サキュバスさんついにその時を見た

「……はぁ。気が休まらねえ」

「あはは……私もここまでとは思いませんでしたね」


 辺りに誰も居ない中庭の片隅でサキアは大きなため息を吐く。

 今回アリスの通う王立学院に取材と出来れば配信目的で訪れたわけだが……早くも魔法で気配を消すやり方の方が良かったなと思うことになった。


『お嬢さん名前を教えてほしい』

『どうか私の家の来てくれないだろうか?』

『あなたはまるで宝石のように美しく尊い存在だ』

『結婚してくれ』


 世辞も重なれば鬱陶しく邪魔にしか思えない。

 サキアは魔族として長い時を生きているが、やはり絶世の美女以上の魅力ともなれば年頃の男たちは放っておかない。

 中には婚約者が居る男でさえサキアに声を掛ける始末なので……それに関してはサキアは逆に婚約者に申し訳なさがあった。


「美人ってのも考え物だなぁ」

「サキア様ほどともなれば当然ですけど、確かに少々鬱陶しいですね」


 分かりやすいほどの上から発言だがアリスは気にした様子もない。

 それだけサキアの魅力に憑りつかれているということ……そして、そんなサキアに同性とはいえ惚れ込んでいるからこその反応だ。


(アリスの存在が何よりの癒しだなこれは……つうか、流石にこんなに騒がしくなると配信どころじゃねえぜ)


 とはいえ少し考えれば……いや、こうなる予想はあった。

 アリスと共に過ごす学院というのも悪くはなかったが、この辺が潮時としてサキアは魔法を発動した。


「サキア様?」

「悪いなアリス。こっからは気配を消して動かさせてもらうわ」

「……残念です。サキア様と一日とはいえ一緒に居られると思いましたから」

「……………」


 心底寂しそうにそんなことを言われてしまったのでサキアもうっと言葉を詰まらせた。


(……本当に好いてくれてるんだな。大きくなったリルアみたいな感覚だ)


 サキアからすれば人間は全て儚い存在だ。

 人間に対して特別な感情はなくとも、真っ直ぐに気持ちを向けてくれる相手には少なからず思うことはあるらしい。


「すまないな。俺には俺に向くやり方があるみたいだ――ただその代わり」

「……え?」


 突如、アリスの表情は驚愕に彩られた――サキアが抱きしめたからだ。


「俺のことをそこまで考えてくれるお前に何かあるのは少々心苦しいしな。それに寂しいと言われたらこうしたくもなる」

「さ、サキア様……? にゃにをされるおつもりで?」


 恥ずかしさでおかしくなってしまっているアリスに苦笑し、サキアは自身の魔力をアリスの体に捻じ込んでいく。

 色濃く纏わせるように、色濃く内側に入れ込むように……アリスの心を丸裸にするかのように、サキアはアリスの敏感な部分を優しく撫でながら。


「俺の魔力をお前の中に渡しておく――これで何かあれば即座に脳内での会話が可能になる。こいつはどんなアイテムや魔法でも打ち消すことは出来ん……どうだ? これで寂しくはないだろ?」

「は、はいぃいいいいい!!」


 これでサキアとアリスは繋がったため、意志の疎通は簡単に出来る。

 顔を真っ赤にしたアリスからサキアは離れて歩き出すが、ちょうど今は昼食を終えた昼休みだった――つまり、授業から解き放たれ気を抜いた学院生たちで溢れかえることになる。


「……うん?」

「なんでしょうか?」


 その時、サキアは何やら騒がしい気配を感じ取った。

 サキアと繋がったことで心の機微さえもある程度はアリスも察する……ことが出来るはずはないのだが、何故かアリスには出来るらしくその場所を的確に口にした。


「そちらの方角は食堂ですわね」

「食堂……そうかそっち側か」


 食堂の方で何かが起きている……サキアは気配を極限まで薄くし歩く。

 アリスはサキアのことが見えているのでそのまま付き従うように傍へ……そのまま食堂に向かう中、サキアは魔法によってカメラを作り出す。


「あ、それが……」

「あぁ。配信のための道具だな」


 サキアにとって何かが起こるかもしれないと思うこと、それは何かが起こることの裏付けでもある。

 一級フラグ建築士というわけではないものの、今までそう思って何も起こらなかったことがなかったから。


「凄いですね。みんなサキア様のことをスルーしていきます……さっきまでは確かに気にしていたのに」

「これが俺の魔法さ。普通のレベルじゃない魔法……凄いだろ」


 ドヤ顔をするとアリスは物凄い勢いで頷いた。

 まるで舎弟が出来た気分だと思いながら食堂に向かうサキア――彼女は食堂の入口を過ぎた段階で配信を開始した。

 それは彼女が培った配信者としての勘がそうしろと命令したからだ。


「今日この日を持って、僕は君との婚約を解消させてもらう!」

「ど、どうしてですか! 私が何か――」

「戯けたことを抜かすな! 君が彼女に嫌がらせをしたからだ! その証拠は全て揃っている! 誰かに嫌がらせをするような婚約者と一緒に居たいとは思わないだろうが!」


 それは正にサキアが待ち望んだ瞬間だった。

 コメント欄は突然の配信開始に驚きはあったものの、今までサキアの配信を見ていたからこそ、これがサキアの意図したものではなく突発的に見せたいから始まった緊急生配信であることも瞬時に理解したようだ。


「き……」

「き?」

「きちゃああああああああああっ!!」


・婚約破棄現場!

・創作の世界かよ!

・ざまあか!? ざまあなのか!?

・つうかあのイケメン見るからに馬鹿っぽいぞ!

・婚約者があの銀髪の人かな!? めっちゃ美人じゃね!?

・おっぱいでけえし髪綺麗だし顔立ち美人だしやべえええ!

・なんでその人に対してそんなこと言えんだよ馬鹿かよあいつ!


 さあ待ち望んだ歴史的瞬間だ。

 決してやらせでもなく、誰かが作った創作物でもなく……間違いなく本物の婚約破棄現場がサキアを通じて現代に届いた。

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