サキュバスさん王都で舎弟が出来る

 王都アレクトリアにサキアはやってきた。

 今までサキアが訪れた街に比べ、遥かに栄えているのはこの場所が大国の心臓部だからだろうか。


「でっかいなぁ相変わらず。まあ日本の東京みたいなもんだしな」


 日本の東京などと言われ、それを理解出来る者は居ない。

 現代に関する言葉を口にした場合、リルアを含めサキアのことを知っている同族ならば勝手に理解するかもしれないが……この辺りの人間からすれば得体の知れない呪文を口にする変人でしかない。


「やあお嬢さん」

「うん?」


 辺りを見渡しながら歩いていたサキアの元に整った服装の男が近付いた。

 男の傍には甲冑を身に纏った兵士が何人か控えており、どうやらこの男はそれなりに裕福な家の者……つまり貴族という奴だろう。


(分かりやすい欲望だな)


 顔立ちは整っているし清潔感もある……だが、その瞳に浮かぶ女を屈服させ支配下に置こうとしている欲望を隠せていない。

 まあサキアは自分のことを客観的に理解している――かつて男だったからこそ、自分が男の状態で今の自分に出会ったら見惚れるだろうことを理解しているから。


「あなたのような美しいお嬢さんを見たことがなくてね。王女様や聖女様のよりも美しい……とは言えないが、それでも言いたくなるほどだ」

「……………」

「気付いているかい? あなたは今、多くの視線を浴びている――中にはとてつもない下種な物も含まれている。僕はそれが不安で仕方ないんだ。あなたがその欲望に染まってしまわないかがね」


 聞いてもいないどうでも良いことをベラベラと喋る男だ。

 男の言葉にサキアは全くもって心が動揺しないし、そこそこイケメンの顔立ちなのが男の心を持つサキアを逆に苛立たせる。


「お気遣いありがとう――それじゃあな」


 サキアはこんな風にナンパされることはよくある。

 むしろないことの方が珍しいくらいであり、面白いのが男だけでなく女にも声を掛けられることがあるのは以前にも話したが、どっちかと言えば女に話しかけられた方が嬉しいサキアなので男のことは心底どうでも良い。


「まあ待ちたまえよお嬢さん」


 ガシッと肩を掴まれたことでサキアは足を止めた。

 人間風情の力はたかが知れているので引き摺ってでも動くことは出来るのだが、そうすると男のプライドを刺激してしまうことも分かっている。


(面倒だなぁ……周りの人間は心配してくれているけど、兵士たちは諦めて言うことを聞けみたいな空気を出してやがるし)


 心底面倒だ……そんな気持ちを裏付けるようにサキアはその美貌を歪めて大きなため息を吐き、そこで初めて男の目をジッと見つめた。


「手を退けろ――可愛い女の子ならともかく、男に触れられる趣味はない」


 貴族に対して口にする言葉ではないはずなのに、男は何も言わなかった。

 サキアが使ったのは魅了の魔法というサキュバスならではの強力な力。魅了系の魔法は人間も使うことが出来るものの、効力に関してはサキュバスより遥かに劣る。


「分かった……すまなかったねお嬢さん」


 ボーッとしたように男は離れ、兵士を連れて歩いて行った。

 釈然としない様子の兵士が何人か居たが、主である男に付いて行かない理由はないため揃って姿を消した。


「ふぅ……」


 特に疲れてもないがサキアは一息を吐く。

 すると何故か熱い視線を感じてそちらに目を向けると、そこそこ身形の良い女性がサキアに熱心な眼差しを向けている……どうやら先ほどの言葉がその女性を刺激したらしく、サキアのことが気になっているらしい。


(本来ならこんなことないだろうけど、これもサキュバスの魅了か)


 特に力を使わずとも魅了してしまうのが強すぎるサキュバスの悩みだったりする。

 ただ、サキアにとっては都合が良かったのでその女性に近付く。


「お嬢さん。ちょっと良いか?」


 お嬢さん……まるでさっきの男と同じ言い方だ。

 だがサキアの言葉は相手の心に入り込み壁を薙ぎ払う心地の良い声……女性は瞬時に顔を赤くして頷いた。


「王都に来たのは初めてみたいなものでな。良かったら案内してくれないか?」

「わ、私なんかで良いのでしょうか!? いえいえ! 是非ともご一緒させてくださいまし!」

「お、おう……」


 声はデカいが気品はある女性である。

 長い黒髪は前世の記憶を刺激するだけでなく、目付きの鋭い顔立ちが意図せず敵を作りそうで心配にもなる……とはいえその辺りはどうでも良いので、サキアは女性を連れて王都を歩くことに。


「お前は見たところ貴族っぽいな?」

「はい! 一応伯爵家の者ですわ!」

「そこそこ大物じゃないか」

「私などただの小娘でしかありません。凄いのは家を大きくした父ですわ」

「……へぇ」


 サキアのことを全く疑わないのは少し危機感に欠けるが、よくある貴族の傲慢さからはかけ離れた女性であることが分かり、こいつは面倒にならなさそうで当たりだとサキアは薄く笑う。


「アリス・マウストンと申します」

「サキアだ。好きに呼んでくれ」


 こうして、サキアは王都で初めての友人……? 下僕……? とにかく、便利な人間を見つけることに成功した。

 サキアは魔族でアリスは人間……別に利用したりはしないし、他の魔族と違って傷付けるようなつもりもないので、ある意味で人間であるアリスにとってもサキアが居る間は安全が勝手ながら約束された。


「サキア様は宿などは決まっておられるのですか?」

「決まってないよ」

「ならば! 是非、うちにいらしてくださいな!」

「良いのか?」

「はい! 父と母、ついでに婚約者にも紹介します!」

「ついでって……」


 婚約者が少しかわいそうだなと思いつつ、ありがたい提案なので頷いた。

 貴族の屋敷ともなると色々配信で使えるのももちろんだが、初めて魔族ではない人間を配信に出せるのも中々良いじゃないかと想像がとにかく捗る。


「アリス、少し夜に頼みがあるんだが」

「夜に頼み!? 何でも言ってください!!」

「うん? 何でも?」


 ワクワクするアリスの様子に苦笑し、サキアは王都観光を楽しむのだった。

 そして、その日の夜――当たり前のように問題が発生した。

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