ブレーメンは隘路に

ブレーメンは隘路に

作者 ✯*☽* 灰月 薫 *☽* ✯

https://kakuyomu.jp/works/16817330660028103506


 同じクラスの兎馬美海から高校生限定! コピーバンドの大会』参加に声をかけらた犬飼しのは、一回だけという約束でバンド『ヤーコプ』に参加。Bremenを演奏し、最後のアウトロで一音外してしまう。が、兎馬は外した一音こそ、彼女のピアノとBremenを完成させたと確信し、また一緒にバンドをやろうと声をかけようとする話。


 ダッシュや三点リーダー云々は気にしない。

 未完成だからこその美しさを見た気がした。


 主人公は、犬飼しの。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。エピローグは三人称、兎馬美海視点で書かれた文体。

 人物や風景描写は少ない。


 才能ある人物の挫折と成長の物語の中心軌道に沿って書かれている。

 バンド経験のある犬飼しのは、ピアノを長年弾いており、バンドではキーボードを担当していた。が、ほんの少しだけ指が外れる。バンドメンバーは好きなのに、自分のミスからバンドを辞めていた。

 二カ月前。

 去年の合唱祭で楽しそうに綺麗な伴奏を弾いたしのの演奏は、同じクラスの兎馬美海に衝撃を与えた。最近流行りのガールズバンド『ヴィルヘルム』のライブを見て、自分もあんなふうに演奏できたらと思い、『高校生限定! コピーバンドの大会』に出ようとしのに声をかける。

「私じゃなくていいでしょ」と断るも、「しのちゃんと、同じステージに立ちたい!」と言われ、一回だけ同じステージに立つ約束をする。

 兎馬美海は才能のある器用な人で、ヴィルヘルムにハマったつい最近からギターをはじめたはずなのに、すでに洗練されていた。ベースの伊音が驚き、ドラムの圭は上手いと褒める。「しのちゃんの方が凄いよ〜」と彼女に踏められても、嫌味に聞こえてしまう。

 自分たちのバンドにはなにかが足らない。

 ベースの伊音ばサバサバして話しやすいが、演奏は食らいつくかのように情熱的。

 小学生の時からの知り合いの圭が、ヴェルヘルムにはまってドラムをはじめたことを知らなかった。高速で叩き上げるドラムに盛り上がりがかかっている。

 とにかく楽しそうなギターヴォーカル。スポットライトが、彼女にだけ向いているかのようだった。

 ならば自分はどうなのだろう。頑張って引いて、バンドメンバーもキーボードも大好きなのに、自分にはなにもない。

 本番の舞台裏。演奏しているロックチェーンが聞こえ、憂鬱になるも「大丈夫だよ、やってきたんだから!」兎馬さんが大声を上げた。彼女の笑顔を見て、彼女も怖かったことに気づくしの。

 はじめてのギター、はじめてのボーカル。自分のあこがれを叶えるために巻き込んで、引き返すことができない。一つのバンドチームだから、指を埋め尽くす絆創膏の彼女は笑ったのだ。

 出番が来てステージに立ち、バンド名ヤーコプの演奏『Bremen』がはじまる。

 合唱祭のステージで自分がどんなふうに弾いていたのか思い出す。音が生きていると感じられるのはステージの上だけ。しかも今日は一人じゃない。これが私達の音楽だと見せつけるように弾いて一つになる。が、ほんの少しだけ指がずれた。

 演奏に混ざった、一瞬の不協和音。完璧だったはずの演奏を一瞬にしてぶち壊した。兎馬と目があい、彼女の夢を壊してしまったことに気がついた。演奏後、どうやってステージを降りたかおぼえていなかった。

 謝ろうと思った矢先、「しのちゃん、最高だったよ!」「ありがとう、しのちゃん! 凄く……凄く良かった!」と兎馬は笑ったが、体調悪いから先帰ると言い残して、立ち去ってしまう。

