サキュバスさんドン引きする

「……ここは王女の部屋か?」


 辿り着いた先は王女の部屋の前であり、豪華さを窺わせる扉が出迎える。

 中からは一つの気配のみを感じることが出来るのだが、確実に人間だと思われる気配が一つある。


「さてと、行くとするか――ちょいとばかしコメント欄から目を離すから反応が遅れるかもしれん」


・了解!

・王女様……めっちゃ美人なのかな!?

・化粧品とか尋ねてみたいわね!

・どんな人なんだ!

・こういう場合、金髪ツンデレお嬢様と予想します

・アニメの見すぎぃ!!

・ここに集まる時点でそれは言わない約束!


 宣言したように、コメント欄から視線を外してサキアは扉を見つめた。

 魔法を発動させ自身の体を透過させていき……そして壁に手を当てるとそのまま何もないかのようにすり抜けていく。


「……はぁ。結局何も分からなかったわね」


 中に入り込むと、やはり女性が一人その場に居た。

 憂いを帯びた瞳で窓から外を覗く彼女はサキアの存在に気付かず、綺麗な黄金の髪を風に揺らしている。

 彼女こそ王国の王女レイナ――美しき至宝と呼ばれている女性だ。


(……こいつは大層な美人だな。アリスが可愛いならこいつは綺麗ってタイプか?)


 いや、綺麗も可愛いも似たようなものだなとサキアは苦笑する。

 結局のところどんな言葉を並び立てたところで美人という二文字に纏まるので、いくつもの誉め言葉を口にしても美人で終わる。


「しかし魔族……どうして今になって……ううん、もうずっと悩まされている存在ではあるのだけど――」


 っと、そこでサキアにようやくレイナは気付いたようだ。

 ぽかんとした様子でサキアを見つめる彼女……そんな彼女に見つめられているままのサキアは大して慌てた様子もなく、よっと手を上げるほどだ。


(叫ばれそうになったり、何かをしそうになったら封じるが果たして……王女様はどんな反応を見せるんだ?)


 元々の目的は認識の齟齬を擦り合わせること……その手っ取り早い方法が王族かそれに連なる存在に訊けば良いという簡単な考えだったが、いつまでもこのようにお互い黙っていては当然ながら進展はない。


「……あ~」


 頭を掻きながらサキアはどうしたものかと考える。

 今の彼女は人間に擬態しておらず、魔族としての特徴は全て見えている……つまり多少の驚きはあれど、レイナがポカンとしているだけなのが少し妙だった。

 驚きが先行しても後になって訪れるのは困惑と恐怖のはず……それなのにレイナはジッとサキアは見つめたままだ。


「……どうした?」

「っ……あなたは魔族!?」


 何も心配はなかったようだ。

 サッと椅子から立ち上がったレイナはいつでも手の平に魔力を生み出し、いつでもサキアに攻撃が出来るように体勢を整えている。


(まあこうなるか……それなら――)


 押さえ付けて手短に話を聞こうかと考えた直後、レイナはぼふっと音を立てるように顔を真っ赤にした。

 突然のことに今まで動じていなかったサキアが目を丸くすると、まるで何が何だか分からないとパニックになるかのように、レイナは矢継ぎ早に言葉を発し始めたではないか。


「なにこれ……え? 魔族はすぐに襲い掛かるものでは……? でも目の前のこの子方は違う……このお姉さまは美しく気高い魔族……え? 私の聞いていた魔族はこんなものではないわ……少なくとも、こんなにも心臓が鼓動するのが魔族だなんてあり得ないわ! 何かの魔法? 私は心を操られている? 自分が自分ではなくなってしまうような恐ろしい魔法? いいえそんなはずはないわ――これは間違いなく私自身の感情だもの」

「落ち着け。取り敢えず深呼吸をしろ」

「ああああああああんっ!!」


 落ち着けとサキアが肩に手を置いた瞬間、レイナは甲高い声を上げて体をビクビクと震わせてその場に尻もちを突いた。

 今までにない反応にあのサキアが困惑している……というか、なんだこいつはと一歩退いている。


「あ、あなたはサキュバスね! どうして女の私の元に訪れたのかは知らないけれどどんな魔族かは知っているつもりだわ! 何をするつもり!? 私に……私に一体あなたは何をするつもりなのかしら!?」

「……………」


 魔族は襲い掛かるものだと強く認識しているようだったが、サキュバスがどんなものかについてもある程度は知っているらしい。

 それにしては少し興奮気味というか何かを期待している様子だが、こいつはもしかしたら変態じゃないのかとサキアは訝しんだ。


「私は王女よ!? 一国を背負う定めにある王女なのよ!? その私に何かをしたらタダじゃ済まないわよ!?」

「……………」

「どんな種族でも魔族は滅ぼさなければならないの! でも……でもどうしてあなたを前にするとその教えを疑問に思ってしまう……これは何!? ってそんなことはどうでも良いの! さあ一体何をするためにここに来たのよ!?」

「……………」


 サキアはチラッとコメント欄を見た。


・なにこれ

・期待してない?

・サキュバスさんが言ってたけどこれが認識の齟齬?

・サキュバスさんを見た瞬間キャラ変わってない?

・魔族がどうとか言ってる姿は聡明そうだったのに今は……変態にしか見えない

・良いぞもっとやれ!


 果たして何が起きているのか……取り敢えず、サキアの存在が彼女の何かを変えたのは言うまでもない。

 詳しく話を聞こうかと一歩を踏み出す。

 ちょっと怖かったものの、サキアはレイナから話を聞かねばならないのだから。

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