雪華

雪華

作者 夜咲影哉

https://kakuyomu.jp/works/16817330650498013725


 小学生のとき、雪かきで母をなくした太陽はトラウマを抱えている。自分を愛せない白嶺雪華と出会い、救えないけど彼女を愛したいと抱き合うも、雪を見てトラウマから発狂し、彼女を歩道橋から突き落としてしまう。雪の降らない土地へ引っ越して半年した冬、雪がふるのを見て彼女に呼ばれた気がして、屋上から飛び降りる話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマスあける云々は気にしない。

 悲劇である。


 主人公は、白嶺雪華にコンポタくんとあだ名をつけられた、半年前に転校してきた男子高校生の太陽。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの自供中継で綴られている。

 一文が短く、読みやすい。

 現在、過去、未来の順番で書かれた、過去回想。


 男性神話と女性神話を重ねた中心軌道に沿って書かれている。

 周りを照らす明るい子になってほしいという母の思いから、太陽と名付けられた主人公が小学生のとき、雪かきをしていると屋根に積もった雪の下敷きになった母を助けられず、亡くなった。

 半年前、冬になると雪が降り積もる地域の高校に通っていた主人公は、バス停で白嶺雪華と出会い、名乗るのが嫌だったため、コンポタくんとあだ名を付けられる。

 また、校舎三階の空き教室で会う深蕗倫也先生に雪かきを手伝わされる主人公。雪が嫌いといえば、「この前、夏も嫌いだって言ってなかったかい」「そんなんだったら、どこに、住むんだいッ」と聞かれ、「いっそ、死んじまいたいや」とつぶやくと「人間、いつかは死ぬ。雪だって春が来りゃ溶けてなくなる。永遠なんてない。だから、今を大切にしろ。軽々しく自分を溶かすんじゃねぇ」と言葉をかけられる。

 バスに乗っているとき白嶺雪華から「自分を愛せる?」と聞かれ、「私はね、愛せない。好きじゃないんだ」「君なら大丈夫だと思った。私と同じ匂いがしたから。受け止めてくれると思ったの」と傷ついた左腕を見せてくる。

 深蕗先生に相談すると、「人ってのは案外脆い。外っ面は大丈夫に見えても本当は限界で持ち堪えてる時かもしれない」「雪みたいなもんだよ。助けようと差し伸べた手でも、あったかすぎたら溶けちまう」「私たちには、そっと近くで見守ってやることくらいしか出来ないんだよ。意味を見出すのは、彼女自身しかできない。彼女を救えるのは、彼女だけなんだ」と言われ主人公は、彼女を溶かしてしまわないよう見守ることを誓う。 

 白嶺雪華に「僕は、君を救えない。それでも――君を、愛したい」と答える、名前を聞かれ、太陽と教える。

 先生からは「大事にしろよ」と肩を叩かれる。

 放課後、彼女を家まで送り、歩道橋を歩く。「僕は、君が、必要だ」「愛したい――これからも!」と抱きしめる。「私も、私もだよ! 私の人生に君が必要なの。いつだって君に、そばにいて欲しい」彼女も強く抱きしめる。

 そのとき雪が降り、母を助けられなかったことを思い出しt主人公は、彼女を力強く押してしまう。

 柵の外に放り出された彼女は事故死として結論づけられた。が、主人公は最愛の人を助けるどころか殺してしまったことに病んでしまう。

 事故から一年後。半年前に病院を退院し、現在の雪の降らない南の地方に引っ越していた。入院中に、深蕗先生が鬱で校舎から投身自殺していたことを新聞で知る。先生は限界で、主人公と話すことで支えになっていたのかもしれない。先生の前から消えたことで、支えを失い、先生は彼自身を救えなかった。

 そして、雪の降らない地域で、雪が舞う。かあの女が呼びに来たようで、教室を出て、屋上から身を乗り出すのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、雪の降らない地域に引っ越してきた高校に半年前に転校してきた主人公は、雪が降ってある少女を思い出す。

 二場の主人公の目的は、白嶺雪華と出会い、コンポタージュを買う。二幕三場の最初の課題で深蕗先生と雪かきし、四場の重い課題で、左腕の傷を彼女に見せられ、自分を愛せない、好きじゃないと告白される。

 五場の状況の再整備で深蕗先生から、助けようとした手が暖かすぎて溶けてしまうから、見守るしかないと教えられ、溶かしてしまわないようにしようと誓う。

 六場の最大の課題で、君を救えないけど君を愛したいと告げ、以来彼女と一緒に過ごすのが楽しみになる。

 三幕七場の最大の課題、どんでん返しでは、互いに愛したい、必要だと抱き合うも、雪が降ったとき、母を雪でなくしたことを思い出した主人公は彼女を突き飛ばして死なせてしまう。

