カレガレ

カレガレ

作者 谷口みのり

https://kakuyomu.jp/works/16817330655416845791


 大切な人をなくした悲しみを知る宵谷博士は国からの依頼を受け、大切な人をなくした遺族に最期の会話をするためのタイムマシンという名の、膨大な情報を元に架空空間に映し出し、擬似的に過去の人物と会って話しているような体感ができるシステムを開発。五年前に恋人の平瀬成を亡くした喜多川真知は自殺理由を知りたくてタイムマシンを利用し、死者と会話して救われる話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマスあける等気にしない。

 近未来SF。

 漫画とかラジオドラマにしても、面白そうな作品。

 ドラえもんなど藤子作品が好きな人は、気に入る気がする。

 心を出世させるためには、視野の狭さを自覚し、あたりまえを疑って行動し、自分を新しくするための知識を増やすことが大切なことを教えてくれる。


 主人公はタイムマシンを開発した科学者、宵谷博士を名乗る詐欺師。一人称、僕で書かれた文体。途中、喜多川真知の一人称、渡しで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 読み物的な作品なので、描写よりお話優先で描かれている。

 面白い作品にある、どきり、びっくり、うらぎりの三つの「り」がある。


 それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の宵谷博士は寝坊し、彼女が楽しみにしていた映画の上映時間に間に合わず怒らせるも、逆ギレしてしまったその日。彼女を乗せて運転していたとき、逆走車と正面衝突し、彼女だけ亡くなる。以降、何もする気も食べたくもなく、栄養調整食品を買って帰宅する生活を三カ月過ごし、やせ細り、ひげも髪も伸び切っていた。

 そんなある日、国から電話がかかり、自殺者が増加している状況を鑑み、架空空間を見せて自殺者の遺族に最期の会話をさせ、さらなる自殺者を増やさぬよう、偽物でいいのでタイムマシンを開発してほしいと依頼が来る。

 この依頼を受けるために生きてきたのだと引き受け、タイムマシンは完成。国は「過去を変えた時点で、無期懲役の刑が課せられる」法律を定めた。この法律にほとんどの国民は賛成だったが、そんなリスクを起こしてまで過去に戻る必要はないと、タイムマシンへの興味も薄れていった。現在の生活にどうしようもない重荷を抱えている人を除いては。

 ある日、国の人間である神村から宵谷研究室に連絡が入る。金曜日、今回のクライアントについて打ち合わせが行われる。喜多川真知、三十二歳は五年前、恋人の平瀬成を線路への飛び込み自殺で失っている。彼女は生前の彼に会って話がしたいという。すでに新しい人と結婚しているが、前に進もうとすると平瀬成がブレーキのように心を引き止めるため、過去の整理をしておきたいとタイムマシンの利用を考えたという。

 次の水曜日、神村につれられて喜多川真知が研究室を訪れる。

 ポジティブだった彼が突然死を選んだのなぜだったのか、仕事かお金か人間関係か、それとも自分が原因なのか。心当たりはないが、彼の悩みに気づけなかったせいかもしれないと気に病んでいた。

 タイムマシン利用料の入金が確認できた後、タイムトラベルをするにためのカウンセリングを数回行う。タイムマシンの利用料は一分当たり五万円。彼女は十五分のコースを申し込む。

 タイムトラベルに関する彼女の不安や悩みを取り除きつつ、平瀬成に関する情報をできるだけ多く聞き出し、彼女が誰かを憎んで生きなくていいような自殺理由を選んでは架空のシナリオを書き、映像を作るのに三カ月を費やした。

 六月一日。

 同意書にサインをし、一人乗りの車に乗る。タイムトラベルするのは、平瀬成が自殺する三日前の二〇✕✕年五月二十九日、午後三時。喜多川真知は彼に、隠していることはないか尋ねると豹変し、「僕はとっくの昔に死んだんだ」といって、毒親だった母親に苦労してきた話を始める。

 中学まで家と学校しか世界がなく、自分を守るためにどちらの世界でもずっとニコニコしてきた彼は、全寮制の高校に行って初めて自由を知るも、本当の自分が出せなかった。なぜなら、それまでに自分で自分を殺して生きてきたから。おかげで心の貯蓄がなく、正面からぶつかることも避けてきたため、やるせない気持ちをどう消化していいのかもわからず、「僕は一度僕の心を殺しているから、命なんて惜しくないの。僕は機械同然だから」と告白する。

