まっさらな紙に弧を描くような、そんな話

まっさらな紙に弧を描くような、そんな話

作者 茂 幸之

https://kakuyomu.jp/works/16817330658264554384


 中学のとき廉方ひよ子のフルートに心酔し、彼女の横で演奏するためにフルートをはじめた大井みすずは、ひよこの上手さに追いつけそうもなくて不安になり、高校でも吹奏楽部を続けるか思い悩む。いつだって頑張って努力し吹くみすずのフルートが好きで、なにが会あってもずっと友達だとひよ子にいわれて迷いがなくなり、吹奏楽を続けていく話。


 誤字脱字などは気にしない。が、直すともっと良くなる。

 読後が良い。

 春の短い期間の中で、迷ったら悩んだり、ときに楽しく笑ったりしながら主人公の成長と変化が微笑ましく描かれている。


 主人公は、園中出身、女子高生の大井みすず。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 四年前、九州から京都に引っ越してきた主人公の大井みすずは、園中に入学するも、小学校からの友達や地元トークで盛り上がる同級生たちの輪に入る度胸もなく、つらくはないけど楽しくはない日々を送っていた。中一の夏休み前、放課後の教室でフルートの練習をする廉方ひよ子と運命的な出会いを感じ、吹奏楽部へ入部するほど心酔していた。

 高校生となったみすずは教室に居残りながら、入学生歓迎演奏会の曲が微妙だったことを思い出し、なんとか自分も練習についていけるのではと考えていた。

 中学で最初に作った友達のひよ子にほっぺを触られながら、音楽室を見学してきたと教えられ、みすずも吹奏楽部に入るのか聞かれる。みすずのレベルは並かそれ以下。ひよ子に追いつくために続けてきたのだがと悩んでいると、明日の見学に誘われる。

 四階の突き当たりにある音楽室に二十名ほどの見学希望者があるまっていた。高校でもフルートを続けるのかとひよ子に聞かれ、そのつもりと答えながら、いっそ新しい楽器にチャレンジもありかもしれない、とひよ子の意見を求めるみすず。

 どっちでもいいけど、自分で決めてほしいと答えつつ、いつでも全力を出しているのが伝わる「みすずのフルート好きだよ」と伝えるひよ子。「『ああ、私も頑張らないと』って気持ちにさせられるしね」

 そこに話しかけてきたのは、大阪の南高槻中からきた初川穂実。彼女と話をしているうちに開始の時間となり、吹奏楽部の先輩たちが黒板前に整列し、部長をはじめ副部長、学指揮、セクションリーダ、パートリーダー、顧問の先生の紹介があり、おもな活動方針や具体的な活動内容を説明した後、満を持して見学会歓迎演奏。体育館へ場所を移動し、セッティングの間に初川からなぜ吹奏楽部をやているのか聞かれる。ひよ子の横に立つためと答え、彼女と出会ったのがはじめるきっかけだった話す。

 演奏を聞いて、入学式時のとくらべて幾分上手くなっていることに気づいた。

 その日の帰り、先輩たちの演奏を聞いて興奮冷めやらぬひよ子から一緒に吹こうと誘われ、楽器を取りに戻ってカラオケ店でエチュードを吹く。ひよ子の凄さにあらためて気付かされ、隣に立てる人間になりたいと思うと涙が込み上げて止まらない。「ごめん、やっぱ私、部活他の入るかも」お金をおいて外へ飛び出していった。

 一週間後。ひよ子と話せていないみすずは、移動教室に行こうと声をかけてきた初川から、なにかあったのかと聞かれ、放課後話すことになる。

 放課後の教室でみすずは、ひよ子の横で胸を張って拭けるようになりたいけど、追いつけないくらい演奏が上手くなっている。このまま続けるかやめるのか。辞めたら彼女と縁が切れてしまうと悩み、どうすればいいのかと初川に尋ねる。と、教室に入ってくるひよ子。

「まだ出てきちゃダメでしょ。ちゃんと打ち合わせた通りに」

 初川の言葉を待たずに、ひよ子はみすずの頭に手をのせ、くしゃくしゃとかき回しながら「今のみすずが嫌い」「なんで私がいなくなると思ってるの? 私たちの関係って、そんなものだったの?」

