サキュバスさんついに渡る

「……さてと、やってみるか」


 夜になり、サキアは魔法を発動させた。

 隣にはリルアも待機しており、どんなことが起きたとしても万全の対処が出来る安心感がある。


「お姉さま、そろそろですよ」

「分かった」


 二人が居る場所は宿ではなく、そこから数キロほど離れた森の中だ。

 辺りには魔物の気配はあっても人の気配はない……というか、先ほどまで生きていたであろう魔物たちは全て肉塊へと変化していた。


「……………」


 目を閉じ、サキアは今までにないほどに集中している。

 サキアは果たして何をしようとしているのか……それは配信によって現代にアクセスが可能であるのならば、実際に意識そのものをあちらに飛ばすことが出来るのではないかという試みだ。


(……くくっ、引っ掻き回したい気分ではあるが)


 もしも魔法も異形の存在が確認されていない現代にサキュバスが現れた時、果たしてどんな状況になるのかが楽しみで仕方ない。

 かつて人間として過ごしていたサキアだが、サキュバスに生まれ変わった時点で感性は変化しており、今の彼女は誰かの迷惑にならない範囲ならばある程度のことは進んでしようと考えている。


「お姉さま……どうですか?」

「……あぁ。まだ分からん」


 ただ……作業は難航を極めた。

 そもそもどうして配信が現代に届くのか、SNSを覗くことが出来るのか……それは詳しく分かっていない。

 何故かやったら出来たというのが正直なところなので、配信と同じ要領を応用しているが中々難しい。


「……うん?」


 その時、何かが繋がったのをサキアは感じ取った。

 それの感覚を忘れないようにしっかりと頭の中に記録し、魔力の質をリルアを通じて保存する――ここだと、サキアは羽を広げて飛んだ。


「お姉さま」

「来るのか?」

「もちろんです!」

「……まあ良いか」


 ギュッと腰に抱き着いたリルアを連れ、サキアは繋がった先へと移動した。

 それはまるで次元のホール……しっかりと魔力が繋がっていること、リルアに保存してもらった情報も残っているのを確認し、更に奥へと進んでいく。


(俺のことはともかく、リルアのことはちゃんと見ておかないとな)


 未知のことにチャレンジするのは大事なことだし褒められる行為だが、それが仮に危険なことだとして他人を巻き込むというのは言語道断である。

 今回はリルアが勝手に付いてきたようなものではあるものの、連れてきた以上は必ず連れて帰るという決意をサキアは抱いている。


「あ、出口ですよ!」


 リルアが指を向けてすぐ、二人は出口を通り抜けるのだった。


「っ……」

「うへぇ……なんですかこの臭いは……」


 ホールを出てすぐ、サキアとリルアは鼻を摘まんだ。

 ひん曲がるは言い過ぎだがそれくらいの悪臭……まるでゴミの中に放り出されたような臭いだ。


「……ここは――」


 それもそのはずで、サキアたちの視界に広がったのは多くのゴミが散乱した部屋だったからだ。

 コンビニで買った弁当箱の残骸であったり、選択していない服がバラバラに積まれていたり……とにかく、こんな部屋で過ごしたくはないと考えてしまうほどの有様だった。


「……って、臭いはどうでも良いんだよ」


 逸る心を抑えるように、サキアは窓から外の景色を見た。

 彼女にとっては大よそ何十年振りだろうか……それこそ、前世でよく見ていた夜景がそこには広がっている――これはつまり、サキアの試みは成功したということだ。


「お姉さま!」

「あぁ! 上手く行ったみたいだ」


 サキアの試み……それは現代への移動だ。

 ただ普通に移動するというのは不可能なため、サキアがリルアの言葉から思い付いたのが現代に生きる誰かしらの夢を通じて移動するという手法だ。


「へへ……サキュバスさん……最高だぜぇ」

「……………」


 今回、サキアの魔力が反応したのがこの汚部屋の持ち主である男性だ。

 よくこんな場所で眠れるなと思いつつ、新鮮な空気に触れたいがために窓を開けて外に飛び立った。


「……っ」

「リルア?」


 しかし、外に出てすぐリルアの様子がおかしくなった。

 顔色が悪くなり汗も止まらないみたいで……サキアはすぐにリルアをお姫様抱っこしながら上空に停滞した。

 懐かしい夜景をのんびり見つめるのはもう少し先になりそうだ。


「どうした?」

「苦しい……んです。上手く呼吸が出来なくて……」

「……まさか」


 上手く呼吸が出来ない……それはまるで病気のようだった。

 しかし若干の息苦しさならサキアも感じているため、その影響もあってリルアの様子の答えが出る。


「そうか……こっちには魔素がないからな」


 そう……現代には当たり前だが魔力は存在していない。

 魔素と呼ばれる物質がサキアの生まれた異世界には充満しており、その魔素があることで正常な魔力を保つことが出来るのだ――言ってしまえば異世界における酸素みたいなものだ。


「あむっ」

「っ……♪♪」


 苦しそうなリルアの口に顔を近付け、サキアは自身の口で覆った。

 そのまま魔力を変換するようにリルアへ移していくと、段々と彼女の呼吸もそうだが顔色も良くなっていく……そして気付けば、突然のキスを嬉しそうにするリルアがそこには居た。


「一応、お前の中に大量に入れておいた。しばらくは余裕のはずだ」

「ありがとうございます! うへ……うへへ♪」

「……大丈夫か?」

「大丈夫です! というか……お姉さまはどうしてそんなに平気なんです?」


 さあ、それは分からないとサキアもお手上げだ。

 ただ一つ考えられるとすれば、サキアの魂そのものがこの現代に順応しているからではないかと思われるが真相は定かではない。


「取り敢えず降りるぞ」

「は~い♪」


 二人して降り立った先は公園だ。

 深夜なので人は当然居ないので静かだ……だが静かで良かったとサキアはホッと息を吐く。


(こんな格好の女が居たらヤバいだろ)


 サキアとリルアは普通の服装ではない……リルアに至っては布みたいなものなので絶対に大騒ぎになってしまうからだ。

 色々とやりたいことはあるが、こうしてこっちに移動出来たのはサキアの膨大な魔力があったからこそ……世界が違うのと合わせ、魔素もないのでどんどん魔力が失われていく。


「適当に配信を少しやったら切り上げるか」


 現代を引っ掻き回すため、サキアは突然ではあるが配信の開始を試みる――そんな彼女の鼓膜を震わせる声が突如聞こえてきた。


「君たち! こんな時間に何をしているんだ!」

「うん?」

「誰です?」


 振り向いた先に居たのは国家権力の犬……ではなく、日々生活の安全を守っている警察だった。

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