 そんな彼の頬を叩く彼女は、不幸かもしれないけれど、まわりにいる人達を否定しないでと叫び、涙があふれる。

「ありがとう。真知ちゃん。俺を見つけてくれて」

 彼女が初めて見る表情をしていた彼こそ、本当の彼だと思い「当たり前でしょ。死んでも私を忘れないでね」と小さく微笑む。

 時間が来て、研究所にいた全員に迎えられる。

「ありがとうございました。“本物”の成と話ができて満足です。おかげで前に進めそうです。本当にありがとうございました」と言った彼女はタイムマシンを降り、係員へつれられて出ていった。

 偽物のタイムマシンであり、ただの映像であっても、誰かを助ける度に宵谷博士は羨ましく思ってしまう。開発者故に答えを知っているし、自分の望み通りのシナリを書いてしまうから。

 後日、また研究所に電話が鳴り、次の依頼が舞い込むのだった。


 三幕八場の構成で描かれている。

 一幕一場のはじまりは、この世には死と過去だけはどうにもならず、主人公の宵谷は彼女を事故でなくし、彼女に謝って救われるまで、騙し続けるという。二場の主人公の目的では、増える自殺者をなんとかするため、過去の情報を集め架空空間に映し出して擬似的に過去の人物と話せる偽りのタイムマシンを、国の依頼で作る。

 二幕三場の最初の課題では、国の人間である神村の電話から、今回のクライアント、喜多川真知について打ち合わせをする。四場の重い課題では、彼女と会って話をし、彼女の不安と悩みを取り除きながら平瀬成に関する情報をできるだけ多く聞き出し、自殺理由のシナリオを考える。

 五場の状況の再整備、転換点では、六月一日にタイムトラベルが行われる。六場の最大の課題では、五年前の自殺する三日前の彼と対面する彼女は、隠していることはないか尋ねると、黙れと一喝し、「僕はとっくの昔に死んだんだ」彼の目から涙が溢れる。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、毒親の母親に苦しめられ、心を殺してどこへ言っても誰とでも笑顔を取り繕ってきたため辟易し、命なんて惜しくないと語った彼の顔を叩いた彼女は、過去は知らないけど今の自分の周りの人たちを否定しないでと叫ぶ。

彼は「ありがとう。真知ちゃん。俺を見つけてくれて」と礼を口にした。

 八場のエピローグでは、本物の彼と話ができて満足した彼女は帰っていくのを見て羨ましく思う。開発者である自分は利用する前にタイムマシンについて把握しているし、自分の望むシナリオをかいてしまうから。そして、次のクライアントがやってくる。


 途中、喜多川真知の視点になるけれども、物語の展開上必要だし、女性だったので混同することもなくスムーズに読めた。


 過去は変えられない、と多くの人は思い込んでいるが、過去は変えることができる。現在の自分が子供時代の自分の親となり、過去の自分の隣に現在の自分を座らせて、隣から眺めるのだ。

 現在の自分は、当時の自分よりも知識も経験もある。

 そんな現在の自分から周囲を見渡せば、今まで見えていなかった周りの様子がいろいろと見えてくる。

 当時よりも大人になった自分だからこそ、周りの人たちの気持ちや考えを察することができ、どうしてあんな言葉や行動をしたのかが理解できると、いままで思ってきた過去が違ってくる。

 本当に苦しめていたのは他人だったのか。苦しかったのは自分だけなのか。他に方法はなかったのか。

 考え方や見方が変わることで、いままで抱いてきたイメージが変わり、過去の自分を救うことで現在の生き方に変化をもたらすことができるのだ。

 本作はそういう考え方に近い発想をしていて、先端技術を用いて他人の過去を解決する作品だ。


 プロローグにどうにもならないことは「死」と「過去」であるからはじまり、「悲しみから立ち直る過程で人は成長していくものだし、立ち直る力を持っている。だけどもし、どうしようもなく心が弱ってしまったら、彼らを騙してでも悲しみから救う方法を僕は推奨する」と、これから始まる物語の概要を、さらりと触れている。

 実に親切である。


 不幸な事故だけど、事故前に彼女と喧嘩していたのは辛い。自分に非があるときに逆ギレはよくない。

「僕は今でもただ一言謝りたいと思っている。多分一生思い続ける。そんな僕が救われるまで、僕は人を騙し続ける」と、これから行っていく主人公の概要が語られている。

 プロローグが二つある感じだけど、先に物語の大枠を、次に主人公について触れる書き方をすることで、物語の中へと誘ってくれている。

 おかげで読みやすく、スムーズに読み続けていくことができる。


 主人公は彼女の贖罪として、誰かの悩みを解消させていくのだろう。自分を救うかわりに困っている誰かを救う。

 この考え方は正しい。

 なぜなら、誰かを救うことで自分が救われることもあるから。


 タイムマシンを開発した「宵谷博士」と慕われている科学者とあるけれど、「でも本当の職業は詐欺師だ」というところは、なんだろうと驚かせる。自分が作ったと言いながら、「タイムマシンなんてものは存在しない」というのだ。