 演奏で、アウトロに入った瞬間、しのは一音外した。

 兎馬は、しのが楽譜どおり弾くから美しいと思っていたが、違った。ほんの少しの違和感が彼女のピアノを生かし、一音外したおかげでバンド演奏が完成した。

 大会の結果は準優勝。初演奏で、である。

 元々一回だけの約束だったけれど、もっと弾きたいと思った兎馬は「もう一回、私とバンドを組んでください」と、しのにお願いしようと考える。笑って受け入れてくれるだろうかと期待に胸を膨らませながら、これからもずっとバンドを愛そうと思うのだった。

 

 冒頭の電車内の話は、すでにバンドに入っている犬飼しのが、ふとバンドをやめようと思うところから始まっている。

 ヤーコプで初演奏でミスったあとのことではない、と考える。

 ヤーコプのバンドは、「一回だけ」という約束で参加したので、辞めるために電話かLINEかで悩む必要はないはず。


 電車内で膝の上で「脳裏に浮かぶ鍵盤から、ほんの少しだけ指が外れる。それは幻覚からの乖離か、はたまた、電車の微かな揺れか。……分からない。分からないけれども、その一音のミスが本当に憎たらしくてたまらなく感じた」とある。

 些細なミスをする自分がいやだから、バンドを辞めたと考えられる。

 主人公の彼女は、長年ピアノを習って弾いている。楽譜どおりに演奏するのが求められるので、音を外せばミスである。

 でも、音楽にはジャズ演奏という、その時の気分によって音を変える弾き方がある。

 兎馬も「ほんの少しの違和感こそが、彼女のピアノを生きさせていたんだ。だから、彼女の外した一音が、彼女のピアノを――Bremenを完成させたのだった。最高だった、本当に」といっているように、しのの演奏スタイルはジャズに近いと考える。

 長年、楽譜どおりに弾くことを強いられてきたからこそ、もっと自由に楽しく弾きたい気持ちが、無意識の中にあるから、ふと音を外して弾いてしまうと想像する。


 ただ、しのの中には「合唱祭のステージで、私はこんな風に弾いたんだった。音が生きているだなんて感じられるのは、ステージの上だけだ」と、ステージの上で演奏することが楽しいと思っているので、まだ音を外してもいいことに気づけていない。

 だからこそ、バンドメンバーはすごいのに、自分にはなにもないと思い込み、孔子の言葉「之れを知る者は之れを好む者に如かず」

にも反応して、好きで楽しんで演奏している兎馬にはかなわない、と自分に自信が持てずに卑屈になっていくのだ。


 本作の中では、しのはまだ気づいていないけれども、兎馬とバンドを組んで初演奏したことで、自信を取り戻して生まれ変わるきっかけを掴んでいる。

 気づいているのは兎馬だけ。

 物語は、実に良いところで終わっているのだ。

 この先は、兎馬の「もう一回、私とバンドを組んでください」を断って、もうバンドなんて二度としないとしのはいうだろう。

 兎馬は、それを必死になって止めて、説明して、しのの演奏を生かす道を示すことで、彼女は自信を取り戻して生まれ変わっていく。

 できるならそこまで描いてあれば、完璧だったかもしれない。

 しれないのだけれども、しのが一音外したように、完璧に完成されてしまうと、作品としては生き生きせず、楽しくなくなってしまうのではとも、考えてしまう。

 日光東照宮が未完成のままにしているように、完成されてはいけないのかもしれない。


 そもそも、しのはなぜ、自信がないのか。

 演奏を間違えるのが怖いと思っているからだろう。

 日本人には完璧を求め、間違いを恐れる文化背景がある。

 間違いを恐れるな、といっても簡単ではない。

 日本において、クラシックはまず音を間違えずに正確に弾けることが最低条件の第一段階である。それができてから、音楽性や正しい奏法といった議論に入ることが多い。

 海外でクラシックを教わるとき、「音を間違えることを恐れるな。音なんか多少ミスタッチしても良いから、流れをとぎらせないように流れの中で弾け」「音の間違いはとりあえずおいて、まず正しい手と腕の使い方を覚えること」などという。

