スパークリングレモネード

スパークリングレモネード

作者 ヤチヨリコ

https://kakuyomu.jp/works/16817330660757363053


 小学生からレモンスカッシュをスパークリングレモネードと呼んでいる梶檸檬は小学六年のときには小説を書いていた。中学三年のとき担任に見せると教職員に広まり、全校生徒の前で朗読し、夏休み明けには先生と呼ばれて学校の広報誌に無断で掲載されたことがあって他人に見せなくなったと、高校の文芸部の同期で小説を書くのが上手い立花薫に話しては喫茶店で作品を読んでもらう。彼の忠告で書けなくなり、読んでもらった作品を推敲して文芸部主催の夏コンテストに出すと審査員特別賞に選ばれる。選ばれなかった立花が二年生部員と自分を罵っているのを聞いて以来、彼を避けるようになる。店員から彼がいつも一人でいることを知って迎えた冬コンテスト結果当日、風邪をひいた檸檬に立花はタッパにレモンのはちみつ漬けと強炭酸の差し入れをする。部長賞に立花薫、審査員特別賞に梶檸檬が選ばれる。喫茶店で再会し、以前立花が罵っていたことを許せないと伝え、謝る気持ちがあるなら奢ってといいなが「許さない」という檸檬。店員に仲直りしたのか聞かれ、「いいえ」と二人の声が重なる話。


 数字は漢数字は気にしない。

 梶檸檬と立花薫の性格が特徴的で、読みやすく、面白い。


 主人公は、文芸部に所属している女子高生の梶檸檬。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 男性神話と、メロドラマ似た中心軌道に沿って書かれている。

 小学六年のときには小説を書きはじめ、小説や図書室に新しく置かれた本への書評、身の回りのことを題材にしたエッセイなどを自分で書いてまとめた、一人文芸誌を作っていた。が、自分本意な内容で、誰かに見せようと思っておらず、みられても、すごいねというだけで、人に見られても困る酷いできではないと思っていた。

 中学に入り、人に読まれるのを意識する。毎年、担任にだけ小説を書いていると、惰性で話すも、クラスメイトには話さなかった。

 中学三年生のとき担任に伝えると、ノートを見せるように言われる。見せると、「ずいぶんとたくさん書いているのですね」「一晩だけ貸してください。明日感想を言います」といい、翌日に返し、「中学生にしてこのような文化的な活動に励んでいるとは、素晴らしいですね。そうだ、校長先生や他の先生方にもお見せしないと。あなたの素晴らしい活動のことを、もっと多くの人に知ってもらわないといけません」とつづけ、しばらくノートを貸してほしいと言われる。職員室で話題になり、ノートが帰ってきたときには続きはないのかと先生たちに聞かれる始末。校長がノートを読み、「素晴らしい! こんなに優れた才能を持つ生徒がいたとは!」と驚愕し、広報誌に掲載しようという話が出るも、不特定多数に読まれたいわけではないので断る。後日、今度は校長が直々に教室まで来て君のことをぜひ表彰したい」と私の肩を叩いた。担任は「今度は断るんじゃないぞ」と言いたげな顔で、こちらをにらまれる。

 一学期の終業式の日に表彰され、当日に作品を朗読しないと広報誌に載せるぞと脅される。朗読すると、喝采が降り注いだ。

 夏休みがあけると、周りから先生と呼ばれるようになった。しかも夏休み明けの学校の広報誌に、許可なく作品全文が掲載されていた。

 担任を問い詰めると、担任の推薦だった。「それなら、これで覚えなさい。これは有り難いことだ、と。社会に出たら人から評価されることなどないのですからね」「それに、私に小説を書いていると教えたのは、あなたでしょう。読まれたい、評価されたいと思っていなければ、言わないはずです」

 担任に言わなければ、ノートを見せなければこんな事にならなかったと知り、誰にも書いた小説を見せなくなる。

 一年生は強制入部だったため、高校に入り文芸部を選んだ檸檬。

 毎週金曜日の放課後、檸檬は文芸部同期の立花薫と喫茶店に立ち寄っている。

 彼に作品を見せない理由を聞かれて話すと、「酷い話だね」という。同意をもらえたと思った矢先、「勘違いするなよ。僕が言ってるのは、君の中三のときの担任や校長が、君の意見も聞かずに勝手に物事を進めたこと。作者の許可なく広報誌に載せるなんて、普通の神経してたらしないよ」呆れたようにため息をつかれる。