 どういうことだろうと思わせる書き方は、実に興味が引かれる。

 

 過去のあらゆるデータを収集し、架空空間を映し出したものをタイムマシンと名付けたことがわかる。タイムマシンを作ったのは本当でも、タイムトラベルをするわけではないのだ。

 しかも国からの依頼を受けて作ることになったとある。

「近年この国では自殺者が増加している。今生きている我々には、自ら命を絶つ程の苦しみは分からない。それと同時に、遺族の苦しみも分からない。寄り添うことや、話を聞くことはできても、過去を変えることはできない。だから、大切な人を突然失った宵谷博士にタイムマシンを開発してほしい」

 モヤッとするのは説明が抜けているから。

 テンポの良い文章にするために説明を省いていると思うので、書き方は問題ない。

 ようするに国は、自殺者が増加しているのをなんとかしたい。

 事故や病気でなくなったならともかく、突然自殺をされた家族や恋人、友達などはなかなか事実を受け入れることができず、悲しみを引きずる。そんな人達の話を聞くことはできるけれども、時間も死んだ人も戻らない。結果、後追い自殺するケースもある。

 また、自殺した報道があると、自殺予備軍と呼ばれる人たちが、じゃあ自分もと続く、群発自殺と呼ばれる現象も起きる。

 とにかく、自殺者の数を減らそうと、後追い自殺する自殺者予備軍となりやすい遺族のために、タイムマシンを作って欲しいと、大切な彼女をなくした博士に依頼がきたのだ。

 

 国が自殺者を減らしたいのは、人口が減ると国力が減るから。

 税収入の低下は、公共サービスや生産、経済、防衛、あらゆる分野に影響を及ぼし、縮小を余儀なくされ、他国に付け入られるばかりか、国存続も危ぶまれるだろう。

 そもそも国が高度経済成長期に稼いだお金を食いつぶす無駄遣いをせず、節税に励めばいいものを、増税を課して苦しめている皺寄せが一因でもあるのだけれど。


 このタイムマシンの欠点は、それほど昔には遡れないところだろう。スマホもなく、いまほど監視カメラもなく、情報を集めにくい二十世紀にはいけないと思う。

 だから、このタイムマシンは数年以上の過去へは遡れない、と説明されているはず、

「過去を変えた時点で、無期懲役の刑が課せられること」という法律ができたときに、一緒に明記されているかもしれない。


 国の人間の神村は、いわゆる官僚なのだろう。喜多川真知がクライアントとして選ばれたのをみると、彼の仕事は、開発したタイムマシンで過去の悩みを解決できるそうな人間を、利用したい応募者から選別することだろう。

 精神が病みすぎている人よりも、比較的軽度で回復の見込みがありそうな人を選んでは、研究所へ紹介しているのだと考える。


 選ばれたのが女性なのには、納得がいく。

 女性は今を生きることができる。男性は、過去を引きずりやすい傾向がある。自殺者数も男性の方が多いので、本当は男性のケアに重点をおいたほうがいい。だけど、開発したタイムマシンの特性を考えると、活用できるケースが少ないのかもしれない。


「一分当たり五万円だ。彼女は、十五分のコースを申し込んだ」

 七十五万円である。

 ここに消費税がかかると思うので、八十二万五千円。

 かなりの値段である。

 この値段が、彼女の覚悟の表れでもあるのだろう。

 

「カウンセリングというのも建前だ」とある。

 取り除くのは、「タイムトラベルに関する彼女の不安や悩み」だけで、それ以外は、平瀬成に関する情報を聞き出すことに費やしている。

 とはいえ、タイムトラベルに関する不安や悩みの説明の中にも、彼女の回復を促すことを入れておくべきだと考える。

 タイムトラベルは建前であって、タイムマシンを利用すること自体が心の治療だと思えるから。

 だから、「カウンセリングというのも建前」なのは、本物だと思っているタイムマシンのカウンセリングとしては建前であって、彼女が抱えている悩みに対して回復させるためのカウンセリングはしているはず。

