中間選考作品

魔法少女に温もりを

魔法少女に温もりを

作者 坂 十歌

https://kakuyomu.jp/works/16817330653123722869


 かつて魔法少女をしていた宮下あかりは、駅前のたい焼き店『あん堂』で働きながら、代替わりで魔法少女としてがんばる少女の心の支えになりながら、今日もたい焼きを焼く話。


 たしかにヒーローは孤独。

 だけど、決して一人ではないことを思い出させてくれる。

 でも切ない。


 主人公は宮下あかり。駅前のたい焼き店『あん堂』で働く二十七歳。一人称、わたしで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 宮下あかりが住んでいる町には、魔界とつながる穴があり、時々悪魔がでてくる。そんな悪魔から人々を守る魔法少女がいる。

 かつて、魔法少女をしていた宮下あかりは現在、駅前のたい焼き店『あん堂』で、日替わりの社員として働いている二十七歳。店の経営をしている安藤のお婆ちゃんは、毎日出勤していたせいか、腰を痛めて現在は入院している。

 毎週水曜日になると、二駅先の高校の制服を着た少女がつぶあんのたい焼きを買いに現れる。彼女の通学カバンにつけられた六角形のステンドグラスは魔法少女の証。かつて自分が魔法少女をしていたからこそ、修学旅行があっても勝手に町を離れる訳にはいかないし、高校ニ年の夜中、悪魔が現れたことに気づけず駆けつけたときは手遅れで、投げつけられた石の痛みを今でも覚えている。

 しかも、魔法の残り香をまとう故に魔法少女を辞めて代替わりするときに、自分が魔法少女であったことを明かしてはならない契約がある。現在の魔法少女をしている彼女の辛さがわかるのに、もう戦う必要はないのに。彼女に全て押しつけて、逃げ出した。

 笑えなくなり、このたいやき屋にやってきた。かつて魔法少女をsていた頃、安藤さんや店員の女性たち、たい焼きに救われてきたからこそ、現在たいやき屋で働いている。

 焼き上がったたい焼きをもって、ブースを出て、ベンチに座る少女を見つめて差し出す。わたしたちのために戦ってくれて。わたしたちの幸せを守ってくれて。「いつも、ありがとうございます」自分の想いが届けと願うと、少女は涙を流す。

 涙を流す魔法少女の隣に腰掛け、代替わりした事実に、胸を痛めながら寄り添うのだった。

 翌週には元気な姿の少女が、いつものようにつぶあんのたい焼きを買いに現れる。

「あの時たい焼き屋さんが隣にいてくれて、私、一人じゃないんだって思えたんです。私の仕事は誰かに手伝ってもらえるものじゃないんですけど……それでも、一人でやってるわけじゃないんだって思いました」「夢を叶えるまでは、くじけずに頑張ろうと思います」

 夢は何かと尋ねると、 中学校の入学式の帰りに、ちょっと危ないことになったとき助けてもらった人にお礼がいいたいけれど、かも名前もわからない。でも、今度はその人みたいに沢山の人を助けようと決めた、それが夢だと語る少女。

 五年前、魔法少女を辞めるとし、悪魔が乗ったトラック暴走から一人の少女を助けたことがある。それが彼女だったのだ。

「素敵な夢ですね」

 少女が見えないところで涙を拭う宮下あかり。その姿をみて、「大人になったわねぇ」と安藤さんはニッコリ笑うのだった。


 冒頭から主人公の宮下あかりがどんな人物なのか、わかりやすく書かれている。

 おかげで、誰の話なのかがすぐわかる感情移入しやすく読み進めることができる。


 水曜日の日常、駅前の様子が端的に描かれてからの、二駅先の高校の制服を着た少女がたい焼きを食べに来る常連さんの流れがリズムよく書かれているのがいい。

 しかもどんな女の子なのか、見た目も簡単に説明されている。


 常連とのやり取りの後、宮下さんの学生時代の友達がいなかったこと、親しく萎えたのは、たい焼き店の経営者の安藤さんくらい。

 常連とも仲良くなろうとは思ってなかった。

 なのに、「けれどこの少女にだけは、わたしから声をかけた」

 理由は、六角形のストラップ。


 ステンドグラスがひかると、彼女のおしゃべりが止まり、急いで食べて路地へと走っていく。

「わたしはいたたまれない気持ちで、その小柄な背中を見送った。わたしは、彼女がこれからどこへ行くのかは知らない。けれど、何をするのかは知っている。わたしは、彼女の名前も知らない。けれど、彼女の秘密を一つだけ、知っている」