 水ばかり飲んでいるのを咎められ、店員を呼んで立花はアイスコーヒー、檸檬はスパークリングレモネードを注文。立花は檸檬をにらんで、「レモンスカッシュ一つ」と伝える。ワインじゃないんだからと注意されると、つい癖でと、檸檬は小学生の時の出来事を話し出す。共働きで祖父の家に預けられたとき、祖父の同級生がやっている昼は喫茶店で夜はスナックの店にいき、好きなものをたのめといわれたので、レモンスカッシュを頼んだ。でも、この店では、ビールをレモンスカッシュで割ったパナッシュを、レモンスカッシュとして提供されていたため、酔っ払ってしまう。何度もレモンスカッシュを頼んで酔っ払うので、常連の一人が『スパークリングレモネード』で頼めとアドバイスされる。言うとおりにすると、一般のレモンスカッシュが出てきた。以来、レモンスカッシュがスパークリングレモネードと呼ぶようになったのである。

 立花には、「僕と二人のとき以外やるなよ。恥かくぞ」といわれて観念する。その流れで、文芸部で行われる『夏コンテスト』に参加しないのか問われる。一番票が集まった作品に贈られる投票賞、審査員長を務める顧問が選ぶ審査員特別賞、部長が独断と偏見で決める部長賞などがあり、その下に奨励賞、佳作と続く。

 どうせ立花には勝てないとつぶやくと「君は人に読ませるつもりで書いてないんだから。その時点で君のはただの自己満足に過ぎないんだよ」痛いところをつかれ、「それにさ、読まれたくないんなら、最初から文芸部になんか入らないで趣味で書いてりゃよかったんだよ。なのに、文芸部に入部したってことは、心のどこかに読まれたいって気持ちがあるはずさ」指摘も受ける。

 飲み干したグラスをみて「立花も喉乾いてたんじゃん」といえば、「君に付き合っただけだよ」言い返される。自分ごとではなく、相手のせいにするところが好きじゃなかった。

 トイレに行っている間に自分の分のお金を出し、立花が戻ってきたら「お会計しておいて」と渡して外へ出る。ポイントを貯めているらしく、支払いは彼の担当だった。

 駐輪場へ二人で行き、「それじゃ」と自転車に乗って漕ぎ出す立花。またねも次の約束模することなく、檸檬も彼とは反対の道へ漕いでいく。

 金曜日の放課後、いつもの店で夏コンテストに出す作品を立花に見てもらう檸檬。「難しいね、小説書くのって」「書くのは簡単さ。難しいのは読まれる小説を書くこと」といわれ、ため息が出る。

「立花ってさ、意外と私のこと好きだよね」と聞けば、「別に。君以外とはそりが合わないだけだ」と返ってくる。「もっとも、文芸創作から離れると君とも気が合わない」なんだか腹が立ち「私もだよ」と言い返すと「君に言われるとは心外だね」と返ってくる。

 互いの注文をしたあとで立花の作品はと聞けば、素知らぬ顔で檸檬の原稿を読みながら無言で投げ渡される。

 立花の作品は良かった。が、認めたら負けを意味する。彼より下の立場になるのが嫌だと思うと身震いしてしまう。立花は寒いと勘違いして、店員にブランケットを持ってこさせ、無言で檸檬に渡し、ありがとうを言わせない。

 文体がおかしいと感じた立花は、読んでもらおうではなく読ませてあげる上から目線なのが伝わってくると話し、「受動的じゃダメだ。能動的にならないと。そんなんじゃ、いつまでも良い小説は書けない」と忠告を受ける。

 以来、小説が書けなくなってしまう。立花に読んでもらった作品を、何度か推敲して夏コンテストに出す檸檬。

 夏休み前の補講期間に部室に集められ、夏コンテストの結果発表がされた。部内では、ライトノベル系の作品を書く人が圧倒的に多く、純文学系の小説を書く人は少ない。今年の新入生で純文学系を書くのは、私と立花だけ。他は、二年の幽霊部員二人と三年の御山さん。

