青春の呪い

青春の呪い

作者 あしゃる

https://kakuyomu.jp/works/16817330660824456967


 黎明高校硬式テニス部に所属していた笹田勇気は成績を残せずテニスを辞めて漫画家となる。個人戦シングルスで優勝した後輩の藍染糸をモデルにした連載が人気となりアニメ化となったとき、インタビュアーの質問「青春とは?」に「呪いです」と答えた話。


 会話文はひとマス下げない等は気にしない。

 誰もが青春という呪いにかかっている。

 苦い経験を未だに忘れられない竹乃昇の意見には、非常に共感する。

 一生かかっても治らない病気を宿痾という。

 宿痾よりも呪いのほうが、残酷さを感じやすい表現だと思った。

 

 主人公は、黎明高校硬式テニス部に所属していた高校二年生の笹田勇気と、七年後に漫画家をしている竹乃昇(ペンネーム)。一人称、ぼくで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。比喩を多用した書き方をしている。

 後半は、現在→過去→未来の順で書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の笹田勇気が所属していた黎明高校硬式テニス部は、県内屈指の強豪校であり毎年のように全国大会に出場し、過去には全国優勝も何度かしている名門校である。主人公は準レギュラー・レギュラー補欠チームに所属していた。

 部活がテレビ取材を受けたその年、インターハイで準優勝、個人戦のシングルス優勝、ダブルスはベスト8、という素晴らしい成績を残した。

 主人公が部長となった翌年はインターハイ初戦敗退、個人戦では、ダブルスはそもそも出場しておらず、シングルスは後輩の蝶野晋太郎と藍染糸が出場。晋はベスト16、糸は初戦敗退だった。主人公は一回も団体戦で出場しなかった。

 悔しい思いをした主人公は、部活を引退。大学生になって趣味で描いていた漫画を、とある出版社主催のコンテストに出して受賞。これをきっかけに出版社から声がかかり、ある少年漫画誌に読み切りを数作掲載。好評だったため、漫画連載する運びとなる。

 どんな作品を連載にすればいいか考えていたとき、「糸サンの性別を変えたら、部活の事が青春系少年漫画展開なのでは」と思いつき、担当編集に構想を話すとOKがでる。藍染糸に事後確認をすると承諾を得られたので、自分が卒業してから部活であったことを彼女に尋ねながら連載を続けていく。

 内容と描写で炎上したり、人気低迷で打ち切りされそうになりながらも連載を続けていると、アニメ化の話が入ってきた。

 話題の漫画『深藍に染まれ』の作者、竹乃昇先生としてインタビューを受けることとなる。最後の質問で「竹乃先生にとって、青春とは何ですか?」と聞かれる。

 主人公は思い出す。テニスの才能はないのにレギュラーになれたのは、黎明の環境と仲間、いつもどおりのくり返しを継続していたからだった。

 高校でテニスを辞めて卒業して半年後、藍染糸から「今度大会やるんすけど来てくれませんか?」と連絡がきたことがあった。黎明高校は団体、個人戦、共にインターハイ出場決定。彼女も個人戦シングルスに出場。その試合が一カ月後にあるから応援に来てほしい、との事だった。応援に行き、自分の才能のなさを実感させられ、一生の記憶に残る試合を後輩達に魅せつけられる。彼女の優勝の喜びと嫉妬がまざり、主人公の心はぐちゃぐちゃとなり、見上げた空は、底抜けに青かったのを覚えている。

 インタビュアーの質問に「ぼくにとって、青春は呪いです」「皆、青春の呪いに囚われてるんです」と答える。学生の日常系や部活系漫画が人気なのは、二度と帰ってこない青春を思い出したくて、待ち望む、一生続く厄介な呪いにかかっているからと思うのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、起床から登校。二場の主人公の目的では、長峰央と教室に入ると、後輩の藍染糸が呼びに来てコートへ向かう。

 二幕三場の最初の課題では、部長に怒られて練習に参加する。四場の重い課題では、テレビの取材で主人公もインタビューを受けることになり、「青春とはなんですか?」と聞かれる。

