サキュバスさん混沌を呼ぶ

 漆黒に染まった夜の下、その者たちは邂逅した。

 派手なドレスで胸の谷間はバーン! スリッドから覗く生足は月明かりを浴びてシャキーン!

 そ・し・て!

 彼女たちに詰め寄るのはキッチリと服を着こなした警察官だ。


「な、なんて恰好をしているんだ! それにこんな夜中に……っ」


 いかにも真面目そうな男性という印象をサキアは抱いたが、その目に映るのは確かな欲望……どうやら魔力とは無縁の生活をしている現代に人間にとって、サキュバスの彼女たちを直接見ることは毒にもなるらしい。


(体への害はないが……思いっきり精神汚染を受けてる感じだな……)


 それもこれもサキアとリルアが放つサキュバスとしての色気……男性は今にでも服を脱ぎ出して暴走してしまいそうだが、それは誰にも責められることじゃない。

 サキアはスッと男性の後ろに移動し、軽く首を叩いて気絶させた。


「さっきの人に比べたら清潔そうですねぇ」

「そうだな。仮にも警察だし」

「その警察というのは……リルアたちの世界で言う自警団みたいなものです?」

「そんなもんだ」

「ほうほう……」


 リルアにとって現代の世界はあまりにも新鮮なモノで溢れているらしく、さっきから辺りを見回す動きは一切衰えない。

 一応死に掛けたというか、危険な状態に陥ったのだがもう忘れているようだ。


(俺にとっても時間は有限だ――行くぜ)


 それから一気に高いビルの上に飛んだところでサキアは一つ気付く。


「……?」


 屋上に放置されていたペットボトル……行儀の悪い奴が居るなと思いながらそれを拾おうとしたところで、自身の手がペットボトルをすり抜けたのだ。

 さっきは汚部屋で物に触ることは出来たはず……どうやらこっちの世界に居続けるというのはかなり難しいようだった。


「リルア、すぐに配信を始めるぞ」

「分かりました!」


 いつものように魔法によってカメラを生成するわけだが……やはりこれに関してもかなり魔力を喰われてしまい安定しない。


(これが普通のサキュバスならとっくに魔力が枯れてるぞ……)


 それはつまり、どれだけ自分のことが規格外なんだと知る機会もであった。

 対策を取らないと現代に長く居ることは不可能だと判断したが、サキアの配信者魂はあくまで爪痕を残したがっている。


「よし、出来た」


 苦戦はしたものの、カメラの生成が終わったことですぐさま配信が始まった。

 急いでいるのもあってSNSで呟いていないが、それでも同時接続がすぐに増えていく……コメント欄もそれに比例して賑やかになっていた。


・こんちゃ!

・こんサキュ!

・こんサキュ!

・あれ……なんかいつもと背景が現代チックじゃね?

・異世界にそんな建物ないよね?


 リスナーも異変に気付いたようだった。

 ニヤリと笑ったサキアはカメラを移動させながら、周りの景色を可能な限り映すようにして喋り始めた。


「今日はいつもと違う新たな企画だ――俺たちが今、どこに居ると思う?」

「どこでしょうか~♪」


 勿体ぶる時間すら惜しいので、サキアはその答えをすぐに口にした。


「実は俺とリルアは今、現代――つまりリスナーのみんなと同じ世界に居るぜ」


・何言ってんの?

・??

・サキュバスさんついにおかしくなった?

・いや、ちょっと待てよ

・サキュバスさんとリルアちゃん普段と変わらないよな……?

・尻尾も翼も動いてるし……あれ?

・いやいや、良い感じに写真入れ込んでるだけだろ?


 困惑する者、最初から信じない者と様々な反応だ。

 その反応さえもサキアは楽しいようで口角が吊り上がっており、その獰猛な微笑みを見てリルアが股をモジモジとさせている。


「それじゃあ見せてやるか詳しくな――そこそこ都会みたいだし」


 出た場所は少しあれだったが、よくよく見たら高い建物がかなり多い。

 リルアに待機しているように命じ、サキアは飛び立った。魔法で生み出したカメラが彼女を追うように移動し、高い場所に浮かんだところでカメラが全てを写した。


・あれ……?

・ここってあそこじゃね!?

・ちょっと待ってマンションが近いって!

・おいおい! 今なんか窓から見えたぞ!?

・マジなの!? 本当にサキュバスなの!?

・紐ついてんじゃ?

・馬鹿野郎! そんなことあるわけねえだろ!

・マジか……マジで居たのかサキュバスさん!!

・これ……大変なことになるんじゃない?


 もう後戻りは出来ない……それほどにコメント欄が混沌と化している。

 もっともっと配信がしたいし、現代を引っ掻き回したいところだがそろそろ限界が来てしまったということで、リルアの元にサキアは戻る。

 しかしその途中、マンションから一人の女性が出ているのをサキアは見つけた。

 目を点にして見つめてくる彼女に、サキアはヒラヒラと手を振って戻るのだった。


「よし、帰るぞリルア」

「う~ん……もっと色々見て周りたいですが仕方ないですね!」


 ということで、大変短くはあったが現代での時間は終わりを告げる。

 帰り道は何も問題はなかったが……確かな映像と確かな目撃者が居ることで、サキアの望む混沌が翌日に広がるのは言うまでもなかった。

 魔法も人ならざる者も存在しない現代にて確認されたサキュバス……それが大騒ぎにならない理由なんてなかったのだ。

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