 投票賞には三年の御山柑子。審査員特別賞に梶檸檬が選ばれる。

 立花は選ばれなかった。

 表彰式後、立花は話しかけてくれないし話す人もいない檸檬はぼーとしていると、二年生の二人の男が「梶のあれ、『花火』だっけ。あれは女だから書けたんだろうな。女にしか書けない小説だ」「きっとあいつは子宮でものを考えてんだ。そうでなきゃ、あんなに強烈な女の臭いがするのは書けない。まあ、あんまり面白い作品でもなかったけど」と蔑んでいる。そこに「要は、僕らを使って自慰行為をしてみせたんですよ、あいつは。独りよがりで読者のことなんか微塵も考えちゃいない。そんなの自慰行為の他になんて呼べます?」立花が話に入る。二人から梶と一緒じゃないのかと尋ねると、「あいつが読んでくれと頼むから、今まであいつの作品を読んでやっていたんです。だが、まるで成長が見られない。成長しないのは退化する、いいえ、堕落するのと同然です」「あいつにはもう付き合いきれません」

 檸檬はイライラしながら自販機のボタンを押すと、サイダーが落ちてきた。そこに缶コーヒーを買った御山先輩が現れる。受賞おめでとうございますと声をかけると、「梶さんも審査員特別賞おめでとう」「ここの部ってレベル低いよね」「プロを目指している僕としては生ぬるい」と笑い、「僕らも今年で引退だし、梶さんは良い作品を書くからね。きっと今度は別の賞もとれるよ。複数受賞も夢じゃない」それじゃといって去っていく。

 自分以上の作品を書く立花が受賞せず、顧問の先生に選ばれて、賞をもらった。立花は選ばれなかった。ただ、それだけ。

 こんなことになるのなら応募しなければ、文芸部に入らなければよかった。昔からいつも決断を間違えてきた。それでも書くことが好き。読まれなくても、どんな事があっても書いてきた。立花と出会って書くことが楽しくなり、彼に読んでもらうのが嬉しかった。

 付き合いきれないというのなら、本当なのだろう。彼が終りというなら終わりにする。でも書き続ける。彼の言葉で辞めたら馬鹿みたいだしと檸檬は思うも、何を飲んでも乾きは癒えなかった。

 冬。三年生が引退し、十二月はじめから冬コンテスト募集が始まり、年末に締め切られた。年明けに結果発表される。良い作品が書けたと思うが結果はわからない。

 檸檬は一人でいつもの店に入り、窓際の一番隅のボックス席に案内される。スパークリングレモネードを注文するも、立花と通っていた頃よりも味気ない、ただのレモンスカッシュだった。

 会計担当の店員に「彼氏と喧嘩でもしたの?」と聞かれる。金曜日に来ると、彼と会うかもしれないため、別の日に来店していたのだ。

「あの子、一杯だけ頼んで、ずっとあんたのこと待ってるよ」「あんたみたいにさ」と付け加えた。

 結果発表当日、檸檬は風邪を引いて休んでしまう。LINEメッセージに[立花:今、君んちの方面に来てるんだけど][立花:君んちの近くに用があったから][立花:ついでになんか買ってこうかって思って連絡した]

 いいよ別にと断るも、[立花:じゃあ、テキトーになんか買ってくよ][立花:顔を合わせると色々と面倒だからね。玄関先に置いておく][立花:着いたら連絡するから、待ってて]

 冬コンテストの結果を彼に聞くと、「部長賞、立花薫。審査員特別賞、梶檸檬」と返信される。おめでとうと送信すると、返事は帰ってこなくなった。

「今、着いた」と返信のあと、しばらく待って外に出ると、ドアノブにコンビニ袋が下げてあった。 お菓子やスポーツドリンク、タッパーに入った檸檬のはちみつ漬け。タッパーに貼り付けられたメモには、「明日、熱が冷めたらレモネードにして飲め 立花」とあり、強炭酸の炭酸水まで用意してある。

 檸檬は、ありがとうとお礼をメッセージで送り、[れもん:また今度、いつもの店で会おう][れもん:立花の新作が読みたい]と送ると既読がついてOKスタンプが送られてきた。