 五場の状況の再整備、転換点では、七年後に話が飛び、取材会場でマイクを向けられている主人公。部長を引き継いだが成績も残せず部活を引退して漫画家になったことを振り返る。六場の最大の課題では、漫画連載が決まったとき、後輩の藍染糸をモデルに描くことを思いつき承諾を得て続けてアニメ化する運びとなりインタビューを受ける。

 三幕七場の最後の課題では、「青春とは何ですか?」と聞かれて、自分にはテニスの才能がなかったことを、後輩の藍染糸がシングルスで優勝するのを目の当たりにして再び思い知らされたことを思い出す。八場のエピローグで、インタビュアーに「青春とは呪いです」「皆、青春の呪いに囚われてるんです」と語る。

 

 前半は、十七歳の主人公は受け身で描かれ、インタビュアーの「青春とは?」から場面が切り替わり、後半の物語が始まる。この見せ方はいい。

 しかも後半は七年後、二十四歳の主人公は漫画家となり、インタビューを受けている場面から過去を回想していく流れになっている。


 冒頭、ベッドから起きるところから書く必要があったかを考える。

 主人公の日常のだらしなさを描いて、テニス中心の生活をしているわけではないし、才能に溢れた様子もないところを読者に見せたいのかしらん。

 

「誰もいない部屋に向かって言い、玄関を出た」とあり、両親がでてこない。「リビングに用意してあったおにぎりを食べつつ」とあるので、親か面倒を見てくれている人がいるのはわかる。

 ストーリーの都合上、描く必要がないからだろう。


 テニスの才能が無い主人公がレギュラーにいたのは、「いつも通りを繰り返してたから」「先輩、同期、後輩達。全員、並外れた才能を持っていて、どの試合でも魅せつけてくる」そんな黎明の環境と仲間がいたから、やってこれた。

 でも、才能はないから成績も残せず、テニスを辞めた。

 その彼が、漫画家になって、連載するときに思い出すのは、才能がないと行って辞めたテニスなのである。

 後輩の藍染糸をモデルにした青春系少年漫画。

 しかも、漫画連載の前に、藍染糸から応援に来てくれと言われて大会の応援に行き、彼女が優勝する姿を魅せつけられ、「羨ましさと、優勝した糸サンへの喜びと、それから嫉妬が混ざって、ぼくの心はぐちゃぐちゃ」になっているのだ。

 そうなったら、二度と触れないよう蓋をする。

 きっと、このあとは蓋をしたはず。

 でも何年かしたら、蓋を開け、思い出すのだ。

 

「ぼくの記憶の中で、一番鮮やかなもの。二度と訪れない、たった一度きりの時間。あの頃から何年経っても、色褪せない」

 主人公は、才能がなかったかもしれないけれど、テニスは好きだっただろう。好きだったから、結果は残念だったけれども、一生懸命プレーする後輩たちの姿を見ては、励んでいた当時の自分自身の気持ちを思い出しては慰める。

 この行為を主人公は「呪い」と呼んだ。

「どれだけ時間が経っても、ふと思い出す。あの頃に聴いた音、見た景色、語った話。きらきらした日常。あの頃感じた、ぐちゃぐちゃな気持ち。忘れようと思っても、忘れられない。鮮烈に、美しく。ぼくの身体に、焼きついている」

 端的なこの書き方が、思い出す表現としてよく書けていて、読み手の心にぐっと入ってくる。

 誰もが、自分の青春を思い出し、呪われるだろう。


「ジジ……、とフィルムが巻かれる音がする。記憶が再生される。五感が、あの頃を思い出す」

 作中で「ジジ……」と書かれていたのは、練習しては後輩の藍染糸にテレビ局の取材を受ける話を聞いたあと、ボールの入ったカゴをカートに運んだとき。

「ジジ……。暑さで、肌が焦げる音がした気がする」

 このあと、取材に来たカメラが現れ、主人公もインタビューを受ける場面へと繋がっていく。

 だから、ここは対になっているのだろう。

 高校時代、同じ質問をされたときは「青春は呪いです」とは答えられないだろうから、別なことを答えたはず。

「あのときはどう答えたっけなあ」とあるので、「今です」みたいに大したことは答えてないと思う。


 主人公が部長になれたのはどうしてだろう。

 黎明は六チームにわかれていた。

「エンジョイチーム」「ガチじゃないが部活として楽しむチーム」「レギュラー・準レギュを狙うチーム」「準レギュラー下位チーム」「準レギュラー・レギュラー補欠チーム」「レギュラーチーム」