 一分五万円という金額もその一つだと考える。

 これだけの金額を出したのだから、彼がどうして自殺をしたのか答えを絶対に知るんだと強く思うはず。そういった前向きな気持ちが、回復には必要だと思う。


 タイムトラベルのために「一人乗りの小さな車に乗る」のも、それらしく見せるため。

 相手を信じさせるには演出は必要だから。

 特によかったのは、時間制限があること。


「あぁ、宵谷博士と何回もシミュレーションをしてきたはずなのに、なんて言うべきなのか思い出せない」

 おそらく、作ったシナリオと噛み合うように、何を彼に聞くのか、セリフまで決めてからタイムトラベルしているのがわかる。

 ようするに、素人にセリフ台本をおぼえてもらって舞台に上がって芝居をしてもらうような感じかしらん。

 十五分しかないから、無駄にできない。

 言いたいことをとにかく言わなければ、税込み八十二万五千円が無駄になってしまう。そういったプレッシャーもかかって、必死になって聞きたいことを聞くので、他のことに気が回る余裕をなくしているのだろう。


 車に乗っていたのに、部屋にいるのはどうしてだろう。

 読み手は疑問はわくけど、たぶん車から降りたのだろう。


「一気に彼の顔つきが変わった。というより目の前にいるこの男は、偽物ではないかとも思った」

 偽物である。

 そういう意味ではなく、今まで見たことのないような顔に豹変したことを、こういう表現をしているのだと思う。

 いつもニコニコしていたので、それ以外の顔をおそらく見たことがないのではと邪推するから。


 平瀬成は喜怒哀楽の順番で表現されていて、わかりやすかった。

「僕はとっくの昔に死んだんだ」

 彼女もドキッとするけれど、読み手もドキッとする。

 読者は主人公側で読んできているので、タイムマシンが偽物だと知っている。

 そのタイムマシンで過去へいった彼女は、生前の平瀬成と会い、彼が「とっくの昔に死んだんだ」と怒鳴るのだ。

 ひょっとしたら自分が死んだことを知っている前提で話だし、タイムマシンは偽物だとぶっちゃけてしまうのかと、読み手はあれこれ考えてしまう。

 でもそうではないところに、良い意味での裏切られた感があって、彼の過去に耳を傾けてしまう。

 場面の見せ方は上手い。


 普段からニコニコしている理由を先に考えてから、シナリをを組み立てていったのだろう。

 調べた結果を元にシナリオを書いているので、彼の生い立ちや十代の出来事は、概ね正しいと思われる。

 母親が毒親で過干渉で、門限を守らなければ電話をかけまくり、成績が落ちれば部屋に閉じ込め、交友関係まで口を出すことも事実としてあったのだろう。

「高校は全寮制のところに行こうって。それから必死に勉強した。不思議なもので、人は目標があるといくらでも頑張れるんだよね。授業が終わるとまっすぐ帰り、すぐに勉強部屋に入る。晩御飯とお風呂を済ませ、また勉強した後、十時には寝る。そんな生活を送っていた」このあたりがやけに細かい。

 シナリオのリアリティーを高めている気がする。

「そして学校では、母親を悪者にした。みんな反抗期とかで、よく親の愚痴を言っているし、丁度良かった。小学校のときの話をするとみんな口を揃えて言うんだ。可哀そうって」これも、同級生からの話を聞いてきたのかもしれない。


 モンテッソーリー教育というものがある。

 子供には自らを自分の力で育ってていく力が備わっていると考えていて、六歳までに集中する敏感期に、「言語」「秩序」「運動」「感覚」「数」「文化」を教えるのではなく環境を整える教育であり、日常生活の練習を経て、すべての教育の基礎である感覚教育を学んでから算数教育や文化教育、言語教育を身に着けていく。

 すべての不必要な援助は子どもの発達の障害物になる、という考えがあること。

 また、子供と接するときに大切な十二か条がある。

一、子供に必要とされているときだけ子供と関わる。

二、子供のいる所でもいない所でも、子供の悪口は言わない。

三、子供の良いところを見つけ、強くしていく。

四、物の正しい扱い方を教え、それらがいつも何処にあるかを示す。

五、できなくても、子供の要求に聞く耳を持つ。

六、子供が環境と交流を始める前は積極的に関わり、交流が始まったら親は消極的になること。

七、他の子を傷つけているときはすぐに止めさす。

八、何かを観察しているときは、何もやらせず、続けさせればいい。

九、困っていたら一緒に探し、新しいものを見せてあげたらいい。十、くり返しくり返し忍耐強く、言語ではなく動作を見せるように。十一、信じ、できるようになるのを待ってあげる。

