サキュバスさん男心を知りすぎている
(……見られることに気持ち悪さはない。何故なら俺が彼らなら絶対にガン見する自信があるからだ)
サキアはそう強く心の中で呟いた。
今回、この街にやってきた理由は取材……そして敢えてもう一つ理由を上げるとするなら息抜きだ。
傍にリルアも居ることだし、気分転換に意味も込めてのもの。
「リルアたちはやっぱりモテモテなんですねぇ」
「ただ見られているだけだがな。そもそも俺たちはサキュバスだ――極論産まれたばかりの子供でも男を発情させるフェロモンを放っているんだし、俺たちが特別モテるわけではないだろうよ」
「それもそうですねぇ……うん?」
「どうした?」
何かに気付いたらしく、ハッとするようにリルアが立ち止まり言葉を続けた。
「冷静に考えました。いくらサキュバスとはいえ、産まれたばかりは赤ちゃん……赤ちゃんに発情するって論理的にヤバくないですか?」
「そうだな。だが敢えて言わせてくれ――サキュバスのお前が論理を語るな」
それはある意味サキアにブーメランだが……確かにその通りである。
サキュバスがどんな条件下であれ、男の発情に物申すのはナンセンスだ……そうなると自分たちはサキュバスだしエロい恰好してエロい誘惑をするけど発情するな、なんて不条理を相手に叩きつけるようなものだ。
「しっかし取材とはいえ何をするか……う~ん」
当てはない、それは当然だ。
サキアはうんうんと唸り続け考え事をする中、リルアはサキアにくっ付いているだけで満足しているらしく、ニコニコと微笑んでいる。
「お姉さまと一緒、お姉さまと一緒♪」
とまあこのように大変ご機嫌の様子だ。
一応、先ほど絡んできた男性たちが消えて行った場所からいくつもの悲鳴が聞こえてきたが、リルアは全く気にする様子もない……彼女が考えているのはただ、サキアに関する何事かのみ。
「私は基本的に街には寄り付かないが……冒険者ギルドにでも行ってみるか」
「行ってみましょう!」
それからサキアはリルアを伴いギルドに向かった。
(おっほ……男くせえところだわ)
男女共に冒険者は数多く居るが、門番の男性が言っていたようにとりわけここは男の比率が高いようだ。
サキュバスとして男の匂いに敏感なサキアだからこそ、入口の段階でこの建物内から漂う匂いには気付いていたが……実際に中に入ると物凄い男と汗の匂いが混ざり合っている。
(なんか……懐かしくなるわ)
自分が元々男だったからこそ、懐かしかった。
今となっては胸に豊満な膨らみがあるし股に付いていた分身は居なくなったが、記憶だけはいつまでも色褪せることはない……若干のエモさを勝手に抱きつつ、サキアは中を見回す。
「やぁ美しいお嬢さんたち、どうしたんだい?」
こんな場所には不釣り合いのイケメンが現れた。
身に纏う鎧と腰に携える剣は明らかに高級そうであり、しっかりと磨きながらも細かい傷がいくつも付いていた。
「おいおい、またあの野郎が女に話しかけてやがるぜ」
「クソイケメン野郎がよ……受付嬢たちも夢中だし」
「ムカつくぜ……顔が良いだけの男ってのは」
普通なら聞き取れない声もサキアは聞き取ることが出来る。
どうやら目の前に立つ彼は女にモテるという意味で嫌われているようだし、仕草もキザなもので異世界ファンタジー小説に出てくる噛ませ犬の香りもしている。
「お姉さま、どうしますか~?」
「……………」
噛ませ犬の香り……だが、どんな男にさえもサキアは親近感を抱くことが出来る。
だからこそ――彼女は目の前の男に対し、あまりにもクリティカルな一言を送り届けることになるとは彼女自身も思わなかっただろう。
「その剣と鎧の手入れは君がしているのか?」
「え? あ、あぁ……流石に剣は無理だけど、鎧は自分で磨いてるよ。命を預けている相棒みたいなものだからね」
「なるほど」
一歩前に出たサキアは男の鎧に触れた。
「っ……」
男の緊張した様子に気付きながらも、サキアはそっと指を這わす。
サキアは気付いていないだろう――ただジッと、鎧を見つめる彼女の瞳は切なく揺れており、否応なく周りの男たちの関心を集めている。
(もしかしたら……俺がこいつみたいな立場の可能性もあったかもな)
サキュバスとして生まれるのではなく、普通の人間としてこの異世界に生まれていたら冒険者になっていただろうか……そんなことをサキアは考えたのだ。
スッと鎧から手を離し、サキアはこう言った。
「道具を大切にするやつに悪い奴はいない……それに、チラッと手の平が見えたが血豆がいくつか出来ている……随分努力をしているみたいだな」
「……えっと」
「努力は実を結び、絶対の自信となって己を助けてくれる……君は今の実力に驕ることなく頑張っているみたいだ――凄いじゃないか」
「……あ」
ニコッとサキアが微笑むと、男は頬を赤くしてボーッと動かなくなった。
ちなみにサキュバスはとにかく異性の気持ちの変動に敏感であり、今の言葉で男がサキアに対し抱く想いに変化を来たしたこともサキアは分かっている。
男心を分かっているからこその言葉を掛けたことに他意はなかったが、それでも少しサービスが過ぎたかとサキアは反省して建物を出た。
「リルア、飛ぶぞ」
「は~い!」
誰かに呼び止められるのを嫌ったサキアの願いをリルアは聞き届け、すぐその場から飛び去るのだった。
ただ、飛び去って次の場所に着いてすぐにリルアは頬を膨らませた。
「どうした?」
「お姉さまが誰かに優しくしているのを見るのは気分が悪いです!」
「……なんでだよ」
「……嫉妬です! ふんだ!」
ぷくっと顔を膨らませたリルアを見てサキアは小さくため息を吐く。
どんなにリルアが気分を悪くしたところで、結局サキアには甘いので機嫌が直るのはすぐだった。
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