 金曜日の放課後。いつもの店で待ち合わせると、立花はいつもの席に先にいてホットコーヒーを飲んでいた。お待たせと檸檬が言うと、「ああ、ずいぶん待ったよ」と返ってくる。

「スパークリングレモネード」と注文すると、店員は心得たという顔をして「スパークリングレモネードがお一つ」と繰り返す。

 立花はなにかいいたげな顔をするも、ただただため息をつく。

「僕といっしょのとき以外やるなよ」

「やらないよ。立花といっしょのときにしか」

 そう答えた檸檬は夏コンテストの表彰式後、二年生二人組の会話に立花が割って入ったときの会話を聞いていたことを話し、「私はあんたの発言で許せないのがあるのよ」と伝えると、「それは、すまなかった」「それは完全に俺が悪い。部で上手くやろうと思って、それでおまえの悪口を言えば溶け込めるから、それで……」と頭を下げる。

 言い訳は聞きたくないという流れで、「だけど、謝罪したいって気持ちが少しでもあるなら」「今日、奢ってよね」というと、彼は観念して肩をすくめる。

 運ばれてきたスパークリングレモネードを飲んで、これこそがスパークリングレモネードと思いながら電撃が走り抜ける。

 立花に、よくそんな甘いのが飲めるなと言われると、「そんなに甘くないし。それに、世知辛い世の中だもの。飲み物くらいは甘いほうがいいわ」と言い返す。

「君は世間の苦さを知ったほうがいい」  

「社会に出たら嫌というほど味わうでしょ。甘さが味わえるのは学生のうちだけよ、学生のうちだけ」

 酸いも甘いも飲み下す大人にになりたいけど、「私、あんたのこと、許さないから」時間が必要だからいまはこれでいいとする。

 会計で店員から「あんたたち、仲直りしたの?」と問われて二人は顔を見合わせ「いいえ」の声が重なるのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、スパークリングレモネードを初めて飲んだときの感覚と、小説を書いているときの感覚が同じで、刺激が欲しくて小説を書いている。二場の主人公の目的は、小学生から小説を書きはじめ、中学から読んでもらうことを意識し、中三では、担任から教職員に広まり、全校生徒の前で朗読しないと広報誌に掲載するぞと脅され、夏休み後結局掲載されてしまう経験から、書いた小説を見せなくなる。

 二幕三場の最初の課題では、その話を高校で文芸部同期の小説の上手い立花薫に、毎週金曜日の放課後に訪れる喫茶店で話し、レモンスカッシュをスパークリングレモネードと呼ぶのかの経緯も話す。

 四場の重い課題では、人に読ませるつもりで書いてないのに文芸部主催の夏コンテストに応募するかどうかで悩む。

 五場の転換点では、互いに書いた作品を読み合うも、読ませてあげてるみたいに上から目線なのが伝わってくると言わる。

 六場の最大の課題では、以来、小説が書けなくなり、コンテストには推敲したものを出すと審査員特別賞に選ばれ、立花は選ばれなかった。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、夏コンテストの表彰式後、二年生二人組の会話に立花が割って入って檸檬を罵るのを聞き、彼が付き合いきれないと言うなら終わりにする。それでも書き続けると思うも、何を飲んでも喉の乾きはいえない。

 八場のエピローグでは、冬コンテスト結果発表当日に風邪を引いた檸檬に立花はスパークリングレモネードを作れる差し入れをし、部長賞に立花薫、審査員特別賞に梶檸檬が選ばれたことを伝える。後日、いつもの喫茶店で再会し、夏コンテストの表彰式後の事を彼に話して謝る気があるなら奢ってというも、許さないという彼女。仲直りしたのか店員に聞かれて「いいえ」と二人は答える。


 どんでん返しを入れる場所は、三幕七場八場。

 構成の割合も一幕:二幕:三幕は一:二:一と、押さえるところは押さえて作られている。

 お話全体を引っ張っていく大きな謎は、スパークリングレモネードである。小さな謎は、主人公に起こる様々な出来事であり、最後は二つの謎が一つに結びついていく作りになっている。

