たらこぎらい

たらこぎらい

作者 ヤチヨリコ

https://kakuyomu.jp/works/16817330658687724678


 無神経なことをいう母に初めて反抗したサキは、昼食の残りのたらこパスタを食べながら、子宮外妊娠で子供をなくした姉の夫の中也が自身を責めるのをみて誰も悪くないと声をかけ、魚の卵のたらこも孵るか食べられるのか先のことはわからないから、誰のせいでもないといい、中也を泣かせる話。


 現代ドラマ。

 ある日常を切り取ったような話。

 救いがなくて切ない。

 女の無神経な残酷さと悲劇の連鎖、心情がよく描けている。

 

 主人公は、小姫と書いてサキ。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。一文が長いところがある。読点を入れるとより読みやすくなる。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない助教にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話とメロドラマの中心軌道に沿って書かれている。

 卵管に着床して子宮外妊娠したために卵管が破裂して母胎も危ないため堕胎することになった、たらこ好きの姉のヒロは四日前から入院しているため、姉の夫で義兄の中也は毎回、たらこ料理を作っている。

 主人公のサキの家は、祖父母の代から住居兼床屋で、今年五十になる母親が女主人として切り盛りしている。仕事が一段落して昼食のテーブルにつくなり「また、たらこか」と苦々しい顔をする。

 毎日たらこばかりですみませんと中也が謝ると、「ま、しょうがないか。ヒロが入院してるんだもの。あの子もあたしに似てタバコ吸うからねえ。だからかもしれないけど」「子宮外妊娠なんてするの。子どもが欲しいって言ってるのに、タバコをやめないあの子も悪いでしょ」と話す母。中也は自分が悪いと言い聞かせるように呟いていると、「そう? でも、よかったじゃない。病気が早く見つかって。手術しちゃえば、また妊娠できるようになるんでしょ?」「ま、次があるっていいわね」たらこパスタを頬張る。母の無神経さに情けなくて涙が溢れ、「うるせえ、ババア!」とはじめて反抗し、部屋に駆け込みうずくまる。

 昔から姉は母に噛み付いては喧嘩し、その後サキにだけは謝りお菓子を買ってくれたので、母の味方をしていた。が、姉が母に怒鳴っていた理由を理解し、泣きつかれて気づけば日が暮れていた。

 中也に「サキちゃん、夕飯って言っても、お昼の残りだけど。お義母さんが『もったいないから、あいつのは残飯でいいよ』って言ってさ。でも、どうしてもダメだったら俺が食べるから言って」と聞こえる。自分が食べるからと応えて、姑にこき使われて文句の一つも言わない中也から、良い嫁の条件に当てはまると思うと、人を馬鹿にした餡替えに鼻で笑う。タバコの吸殻を見て、漁を減らせと行ったのにと母に愚痴ると、吸ったのは中也。いろいろあって、サキの前では吸わないという彼に「ヒロの前でも吸っちゃダメだよ」と切り捨てる。吸わないよと呟いて黙り込む彼に「別に怒ってるわけじゃないんだ。けど、そう……色々あって、さ」と弁解しようとすると、いいよと疲れた顔で彼はいう。彼よりいろいろあるわけ無いのに自分はバカで母に似ていると思い、「ごめん。……ごめんなさい」お謝る。

 温め直したたらこパスタを前に、子宮外妊娠して子供をなくしたこと、自分だけ辞めてヒロにはタバコを辞めさせなかった自分が悪いと自嘲する。

 タバコを辞めなかったのは姉だから中也は悪くないと伝え、「それに、ただ、たまたま赤ちゃんが子宮の外にいたってだけでしょ。これって、ヒロも中也さんも悪くない。赤ちゃんだって悪くない。本当にすべてが偶然だった。そうでしょ?」といいながら、冷める前に食べようとラップを外し、温めすぎたパスタをすする。

「このたらこってさ、魚の卵なわけじゃん。卵ってそもそも孵るかわからないわけでしょ。ほら、こういうふうに食べられちゃったりさ。孵ってもちゃんと大人になれるかわからない。誰にもね。だから、誰のせいでもないでしょ」

 サキが言い切ると、中也は大人なのに、生まれてこれなかった子供の分まで泣いているかのよに、声を上げて泣き出した。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、たらこ好きの姉が四日前に入院し、義兄が作るたらこパスタをみながら、たらこが嫌いというサキ。二場の主人公の目的は、住居兼床屋を経営している母に昼食の支度ができたと呼びに行く。三場の最初の課題で、母は中也の顔を見るなり「また、たらこか」と苦々しく見、「ま、しょうがないか。ヒロが入院してるんだもの。あの子もあたしに似てタバコ吸うからねえ。だからかもしれないけど」と席について「子宮外妊娠なんてするの。子どもが欲しいって言ってるのに、タバコをやめないあの子も悪いでしょ」と食べ始める。

