデルケースとして自分自身の経験も盛り込み、今後の記事の展開を考え自身の苦悩をまとめた言葉、『聴覚情報処理障害(APD)』を記載する。記事を読んだ同好会メンバーの一人、アカウント名『Yuno』は自分も同じ体験をしてきたとメッセージを送り、『悩んでいる人は自分だけじゃないよ、ひとりだけの問題じゃないよって、伝えてくれてありがとうございます』との返事に涙し、二人は雑音のない世界で会話をしていく。


 構成は良いし、大きな謎である医療ヘルスケア同好会に入った理由であり、そもそも通信制高校に入る原因「発達障害グレーゾーンについて」と、主人公の三田重音に訪れるさまざまな問題が、最後うまく結びつき、雑音に困らない世界で話せる友達ができてよかったなと思える。


 冒頭は、「教室の雑音で困らない人がいる、と知ったとき、私は世界がひっくりがえったような衝撃を受けた」からはじまるところは、なんだろうと思わせてくれる。

 喋っている本人たちは気にならないけれど、まわりの人間はうるささに迷惑している子もいると思う。

 でも、主人公が受けた衝撃波そういう意味とは少し違っていた。


「ざっくりと地方ごとに分けて、アンケートをもとにランダムに生徒を割り当てるからか、友人同士という人は少なく、休み時間もひとりでスマホをいじっている人が多かった」とある。

 全国から一箇所に集るのかしらん。

 通信制高校に通っていない人は想像しにくいかもしれない。


 通信制高校のスクーリングとは、対面形式の授業で、高校卒業資格取得のために必要な必修授業のひとつ。在籍校の本校または全国のスクーリング会場で、履修科目の授業や特別活動を学習する。

 

「世界史の授業で、どうしたら世界平和が叶うかという議題についてのディスカションの最中だ」なかなかおもしろい議題を扱っている。

 同時に、本作で描きたいことがここにあると考える。

 そもそも、自分と他者が異なっていて、理解できないから喧嘩や争いが生まれるのだ。

 現在、資本主義に生きている私達は、競争があたりまえだと思いこんでいる。競争は熾烈で苛烈を極め、いつまでも終わりがない。互いに奪い奪われ行き着く先は、敗北と疲弊だけである。

 この世の中を変えたければ、このゲームに否応なく巻き込まれながらも自分と他者だとする考えを持ち続けることで、奪い奪われるルールは廃れていき、勝者も敗者もわからない状況に陥ってい。

 すると、これまでにない実質的な福祉社会が現れてくるだろうし、今よりも柔軟で普遍的な政治体制や法制度が生まれ、これまで人々を悩ませて戦争に駆り立ててきた国家という概念も薄れていくだろう。


 本作が描いているのは、聞こえるけれどもうまく聞き取れない、聴覚情報処理障害で苦しんでいる主人公の三田重音と、なぜ三田が困っているのか理解しようともしない、雑音で困らない大多数との争いの様子である。

 自分と違うし理解も出来ないから、無視したり除け者にしたり、いじめたり、恥をかきたくない大人である教師たちは癇癪を起こして叱りつける。

 挙句の果てに、いじめられているから不登校になったと思ったり、勝手に検査してIQが低いとしたり、黒板の字を写すのに困ったことがあるはずだと決めつけたり、本人を無視して試験時間延長を相談したり、県の発達支援センターに通所したらどうかと親に話したりと、自分たちには手に負えないから三田重音はこういう子だと扱って、可能性を奪っていく様子が描かれていく。

 こんなことを、力ある国家間同士でしたら戦争になる。自分が正しいと思っている者同士がぶつかりあえば、平和なんて夢のまた夢。


 発達障害グレーゾーンとは、「発達障害の特性が見られるものの、診断基準には満たない状態」の通称である。 診断基準に満たないため、「支援を受けられない」「相談先がない」「理解を得られにくい」といった困りごとがある。


 聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder: APD)とは、半世紀にわたって研究されているにもかかわらず、まだ明確に定義することが難しい障害。末梢聴力には明白な難聴を呈さないが、中枢性聴覚情報処理の困難さによって難聴に似た症状を呈する状態とされる。つまり「聞こえている」のに「聞き取れない」「聞き間違いが多い」「内容を理解できない」もしくは「聞き取るスピードが遅い」など、音声を言葉として聞き取るのが困難な症状を指す。

 子供の二~三パーセントに、この障害があるとされている。

 

 学校に通いづらくなっていく様子が丁寧に描かれている。

 主人公のような子が不登校になるケースもあるだろうし、違う理由で学校へいけなくなる子も、同じような感じで先生や周りの子達から除け者にされ、いじめられ、悪口や陰口に心を痛め、眠れなくなったり起きられなくなったりし、睡眠不足などからさらに注意力が散漫になって、どんどん状況が悪くなっていくのが読み取れる。

 理解されないのは、実に苦しいし切ない。

 

 唯一の救いは、母親が理解者だという点。

 現実だと、母親も理解してくれない側にまわることもある。

 よかったところは、「先生とカウンセラー。本当、腹が立ってしょうがなかったわ。モンスターペアレントって思われたら嫌だから、その場では穏便にしてたけどね」「県の発達支援センターに通所するのはどうかって言われたの。そんな大事なことを、なんで本人抜きで進めようとするかなぁ⁉︎」と、自身の怒りを伝えていること。