 しかも、主人公の梶檸檬は個性的でキャラが立っているし、サブキャラで相方みたいな立花薫もまた、檸檬とは別の個性的なキャラクターとして描かれている。


 主人公の檸檬と、サブキャラの立花、この二人で物語が展開されていくのが良かった。

 カクヨム甲子園のロングストーリーとはいえ、文量を考えると五十枚が上限なので短編である。作品を読ませるには、登場人物を増やさない方がいい。増やすとキャラクターを深く描けなくなるから。

 その点を良くわかっているからこそ、二人の話を描いたのだと思う。読む側としても、読みやすい。


 なにより、タイトルの『スパークリングレモネード』がインパクトがあっていい。


 ミスタードーナツが二〇二二年、七月六日から、夏にぴったりの爽やかな飲み心地を楽しめる『レモネード』二種を期間限定で発売。フローズンレモネードと、もう一つが「シュワっと弾けるソーダとミスタードーナツオリジナルのレモネードソースを合わせた『スパークリングレモネード』」という商品があったのだが、本作とは一切関係ない。

 また、星乃珈琲で提供されている、レモンの酸味と爽やかなミントが香る自家製レモネードである『スパークリングレモネード』とも関係ない。


 はじめ見たとき、なんだろうと思った。

 そんなスパークリングワインがあったかしらんと考え込んでしまった。そういった気持ちで読みはじめると、冒頭から「はじめてスパークリングレモネードを飲んだとき、頭に電流が走った」と、早速スパークリングレモネードについて書かれているので、興味を持って読んでいける。

 しかも「頭に電流が走った」と、すごい表現だと思った。

 よく、炭酸をはじめ飲んだ幼い子が、「イガイガする」「トゲトゲする」「口の中ではじけて爆発したみたい」など表現するのだけれども、それらよりもさらに強烈だったことが、一行目から伝わってくる。


「炭酸の刺激によるものなのか、またはレモンの酸っぱさによるものなのか、いまいち覚えてはいないが、それ以来、私はレモネードが好きだ」

 とにかく、レモネードなんだとわかる。

 シュワシュワが激しい強炭酸のレモネードなんだろうと想像すると、落ち着く。そこに「私の名前が檸檬だというのもあって、人からは『名は体を表すものね』とよく言われる」と、さりげなく主人公の名前が紹介されている。


 名前がわかったあとで「それ以外にも、頭にびりりと電流が駆けるときがある。――小説を書いているときだ」スパークリングを飲んだときと同じ感覚がするのは、小説を執筆しているときだとつながる。


 脳内電流が弾けていく様子が、具体的であり、個性的。

「ペンで原稿用紙にインクを滲にじませると、ばちっと火花が弾ける。そして、一行、二行と書いていくごとに、電圧は増していく」

 脳は電気信号で伝達しているのだけれども、そこへとつながっていく。

 

 主人公はペンで原稿用紙に書いているのだ。

 ボールペンかサインペンか、インクペン、またはインク瓶にGペンやガラスペンを入れては書いていくのか、万年筆を使っているのかはわからない。けれど、鉛筆ではなく、インクが紙に滲んでいく様子が、頭に浮かぶ。

 しかも、「一行、二行と書いていくごとに、電圧は増していく。良い表現、良い展開が思いつくと、すごい。激しく痺れて、感電してしまう」主人公が前身をブルブルと震わせて、痺れまくりながら執筆していく姿がありありと浮かぶ。

 書き終えて、「ようやく電撃の猛追は終わるのだ」からは、煙を吐いて椅子にぐったりと身を委ねて動かなくなっていくのだろうと思えてくる。


「この刺激が欲しくて、小説を書いている」

 ジャンキーやん。

 ドラックの常習犯や、ワーカーホリックとか、アルコールドリンカーと変わらない。

 危ない人なのかしらん。

 とにかく、個性的で尖った主人公のキャラ付けが冒頭で完結しているところがすごい。

 そのあとの、小学校から執筆してきたとか中学三年生の出来事、キャラの肉付け、補足説明であって、読んでいても、そんな事があったのねと受けとめることができる。

 冒頭の書き方が、とにかく上手い。


 スパークリングレモネードの由来が語られた内容を読んで、やっぱりジャンキーやん、ドラックの常習犯や、ワーカーホリックとか、アルコールドリンカーと変わらないとおもった。