 四場の重い課題では、自分が悪いという中也に「でも、よかったじゃない。病気が早く見つかって。手術しちゃえば、また妊娠できるようになるんでしょ? ま、次があるっていいわね」という母の図々しさ、無神経さをみてサキは、自分にも同じ血を引いていると思うと涙が出てくる。四人分の生活費と入院費、自分の学費を払うために二人が働いているのもわかっているが、「うるせえ、ババア!」と反応して自室に引きこもる。

 五場の状況の再整備、転換点では、シングルマザーとして育ててくれた母に反抗してはいけないと思って、サキは母の前ではいい子にしてきた。でも姉は母と喧嘩することがあり、姉が怒鳴っていた理由をようやく理解する。

 六場の最大の課題では、いつの間にか寝てしまい日が暮れ、「お義母さんが『もったいないから、あいつのは残飯でいいよ』って言ってさ。でも、どうしてもダメだったら俺が食べるから言って」と、中也に夕飯の時間を知らされダイニングへ。母は先に食べ終えいなかった。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、部屋にタバコの匂いが漂っていて母が吸ったと思ったサキは「量を減らせって言ってるだけなのに、なんで言うこと聞かないかな」ぼやくと、吸ったのは禁煙中の中也だという。いろいろあってサキの前では吸わないという彼に、ヒロの前でも駄目だと切り捨て、言い過ぎたと思い、いろいろあってと言い訳するも、彼以上にいろいろあるわけないのに母に似て自分は馬鹿だと思い、ごめんなさいと謝る。

 八場のエピローグでは、姉が子宮外妊娠をし子供はなくなってしまったと独白する中也はタバコを辞めさせなかった自分が悪いと吐露する。サキは中也を傷つけないよう言葉を選びながら、全ては偶然で誰も悪くないとしながら、温め直したたらこパスタを食べながら、魚の卵のたらこも孵るか食べれれるか誰にもわからないから、誰のせいでもないと口にする。中也は声を上げて大泣きするのだった。


 たらこが嫌いなんだという書き出しからはじまり、たらこパスタが調理されていく。調理描写から、主人公サキの嫌悪感を感じる。

 嫌いなのにどうしてたらこを食べることになったのか、たらこ好きの姉のことが語られて、パスタが茹で上がっていく。

 手際の良い描写。「中也さんの作るたらこパスタのほうが美味しい気がするのは、やはり料理人の腕だろう」から、彼はどこかの店で料理を作っているのが伺える。


「店舗兼住宅」とあり、食べ物屋かと思えば、「シャンプーやらリンスやら、それに整髪剤とタバコのにおいの混ざり合った強烈なにおいが鼻を突く」と床屋の匂いがしてくるので、意表を突かれる。


「うちは街の床屋だ。先祖代々というほど長くやっているわけではないが、祖父母の代からのお客が店を存続させてくれている」

 有川浩の『図書館戦争』で、床屋の表記がよくない話を思い出す。床屋は軽度ではあるけれど放送禁止用語であり、概ね自主規制であって、読者から苦情がきたら困るからという理由で先回りして摘んでしまった言葉である。

 床屋でも構わない。


 たらこの食べ過ぎで通風になりかけるのは、よほど食べたのだろう。プリン体が多いし、どんな食べ物でも過剰摂取は体によくない。


「ヒロとは姉のことだ。名前が大美で、大きく美しいと書いてヒロミと読む。だからヒロ。私は小さい姫と書いてサキだから、中也さんと合わせてちょうど大中小揃う」

 名前を紹介しながら、兄妹みたいな関係を連想させたいのかしらん。


 五感を意識して書かれているところが良い。

 その割に味覚の表現がない。

 昼食時にサキがパスタをすするときは、母親と中也の会話がショッキングだったので、味がわからなくなっているだろうから、表現をあえてしていないと考える。

「パスタにたらこソースを絡めて、思い切りすする。やはり、温めすぎたみたいだ。熱い」「口の中で卵がぷちぷちと潰れて弾ける」は食感であり、味覚ではない。

 毎回の食事は、たらこパスタしか食べていないのではと邪推する。

 もしそうなら、同じ味だから表現しなくなっているのかもしれないし、塩分のとりすぎで味覚がおかしくなっているのでは、と心配になってくる。


 無神経さと残酷さ、悲劇の連鎖がよくかけている。

 女は強いから弱音を吐ける。でも男は弱いから強がってみせる。

 だけど生きていくのが大変なのは女なので、泣いてぼやいて愚痴っているときは褒めて励ますのが男の役割である。

 では、男がつらいときはどうしたらいいのかといえば、一人孤独に耐えるしかない。男は消耗品で寂しい生き物だから。酒場で飲んだくれては、若いお姉ちゃんに引っかかって痛い目を見るのだ。


