サキュバスさんお話をする
「お姉さま。こいつどうします?」
「……ふむ」
サキアとリルアがのんびりしていたところ、流星群のように降ってきた勇者をどうするべきか……サキアは頭を悩ませていた。
人類の希望でもある勇者は魔族にとって目の上のたんこぶではあるのだが、ぶっちゃけサキアからすれば自身や近くの存在に危険を及ぼさない限りどうでも良い存在だし、リルアとしてもサキアの決定に従う様子だ。
(勇者……ねぇ。正直どうでも良い存在だが、こいつが目を覚ました時の反応で決めるのもアリか?)
勇者と呼ばれるだけあるので強大な力を持っているのは確かだ。
それでもそんな風にサキアに余裕があるのは単純に彼女が転生者故、そして力量の差を感じ取り自分の方が上だと分かったからに過ぎない。
「リルア、回復魔法を掛けてやれ」
「分かりました~!」
どうでも良い存在……だが傷があるのを見るのは少々気が引けるのも確かである。
命令を受けたリルアは回復魔法を発動させ、傷付いた勇者を癒していく……そしてしばらくした時、彼は目を開けた。
「っ……ここは……」
「起きたか?」
「……え?」
ジッと彼の顔をサキアが覗き込むと、驚いたように勇者は飛び退いた。
さっきまで気絶していたのにここまで動けるようになったのはリルアの素晴らしい回復の手腕だが、一瞬にして状況を理解し距離を取るのは優れているようだ。
「……って!?」
だがしかし、彼はサキアたちの状態に気付いたらしい。
顔を真っ赤にして背を向けた彼を見ていると、これが普通の反応だよなとサキアは苦笑するだけで慌てた様子もない。
「ま、のんびりすると良い。そもそもお前がいきなりここに降ってきて、治療までしてやったんだからな」
「……え?」
勇者は何故だ、そう分かりやすく唖然としている。
サキアは人間の事情に詳しいわけではないが、勇者は魔王を倒すためにその称号を受け取るため、幼い頃から魔王を含む魔族は悪であり、滅ぼすべき存在だと教え込まれているんだろう。
(まあそれこそどうでも良いことだが)
サキュバスの一族はその性質上、戦いに本格参戦することはない。
夢と欲望を追求し与えるのはある意味で生業としているサキュバスなため、勇者と魔王のどちらが勝利し敗北しようがサキュバスクイーンであってもあまり気にしていないのではないだろうか。
「魔族は……」
「うん?」
「……今まで戦った魔族は全て戦ってばかりだった。お前たちは……その」
「珍しいってか?」
勇者は頷いた。
滅ぼすべき存在だと教え込まれているのならこの状況であっても聖剣を抜いて斬りかかってこないのは……もしかしたら彼自身考えることがあるのかもしれない。
「戦いなんざ戦いたい奴らだけでやればいい。俺はそんなものとは無縁の場所で好き勝手にしたいことをするだけさ」
「人を……殺すのか?」
「いいや? 配信活動だ」
「……なんだそれは」
「ふふっ」
やはり勇者とはいえ配信活動という言葉は知らないらしい。
ポカンとする勇者の外見は十六歳程度……この若さで戦いに身を置いていることを少し哀れには思ったもののサキアは決して口にはしない。
(なんつうか……弟みたいな感じだな居たことねえけど)
クスッと笑った後、サキアは立ち上がった。
何やってんだと顔を真っ赤にして俯く勇者の元に近付き、ポンポンと頭を撫でながらこう言葉を続けた。
「色々あるだろうが頑張りな少年――まあ、俺たちが背を向けた瞬間に挑んできても構わないがな」
「っ……」
サキアは魔力を手の平に生み出し威嚇した。
その魔力の波動は薄っぺらいものではあっても、相手が強ければ強いほど意識させる特別な物だ――現に勇者は息を呑むように怖気付いている。
「リルア、俺たちは戻るぞ。それじゃあな少年」
これから配信活動があるのだと言って、サキアは手を振って温泉から出た。
魔法によって温泉から出た瞬間に体は乾き、いつもの装いであるドレス姿になった彼女の背に、勇者の声が再び届く。
「お前みたいな魔族は多いのか!? 戦わなくて大丈夫だって……そう言えるような魔族が多いのかよ!」
サキアは立ち止りこう答えた。
「お前たち人間がどんな風に魔族について教わっているかは知らんが、話が通じない奴も居れば俺のような魔族も居る――ただ相手をどう見るかはお前次第だし、自分の目を信じてみると良い」
「それじゃあ勇者さんさようなら~!」
▽▼
「……不思議な魔族だったな」
その日、勇者は運命を見た。
魔王幹部との戦いの中、自分たちよりも遥かに強い強敵と戦い……勇者は強烈な攻撃を受けて戦いの場から飛ばされたのである。
どうやらそれは勇者以外のメンバーたちも同様だったらしいが、流星群のような勢いで吹き飛ばされたのは彼が勇者だったからだろう。
「あ、帰ってきましたよ!」
王国の聖女を含め、仲間たちが勇者の帰りを心待ちにしていた。
彼らは魔力の繋がりがあるからこそ生きていることが分かっていたし、こうして魔力さえ回復してしまえば勇者は自分の力で転移することも出来る。
「無事だったか」
「良かったよ本当に」
剣士と盾使いの言葉に、ありがとうと勇者は返した。
その後、次なる戦いに向けての準備と休息のためのんびりしていた時だった――勇者は聖女と二人で話をする機会がやってきた。
「本当にご無事で良かったです。これからの戦いにおいて勇者様のお力は絶対に必要となります――忌々しき魔族どもを滅ぼし、真に我ら人が選ばれた種族であると証明せねばならぬのですから」
「……………」
聖女の言葉……それが何故か勇者は引っ掛かった。
自分に目的を与えられ、頼りにしてくれる喜びを抱いていた時の自分はどこに行ったんだと首を傾げてしまう。
聖女だけではなく、戦いが終わった後に婚約する約束をした王国の王女の言葉も似たようなものだが……何故か何も思わなくなってしまった。
(……なんでだ? あんなに心地よかったのに、あんなにもドキドキしたのに……どうして俺は疑問を抱いている?)
勇者はしばらく考え続けたが答えは出ず、心ここに非ずと言った具合に聖女の話に耳を傾けていた。
サキュバスはその存在自体がエロの権化とされている。
無差別に男を引き寄せるフェロモンを放ち魅了するわけだが……一説には力の強いサキュバスはそれだけ他者を魅了するが、同時にその者に掛けられている魅了を打ち消し上書きするというのも特性の一つだったりする。
まあ、サキアには全くもってどうでも良い話ではある。
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