 八場のエピローグは、病んでしまった主人公は退院したとき、入院中に先生がうつで自殺していたことを知る。転校して半年後、雪が降って冒頭に繋がり、自分さえ救えず愛せない主人公は、雪を見て彼女が呼びに来たように感じて屋上から自殺する。

 よくできている。

 

 白嶺雪華との出会いと別れという大きな謎と、主人公が抱え直面する小さな謎があるおかげで、主人公は行動し、読者は読み進めることができ、最後この二つが一つとなってエンディングを迎える構造は素晴らしい。

 万人受けする、面白い作品かどうかは置いておく。

 

 冒頭と、終わり部分の間に書かれた、白嶺雪華との出会いと別れは主人公の過去回想である。

 冒頭の書き出しで、雪などめったに降らぬ温暖な気候の土地に転校して半年したとき、ひらりと雪が降ったときのことが書かれいる。

「僕は友達付き合いが苦手だ。少し話すだけで心臓が飛び出しそうなくらい緊張するのだ。昔からだった。気づけば僕は何処でも独りだった」

 どういう人物なのかを読み手に伝えつつ、雪から思い出した人物、「そんな僕に手を差し伸べてくれたのは……君だった。煌めく銀世界にたなびく黒髪。僕に見せてくれた笑顔。あぁ――。君の匂いを、近くで感じる――」ある少女へとつながる。

 次からは、その少女、白嶺雪華と出会った日が描かれていく。

 雪から、主人公の説明をしつつ、回想へと繋がる流れが実に綺麗である。


 ただ、彼女と出会ったのがいつなのかが、わからなくなって迷う。

 本作は、ミステリー要素を含んでいるので、少しずつ分かっていくところが面白いのだ。


 半年前に転校した主人公は、雪を見る。

 つまり、今は冬である。

 半年前は夏。なのに、回想での白嶺雪華と出会った日、雪が降っていたのだ。

 彼女と出会ったのは少なくとも一年前である。

 これを理解しないと、読んでいてもモヤモヤするだろう。


 缶のコンポタージュのコーンが飲みにくい、ところに作品の現実味を感じる。

 読み手も一緒になって「あー、そうだよね」と思えるところがあると共感できるし、創作された話が嘘ではない感覚を持ちやすくなる。


 コンポタくんのあだ名が可愛い。

「安易なあだ名だった。でも、自分の名前よりは随分マシだ」から、温かい名前なのだろうと類推できる。

 ただ、どうして彼女は小さくガッツポーズをしたのだろう。

 彼女は主人公を自分と同じ匂いがしたと思っているので、気に入ってくれるのでは、と内心思いながら測っていたのだろう。

 彼女のネーミングセンスに否定しなかったので、安心したのかもしれない。


「校舎三階の空き教室にて。僕と深蕗先生は、よくここで二人で雑談している」この段階で、問題のある先生なのではと感じられる。

 些細な違和感をさり気なくキャラ付けしているところが、上手い。

 

 雪かきを手伝わされる。

 先生も、手伝ってくれる生徒を探していたのだろう。

 うつを抱えている先生は覇気はないし、生徒の方からも近づきにくい。

 よく話をする主人公は、都合が良かったのだ。


「あぁもう僕は、この世界が嫌いなんだ――。ここじゃない、何もないところに行きたい」と主人公は心のなかで思っている。

 ここではない何処かを望むのは、若者の特権である。

 だけど、主人公は悩みを抱えているので、こんな世の中は嫌なんだ、ここではないどこかに行きたい、と思うのは心の叫びそのものだったのだろう。


 先生がもっともらしいことをいっている。

「人間、いつかは死ぬ。雪だって春が来りゃ溶けてなくなる。永遠なんてない。だから、今を大切にしろ。軽々しく自分を溶かすんじゃねぇ」

 こういうときは、自分に言っている。

 なぜなら、誰もほしい言葉をかけてくれないから。

 本作には、現実味を感じる部分が、散りばめられているところがいい。おかげで、作品をギュッとまとまっている。


 彼女の性格も、明るかったり暗かったり、安定していない。

 不安定な彼女の性格をうまく描いている。

 