 レモネードのビール割りを、一度目は過ちとはいえ、その後もわかってて頼んでいたはず。

 小学生からシュワシュワビールの味を覚えてしまったのだ。

 実に困った主人公である。

 レモンスカッシュであるスパークリングレモネードを飲むのは、最初にのんだビール割の衝撃、頭に電流が走った感覚をもう一度味わいたいから。

 同じ感覚を味わえるから、と小説を書いていく。

 主人公は、人に読ませるためではないと言っているのは正しくて、自分が快感を味わうために書いてきたのがわかる。

 


 立花の「読まれたくないんなら、最初から文芸部になんか入らないで趣味で書いてりゃよかったんだよ。なのに、文芸部に入部したってことは、心のどこかに読まれたいって気持ちがあるはずさ」のも、本当だろう。

 中学の時の担任に、「私に小説を書いていると教えたのは、あなたでしょう。読まれたい、評価されたいと思っていなければ、言わないはずです」と指摘されたことも、本当だろう。

 なぜなら「中学に上がると、人に読まれるのを意識して書くようになった。読ませるつもりはないのだが、読まれてもいいように書こうと思って、書いた」とあり、誰かに見てもらおうと、レオmん自身がおもったから。

 そのきっかけは、小学生のとき見た人が感心して「すごいね」と答えたから。最初はそれだけだったのだ。

 でも、スパークリングレモネードを飲んだときの刺激が欲しくて書き続けているうちに、だんだんと刺激が弱くなっていったと邪推する。

 人に見せて「すごいね」といわれることで、刺激が増したので、こんどは読まれるのを意識して見ようと思い、いろいろあって現在に至っているのだ。

 

 立花が読んだ作品は、檸檬が立花に読んでもらうために書いたものだった。そんな作品を「これ、ひどいね」「読者を気にしすぎててさ、君の良さがなくなっちゃってる。これはこれでいいとは思うけど、もう少し君らしいほうが僕好みだね」と彼に言われてしまう。

 彼のために書いたのに、自分らしさが消えてしまっている。

 檸檬らしい作品が好きだと、彼は告げたのだ。

 檸檬からすると、立花へのラブレターを書いたようなもの。

 それなのに、受け取った相手から「ひどいね」と言われ、「これはこれでいいとは思うけど、もう少し君らしいほうが僕好みだね」とため息をつかれたのだ。

 実に複雑である。


「君、これを書くときに何か読んでなかった? 例えば……」

 立花が口にした作家の名前と本のタイトルは、執筆時に読んでいたものと同じだった。

「だと思った。どこか文体が君らしくないなって思ってたんだ」

 立花にしろ、檸檬にしろ、それなりの小説を読んできている努力家なのが伺える。

 闇雲に、ただ書くのが好きだから書いてきているだけではないのがわかる。

 

「君は本当に読んでもらおうと思ってるの。読ませてあげてるみたいに思ってるんじゃないの。なんか上から目線なのが伝わってくるんだよな」

 つまり立花は檸檬の作品を読んで、「この小説は読んだことないでしょ」「これくらい読んでるよね」みたいに受け取ったのかしらん。インテリ作家が、読者に向けてよく書きそうな文章だったのかもしれない。


「受動的じゃダメだ。能動的にならないと。そんなんじゃ、いつまでも良い小説は書けない」

 この彼の考え方は、創作するすべてに共通する視点だと思う。

 読者を楽しませる作品を、作者は作らないといけない。

 自分はこう生きてきた、こんなふうに考えているんだと強く主張して押し付けてくるような書き方は良くないよと、教えてくれているのだ。

 彼は本当に、彼女のためを思っていろいろ言ってくれている。

 ただ、素直ではないし、プライドが高くて負けず嫌いなのだ。


「立花ってさ、意外と私のこと好きだよね」

「別に。君以外とはそりが合わないだけだ」

 立花は、素直な子ではない。

 これは図星だろう。

 スパークリングレモネードのときも、「……君ね、それ、僕と二人のとき以外やるなよ。恥かくぞ」といい、主人公が観念すると「それでよろしい」といっている。

 二人でいるときだけにして、と彼はお願いしているのだ。

 そもそも、毎週金曜日の放課後、二人で喫茶店に来ている関係は、文芸部の同期だからだけではない気がする。

 仮に、主人公の檸檬にその気がなかったとしても、彼ははじめから檸檬を好意的に思っているはず。だから、毎週金曜日に二人きりで会うし、夏コンテスト以降も、彼女を待ち続けて毎週金曜日に喫茶店にきていたのだ。