 中也は料理人をしており、女の立ち位置にいる。

 でも彼は男。おそらく、まだ女に理想を抱いている。だからつらいときは慰めてほしいし、慰めてくれると思って年下の先に打ち明けたのに、義母と同じような女の毒気に当てられ、無神経で残酷なことを言われてしまい、大泣きしてしまったのだ。

 彼は、陰口を言われようとも男の立ち位置に立って、彼女たちと距離を取り、孤独に耐えるしかなかった。

 そもそも、なぜ同居しているのかしらん。

 姉は母と仲が悪かったのだから、結婚を気に家を出てよかったはず。結婚したはいいものの、お金がなかったのかもしれない。あるいは、妊娠したから自宅に厄介になっていたら子宮外妊娠だと発覚したのかしらん。


 そもそも、料理人がタバコを吸っては駄目だと思う。

 味覚がやられてしまう。

 

 母とサキは対になっている。

 母の無神経な言い方に対して、はじめて反抗し「うるせえ、ババア!」と感情を吐き出した。

 暴言ではない、自分の気持ちを伝える他の言い方があったはず。

 終わりの方でも「このときばかりは自分の語彙の少なさが恨めしい」と出てくるけど、サキは語彙が少ない。

 つまり、語彙が少ないから口が悪いように聞こえるだけで、母親なりに気遣っていると思う。


 中也を傷つけないようにしようと、母親も思っているはずなんだけど、今日もたらこパスタが食卓に並ぶと、「また、たらこ」と、いいたくなるほど、うんざりして気を使う余裕がなくなっているほど辟易しているのだ。

 サキも同じく、「私、嫌いなんだよね。……たらこ」と、一行目から感情を吐露している。

 この辺りは、母親と同じである。


 母親もサキも、食事をすることで感情が少し押さえられ冷静になるところが共通している。

 だから、「ま、しょうがないか。ヒロが入院してるんだもの。あの子もあたしに似てタバコ吸うからねえ。だからかもしれないけど」「子宮外妊娠なんてするの。子どもが欲しいって言ってるのに、タバコをやめないあの子も悪いでしょ」と、至極真っ当なことを口にしている。

 中也も母親と一緒になって「そうですよ、ヒロが悪いんですよ」とはいえない。母親の娘であり、自分の妻なので、悪口はいえない。だから、自分を責めてしまう。

 人を責めるのではなく、「タバコはいけませんよね」といえばよかったと思う。

 中也が自分を責めたから、母親としては彼を励まそうと思ったのだ。だから、病気が早く見つかってよかったね、とワンクション入れてから「手術しちゃえば、また妊娠できるようになるんでしょ?」と、未来を見させようとしている。

 ただし、「ま、次があるっていいわね」余計な一言をいう。

 若いっていいわねと、五十の母親は羨ましがっている。

 中也のこと気遣うなら、自分の考えを話してはいけない。

 ここが母親の無神経さであり、サキにも通じるところがある。


 病気は偶然だから誰のせいでもないと中也を励ましてから、「このたらこってさ、魚の卵なわけじゃん。卵ってそもそも孵るかわからないわけでしょ」といいながらサキは食べていく。

「口の中で卵がぷちぷちと潰れて弾ける。命の消える瞬間を舌でもって感じる。ああ、この食感が嫌いだ」と思い、食事は殺生だと読者にも理解させた上で、「ほら、こういうふうに食べられちゃったりさ。孵ってもちゃんと大人になれるかわからない。誰にもね」むしゃむしゃ食べていく。

 一般論として、生存競争と食物連鎖のなかで捕食されることで、孵ることなく終わってしまう命もあるし、病気だったり、事故っだったり、なにかしら不遇の出来事で孵らないときもある。「だから、誰のせいでもないでしょ」と、サキはいいたいのだと思う。