 もちろん練習段階での話だけど。

 とにかく、間違えないように間違えないようにとする考えが先に来て、ふと一音外す自分に、自信喪失していたのかもしれない。

 ジャズは、間違えを恐れずに進もう、である。

 ちょっとした考え方の違いで、視野が広がる。

 しのはまだ、考え方の視野が狭いのだ。


「みみ、最近ギター始めたって嘘っしょ」

 とベースの伊音にいわれている。

 ヴェルヘルムにハマってから練習したと答えた兎馬の言葉を信じると、ギターを初めて最近ということになる。

「才能のある器用な人」だと、しのは思った。

 実際はそうじゃない。

 しのと演奏したいと思った兎馬が必死になって「指がボロボロになるまでギターを練習しまくった」結果だった。

 器用かもしれないけれど、努力の子なのだ。

 努力するのは当たり前だと思っている。

 一緒のステージ立ちたいと、憧れていたしのと一緒にするのだから、下手な演奏はできないと必死だったに違いない。

 むしろ、足を引っ張りたくないと思っていたのは兎馬の方だったにちがいない。


「彼女の指に増える絆創膏と比例して、激しさを増していくギター」「彼女の指を埋め尽くす、絆創膏」

 しのも、兎馬の努力をわかっている。

 でも、演奏前に彼女が笑ったのは、「怖かったから」とか「もしかしたら、もう彼女の中ではバンドの情熱は終わっていたのかもしれない」と考えてしまう。

 きっとこれは、しのの意見だと思う。

 しのは怖くて、バンドに参加する時点で、情熱が終わっていたのだろう。

 だけど、演奏して思い出す。

「ずっと弾きたかったんだ。こんな風に!」「音が生きているだなんて感じられるのは、ステージの上だけだ。しかも、今日は。今日は、私一人じゃない」

 そしてミスをする。

 そのあと兎馬視点で、希望が見える終りを迎える。

 下げて上げて下げて上げる。

 起伏が良い。


 バンド名のヤーコプは、グリム童話を書いたグリム兄弟の一人、ヤーコプから来ているのではと推測する。

 

 高校生のコピーバンド大会だったので、兎馬たちが作詞作曲をしたわけではないのだ。


 最後に歌詞がある。

 Bremen

 作曲、作詞:灰月薫

 歌唱:音楽的同位体可不(KAFU)


 音楽的同位体 可不(KAFU)とは、人気バーチャルシンガー「花譜」の音楽的同位体として生まれた人工歌唱ソフトウェア。

  最新のAI技術により人間の声質・癖・歌い方を高精度に再現可能な音声創作ソフトウェアCeVIO AIの専用ソングボイスである。 メロディと歌詞を入力するだけで、驚くほど明瞭で自然な歌声を奏でられるという。

 作者が作った本作で演奏されたBremenは、ユーチューブに上がっているので実際に聞くことができる。

 興味のある方は、ぜひ聞いてください。

https://www.youtube.com/watch?v=m6TVNYS45Pw


 読後、タイトルについて考える。ブレーメンとはドイツ北西部、ウェーザー川下流の河港都市のことではなく、グリム童話の一編のブレーメンの音楽隊からきているのだろう。

 よい仲間と巡り合い、あきらめなければ道は開けるというメッセージを伝えたいものであり、本作で描かれている物語と合致する。

 隘路とは、通路として狭い、進行の難所。物事を進める妨げとなる困難な問題があることを指す。

 良い仲間と巡りあって、諦めなければ道は開けるかもしれないけれど、その道は決して楽なものではないことを意味しているのだろう。

 しのが再びバンドを組んでは自信を取り戻し、兎馬たちと楽しく演奏することを切に願う。

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