 わたしは、という書き方は多いけれども、彼女の秘密を私は知っていることを、じわりじわりと読者に見せながら、秘密を明かしていく書き方が上手い。

 

 しかも、お互いがお互いの知っている秘密を明かさない。

 魔法少女を辞めたときの契約が主人公にあるように、現在魔法少女をしている彼女にも秘密をバラしてはいけないという契約があるのだろう。


 魔法少女になるためには、妖精的な何かと契約して、力をもらって悪魔と戦っているのかしらん。

 現在二十七歳の宮下が、五年前に魔法少女をしていたのが最後の年とあるので、当時二十二歳。

 二十三歳まで魔法少女として戦っていたのかしらん。

 高校生の頃から活躍していたみたいなので、宮下は八年くらい活動していたと考える。


 代替わりをするらしい。

 中学の入学式の帰りに助けられた少女が、魔法少女として活躍するのは、翌年だったと仮定すると、中学から高校と、魔法少女を続けていることになる。

 

 街を離れるわけには行かないので、修学旅行に行けないのは辛い。

 きっと中学のときも、行けなかったはず。

 家族旅行もいけないだろうから、この町に縛り付けられているみたいでかわいそうに思えてくる。

 魔法少女は一人だけなのだろうか。

 学校と魔法少女の両立は大変である。

 戦っても、誰も褒めてくれないし、賃金をもらうわけでもない。

 いつ出現するのかもわからないので、睡眠も削られる。

 せめて魔法少女が数人いれば、シフトを組むことができて、週に一度は休みの日を作れるだろう。


 そもそも、なぜこの町には悪魔が出現するのだろう。

 また、代替わりをして魔法少女が悪魔を倒しているのであるならば、歴代の魔法少女は、悪魔が出現する穴を塞ごうとなぜしてこなかったのだろう。

 現在も、穴を塞いでいるようには思えない。

 穴が塞げないのかもしれない。

 突然穴があいて、悪魔がでてくるのだ。

 どうすれば悪魔が出なくなるのだろう。

 契約をしているのであれば、魔法少女にする誰かがいるはず。相談することはできないのかしらん。


 代替わりをするにしても、選ばれる基準はどうなっているのだろう。いっそのこと、町に住んでいる全員を魔法少女にすればいい。そうすれば、みんなで交代で悪魔を倒せるし、子供は修学旅行に立っていけるようになるはず。


「お仕事っていうか、私がやらなきゃいけないことで、失敗、しちゃったんです」 

 失敗した結果が「夜中に突如上がった火の手。老夫婦が暮らす小さな民家をのみ込み、周囲の木々を巻き込んで燃え広がった」である。自分のせいで誰かが不幸になるのは辛い。


 一人で抱え込むから、宮下さんも「魔法少女として生きたあの日々は、今でもわたしの人生に影を落としている。忘れたはずなのに。もう戦う必要はないのに。彼女に全て押しつけて、逃げ出したのに」魔法少女を辞めたいまでも、引きづっている。

 魔法少女の契約の見直しをした方がいい。

 代替わりする度に、心が病んでしまう女性が次々と生まれてしまう。

 同じ大変さを味わっているからこそ、宮下さんは少女を労るけど、自分も魔法少女をしていたと名乗れないので、ずっと平行線のままなのだ。

 一人じゃないと思いあえても、心からの安寧は訪れない気がする。

 

 安藤さんが、「大人になったわねぇ」と宮下さんに笑っている。

 おそらく安藤さんも、かつての魔法少女だったに違いない。

 また、『あん堂』で働く女性スタッフ全員、かつての魔法少女だった人達だと邪推する。

 現役で働いている魔法少女の心の受け皿として、たいやき屋は存在し、辞めた後の就職先として存在しているのかもしれない。

 でも、辞めたあとも名乗りあえないので、現役魔法少女の活躍を、温かい目で見守ることしかできないのだろうか。

 無作為の穴から出現する悪魔に、一人の魔法少女が対処するシステムの中で、かつての魔法少女たちが唯一作り出せたのは、心の支えになるためのたい焼き屋『あん堂』なのではないか。

 

 読後、タイトルを読み直して、たい焼きの温もりが、魔法少女を労る温もりなのかと納得した。

 願わくば、一刻もはやく、彼女たち魔法少女の犠牲で町の平和が救われるような世の仕組みに終わりが来ることを切に願う。




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