サキュバスさん感謝をする
「……うん? なんだ?」
配信のためのネタ探し……所謂取材から帰った時だった。
最近になってお世話になっている宿の入口で盗賊のような恰好をした男たちがお婆さんを囲んでいた。
人並み外れた身体能力を持つサキアは聴覚も優れており、いくらか距離が離れていてもその話の内容を聞き取ることが出来る。
「おら、とっとと金を出せやババア」
「死にたくねえだろ? こんなボロ宿でも少しくらいはあるだろうが」
「……アンタらみたいなならず者にやる金はないさね。とっとと消えな」
お婆さん、中々豪胆である。
とはいえ変に刺激すると危険な目に遭うことは分かっているのか、手元は恐怖で震えている。
「やれやれだな。俺が居る状況で手を出すとは運の無いことを」
人間に対し、サキアが特別何かを考えることはない……だが、一宿一飯の恩とは違うがお婆さんのことをサキアは気に入っている――助けない理由がなかった。
様子見をする? 手を出しそうになったら助ける? そんな悠長なことをサキアはするつもりはない……一瞬にしてお婆さんの元に転移したサキアは、何も言葉を発する間もなく魔法を盗賊たちに放った。
「ぎゃっ――」
「お頭――」
黒い物体が盗賊に触れたかと思いきや、巨大な黒い球体となって彼らを呑み込む。
それは正にブラックホールかのよう……中がどんな風になっているのか想像したくはないが殺したわけではないようだ。
「ふぅ、馬鹿どもが」
「……お嬢ちゃん……アンタ」
「うん? ……あ」
お婆さんの言葉と視線からサキアは自分の失敗を悟る。
どうやら取材という名の息抜きと攻撃魔法の発動が合わさり、人間としての擬態が解けてしまっていたようだ。
元々ドレス姿と女として完成された美貌は曝け出していたが、サキュバスとしてのサキアを構成する角と尻尾、そして羽がしっかりと露出している。
「魔族……だったのかい?」
お婆さんの問いにサキアは頷く。
サキアは人間に対して特別な何かを抱くことはないため、これが原因でお婆さんに嫌われたとしても問題はない……まあ少しだけショックに感じるかもしれないが、所詮はその程度でしかない。
(気を抜いていたな……さて、何を言われるやら……)
少しだけ身構えるサキア……お婆さんはそんなサキアを見つめてクスッと微笑み、さっきまでの光景がなかったかのように話し始めるのだった。
「おかえりなさい。今日はもうお休みかい?」
「……………」
お婆さんの言葉にはサキアを拒絶する意志は見えない……というより、魔族に対しての恐怖は微塵も感じられなかった。
流石にポカンとしてしまったサキアはお婆さんに聞く。
「おいお婆さん。流石に反応が薄くないか?」
「アンタが魔族ってことがかい? 確かに驚きはしたが、ここに泊まっている間のお嬢ちゃんのことは知ってるからね。恐れる理由はないよ」
「……珍しいもんだ」
「というか恐れる理由があるのかい? 魔族とはいえこんなに綺麗なお嬢ちゃんなんだし怖がろうにも怖がれないだろうさ」
「……なるほど?」
嘘は言ってないようだ。
人間と魔族は戦いの真っ只中……人間は魔族を憎み、魔族は人間を石ころ程度にしか考えていないのが現状だ――全ての人たちがそうであるとは言わないが、それでも魔族を前にしたお婆さんの姿はサキアにとってとても新鮮だった。
「歳を取ると色々と鈍くなるもんさね。もしかしたらその影響かもね」
「だとしたら鈍くなりすぎだ。俺以外の魔族……それこそ人間を餌としか思ってないような奴と会ったら一瞬で終わりだぞ」
「その時はその時だよ。それが私の運命だったってことさ」
「……達観しすぎだろうが」
年寄りの戯言だよとお婆さんは笑った。
サキアは呆れたようにため息を吐き、サキアは言葉を続ける――実は今日、今からここを発って王都に向かうことを。
「お婆さん、世話になったよ。俺はこれから王都に向かう」
「そうかい。寂しくなるねぇ」
寂しくなる……その言葉には重みがあった。
数日間ここで過ごして分かったことがあり、それはサキア以外に利用する人が居なかったことだ。
こんな場所で切り盛りするより、街の方で営業した方がよっぽど良い稼ぎなるだろうに……それをしない理由がサキアには分からないが、深くは聞かないことにした。
「良い宿だったよお婆さん。温かくてとても良い場所だった……あいつ、リルアもここが良い場所だって言ってたしな」
「そうかい」
「あぁ。だから機会があったらまた利用する」
サキアは魔法を発動し、机の上に宝石をいくつか置いた。
その宝石たちは配信をするにあたり手に入れた宝石たちで、かなり強い魔物が多い場所でしか取れない上級レベルの宝石たち。
「何かあったらこいつらを売ればそれなりに金になるはずだ」
「ちょ、ちょっとこんなのもらえないよ!」
「そうか? まあでも置いてくよ――俺は魔族、人間に迷惑を掛けることに躊躇はないんだよ」
「……アンタは」
「あぁそれと、こんな高価なものがあるならそれこそ盗賊に……なんて心配も無用なんだ。その宝石には魔法を掛けてるから、お婆さんの意にそぐわぬ何かが起きそうになった時に助けてくれる」
最後に、さようならと口にしてサキアは宿を出た。
確かに高価な宝石ではあるのだが、サキアからすれば簡単に取れるレベルの宝石なので痛くも痒くもない。
お婆さんに最大の感謝を抱きながら、次なる目的地の王都に向かうのだった。
「つっても王都で何をするかねぇ。ま、適当に夜の王都を見下ろしながら雑談配信だな!」
どこまでもマイペースなサキュバス……果たして王都で何が起こるのか、それはまだだれにも分からない。
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