と言ってくる。否定するみすず。だけど、不安は拭いきれないと伝えると、少しずつ体が軽くなっていく気がした。

「ねえ、みすず。私、あなたのフルートが好き。いつだって頑張って、頑張って、頑張っている音色が好き。その努力の元が私への憧れだったのなら、それは嬉しいことだよ。だって、自分の大好きな人が私を目標に努力しているんだから。結果が出なくたって目標を持って努力してる人って、他の誰よりも輝いてると思うんだ」

 優しくほころびながら、「あと言いたいことは、私はなにがあってもみすずの友達だってこと。そもそも、私はみすずがここに入学するって言ったからこの高校受けるって決めたんだから。もしみすずと出会ってなかったら、もっともーっと吹部の強い高校に行ってるよっ」と初めて伝えられる。

 その後、吹奏楽部へ入部届を提出。期限に遅れたことに小音の先生から怒られたが、自分で決めた道を歩いていくことにした。

 世の中の迷いは、まっさらな紙に弧を描くようなものだと思う。最初に描き出すのには勇気がいるけれど、描き出してしまえばどうってことはない。みすずはこれからも悩んで、悩んで、悩んだ末に楽しく人生を歩んでいくのだった。


 また、三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、ひよ子のエチュードを聞いたときいの回想。二場の主人公の目的は、吹奏楽部へ入部するか決めるために明日の見学へ行くことになる。

 二幕三場の最初の課題では、高校でもフルートを続けるかどうかをひよ子に聞かれては彼女の意見を求めると、どっちでもいいし、自分で決めてほしい、くわえてみすずのフルートが好きと言われる。

 四場の重い課題では、フルートをしていた南高槻からきた初川穂実からなぜ吹奏楽をしているのか聞かれ、ひよ子の横に立つためと答える。

 五場の状況の再整備、転換点では九州から転校してきた中学時代にひよ子のフルートの練習を聞き、彼女に心酔し、吹奏楽部をはじめたことを思い出す。六場の最大の課題では、ひよ子とカラオケ店でフルートを吹き、レベルが自分よりも先へと行っていることにいづき、「部活他の入るかも」といって立ち去る。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、一週間後、様子がおかしいことに気づいた初川に聞かれ、放課後の教室で彼女に悩みを打ち明ける。と、そこへひよ子が現れる。いつだって頑張っている音色が好き、ずっと友達と言われて迷いが晴れる。

 八場のエピローグでは、ひよ子とともに吹奏楽部を続けるみすずは、悩んだ末に楽しく人生を生きていく。

 構成もいい。


 冒頭、回想から入っていくとこもいい。

 一行目の「今でも、鮮明に覚えている。あの美しい音色を」から、どんな美しい音色なのだろうと、読み手に期待させている。

 次に「真っ青な空に大きな大きな放物線を描くように、高尚なエチュードが流れていた」と、目に見えない音楽を、大きな放物線をえがくように、と視覚化する比喩を使っているところが面白い。

 読み進めていくと、「あの姿を独り占めできたことを誇りに思っている。それと同時に、ちょっぴり後悔してしまっている」とあり、なにを後悔しているのだろう、と気になる。

 しかも、「幸せな感情と、後からやってくる苦い思い」別な言い方で表現しているけれど、ちょっぴりの後悔は苦い思いらしいのがわかる。

 その幸せな感情と苦い思い、相反する二つの感情を「彼女との出会い」から感じたという。

 平たくいえば、いいことと悪いことが、彼女との出会いにはあったのだ。それが何なのかは、読んでからのお楽しみということで、読み手を物語へと誘っていく。


 第一楽章の書き出しもいい。

 雨が降っていて、「シトシトとリズムよく、私の耳の中に自然と、まるで川のせせらぎのように滑らかに注ぎ込まれていた」と、比喩を使いながら、読者にも主人公が感じているものを想起させている。

 雨はしとしと降るは、昔の人が考えついた情景描写で、みんなが安易に使っている手垢まみれの表現。お話と作る人は、シトシトを使わない雨の表現を生み出さないといけない。

 本作では、そこを逆手に利用して、多くの人が雨はシトシト降るものだと思いこんでいる表現をリズムとして用いているところに工夫がみられるので、書き出しの書き方は良いと思う。

