サキュバスさん親近感を覚える

「とまあそういうことがあったわけだよ」


・へぇ、やっぱり異世界ってそういう事件があるんだなぁ

・それって最終的にその婚約者一族がざまあされるやつじゃん

・それか女の人の方だけが被害を被るパターンか

・つうかサキュバスさんの一声で解けてしまう魅了って……

・いやだってこのサキュバスさんだぞ?

・このエロの権化に勝てる魅了があるわけなかろうよ

・それな

・そうそう


 成り行きでマウストン家の問題を解決してしまったその日の夜、サキアはいつも通り配信活動を行っていた。

 王都の建物を見下ろせる場所……すなわち、一番高い城壁の上からの豪華な配信である。


(……めっちゃ感謝されちまったなぁ)


 エロの権化……ではなく、サキュバスであり魅了を司る魔族の前にはどんなに高価なアイテムであろうと、魅了という面において勝る存在はない。

 此度の騒動の終着点としてはまあよくあるものだ。

 アリスに近付いたのはマウストン家が所有する鉱脈目当てであり、正式に全ての所有権を奪うのが目的だったらしい。


『貴様のせいだ……貴様が余計なことをするから!!』


 サキアは自身がサキュバスであることは伝えていないし、そもそも魅了の力を意図的に上書きしたわけでもない。

 完全に人助けという名の交通事故だったわけだが……サキアが現れたことで全てが破綻した結果、アリスの婚約者一族はサキアが原因だと決めつけており、そこに関してだけは察しが良かったみたいだ。


「ざまあ……ざまあねぇ。そっちの世界だとそういう作品は流行ってるのか?」


・流行ってるなぁ

・実力なくて追放されるやつとかあるよね

・家族を殺されたりして復讐心で覚醒したりとかな

・やけにイジメの描写とか罵られる描写がリアルすぎるんよ

・実際にあると嫌だけど、サキュバスさんの世界だとそういうのあるっぽいよな

・婚約破棄とかしょっちゅうあるのでは!?

・そんな物語みたいにしょっちゅうある世界が現実だったら嫌だわw

・それな! ……実際どうなのサキュバスさん


「婚約破棄か……」


 今回の事件が原因で婚約破棄になったのは当然だが、現代の人が求めている婚約破棄がこれだとはサキアも考えていない。

 所謂婚約者を持っている男女のどちらかが別の異性の虜になり、お前ではなくこの子を選ぶという理不尽を叩きつけながらも、正論と正義の執行によって逆に処罰を受ける――それがざまあと呼ばれるものだ。


「王都には学院が当然あるし、ヤバい噂の貴族も多数居るみたいだしな……もしかしたらそんな場面に出くわすことも可能か……?」


・マジですか!? 今後の創作活動のために見てみたいです!

・私利私欲で草

・でもめっちゃ気になる!

・勝手に映して良いの? 肖像権の侵害とかさ


「異世界に肖像権なんざないからな。魔法で姿を隠しながら学院に忍び込むのも面白そうだ……ありがとうリスナー。良いネタをくれたな」


 異世界の学院の様子を生中継するだけでなく、そんなまさかの展開にありつけたらそれはそれで美味しいなとサキアはほくそ笑む。

 何度も言うが彼女はサキュバスであり魔族……度を越したことはしないが、他者の迷惑を考えていては長い魔生を送ることなど出来はしないのである。


「よし、明日の配信は決まったな! つうわけで、今日はこれで終わりだ!」


 明日の配信内容も決まり、サキアは気持ち良く本日の配信を終えた。

 実を言うと今回のマウストン家の事件だが、あれはサキアだからこそあんなにも呆気なく解決出来た。

 しかし逆を言うと、本来であれば簡単に見抜くのも難しいこと……そうなると何故気付けたのかと疑問が出てくる。


「アリスたちには感謝だな本当に」


 兵士たちもそうだが、その兵士たちを指揮する城の役人もそれが気になっていたがアリスたちが話を合わせてくれたのである。

 彼らにとってサキアは人間にしか見えないが何かあるというのは気付いているらしい……宿のお婆さん然り、今回のマウストン家然りサキアが出会い親しくなる人間は本当に心が綺麗だ。


「帰るか」


 配信も終わったためサキアは城壁から飛び立ちマウストン家へと戻る。

 しかしその最中、おやっとサキアは目を向けた場所があった――それは髪と服が汚れてしまった女性の集団である。


「なんだ?」


 遠目から見ても顔立ちは整っているし、サキュバスのような雰囲気までもエロスを醸し出しているわけではないがエロい……あれは娼婦だとサキアは勘付いた。

 気配を消して近付くと彼女たちの会話が耳に入る。


「……私たちさ、頑張ってるよね」

「うん。でも……娼婦ってやっぱり下に見られちゃうから」

「オーナーは優しくて娼館も過ごしやすいのに……はぁ」

「せっかく髪もセットしてドレスだって新しいのを用意したのに……」

「女を汚すのが趣味……とんだクソ野郎だわ」


 何があったのか分からないものの、何か特殊なプレイがあったことは分かった。

 男ではなく女ということでサキアの琴線に触れはしたが、やはり人間ということでそこまで何かを思うことはない――だがサキアは形が違えど男を相手にする点において親近感を抱いた……まあサキアは男を相手したことはないが、あくまでサキュバスとしてである。


「よっこらせっと」

「っ!?」

「誰!?」


 降り立ったサキアに女性たちが驚きを露にした。

 瞬時にサキュバスだと分かる特徴は消しているので心配はないが、流石にこの闇夜に突然空から女が降ってきたら誰だって驚く。


「そんなに警戒するな――ほらよ」


 手を軽く翳すと魔法が発動し、女性たちの乱れた髪と汚れた服が瞬時に綺麗になっていく。

 体を清潔に保つ魔法は人間でも扱うことは可能……しかしサキアのそれは外見を整えるだけに留まらず、サキアの持つ温もりの心が彼女たちの心に沁み込む……つまり警戒心を簡単に解くのだ。


「娼婦ねぇ。俺からすればお前らの苦しみも苦労も分からん……でも、お前たちが頑張ったことは分かる。どれだけ下に見られても、どれだけ嘲笑われても折れないその心は娼婦としての経験が大きいみたいだな」


 サキアは一人ずつに声を掛けながら抱擁していく。

 偶然目に入ったからこそ……普通なら見向きもしなかったであろう彼女たちに、サキアは迷惑だろうかと思いつつも優しさを振り撒く。


「それじゃあな――頑張れよ」

「ま、待って!」

「あなたは……あなたは誰なの!?」


 振り向くことなくマウストン家にサキアは戻った。

 良いことをするのは気分が良くなるとサキアはご満悦だが……サキアが行った彼女たちを元気付ける行為と体を綺麗にする魔法――それが何を齎すのか理解していなかった。

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