14.1キロの追憶

14.1キロの追憶

作者 醍醐潤

https://kakuyomu.jp/works/16817330659031236291


 関東の大学に進学し、新型コロナウイルスによるパンデミックの自粛規制を乗り越え、制限が緩和して迎えた夏。実家の滋賀に帰省し、亡き祖父との思い出の石山坂本線を、今と五歳の自分と旅する話。


 ロードムービーのように、現在から過去の思い出へと旅していく。

 外側から内側、主人公の内面へと進むのと、住宅街を蛇行しながら進む電車の走り、祖父との思い出、三つが重なって話が展開されていくので、短い話なのに二時間ドラマぐらいの内容がぎっしりと詰め込まれているところがすごい。

 たまに思う、本当に高校生かなって。

 人生二周目ですか、といいたくなる。


 主人公は大学三年生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在と過去の説明、回想が編み込まれるように交互に描かれている。

 

 女性神話の中心軌道にそって書かれている。

 初孫である主人公は、目に入れても痛くないと口癖のように言っていた祖父によく抱っこしてもらった。そんな祖父は五年前、主人公が高校一年生のときに肺炎を患い亡くなった。

 関東の名門私立大学の法学部に合格した。入学して新型コロナウイルスによるパンデミックが始まる。講義は全て対面式からオンラインに切り替えられ、下宿先の狭いアパートの部屋でZOOMによる講義を受けながら、コンビニのバイトで稼いだ給料と親からの仕送りで生活。「大学生だからできること」ができない苦痛におよそ七百三十日間、耐えて三年生になり、制限が緩和されて夢にまで見たキャンパスライフを過ごすことができた。

 長い夏休みを迎え、三年ぶりに地元の滋賀県へ帰省。やや老けた両親と看護師を目指す妹、八十四歳の祖母やいとこなど親戚も集まる。久しぶりの家族が集まり実家の暖かさを感じるも、祖父のいない寂しさも混じっていた。

 三年ぶりに自室のベッドで寝た夜、五歳になった自分が祖父と一緒にでかける夢をみる。

 生前、祖父は終末になると、京都や大阪など色々な場所へ遊びに連れて行ってくれていた。夢に出てきたのは、はじめて石山坂本線を乗り通したときのもの。地元の人たちには『石坂線』と呼ばれ、当時祖父母宅があった住宅街の中を、蛇のように通っていた。

 夢の中で亡き祖父と会えたことが嬉しく、祖父と過ごした石坂線へ出かけることにした。

 京阪膳所駅を過ぎ、右に団地、左に祖父が最後を迎えた病院を見ながら、スピードを上げて急な坂を下って行く。「一音入魂!」と背中に書かれたTシャツを着た、県立高校の吹奏楽部の女子高校生四人組が石場駅を降りて行った。

 道路を挟んで右側、地方銀行のビルが見えてきた際、幼かった主人公は祖父に尋ね、「びわこ銀行やで」と教えてもらったことを思い出す。二度の吸収合併を経ているため、今では「びわこ銀行」という会社名は、過去のものになっているが、びつH当時のまま建っていた。

 初めて浜大津駅から先、専用軌道から道路上に線路がある併用軌道の区間へ入ったときのことは、はっきり思い出せる。祖父になぜ道路の上を走れるのか聞いたとき、「ここはな、道路に線路を敷いてある。せやから、電車でも、車と同じように走れるんや。こういうのを、『路面電車』って言うんやで」と教えてもらった。

 近江神宮前駅まで来ると、右手には車両基地。祖父に抱っこさせてもらい、京阪車両が止まっているのを一緒に見る。

 いつも浜大津駅で降りるたび、祖父ともっと先へ行ってみたいと思っていた。

 いつの間にか眠っていた主人公は、松ノ馬場駅で目が覚める。『次は、終点、坂本比叡山口です』アナウンスが流れ、発車から三十秒。『坂本比叡山口、坂本比叡山口、終点です。お忘れ物のないようお気をつけください。京阪電車をご利用くださいましてありがとうございました――』

 二十五分の旅が終わった。駅の外に出て見る光景、電車が丁寧に一つ一つ停車した駅や車窓の外に流れた景色の多くが、祖父と大冒険に出たときと何も変わっていなかった。

 祖父はもういない。それなのに、ホームや駅舎、駅前の町並みを見ていたら、今でも会える気がした。優しい笑顔に接することは二度となく、思い出もどんどん遠い過去になって行く。

「一人にしないでよ……。また、一緒に行こうって約束したやん……」

 泣き崩れる主人公。

 そよ風が駅前の木を揺らすのだった。

 

