奇跡の代償

奇跡の代償

作者 西影

https://kakuyomu.jp/works/16817330657345609434


 不治の病となった淳は一週間分の命をフェイに授かり、殺した人間の寿命を手にできる力を得るも、他人の命を奪えず、最愛の幼馴染である海鈴に看取られて死んでいった話。


 現代ファンンタジー。

 人生残り一週間、何をして過ごすのかを描いたような作品。

 いざ選択を迫られると、躊躇し恐れるのが人間かもしれない。


 主人公は、男子高校生の淳。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 ラストの主人公は、幼馴染の海鈴。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。海鈴は、人外の少女フェイの力で『彼を思い続けさせる代償』を払い、『病気が治る奇跡』のお陰で幼馴染の淳を治すことができた。だが、治ったのではなく慈悲の一週間の命を授けただけだった。

 不治の病にある淳は夢の中で、フェイから一週間分の命を授けられる。代償は、淳が殺めた人が送るはずの人生の時間をもら殺めるであろう者が存在すべてを抹消されるように、消えてしまうという。

 退院から一日あけて迎えた七月の水曜日、三週間ぶりに幼馴染の海鈴と再会。彼女から入院前にされた告白の返事を求められる。今週中には伝えると答える。

 夜、自殺志願者を救って殺そうと考えるも、フェイに意味がないといわれ、公園のベンチに転がる酔っぱらいを殺そうとするも、殺せなかった。

 残り三日。

「私、淳じゅんのこと好きなんだ。だからさ、淳じゅんが背負ってるものを私にも背負わせてほしい」下校時、海鈴にいわれる。「俺も好きなんだ」といいたくても、今のままでは死んだら彼女に悲しみしか残らない。だから短期留学へ行くから返事は帰ってきてからでいいかと嘘をつく。

 その夜、昨日殺しそこねた男に殺される夢を見る。

 次の日、海鈴が「今日は部活なしで寄り道してもいい?」といって花屋に寄ってから墓地へ行く。草抜きをしながら年に一、二度来てると話す海鈴から、小学三年生のときに亡くなった和泉朱里を覚えているか聞かれる。彼女とは仲直りできずに別れてしったことを後悔し、朱里の母親から「朱里のことを忘れなかったら、朱里は海鈴ちゃんの中で生き続ける」と言われたことを思い出してからお墓参りに来るようになったという。

「色んな人から忘れ去られるのって、きっと死ぬより悲しいことだと思うんだ」「私、何があっても淳のこと忘れないから」笑顔の彼女に、「俺も海鈴のことを忘れないよ」と返すので精一杯だった。

 土曜日の夏祭り、海鈴を誘い、手をつなぎながら屋台を歩く。くじ引きをし、時刻は十九時五十分。あと十分で花火がはじまるも、「ごめん。今日はもう帰るわ」と帰ろうとする。何故と聞かれて幼児と答えるも、一緒に帰ることとなる。

 別れ際、「淳が『またな』って言うまで、別れたくない」「あの日もそうだった。後悔しないように生きようって誓ったのに、淳が嘘ついて別れたのを止めなかった。ずっと、ずっと、悔やんでた」「もう、どこにも行かないよね。病気は治ったんだよね」

 淳は治ってると答えるも、一緒にはいられないと背を向ける。告白の答えを聞かせてといわれ、「俺は、海鈴が好きだ」「だから──付き合うことはできない」

 彼女から離れるように駆け出し、酔っぱらいがいた公園にたどり着く。時間だとフェイが現れ、そのまま衰弱してお主は死ぬ。せっかく奇跡で病気を治してもらったのに。――なぁ、海鈴」と彼女が現れる。

 フェイに病気は治したのか尋ねると、『きちんと治してやったぞ。じゃが、その後こやつが回復するかどうかなど我は知らん』『病気が治っても衰弱した体から生き残るかは本人次第ということじゃ。今回の奇跡はあまりにも海鈴が不遇じゃったから慈悲を与えたものの、無駄に終わったな』

 淳は海鈴に謝り、「俺はどうせ、死んでたんだ。奇跡は起きないから……奇跡と呼ぶんだぞ」告げる。海鈴は淳も奇跡の力を受けたでしょと叫ぶも、「だから、起きた奇跡は……起きなかったことにされるんだ」

 花火が上がる中、最愛の人に看取られる淳に後悔はなかった。

 五年後の夏、雲一つない澄んだ青空の下、公園のベンチでラムネを飲みながら、淳を思い出す大学生の海鈴。彼をおぼえているのはもう一人、フェイもだった。後悔しているのかと問われ、感謝しているとこたえる海鈴。

 読む専門だった海鈴は、彼のように小説を書く夢を見つけた。ずっとおぼえている限り、彼を死なせない。もしもどこか違う世界で行きているなら会いたい、とあるはずの奇跡を密かに願うのだった。