 大人は恥をかきたくない生き物で、それは親も同じ。

 夫に話すかもしれないけれども、母親としては子供に伝えるのをためらうかもしれない。

 成績が悪くても、不登校になっても、母親は娘に寄り添い、良き理解者であり続けているのがよかった。

 

 聞き取ることがうまくできない主人公だけれども、母親との会話に問題はない。一対一だし、騒がしくないからだろう。

 同じように、教師やスクールカウンセラーとの会話のときも、聞き取りがうまく行かなかった場面はない。

 学校関係者が理解できなかったのは、学校での様子を一部分しか見ていないからだと考える。

 一部を見て全体を把握する考え方は要素還元方式であり、見落としや誤りを引き起こしかねない。

 全体を見て一部を見て、また全体を見る見方をしなければ難しい。

 学校関係者には、一人ひとりの生徒相手にそれを行う時間がないのだから、理解できないのも無理はない。

 だからといって、「静かなところがいいって言ってるのにさ、何なんだろうね。何も、重音のことなんか考えてないのかな。不登校の子、発達障害の子、ちょっと知能が低い子って、ラベリングしてるだけで……」決めつけはよくないと思った。


 主人公の通っているネットの通信制高校は良いところだと思った。とくに医療ヘルスケア同好会に所属しているところ。

 記事を書くときもそうだけれども、「県の発達支援センターはグレーゾーンよりかは、中度重度の発達障害者をメインにしたもの」と、自分で調べている所は彼女の良さだと思う。

 自分で調べるのも苦手な子だっているけれども、主人公の彼女はそんなことはなく、自分がグレーゾーンだということも理解しているし、親の力を借りたかもしれないけれども、通信制高校もおそらく自身で調べて選んだに違いない。

 実にしっかりした子なのに、不登校の子、発達障害の子、ちょっと知能が低い子と決めつけた大人たちのなんと浅ましいことか。

 彼らは、わからないことを自身で調べようともしなかったのだろう。


 灰谷健次郎の『すべての怒りは水のごとくに』に載っている、一カ月も中学校に通わなかった女の子の話を思い出す。

 彼女は、勉強以外の最も大切なことを、自分が納得行くまでとことこん考え、なにかに疑問を持つような時間を学校にでは持てなかったので学校を休んでいたと書かれている。

 大切なことの逆の位置にあったのが勉強だったのだ。

 主人公の三田重音にとって、大切なことの逆の位置にあったのが学校だったのだろう。

 中学校で授業についていけない子は駄目だとレッテルを貼って、彼女のような人間は社会では生きていけないと植え付けるところがあった。

 読者ならば、主人公の彼女には公正な判断を下ろせる能力と節度を持っていて、素晴らしいと感心するばかりだ。


 そんな彼女が、自身の発達障害グレーゾーンについての記事を書く。モデルケースとして自分自身の経験も盛り込み、『聴覚情報処理障害(APD)』を見つける。

 冒頭で「カクテルパーティー効果に名前をつけている余裕があるのなら、これに名前をつけてほしい。私が知らないだけで、あるのかもしれないけれど」といっていた自身の苦悩を示す言葉をみつけたのである。

 このときは、ちょっと嬉しかったに違いない。

 しかも、同好会メンバーに同じような体験をしているYunoと出会えた。

「──私は、あの世界から逃げて通信制高校に来たわけじゃなかったんだ。──私はきっと、この同じ世界に住むこの子に会うために、ここに来たんだ」

 逃げてきたんじゃない、出会うために来たと思えた瞬間、世界がぶわっと広がったに違いない。

 

 読み終えて、タイトルを読み直す。

 改めて、いいタイトルだと思った。

 私がストレスから活字が読めなくなったとき、世界はなんと情報という名の活字にあふれているものかと辟易して、活字のない世界へ行きたいと思ったことを思い出す。文字を見ても頭に入ってこなくなる中、飲食に添付されている商品名さえ見ないように裏返しても、道行く看板や広告をはじめ、テレビや新聞、ネットの中は文字の嵐。吐き気を覚えることもあった。

 本作を読んでいて、そんなことを思い出す。

 そういうときは、世間の言葉から遠ざかるのは大事。

 話す際に自覚もなく使っている言葉や慣用句は、軽々しくて薄っぺらく、安易で曖昧なものばかり。そんな言葉を批判なく取り入れていると、知らないうちに世間の尺度で自分自身や世界をいるようになり、人生に苦痛を忍ばせてくる。

 主人公の彼女は、わからないことがあると質問しようとして、話の流れを止めることがあった。

 話のテンポを優先するなら説明を省くことは、小説でも使われる手法であり、会話にも用いられる。

 だけれども、わからないことは聞いていい。

 話の腰をボキボキ折ればいい。

 そういう子だからこそ、わからないことは自分で調べ、通信制高校を見つけ、医療ヘルスケア同好会に所属し、自身の体験を混ぜた発達障害グレーゾーンについての記事を書く際に『聴覚情報処理障害(APD)』をみつけ、しかも同じような体験をしているYunoに巡り会えたのだ。

 本作のような子が、世の中の偏見を打破して、新しい世界をつくっていくだろう。


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