 つぎに、「トントンと、リズムをとってみる」とくり返され、一つの演奏曲みたいに思えてくる。

 その流れで、「なんというか微妙だなぁ、あの演奏」のセリフ。

 雨音の旋律のことかしらん、と一瞬思ってしまうも、すぐに入学餡芸演奏会のことだとわかる。

 流れが良いなと思う。


 思いながら、「机に右頬をむぎゅーっとつけながら」の書き方が面白かった。目に浮かぶ。

 ここで、「むぎゅーっ」と表現したのは、のちにひよ子にほっぺを鷲掴みにされて、「まるでパン生地をこねるように揉み出した」ところへとつながる布石だったのだろう。

 読者を笑わせようと思っての安易な表現に終わっていない感じがして、よく考えられているなと思えてしまう。


 ひよ子のキャラクターが面白い。

 主人公が考え込み、優柔不断なところがあるから、明るめのキャラクター、しかもボケ担当。

 彼女の初登場シーンで、「失礼しまーす」と陽気に教室へと入ってきて、「あれ、もしかしてみすず? 覚えてる? 私、園中の廉方ひよ子。一、二年の時同じクラスだった」と話す。

 読者としては、旧友との再会かなと思ったら、「もう、ふざけないで。私がひよ子のことを忘れたら、私はとっくに認知症」と返してくる。

 知り合いなんだとわかるし、この場面でひよ子がどういうキャラクターなのかが読者に紹介できている。上手い見せ方だと思う。

 

 彼女の容姿や主人公とのどういう関係なのかの説明も入って来やすい。「気さくな性格にその打点の低い奇抜なツインテール」が今ひとつ想像しにくい。

 打点の低い、つまりみすずには、ひよ子のしているツインテールは共感できないといっているのだ。それだけ奇妙なのだろうけれども、どう奇妙なのかしらん。


 ほっぺのモチモチから、自身の自堕落な生活の日々を思い出す展開につながり、主人公がどういった性格なのかがわかってくる。簡単にいえば、ぐうたらでだらしない。だから、吹奏楽部に入るのか、フルートを続けるかどうかの質問に対しても、自分で決めることができない。あげく、ひよ子の横に立って吹けるよう追いつくことが難しく、友達でもいられなくなるかもしれないと、悩んでしまうのが納得できる。

 具体的なエピソードで、読者に伝える書き方をしているか、読んでいて共感したり、感情移入できたりするところが良い。

 

 音楽室の情景描写も、特徴的に書かれている。描写で説明し、「小中学と見慣れた光景、私にとってはなかなかに度し難いものだった」と主人公の感想を添える。読み手は、そうなんだと納得できる。


「親に一年分のお小遣いを前借りして買ったフルートが私にはある」

 中学だけしか吹奏楽をしないのであれば、学校の備品か、数万円でいいと思われる。高校に入っても続けていくなら、もう少し良いものをと考える。音大入試をするような人なら五十万以上のものを使っている。初期投資は大切なので、十万から三十万くらいのものが妥当と思われる。

 中学生の小遣いは月平均三千六百円として、一年だと四万三千二百円。四万円ぐらいを前借りし、貯金をプラスして購入したのかもしれない。


 南高槻の初川穂実が登場するシーン「じとっとした目をした女の子は、何故だか申し訳なさそうに話しかけてきた」は、ひよ子のときとは対極的にわざとしていると思う。

 それでいて、「あの、大井さんって、なんで吹奏楽やってるの?」と突っ込むように聞いてくる。

 主人公も、「まさかひよ子みたいにぶち込んでくるキャラだとは思ってもいなかったから、気が動転している」となるし、そのあと、「一気にインナーに汗が染み込む感触がした。ジメジメして、気持ちが悪い」いかに聞かれたくないことを聞かれたのかがわかる。

 

「吹奏楽バカ」という表現もおかしい。

 夢中になっている人を他人から見たら、「〇〇バカ」なのかもしれない。つまり、主人公は吹奏楽にのめり込んでいないとみえたということ。

 ひよ子の練習を聞いて魅了され、吹奏楽部をはじめたことがその後語られてくるのを読むと、吹奏楽に魅了された初川たちとは明らかに違う。

 ひよ子のフルートの曲に魅入られたのであり、彼女の横に立って吹きたいとする考えからも、吹奏楽やフルートよりも、ひよ子の隣にいたいが、演奏をする目的のウェイトを締めている。

 結局、やめるか続けるかで迷ったのも、原因がそのあたりにある。

 