 三幕八場の構成で作られている。

 一幕一場のはじまりは、石山坂本線の坂本比叡山口行きを主人公が乗車し、幼少期の自分を思い出す。

 二場の主人公の目的では、関東の名門し散る大学の法学部に進むも新型コロナウィルスのパンデミックによる自粛規制によりオンライン形式の授業を過ごす。が、規制が緩和され、夏休みに帰省し家族や親族と再会するも、祖父が欠けていた。

 二幕三場の最初の課題では、五年前の十月、主人公が高校一年生の時に祖父は他界。初孫であり可愛がられ、終末になると京都や大阪などいろいろなところへ連れて行ってもらった。帰省した夜にみた祖父の夢は、初めて石山坂本線を乗り通したときのものだった。懐かしくも嬉しく、また出かけたくなる。

 四場の重い課題では、祖父と過ごした時間を感じられるものは、時間の経過とともに少しずつ無くなっている。祖父が住んでいた家は更地となり、別の家族が家を立てて住んでいる。近所の光景もかわった。が、高校生まで慣れ親しんだ緑の電車は今も走っている。

 五場の状況の再整備、転換点では、電車は京阪膳所駅に到着して乗降を済ませて走り出す。電車を利用する人達をみながら、祖父とみたびわこ銀行のビルは社名は変わってもビルは当時のまま建っていた。

 六場の最大の課題では、石坂線のびわ湖浜大津駅から三井寺駅間の約四百メートルの区間を走る際、専用軌道から道路上に線路がある併用軌道へ入る。祖父になぜ道路の上を走れるのか聞くと、「電車でも、車と同じように走れるんや。こういうのを、『路面電車』って言うんやで」と教えてもらったこと、だっこしてもらいながら車両基地を眺めたこと、浜大津駅から先を祖父と一緒に行ってみたかったときを思い出す。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、微睡んでいた主人公は松ノ馬場で目を覚まし、終点の坂本比叡山口駅に到着する。二十五分の旅が終わる。

 八場のエピローグでは、祖父はもういないことはわかっているからこそ、「また、一緒に行こうって約束したやん……」と思い出しては涙する。

 

 大きな謎としては、なぜ主人公は石山坂本線に乗るのか。小さな謎は、主人公にかかわる様々な出来事。この二つが最後一つとなって結末を迎える展開がいい。

 構成と展開がよくできているから、最後に主人公が泣くことで、読者も涙を誘われてしまう。


 書き出しが、「――ガタン、ゴトン」から始まっている。

 紋切り型のオノマトペでいいのかどうか。

 主人公にとって、特別な路線、電車のはず。

 独自の表現にしてもいいのではと考える。

 まだ乗車していないし、電車がホームに向かってくるのを主人公が聞いているので、電車が近づいてくるのを感じられるような表現の工夫があると、もっといいのかなと一考したくなる。


 描写がよく書けている。

 電車がどこを走ってきて、ホームに入ってくる雰囲気、車内の様子はよく伝わってくる。


 乗車している現在、幼少期の自分を思い出してから、数年前の大学合格した話に入っている。カメラのピントを合わすように、回想をする前フリのように幼少期を思い出すのを使っているのかと思った。いきなり回想するのではなく、ワンクッション入れる。これはいい手法かもしれない。


 帰省した際、両親が「これがないと、もう、生活していけへんわ」

と老眼鏡を見せてくるところがある。五十で老眼というのが生々しい。早い人は、早くから遠近両用を使う。

 おそらく母親は、裸眼の人だったと思われる。

 二十歳をすぎると親が小さく見える、ということがある。

 それだけ自分が成長した、大きくなったことであり、親も老いたことを意味しているのだけれども、主人公もそのことに気づいたのである。

 一緒に暮らしていると気づきにくい。

 数年離れていたからこそ気づけたと思うし、実感がこもっている。

 これらのさりげない表現が作品にあると、現実味を感じる。

 きっと、妹は気づいていない。


 祖父の晩年、「肺炎を患い、何度も入退院を繰り返していた」とあるところも、現実味を感じる。年取ると、免疫や抵抗力がなくなって肺炎を患って亡くなることが多い。


 初孫は可愛いといわれる。とくに小さい頃は可愛がってもらえる。

「目に入れても痛くない、と赤ちゃんだった僕をよく抱っこしては、まるで口癖のように言っていたそうである」はモヤッとした。

「赤ちゃんだった僕をよく抱っこしては、目に入れても痛くない、と口癖のように言っていたそうである」のほうがスッキリするのではと考える。


 車の運転をしなかったから、電車でいろいろなところへ連れて行ってくれたところが関西らしいと思った。

 路線が多いのでいろいろなところに行ける。京都にすぐ行けるし、大阪や奈良、神戸へも行ける。となりの岐阜も行ける。


 知らない人のために、石山坂本線はどういう路線なのかも触れているところが親切だし、「住宅街の中を石坂線は、まるで蛇のように線路を通していた。生活と鉄道が密接に関係している」から、同んなところを走っている路線なのかもイメージできる。