 レギュラーチームに二年生はいなかったのだろう。

 ひょっとすると、二年生の人数は少なかったのではと邪推する。

 長峰央と主人公の笹田勇気が候補になったと思う。

 長峰では駄目だったのかしらん。


 藍染糸が、卒業した主人公に応援に来てほしいといったのは、部長を務めていたからかしらん。成績を残していないとはいえ一応先輩だし。

 でも、漫画のモデルにすると頼んだとき、「良いっすよー」とすぐに返事しているし、連絡先も知っている。

 部活をしていたころから、主人公の面倒をみている描写もあるので、気にかけてくれる関係なのかもしれない。


 本作で一番言いたいことは、「青春は、呪いです」だと思う。

 誰しも忘れようとしても忘れられず、鮮烈に美しく、体に焼き付いて思い出される。

 忘れようとしても忘れられない。

 だから、二度と戻らない青春を思い出しては味わうために、部活系漫画や学生の日常系漫画が人気だという考え。

 実にいい着眼点だと思う。

 しかも一生続く。

 まさに「厄介な呪いだ」である。

 なにも、一生続くのは主人公だけではない。

 だからこそ、厄介なのだ。


 また、物語の内容と関係ないけれども、同じく言いたいことは次の箇所である。 

「自分も人間だけど、本当に人類一回滅んだほうがいい気がする。それか人口増加を止めたがいい。じゃなきゃ地球環境悪化する一方だろ。何がSDGsだバーカ、そんなん本当に世界中が協力すれば一瞬で解決するだろ、今全く進んでないのは協力してない所があるってことだろ。一つが頑張っても大多数が本腰入れてやらなきゃ意味ね―んだよ、早くその事に気づけバーカ。SDGsを盾に意味わかんない理論持ってくるやつだって居るんだぞ、世界的ゴールが大義名分に使われてたら世話ないんだよ」

 物語全体を見たとき、後半は、ファンタジーっぽい展開なので現実味がない。インターハイで優勝を取る人は確かにいるけれども、多くの人は優勝できないから、夢物語のように感じる。後半の作りとしては正しいので問題ない。

 でも、作中に本当のことがないと全部絵空事に思えてしまう。

 人間が好き勝手しているから温暖化が起きているのは事実なので、本当になんとかしようと思うのなら、コロナ禍で自粛したように人間の活動を止めるしか無い。

 だけど、生きるためには経済を優先させないといけないし、戦争をするところもあるし、私利私欲に走ってばかりで、仲良くするところとは仲良くするけど、地球に住んでいる全員が仲良くしようと思っていないから、いざこざが起きる。

 どうして仲良くできないかといえば、本作で語っている「青春は呪い」に通じるから。

 かつて人間は、世界大戦を二度経験している。

 為政者たちは、未だに第二次大戦後の頭で政治を行っている。

「どれだけ時間が経っても、ふと思い出す。あの頃に聴いた音、見た景色、語った話。きらきらした日常。あの頃感じた、ぐちゃぐちゃな気持ち。忘れようと思っても、忘れられない。鮮烈に、美しく」記憶と歴史に焼きついている。

 過ぎたことはもう戻ってこないけれども、付け足すことはできる。

 だから、かつて見た夢をもう一度と、呪いにかかった人たちは仲良くしようとはせずに対立し、温暖化も止められず、戦争を続けてしまう。

 実に厄介な呪いである。

 青春の真っ只中にある人類史は、ずっと呪われているのだ。



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