サキュバスさん知らず知らずに人助けする
マウストン伯爵家――王都の中でもかなり有名な貴族らしく、ここから東に位置する鉱脈の所有権を握っているとかで多くの仕事を抱えているようだった。
サキアはアリスに連れられる形でマウストン家に入り込んだわけだが、もちろん最初は何者かと警戒された――そもそもアリスの様子がいつもと違うとのことで、それ原因だったらしい。
……だがしかし、サキアはやはり内側に入り込むのが上手だった。
「アリスはとても良いご家族に恵まれたようだな。お父さんは身分と仕事に誇りを持ちながら平民にも心を割ける優しさがある。お母さんも似たようなもので、全てを受け入れるほどの度量……こう言ってはなんだが、貴族でここまで懐の広い人たちってのは珍しいぞ」
「はっはっは! そうかいそうかい!」
「あらあらまあまあ。嬉しいことを言ってくれるわね!」
サキアの言葉にアリスの父ジュゲムと、母のアリシアはとても嬉しそうだ。
「サキア君は不思議な女性だな。まるで長年の友人と接しているかのようだ」
「あら、あなたもそう思ったの? 私も同じだわ……不思議ねぇ本当に」
「やれやれ、俺自身は特別なことをしたつもりはないんだが……」
宿のお婆さんもそうだったが、サキアはサキュバスとしての魅力をふんだんに振り撒いており、それは魅了しながらも相手に自身を受け入れさせる。
本来のサキュバスならば欲望ばかりを向けられるのが主……やはり男の心を融合させているからこそだろうか。
(最初はどうなるかと思ったけど、ジュゲムもアリシアも良い人のようだ。こんな娘の姿を見ても何も思わないみたいだしな)
ちなみに、先ほどからずっと黙っているアリスだが……彼女は今、ジッとサキアの隣に座って顔を覗き込んでいる。
アリスも中々に整ったお嬢様風な顔立ちではあるものの、やはりサキアの美貌に惚れ込んでいるらしい。
「サキア様……いつまでおられるのですか?」
「えっと……そうだな」
熱々の視線にサキアはたじたじだが、信じられないことに恋をしている……とまではいかないようだ。
ちょこっと押してしまえばそのままスイッチが入りそうだが、かろうじてまだ大丈夫らしい。
(つうかさっきから気になってたことがあるんだよな)
配信のことが頭の片隅から離れない現状、サキアは気になる物を見つけている。
それはアリスを含めてジュゲムとアリシアが手首に付けているアクセサリー……ブレスレットのことが気になっていた。
高価な物じゃないかと気になっているのではなく、サキアだからこそ気付く違和感がそのブレスレットにはあった。
「アリスもそうなんだがこれは?」
「このブレスレットかい? これはアリスの婚約者であるマーロー君がくれたものでね。魔物から遠ざけてくれる力が込められているらしい」
「……ふ~ん」
まだアリスとそのマーローという男が婚約関係ではなかった時に贈られたアイテムのようで、魔除けの力がある高価な物らしい。
当然ながらサキアからすれば現在進行形でそのような効力がないことが証明されており、こいつは黒だなと確証を持つ。
(魔物も魔族も似たようなものだし、本当にそういう効果があるなら俺が近付いた時点で何かしらの反応はあるはずだ。それがない時点でおかしいんだけど、それ以上にこのブレスレットには別の魔法が掛けられている)
そう、サキアはそれに気付いたのである。
このブレスレットにはサキアたちサキュバスが使うことの出来る魅了に似た効力が備わっているらしく、流石に純粋なサキュバスほどの力はないみたいだが……装着した者をある程度好きにさせる力くらいはありそうだった。
(ただ……なんだ? 効力はあるみたいだが、魅了の力は全くアリスたちに作用していない……いや違うのか。アリスに会った時に何かが纏わりついているような印象があったけど今はない……う~ん?)
おそらくリルアが居たならばこう言うだろう――その程度の魅了など、サキアを前にした瞬間に解けてしまうのだと。
まあこれは男を全く相手にせず、更にそこまで意図的に魅了の力を使っていない弊害とも言える――サキアはその場に居るだけで他者を魅了し、同時に魅了を上書きすることが出来るため、それが今回良い意味で発動してしまったわけだ。
「そのブレスレットには魅了に近い何かしらの魔法が掛けられているようだ」
「……なに?」
「……え?」
「サキア……様?」
サキアの言葉にアリスたちは揃いも揃って目を丸くしたが、突拍子の無いその言葉を疑う様子は微塵もない。
「俺は別に頻繁に使うわけじゃないけど、魅了系の魔法には詳しいんだ――アリスにジュゲム、そしてアリシア……俺の声を聞け」
声に力を乗せるように、サキアは更に言葉を続けていく。
「そのブレスレットを手にしてからアリスの婚約者、並びにその関係者からの要求で断ったものはあるか?」
そのサキアの言葉が全てを裏付けることになったらしい。
ハッとしたように立ち上がったジュゲムは何かの書類を取り出し、それに続くようにアリシアも書類を覗き込む。
「……馬鹿な……私は何故これを了承した……?」
「今からでも十分に間に合うわよあなた」
どうやら核心を暴いたようだなとサキアはコップに注がれたミルクを飲む。
そして――そのちょうどいいタイミングでマウストン家の執事が現れた。
「マーロー様がおいでになられました。いかがしますか?」
「すぐに通せ!」
マーロー……アリスの婚約者の名前だ。
これはまた一波乱ありそうだなとサキアは他人事を決め込もうとしたが、今日一日アリスを連れ回した恩があるため、少しくらいは力になろうと決めた。
その結果――。
「き、貴様が余計なことを!!」
「サキア様に酷いことをなさるのはやめなさい!!」
「そげぶっ!?」
意外と早く、問題は解決しそうだった。
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