 いいたいのだろうけれども、たらこパスタのたらこをプチプチ潰して食べる姿を、子宮外妊娠で子供をなくした父親である中也に見せつける無神経さには気づいていない。

 わざわざ自分から、「たらこってさ、魚の卵なわけじゃん」と結びつけるようなことを言ったのだ。

 中也には、自分の赤ん坊をサキが食べたようにみえたかもしれない。あるいは、これまで食べてきたたらこが、生まれるはずの自分の子供のように思えたかもしれない。

 中也は義母と義妹の二人から、「辛いね」「悲しいね」と寄り添う言葉をかけてもらって、励まして欲しかったはず。その言葉もなく、無神経なことをされたから、たまらずに大泣きしてしまったのだ。


 世の中には失礼な言葉を悪気なく口にする人がいる。

 その場合、できるだけその場で指摘する必要がある。

 また、他人から受けたストレスに対して、自分の心が潰されたくないと思う人は別の誰かにぶつけて傷つけるし、優しすぎると自分を責めてしまう。

 母親のように、他人からみると失礼な言葉を口にする場合、その場で指摘する必要がある。言い方はともかく、サキの姉のヒロはそれをしていたのだろう。

 しかも、受けたストレスを第三者にではなく、当人へと返すことで、妹にも同じくるしみを味あわせないよう、連鎖を断ち切ろうとしていたのだろう。

 姉のたらこ好きやタバコも、溜め込んだストレス解消のためだったと想像する。少なくとも家を出て母親から離れたら、よかったのにと思う。


「でもさ、タバコは関係ないわけじゃん。あと、やめなかったのはヒロだし……」「そこは中也さん悪くないって、私は思うんだ。あくまで私は、ね」と話している。

 けれども、タバコが原因と考える。

 喫煙女性は、卵子の発育や卵巣からのホルモンの分泌がわるくなり、不妊症のリスクが高まる。 妊娠しても流産や早産、子宮外妊娠になりやすく、またおなかの赤ちゃんの発育も悪くなるといわれているから。


 たらこも問題があったと考える。

 スケトウダラの卵巣を塩漬けし、唐辛子などで味付けした明太子と同様に、たらこは妊娠中に控えるべき食材のひとつ。

 明太子は製造過程で火を通す工程がなく、生食を前提に作られている。妊娠中は抵抗力が下がっているため、食中毒のリスクも考えると、生の魚介類は避けたい。それに、小ぶりな明太子を一本食べると二グラム程度の塩分を摂取してしまう。

 たらこは、明太子のように辛い調味液に漬けない分塩分含有量はやや少ないものの、塩分を多く含む非加熱食品であることに変わりはない。薄味を推奨する妊娠中のおかずとしては不向きなのだ。 

 妊娠中に食中毒になると胎盤を通して胎児にも感染、命や出生後の健康状態に影響を及ぼす可能性もゼロではない。

 どうしても明太子が食べたい場合、「鮮度のよいものを選ぶ」「無添加無着色や塩分が控えめの製品を選ぶ」「よく加熱する」「一日あたり二分の一本に抑える」「大葉や茗荷などの香味野菜を加える」「干し椎茸や干しエビなどの旨味の強い食材を使う」「わさびやカレー粉などの香辛料を使う」など工夫が必要。

 野菜に含まれるカリウムは血圧を下げる働きが期待できるので、野菜と一緒に炒めるのがいいだろう。

 食べ過ぎたら水分補給し、塩分接種を控え、薄味の食事にするのが一番だと考える。

 たらこパスタは、加熱しているのでいいけれども、のりをキッチンバサミで切っているくらいで、野菜を入れている工程がない。

 たらこパスタ以外にも、たらこを使った料理はあるので、料理人なら献立を工夫していたらいいのにと思う。


 母親の言ったことは当たっている。

 たらことタバコの摂取は良くなかったと思う。

 そう考えると、遠回しに娘のヒロを指摘しながら、中也を気遣い、励まそうとしていたのだと思う。


 読み終わってから、たらことタバコは一字違いだから、どちらも嫌いだとするサキの思いが込められているような気がした。タバコは母親の象徴で、今回のことでタバコを吸う人が嫌いになったのだ。

 だから中也に最後、無意識に無神経なことをしてしまったのかもしれない。

 中也はもう立ち直れなくて、早まったことしなければいいなと思った。

 子宮外妊娠の状態にもよるが、今回のことでヒロは片方の卵巣と卵管が失っているかもしれない。子宮外妊娠はくり返す可能性はあるけれども、タバコとたらこを辞めて体調を整え、励まれたら子供を授かるかもしれない。そんな明るい未来が訪れることを切に願いたい。

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