 前半は、フェイという神のような存在の少女のおかげで受け見がちな主人公だったが、実際に人を殺める機会に巡り合うもできなかったあとは、海鈴に対して告白の返事をどうするのかが描かれていく。

 フェイからの奇跡である「余命の増加」と、海鈴の告白の返事、この二つが、物語を読み進めさせていき、最後にこの二つが一つとなって結びついて物語をまとめている。

 構成は良くできている。


 入院している主人公が見ているところから物語がはじまっており、見慣れた天井の後、首だけを動かして時計をみる動きがいい。

 しかも、「七月八日(土)二十時十分」いつなのかを示している。

 フェイによる余命の増加の奇跡を行わなければ、主人公は一週間後に死んでしまう。

 結局殺せなかったので、七月十五日の二十時十分にこの世界から消えてしまったのだ。

 十九時五十分に、花火を見みるのをやめて帰っている。

 その後、二人は別れ、公園へとたどり着き、フェイと海鈴と話をしながら淳は、打ち上がった花火が消える如く、消えていったのだろう。

 花火は二十時からと書いてあった。

 つまり、淳は海鈴と一緒に、公園で十分くらいは花火を見ることができたと想像する。


 入院している主人公は、いろいろなやりたいことがあり、「これが心配されない為に言った嘘の結果か。別れの挨拶は一応したんだけどな。貰った返事は『またね』だったけど。俺も『またな』って言いたかった」から、海鈴に告白されたときには、主人公は入院することが決まっていて、短期留学に行くと彼女に嘘をついたのだろう。

 

 そもそも、海鈴とフェイは、どこでどうやって会ったのかしらん。

「目の前に小柄な少女が座っていた。幼いながらも整った見目に、宝石のように輝く真紅の瞳。清楚な雰囲気を漂わせる茶色のロングヘア――。黄金の帯で結ばれた淡い紫が基調の和服ドレス。襟から覗く肌色や細い手足は病院生活を彷彿とさせるほど白い」

 おそらくフェイは、亡くなった和泉朱里と邪推する。

「私もね、忘れてた。でも中学校に入った辺りで夢に出てきちゃって。起きた時には涙が流れてた。あの頃は朱里ちゃんが一番の親友で、死んじゃった時は凄く病んでたはずなのに、なんで忘れてたんだろうって」

 夢に出てきた彼女と、「仲直りできずに別れちゃったんだ。ほんとに些細なことで喧嘩しちゃって。明日仲直りすればいいやと思ってたら、もう仲直りできなくなっちゃって」いたことを思い出し、さらに「朱里ちゃんのお母さんに言われたんだ。海鈴ちゃんが朱里のことを忘れなかったら、朱里は海鈴ちゃんの中で生き続けるって。それを思い出してからここに来るようになったの」というわけで、年に一度か二度、朱里のお墓参りに来ているのだ。

 夢がきっかけで朱里を思い出した海鈴のおかげで、朱里はフェイとして海鈴の中に現れたのではと考えてみた。

 仲直りしたかったのに、死に別れてしまった二人。

 もし、フェイが現れなければ、淳は不治の病で三週間後には死んでしまい、告白の返事ももらえず死に別れてしまっただろう。

 死んだ朱里は不憫だと思い、フェイとして現れて、淳を一週間生き長らえさせ、余命の増加という生きるチャンスを与えたのだ。


 フェイは淳に、『変なことを考えてるようじゃから言っておくが……死は初めから運命によって決まっておる。仮に一時間後に死ぬ者はお主がどう足掻いても必ず一時間後に死ぬ』といっている。

 これは淳にも同じことがいえる気がする。

 不治の病で死ぬことは、運命によって決まっていた。

 仮に、一週間の猶予を与えても、必ず一週間後に死んでしまう。 ただし、フェイがあがいても死んでしまうことは変えられないが、淳には変える力が与えられていた。

 だから、淳だけが自分の余命を伸ばすことができたのだ。 

「ただ、生きたい。まだまだ生きて、生きて、無理にでも生き続けていたい。あと一日。たった一日だけあれば別れを告げられるのに。会えるのに。また話せるのに」と、生きることを望んでいたので、機会も力も猶予もあったのに、誰かを殺して奪うのが恐ろしくなってしまったのだ。


 死を受け入れた主人公が告白を渋ったのは、告白したら海鈴に自分の思い出を残すことになり悲しませてしまうからと危惧したから。

 でも、淳を助けるために代償として、海鈴だけが忘れることができないとなっていた。

 だったら、さっさと告白して、一週間を楽しく過ごす選択肢もあっただろうに。

 

 読後、オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』を思い出す。お互いに行き違い、大事なものをなくしたかもしれないけれど、大切な思いは伝えあえたのは幸いだった。

 いつかまたどこかで、二人が巡り会えることを切に願う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る