サキュバスさん考える
「むにゃ……お姉さまぁ」
「全くこいつは……」
朝、目を覚ましてすぐにサキアの耳に届いたのはリルアの寝言だ。
小柄な彼女はサキアに跨るようにして眠っており、ちょうどサキアの胸の谷間に顔を埋めるような形だ。
「……重くないんだよなぁ。サキュバスって本当に器用なもんだ」
場合によっては人間を搾り殺す危険はあるものの、基本的にサキュバスは究極のワンナイトサービスを心掛けている。
相手が望めば上から跨っても体重を感じられるようにも出来るし、逆に温もりと柔らかさだけを求めるならば体重を無くしてただ寄り添うことが出来るのだ。
「ただ……それって俺は出来ないんだよな」
そう、不思議なことにサキアには出来ない。
そもそも男と寝た経験がなく、リルアのように女性しか相手したことがないという特殊性ももしかしたらあるかもしれない。
「っ……こいつめ」
考え事をしている途中、胸から甘い刺激を感じたかと思えばリルアがちゅうちゅうと赤ちゃんのように吸っていた。
決して振り落としたりすることはなく、彼女の頭を優しく撫でながらサキアは次なる配信内容を考える。
「リルアを出した配信は成功したわけだが……他に何か出来ることはあるか? リアルにはない異世界の光景を見せるのも悪くないし、いっそのこと魔物を狩るだけの配信も面白いか……う~ん」
そもそも何をやったところで現代人からの関心は得られてしまう。
チャンネル登録者だけでなく同接も増え続け、チラッと見たSNSでもサキア話題は事欠かない……果たして、これで収益化が叶っていればどれだけの収入になっていただろうか。
「うん?」
サキアは考え事をしながらもリルアの様子を窺っていた。
彼女は相変わらず目を瞑っているが、両手でサキアの胸を掴んだかと思いきやダブルで吸い始め……これは完全に起きてるだろうとしてこつんと頭を叩いた。
「あいたっ!?」
「悪戯をするな」
「ごめんなさい……嫌でした?」
「嫌じゃない。ただ、こういう時にはツッコミはするものだ」
「そういうものなんですね……なるほど」
サキアとしても美少女に求められるのは嫌ではないし、気持ち良いか気持ち悪いかで言えば気持ち良いので好きにさせた。
「リルア」
「ふぁい」
「昨日の配信で少し感覚は掴めただろう? 何か案はあるか?」
「それは決して過激ではなく……えっと、BANっていう罰を受けないラインを見極めるってことですね?」
「そうだ。理解が速くて助かるよリルア」
「えへへ~♪」
地頭は悪くないし、むしろリルアは頭の良い子である。
ただ流石に異世界人の彼女にどんな配信が良いかと聞くのは酷だったらしく、顔が真っ赤になってしまうほどにリルアは考えたみたいだが案は出てこなかった。
「おはよう二人とも。今日も出掛けるのかい?」
「はい。適当に外に行ってきますよ」
「行ってきまぁす!」
お婆さんに見送られ、サキアたちは近くの街に向かった。
二人が向かう先はそこまで大きな街ではないが、冒険者たちで賑わうアカサスという街だ。
「お、これはこれは別嬪さんじゃないか」
「どうも門番さん。良い汗を掻いてるじゃないか――仕事に精を出している証だね」
アカサスの門を守るのは四十代くらいの男性だった。
男性はサキアとリルアに対して欲望に染まった目を向けていたが、サキアから掛けられた言葉に感極まったかのようにウルウルと瞳を濡らす。
「ありがとうよお嬢ちゃん。そんな風に言われることは滅多になくてな……ここには何の用だい?」
「旅行みたいなものさ。私たちは怪しく見えるかい?」
「見えるとも。この汗臭い冒険者の街に入ったら面倒なことになるぞ?」
それはサキアもリルアも承知済みだ。
角と羽を隠してはいるものの、二人ともそこそこ露出の激しいドレス姿のためサキュバスと見抜かれずとも遊女くらいには思われるかもしれない。
まあ門番の男性はこの二人の強さを知らないため心配してくれている。
「精々気を付けるよ」
「なら良いんだ。何かあったら自警団に言ってくれると俺も力になる」
「分かった」
「ありがとうございますぅ~」
門から街の中に入ったところで、リルアが感心したように言葉を続けた。
「お姉さまは凄いですね。男性が欲しい言葉をああも察するなんて」
「ま、あれくらいは容易いよ。そもそも、俺は女の中でも男の心を一番理解出来ると思っているからな」
「流石ですお姉さま!」
元が男なのでそれは当然だがリルアは知る由もない。
背に差がありすぎる二人だが、リルアがサキアの腕を抱きしめているせいで親しい仲に見えなくも……いや全然見えないこれは親子の光景だ。
「何をするんですか?」
「取材だ。配信に何か活かせないかと思ってな」
「なるほど!」
取材……良い響きだとサキアは微笑む。
街中を歩いていると二人に目を留めた男の集団が寄ってきたが、先手を打ったのはリルアだった。
リルアが男たちに向かってふぅっと息を吹くと、それはサキアにのみ視認出来る強烈なフェロモンだった……男を狂わせ、意のままに性欲を解放させるサキュバスの技である。
「リルア、お前は悪い子だな」
「えぇ~良いじゃないですかぁ。面倒なモノは最初からめってするんですよ」
性欲を解放させたら大変じゃないか……そう思うだろう。
しかしサキュバスは更に幻覚……幻さえも見せることが可能であり、彼らは一緒に行動している男がリルアによってとてつもない美女に見せられている。
男同士で肩を抱き合い茂みに消えて行った彼ら……果たして何をするのやら。
「あ、そういえばお姉さま」
「なんだ?」
「映像として違う世界に届けることが可能……夢に潜る応用として、私たちの意識を向こうに飛ばすことは難しいでしょうか?」
「……なるほど?」
それは考えたことがなかったなと、リルアの問いかけにサキアは頷く。
根本的に世界を移動することが出来ないことは確認しているが……あちらの人間の意識と直接繋ぐことが出来れば或いは……或いは新たなステージに立てるかもしれない。
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