十二、親の従属物ではなく、一人の人格を持った人として接する。

 これらのことを、全ての親が果たしてできているかしらん。


「僕は僕を殺してしまったんだ」に読者は共感するのかもしれない。

 事実、彼は自殺している。

 自殺する前から、素直な自分を殺し、取り繕った笑顔を見せてきた。まわりの顔色ばかり伺って、いつも敬語で、仲良くなったら少し砕けた話し方はするけれども、本音で語ってもこなかったから相談できる相手もいない。相手に対して失礼のないよう気を使うあまり、心が疲れ果ててしまった。

 そのことを、「心の貯蓄が無いし、僕が正面からぶつかることをしてこなかったから、やるせない気持ちの消化の仕方を知らない」と言っていると思う。

 

 彼が話してきた中で本音の部分は、「僕は一度僕の心を殺しているから、命なんて惜しくないの。僕は機械同然だから」だと思う。

 彼を演じているのは機械だろうし、自殺してもう死んでいる。

 だから嘘はない。

 他の部分は、データを集めて作り上げたと言っているけれども、どこまでデータを集められたのか、読み手にはわからない。

 だから、話していたことは全て嘘かもしれない。

 ただでさえ作り話を演じている場面なので、茶番劇なのだけれども、読者と彼女を信じさせるためには本当のことを描かなければならない。

 それが、一度死んでいるからというところだと思う。


 クライアントが女性で良かったのは、いまを生きているから。

「私は何度も成との未来を想像したのに。なんでそんな言い方するの??? あんたの過去なんか知ったこっちゃないわ!! 私は今の成に惹かれたわけで。過去もその一つだけど、今の成を作っているものをひどい言い方しないで!!」

 人は、出会ってきた人に影響されながら現在の自分が形作られていくものだから、今現在の自分をバカにされることはつまり、これまで出会ってきた人間全てを卑下されるのと同じ。

 親は毒親だからいいやと思っている人もいるかも知れないけれど、たとえば、憧れているスポーツ選手や有名人がいたら、その人もバカにされたことになる。お世話になった先生や、面倒見てくれた近所の人とか、自分を良くしてくれた人すべてが、罵倒されたことになる。

 自分が信じていたもの全てを否定されるのだ。

 そんなことをされたら、腹が立たないだろうか。

 平瀬成は、自分自身を卑下することで、これまで関わってきた人間すべてを否定したのだ。そのなかに自分が入っている。冗談じゃないと彼女が腹を立てて引っ叩くも当然である。

 不幸だからといって、悲観に浸ってもいいけれど、自己否定はしてはいけないのだ。

 これは彼に言っているのと同時に、読者に向けても語っているのだろう。


「初めて見る表情だった。もはや、別人ではないかと思った」

 本人ではないから。

 そういう意味ではなくて、このときの彼は心を殺す前の、かつての彼の顔をしていたのだろう。

 母親によって心を殺す前の、純粋な子供のころの笑顔だったと想像する。


 彼女は現実に帰ってきたけれど、車から降りる描写がない。

 そもそも車に乗ってもいないと思われる。

 おそらく、帰りは乗らなくとも車の近くにいるだけで自動で元の時代に連れて行ってくれる、みたいな説明をされていたのだろう。

 

 平瀬成が語っていたのはシナリオで、時間に限りがある。

 だから、まくしたてるように会話文が長かったのだろう。


 生きづらさを感じている人の共通点として、「~のせい」「~だから✕✕できない」「自分は〇〇な子」といった不幸文法を使い、人の意見は自分の価値という思考に囚われ、自分で決めることができず、誰かに察してくれるのをまち、事実に対する長ティブな解釈で自爆し、「みんながー」「~なんて」とくり返し思うようになり、周りの人に変わってほしいと考えるようになったり、長ティブなネガティブな言葉や嫌な場面をくり返し思い出しては落ち込み、そのくせどうなりたいかが言えない。

「今日はいい天気だし自殺にはもってこいだから」と宣言せず、前触れもなくするので、残された人はどうしてなのかと思い悩むことは多いだろう。

 解答を見いだせず思い悩んでいる人にとっては、本作のようなものがあれば、前に向かって進めるかもしれない。


 読後、改めてタイトルを見る。

 読む前も、どういう意味なのだろうと気になったので、タイトルの付け方としては良いと思った。

 おそらく、漢字では「離れ離れ」だと思う。

 男女の交際がとだえがち、疎遠なさまを指す言葉で、一般的には、はなればなれと読むだろう。

 突然、離れ離れになった人を救うための物語。

 いい話である。

 

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