サキュバスさんアリスを喰う
「凄いことになりましたね……」
「……あぁ」
婚約破棄騒動が起きたかと思えば、男が想いを寄せた女が実は男で、その男が恋をしていた被害者美人令嬢が女であるサキアのことを好きと言って……それはもう目を背けたくなるほどの混沌だった。
既に学院での時間は終わったのでサキアはアリスと共に屋敷に戻ったが、とことん疲れてしまい配信中だったのもあってリスナーにさえ心配されてしまった。
『何を言ってるんだ! 俺は……!』
『男だと!? ふざけるな!!』
思い出すだけでも地獄だったとサキアはため息を吐く。
結局、学院での出来事は教師たちを含めそれぞれの家が問題解決に動き出すことになったわけだが、必然的にダメージが少ない……家の評判が落ちるまで行かないのはジャンヌの家だけだ。
「サキア様からすればどうでも良いと言わんばかりのお顔ですわね?」
「ま~じでどうでも良いからなぁ」
どうでも良いだけではなく単純にサキアは萎えている。
リスナーからすれば異世界の映像というだけでなく、実際にリアルで見れた婚約破棄だったため、どんな結果にせよ楽しんでいる様子だった。
「よっこらせっと」
ぴょんとベッドにダイブするようにサキアは横になった。
貴族邸だと絶対に見ることが出来ない気品の無い行動であり、それこそ厳格な貴族が目撃した瞬間罵声を浴びせることは目に見えている。
しかし、そんなサキアの姿を見てもアリスは微笑むだけだ。
「疲れましたか?」
「精神的にな……俺をここまで疲弊させるなんて大したもんだぞ」
クスクスと笑うアリスにサキアはそう答えた。
場所はアリスの部屋で彼女のベッドにサキアは寝そべっている……それでもやはりアリスは微笑んだままだ。
決して貼り付けた笑みでもなければ作り笑いでもなく、本心からアリスはサキアとの時間を楽しんでいるのが窺えた。
「サキア様」
「う~ん?」
だがしかし、次に続いた言葉はサキアの意識を嫌でもアリスへと向かわせた。
「サキア様は……人ではないのですか?」
「……………」
その問いかけにサキアは笑みを引っ込めて上体を起こす。
実は学院が終わってから帰ってくるまでアリスの口数は少なく、何かあるんだろうなとはサキアも思っていた。
というよりも配信で何度かコメント欄でサキアのことをサキュバスさんと書くものが多数あったので、それがアリスは気になっているんだろう。
「そうだ。俺は人間じゃない」
変に誤魔化したところで……まあアリスは素直に信じるとは思ったが、アリスの雰囲気からバラしても問題はなさそうだとサキアは思ってのことだった。
アリスはそうですかと口にした後、何の迷いもなくサキアの手を取った。
「アリス?」
「魔族は……滅すべき存在だと言われています」
アリスの言葉にサキアは動きを止め、ジッと彼女の瞳を見つめた。
言っていることは物騒なものの、アリスにはサキアに対する敵対心は見えず、かといって僅かな恐れさえも見えない。
何の危険もなく心配もない……だからこそサキアはアリスの言葉に耳を傾ける。
「私も幼い頃からそれを教えられてきました。教会の歴代聖女、並びに王族の方々からの言葉として私たち王国の民はそれを真実だと教えられています」
「そうか。それで?」
「魔族はどんな存在にせよ、必ず人を滅ぼす者……魔族の全てが人に牙を剥き、心を持たない化け物だと」
「……………」
随分な言われようだなとサキアは苦笑したが、それに異を唱えるつもりもない。
自分たちと敵対する種族に対し、悪い印象を植え付けることは当たり前のことでよくある手法だからだ。
魔族も人間に対してそのように考えている者も少なくなく、サキアのようなサキュバスたちがあまりに自由奔放すぎるせいで、魔族軍の兵士たちは基本的にそういう考えの元で成り立っているのだから。
「荒野の大地、森や海に生息する魔物は見たことがありますが……人の言葉を話し理解する魔族に関しては会ったことがありません。なので怖い存在なのだとずっと思っていました……ですが、サキア様が魔族と分かった時――なんだ、国の教えが間違っていたんだと痛感したのです」
「……それは流石にどうなんだ?」
ポカンとしたサキアにアリスは続ける。
「国の教えは魔族は全て心を持たず、目にした瞬間に人間を殺すと言うもの……ほら全然違うではないですか」
「……まあ確かに俺は無差別に人を殺すようなことはしないがな」
「でしょう? もちろんその通りに魔族も居るとは思うのですが……サキア様がそうでないと分かった時点で、尚且つこうして数日間を過ごしてサキア様を見た上での判断です――私はサキア様を良い魔族の方だと認識しています」
真っ直ぐなアリスの言葉にサキアは目を丸くしたが、すぐにそうかと微笑んだ。
サキアは今まで正体を隠して数多くの人間と接していたが、その中で正体を晒したのはアリスと宿屋のお婆さんだけだ。
(俺が出会い仲良くっつうか、気を許す人たちは良い人ばかりだな)
そう考えたサキアに対し、更に踏み込んだことをアリスは口にする。
「どれだけ確証のない話を聞いても、一目見たことの方が信じられる……ということを身を持って知りましたわ」
「そうか。そういうのを百聞は一見に如かずって言うんだ。まあこっちの世界だと通じないけどな」
「百聞は一見に如かず……意味は分かりませんが良い言葉ですね!」
それからサキアはアリスと笑い合った。
今、屋敷の中にはアリスを含めて使用人しか居ない……気配も全てサキアは掴めるのでそれは間違いない。
少しご褒美をやるかと思い、サキアは本当の姿をアリスに見せた。
「アリスには見せてやるよ。俺の本当の姿をな」
サキアの体が光りに包まれ、すぐに変化が起きた。
人に擬態する姿ではなく、サキュバスとしての特徴が全て現れたその姿にアリスは真っ先に顔を赤くした。
(……ま、こうなっちまうか)
サキュバスとしての姿を見た者……男女問わず魅了される。
アリスの胸の高鳴りと仄かに宿る情欲をサキアは感じ取り、久しぶりに人間から精気を吸うかとアリスのことを抱きしめた。
「サキュバスは人から精気を吸い取る必要がある――俺は特別なサキュバスだからその必要はないし、何なら女からでも吸える。久しぶりに味合わせてくれないか?」
「わ、私が……? それは……えっと……」
戸惑うアリスの耳元で嫌ならしないと伝えると、アリスは頭を振った。
「良いのか?」
「……はい♪」
それからは正に甘い蜜のような時間だった。
ただ……この出来事はアリスの中にある楔を打ち込む――元々そうだと教えられた絶対の掟を覆す疑問を彼女の中に植え付けたのだ。
歴代の聖女が、王族がそうだと教え込んだことに対し疑問を抱く……それがどういうことか、果たして……。
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