「おかしいよね。まだ会ったばかりなのに、こんなこと言うの。でもね、君なら大丈夫だと思った。私と同じ匂いがしたから。受け止めてくれると思ったの」

 どんな匂いがするのかは分からないけど、同類は、直感的にひょっとしたらと気付ける。これも現実感がある。

 自分と違う人間は、話をきてくれるかもしれないけれど、笑われたりバカにされたり、勝手に広められて嫌がらせを受けるみたいなことに発展する恐れもある。

 出会ったとき、きちんと謝ったこと、コンポタを要求したら買ってきてくれたこと、そういった真面目な部分が彼女にもあるんだと思う。

 真面目すぎて、自分を責めてしまう。

 結果、自分で自分を許せず、愛せず、溶かしてしまう。

 彼女の倍は、腕に傷をつけることだったのだ。

 心が弱ったとき、選択肢が二つあらわれる。

 一つは、これ以上自分は傷つきたくないから他人を攻撃する。

 もう一つは、さらに自分を傷つけるか。

 本作にでてきた三人は、真面目すぎて優しく、自分を許せないから、自分を傷つけてしまう選択をしてしまったのだ。


 彼女は主人公と同じ匂いがするといった。

 主人公は母親を事故でなくしている。雪に埋もれて救えなかったことを、自分のせいだと内罰的になっているのだ。

 彼女も、何かしらの出来事から内罰的となって、自傷行為に走っているのだろう。親を殺したのか。あるいはそれに準ずる罪を犯したのか。人殺しをしなくとも、友達の悪口を行ったとか、約束を守れなかったとか、かもしれない。

 悩みに大きいも小さいもないので、その人にしか、抱えているものはわからない。


 同様に、先生が鬱になったのはなぜか。

「『雪みたいなもんだよ。助けようと差し伸べた手でも、あったかすぎたら溶けちまう』先生の唇がへの字に歪んだ。初めて見る、悔しそうな顔だった」

 主人公と対になっている存在なので、おそらく最愛の人を救えなかった経験があるのだ。

 先生のセリフは、実体験からきているものかもしれない。

 

 先生のセリフが、実にいい。

「人ってのは案外脆い。外っ面は大丈夫に見えても本当は限界で持ち堪えてる時かもしれない」

「雪みたいなもんだよ。助けようと差し伸べた手でも、あったかすぎたら溶けちまう」 

「私たちには、そっと近くで見守ってやることくらいしか出来ないんだよ。意味を見出すのは、彼女自身しかできない。彼女を救えるのは、彼女だけなんだ」

 至極真っ当な正論である。

 人の心は目に見えない。

 花粉症も、体内に取り込んだ花粉の量が限界に来たとき、くしゃみと鼻水と痒みに襲われる。

 傷ついている人は、心が折れたり砕けたり潰れたり、原型をトドメていない状態で、それでも必死に自分でかき集めては泥団子みたいに自分で丸くこねようとしているのだとおもう。

 集めて握れば屑けるし、溶けてしまう。

 他人には心が見えないし、自分じゃないから大事にも思ってもらえない。

 自分を救うのは、自分しかないけど、そんな自分が嫌いなのだ。

 世界中で一人しかいない自分からも嫌われてしまって、誰も救わないし、救えない。

 先生が一番わかっているのに、「彼女を救えるのは、彼女だけなんだ」と、実に冷たい。

 そんな事いているから、自分を助けてくれる人がいないのだ。


 自分が大変で辛くとも、目の前で困っている人を助ける。

 手を差し出す。

 温かくても、溶けてしまっても。

 それでも誰かを助けると覚悟を持って生きなければ、自分なんて救えない。

 

 主人公は、雪に埋もれた母を救えなかったことを引きずっている。

 後悔している。

 だから今度こそは、という思いはあったと思う。

 だから「愛したい――これからも!」なのだ。

 好きだ、ではない。

 好きだから愛したいのではなく、母を救えなかったから彼女を救うことはできないけれど、雪に埋もれて死なせるようなことはもうしない、彼女を守っていこうとおもったのだ。

 それなのに、自分の中にあった、母を救えなかった罪悪感が結とともに蘇って発狂し、錯乱して、大事にしようと思った彼女を殺してしまったのだ。

 まさに悲劇である。


 雪が降るからといって、死んだ母親や彼女が主人公を呼んでいるわけではない。勝手にそう思い込んでいるだけである。

 母親の場合は事故だが、彼女の場合は突き落としているので、未必の故意であっても、愛する人を手に掛けた自分自身を許すことはできないだろう。


 主人公の引越し先は、九州だったのかもしれない。

 鹿児島でさえ、二月には雪が降る。

 引っ越すなら、雪の降らない沖縄にすればよかった。

  

 読後、タイトルを見る。彼女の名前、白嶺雪華からきているのはもちろん、ひらりと舞う小さな雪から母や彼女の連想するため、過去のトラウマの象徴としての雪を意味しているのだろう。

 救えなくとも救う。

 愛すと誓ったのなら、過去にとらわれてはいけない。

 本作はそんなことを教訓として、読者に伝えているのかもしれない。



 

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