「高校生まで慣れ親しんだ、緑の電車は、今でも走ってくれている」から、高校生だったときから、この線路を利用しているのがわかる。

 それをふまえて、「『一音入魂!』と背中に書かれたTシャツを着た、県立高校の吹奏楽部の女子高校生四人組が降りて行った」と現在の高校生も使っている様子を描くことで、祖父と一緒に乗っていた幼い頃から自分が高校生だったときの過去、そして、現在に至るまでの歴史を感じさせてくれる。


 路線から見える特徴的なもの「びわこ銀行」や一部道路の区間を走ることで「路面電車」となり、春には綺麗な桜並木を見ることができる「三井寺駅」、琵琶湖疎水を渡ってSの字を描き、「別所駅」「皇子山駅」、かるたの聖地として有名な近江神宮の最寄り「近江神宮前駅」右手にたくさんの車両が留置されている車両基地。特徴的な風景を押さえているので、読者も一緒になって電車に乗っている気分に浸れる。

 

「待ち受けていた長い坂を上り、大きな踏切を過ぎると、今度は下る。電車のスピードが更に上がった」こういった、乗客の感覚をそえてあるところも、読むことで追体験できるとこが良い。


「浜大津駅から先は、僕にとって未知の世界だった。いつも浜大津駅で降りるたび、うずうずした」とある。

 このちかくに、かつての祖父の家があったのかしらん。


「微睡みから覚めると、ちょうど、電車は駅のプラットホーム――駅名看板を確認すると、松ノ馬場駅だった」とある。主人公は途中から寝ていたのだ。浜大津駅から寝たのかもしれない。


「実際はたったの二十五分。体感の四分の一だけしかない乗車時間だった。思い出は、僕が思っていた以上に、いや思ってもいなかったほど、短かった」と、乗車時間の短さを実感している。

 でも子供の体感と、大人になった現在の体感では、時間の流れる感覚認識は異なるので、五才児だった自分にとっては、祖父と大冒険をしたような感覚だったのだろう。

 それが、追体験しようといざ乗ってみたら、あっけないものだった。祖父との思い出が風化していくのと重なって、より寂しさがつのったのだろう。


 祖父の思い出をめぐる旅は、もう二度と笑顔に接することなく、思い出も過去のものになっていくことを確認するものだった。

 気になるのは、「僕は我慢できずその場に崩れ落ちた」である。

 悲しみから崩れ落ちた、立膝をつくように蹲ったのかどうかはわからないけれど、泣き崩れたのだろう。

 悲しみが滲み出てきてしまったのだ。

 祖父の死を、いままさに聞いてショックで立てなくなったみたいな状況になっているので、悲しみが滲み出てくるのが伝わってくる。


 万物流転、情報不変。思い出は美しいままに世は移ろい、変わらないものなどありはしない。

 寂しさが哀しみを招くから過ぎた日々を数えない方がいい、という言葉を思い出す。


 でも、救いがないわけではない。

「そよ風が青々とした葉を茂らせた駅前の木を揺らした」と主人公が泣き崩れて終わっているのではないところがいい。

 祖父はもういないけれども、そよ風が、祖父のように主人公の名前を呼んで手を振っているかのような情景で終わっている。

 そこがいい。

 漫画なら、ラストの大ゴマで余韻を引き立たせるような、そんな感じが一文にあるのが、作品全体を味わい深いものにしてくれている。

 というか、救いがなさすぎる。

 彼は立ち直れず、家に帰れそうもない。

 最後は少しでいいから希望、救いを見せないと、読者も救われない。


 読後、祖父だけでなく、石山坂本線との思い出が乗車して走ることで重なって追憶していく構造は良かった。

 泣ける話なら、喪失から絶望を経て、救済に至る流れとなる。でも本作は、オイディプス型。不幸から祖父との楽しい思い出を追憶して泣き崩れている。

 祖父との思い出を持つ主人公の中には故人である祖父は生きている。

 だから、故人がかつての望んでいたことを、主人公の中に十分に発展させていくのを望んでいるはず。

 悲しみにとらわれてばかりいないで、祖父のアドバイスから現実を生きる力をもらって欲しい。


 この経験から、強く立ち直ってくれることを切望する。

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