サキュバスさん心を奪う
「お、おちん!?」
・令嬢さんそれはダメだ!
・それを言っちゃダメ!
・良いじゃねえか言っちまえよ!
・恥ずかしながら……良いね
・草
・でもちょっと待ってくれ。あの子に付いてるってことだろ!?
・女装した男なのかそれとも女なのに付いてるのかそれが問題だ
コメント欄が異様な盛り上がりを見せている件について。
サキアはそれを考えつつも、やはり現状を賑わせている騒ぎの中心人物と言ってもいい令嬢にアレが付いている……それは動揺しないまでも驚きはあった。
(……こうして明確に理解したからこそ分かる――マドレーヌは男だ)
そう、マドレーヌが男であることをサキアは見抜いた。
トーマスに守られるように抱き寄せられている彼女……彼が何を考えているかまでは分からないが、少なくとも何かがあるのは間違いない。
「アリス、詳しいことを聞かせてくれるか? あいつのことを」
「分かりましたわ。あの方は――」
まず、マドレーヌは数カ月前にこの学院に転入してきた生徒だ。
マドレーヌは元々平民だったが男爵家に引き取られたことで、この貴族たちが通う学院へとやってきた……正に創作物であるような設定だ。
「……まんま知ってる設定だな」
「設定……ですか?」
「何でもない」
・設定って言ってるがな
・いやでもテンプレだな
・でも男だ
・男らしいんだよな
・めっちゃ気になるんだけど!
・どうして学院に来たんだろう
アリスから齎された情報があっても当然のようにマドレーヌの意図は分からない。
ただサキアの中ではこのような想像が出来ていた――マドレーヌは男だったが現にああやって男を夢中にさせる愛らしさがあり、もしかしたら貴族の子息を篭絡させて思い通りにしろという男爵家の提案もあるのではないかと。
(……しっかし、だとしても色々と穴があるだろうこれは)
そういうのは物語の世界だからこそ上手く行く……まあ最終的には成功しないのが大半だが、このような騒ぎを起こした時点で詰んでいるようなものだ。
ジャンヌにはおそらく罪はないだろうし、勝手に婚約を破棄すると言い出したトーマスと婚約者の居る彼に近付いたマドレーヌが糾弾されることは目に見えている。
「お、動きがあるぞ」
そこでマドレーヌがようやく動いた。
「ジャンヌ様、こんな風にすぐ別の誰かに色目を使うような……ましてや簡単に騙される男なんてあなたに相応しくない!」
「ま、マドレーヌ!?」
マドレーヌの声はとても綺麗なもので、歌でも口ずさんだものなら聞き入ってしまいそうになるほどの美声だった。
とてもじゃないが男性とは思えない声音ではあるものの、これは別に魔法でもなければアイテムを使ったものでもない……純粋なマドレーヌの声質だ。
「マドレーヌ何を言ってるんだい? まさか……まさかその悪魔に何かされたんじゃないのか!?」
「うるさい! 近付くな浮気野郎が!」
バサッと、マドレーヌは長いと思われた髪……カツラを取った。
その時点で彼が彼であるとトーマスは認識したらしく、呆然とするようにマドレーヌから視線を外さない。
ありとあらゆることがあり得ないことの連続だが、だからこそサキアは目の前のことから視線を逸らせない。
「あなたは……」
「俺は以前、あなたに助けていただいた者です。その時にはマットと名乗っていました!」
「マット……」
そこから話された内容はこうだ。
マットが男であることは疑いようもないことだが、飢えて死にそうになっていたところをジャンヌに救われ、それから男爵家に引き取られたのを機にジャンヌを見守りたくて女装したそうだ。
「……サキア様」
「なんだ?」
「……言っていることはとてもロマンチックかもしれませんが、あまり共感出来ない私は異常でしょうか」
「まあ色々あったんだろうが……それにしてはもう少しやり方はあったと思うな」
性別を偽った時点で虚偽みたいなものだし、マットがジャンヌに対して何を思っているにせよ……ここまでの騒ぎになった時点で良くはない。
行動力は褒められるべきものだが、この後に訪れることをマットは何も理解していなかったのだろうか。
・女装して令嬢を守るために潜入……ありそうな設定だわ
・良いじゃん良いじゃん
・でも……あの令嬢さんポカンとしてね?
・そりゃいきなり婚約者を奪ったと思った女が実は男だったらそうなる
・カオスすぎね……?
・こういう展開もあるんですねぇ
・これどうなるの?
「……どうなるんでしょうか」
流れ的にはマットがジャンヌを救うという形に落ち着くのか……正直なことを言うと既にサキアには興味がなかった。
サキアとしては女と女のドロドロ劇が見たかったので、どんな事情があるにせよポッと出の男が出てきた時点で面白くない。
「一気につまらなくなったな……こういう時は女と女のドロドロだろ普通」
そうボソッと呟いたのをアリスはもちろん、リスナーのみんなも聞いている。
コメント欄は半々の反応ではあったが、アリスがクスッと笑ったのを見るに彼女はここ数日でかなりサキアに染まっている。
もう少しだけ配信をした後、異世界の王立学院がどんなものかを見せる形に変えようかとサキアが考えた直後――事態は更に動いた。
「あなたがマットだったんですね……ですが、自分が何をしたのか分かっているのですか?」
「えっと……俺はただ!」
「ただも何もないのですよ……それに、元々上手く行くことはない婚約であることは分かっていました――あなたが私を思って行動してくれたことは嬉しいですが、それとこれとは話が違いますから」
「俺はあなたが好きなんだ! 俺はあなたを守りたい! ただそれだけなんだ!」
公開告白である。
既に白けたサキアだがそれには少し目を向けた直後、マットの告白にジャンヌは即答した。
「ごめんなさい」
まあそうなるよなと、サキアとアリスは頷くのだった。
そして……更に続いた言葉にサキアは啞然とすることになる。
「今回の婚約が上手く行かないことは分かっていましたし、家族もそれは承知しています。その上で……本来であれば許されないのは私でしょう――何故なら私は今日、ある女性に恋をしてしまったのですから」
「……え?」
「サキアさん……あの女性が私の視線を掴んで離さないのです」
勘弁してくれ、サキアが頭を抱えたのは言うまでもない。
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