 

 主人公の檸檬は立花をどう思っていたのだろう。

「立花も喉乾いてたんじゃん」

「君に付き合っただけだよ」

 とアイスコーヒーを飲み干した彼に「立花のこういうところは好きじゃない。自分事ではなく、『君が』『あなたが』と人のせいにする」とある。

 立花は自分が正しいと思っている子で、なにか悪いことがあると、他人のせいにする。きっと、都合が悪くなると機械や物のせいにするかもしれない。

 そういうところは嫌いだけど、ほかは好きなのかもしれない。

 

 夏コンテストで檸檬が受賞した後、「要は、僕らを使って自慰行為をしてみせたんですよ、あいつは。独りよがりで読者のことなんか微塵も考えちゃいない。そんなの自慰行為の他になんて呼べます?」とニ年の先輩に話している。

「受動的じゃダメだ。能動的にならないと。そんなんじゃ、いつまでも良い小説は書けない」につながっている。

 読者を楽しませる作品を、作者は作らなくてはいけない。

 推敲して出しているが、彼女の書いた作品はまだ直ってなかったのかもしれない。

 でも、彼は負けず嫌いで主人公と対を成しているキャラなので、負けて悔しかった。だから、彼女の悪口を言っている先輩と話をして、自分を慰めなければならなかったと推測する。 


 立花のセリフを読んだとき、親戚のおばさんに「自分勝手なものを作るってのは、独りよがりのオナニープレイっていうんだよ」といわれたことをふと思い出した。

 それにくらべたら、立花のセリフには優しさを感じる。


 ずっと、立花は主人公が来るのを毎週待っている。

 ひょっとすると、受賞したことを祝いたかったのかもしれない。

 でも、彼の性格からすると嫌味を言ってしまうかもしれないので、うまく祝えたかどうかはわからない。

 ただ、風邪を引いたときにLINEメッセージを彼から送っている。夏コンテストの後、祝いたければLINEで送ればいいのだけれども、送っていない。

 直接言いたい気持ちがあったのだろう。だから、風邪を引いて休んだ好機を生かしたのだと思う。

 お見舞いとして、彼女の好きなスパークリングレモネードを作れる、レモンのはちみつ漬けと強炭酸、それとお菓子など差し入れているのは、その証だと思いたい。


 夏コンテスト後の罵りについて、「それは、すまなかった」と頭を下げ、「それは完全に俺が悪い。部で上手くやろうと思って、それでおまえの悪口を言えば溶け込めるから、それで……」と答えるのに対して、

「言い訳は聞きたくない」 

 ぴしゃりと言い返している。

 いいわけだとわかっているのだ。

 このあたりに、およそ半年に渡って付き合ってきた時間を垣間見た気がする。


「謝罪したいって気持ちが少しでもあるなら、今日、奢ってよね」

 檸檬の言葉に嫌そうな顔をするも、強く睨まれて仕方なく奢ることにする。

 にも関わらず、である。

 檸檬は、酸いも甘いも飲み下す大人になりたいけれど、それに至るにはまだまだ時間が必要だからと自分に言い訳をし、「私、あんたのこと、許さないから」というのだ。

 立花からすると、理不尽だと思っただろう。

 

 だから店員から二人は仲直りしたのか問われて、檸檬は素直に「いいえ」だし、立花は謝ったし謝る気持ちがあるから奢ろうと思ったけど、許さないと言われて腑に落ちず「いいえ」とすねた答えをしたのだろうと推測する。

 この日は結局、割り勘だったに違いない。


 読後、素直になれない二人の関係は、スパークリングレモネードのごとく、甘酸っぱさと強い刺激を与えあうものだったのだと関心した。

 今後、二人は創作活動においては切磋琢磨しながら、成長し、親睦を深めあっていくに違いない。恋愛に発展するかどうかは、本人たちの素直さにかかっている。


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