 ひよ子が初川に挨拶したとき、

「廉方ひよ子です。で、この前に座ってるのが私と愛の契約を結び運命を分かち合った存在……」と、真面目か冗談かわからない言い方をしてい。

 けれど、のちに「私はなにがあってもみすずの友達だってこと。そもそも、私はみすずがここに入学するって言ったからこの高校受けるって決めたんだから。もしみすずと出会ってなかったら、もっともーっと吹部の強い高校に行ってるよっ」と語っているし、その前には「あなたのフルートが好き。いつだって頑張って、頑張って、頑張っている音色が好き。その努力の元が私への憧れだったのなら、それは嬉しいことだよ。だって、自分の大好きな人が私を目標に努力しているんだから。結果が出なくたって目標を持って努力してる人って、他の誰よりも輝いてると思うんだ」ともみすずに気持ちを伝えている。

 これなんて、告白そのもの。

 ひよ子は、冗談抜きでみすずが好きなのだと思う。


「Y字路の前、私は左、ひよ子は右」

 結婚式では右が新郎、左が新婦なので、と穿った見方をしてしまう。

 単に、みすずの家が左の道にあるのだろう。

 このときのみすずは、まだ吹奏楽部に入るか決めかねている状態にある。

 このまま帰ったら、確実にひよ子とは道が外れて分岐したのではと邪推する。


 みずずが初川に、「もし辞めたとして、私とひよ子との関係が途切れてしまううんじゃないかって思っちゃうの。ずっとずっと表舞台で輝き続けるであろうひよ子が、私のことをほっぽり出してしまうかもしれないっていう、根拠なんてなにもない不安が押し寄せてくるの」と悩みを打ち明けたのも、平たくいえば、ひよ子に捨てられたくないっていっている。


 二人とも、相手を思いあっていたのだ。

 ひよ子は、ふざけながら気持ちを伝えているけれども。


 本作は、ひよ子の面白さがいい味を出している。

 初川に相談していたとき、「失礼しまーす」と、初登場のときのように教室に入ってくる。状況を一変させてしまう存在感を読者に感じさせる演出がとっても良い。

 しかも、ひよ子のいいところは、好きなら好き、嫌いなら嫌いとはっきりいうところ。主人公のできないことを、やってのける。だからみすずは、彼女に惹かれるのだろう。

「大丈夫、例えみすずが警察のお世話になろうとも、ちゃんと面会行ってあげるから」「そうさ、ムショから出た時はお迎えに上がってやりょ」「あ、噛んだ」

 真面目な話をしたあとの、ふざけたやり取りが緊張をほぐしてくれる。おかげで主人公は笑えるし、悩んでいたことがバカバカしく思えてしまう。

 こういう友達は大事にしたいものである。


 個人的には、例えみすずが警察のお世話になろうとも、ちゃんと面会行ってあげるから」「ムショから出た時はお迎えに」というやり取りのギャグを、昔四コマ漫画で読んだことがあったことを思い出し、懐かしく思えたし、いまもこのネタが使えるってことは関西の鉄板ネタだったのかなとか、あれやこれやと考えてしまった。


 エピローグに、後日談がサラッと書いてあるところがいい。

 くどくど長々と書かず、スッキリ終わらせている。

 しかも、締めくくりが良く、実に良い終わり方。

 おまけに、「世の中の迷いは、まっさらな紙に弧を描くようなものだと思う。最初に描き出すのには勇気がいるけれど、描き出してしまえばどうってことはない」と、プロローグの書き出しに通じる言葉を使って、世の迷いについて書いているところも良い。

 プロローグでは目に見えない音楽を視覚化する比喩を使い、エピローグでは世の中の迷いという、こちらも目に見えないものを喩える比喩に用いている。

 エピローグを読んで、プロローグのひよ子がフルートの音を出していたのは、最初の調整していたときの音なのではと思えてくる。

 絵を描くとき、どの辺りに描くか、当たりをつけることがあるのだけれども、作者の比喩は的を得ていて、良いなと思う。

 描くときはどうするか迷うけど、いざやってみたら、勢いのまま進めるし、どうってことない。

 最後に書いてあることが、作者が一番言いたかったことなのかなと思える。


 読後、タイトルを読み直して、なるほどと納得する。

 読む前は、何の話なのだかわからなかったし、もう少し違うタイトルの付け方があるのでは、と考えながら読んでいたのだけれども、読み終えると、このタイトルで良いなと思えた。

 これから、みすずたちは吹奏楽部で、頑張って頑張って練習に励んでいく。つらかったり 暑かったり、大変で苦しい思いは色々するだろうけれども、頑張った先にしか幸せと思える感情は湧いてこないだろうけど、ひよ子と一緒なら頑張れるに違いない。

  

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