サキュバスさんお仲間を呼び寄せる

 とあるアパートに住んでいる男性はその配信に夢中だった。


『ふぅ……やっぱり温かいお湯ってのは良いねぇ。異世界にはこういう……なんて言うんだ? 野良の温泉って割とあるんだよ』


 パソコンのモニターの中、一人の女性が温泉に浸かっている。

 どこかの露天風呂なのか分からないが、綺麗な星空の下に湯気が立ち込め、女性が体を動かす度に水の音が響き……それもどこかASMRのような良い音だった。


「……エロすぎんだろ」


 配信を見て一言、男性はそう呟いた。

 今や配信界の超新星と言われているサキュバスチャンネル……本当の異世界人を名乗る頭のおかしい淫魔が主役なのだが、果たして何人の人が信じているだろう――ちなみに男性はそんなことどっちでも良いと考えており、見ている理由は綺麗な女が出ているのとエッチだからだ。


・これ、なんでBANされないんだろうな?

・他のVtuberとかもお風呂配信とかしてんじゃん

・ビキニでピアノ弾いたりする人とかいるじゃん

・ピアノ弾くのはともかくVtuberは顔見せてないだろ

・声だけだしな

・Fortube君はサキュバスさんがお気に入り

・でもサキュバスさんは結構見られてると思うよ。それだけあり得ないんだし

・それなぁ……くそっ、湯気が忌々しい


「男は考えること同じだよな……」


 男性は苦笑しながらそう呟く。

 ただ……以前に動画を見ている性別割合をサキュバスは教えてくれたが、面白いことに男性が六割で女性が四割らしく、意外と女性が見ていることも驚きだった。


・どうやったらそんなに肌が綺麗になるんですか?

・スキンケアはどのように?

・どこの化粧品を使っていますか?

・髪の手入れは特殊なことをされています?

・どうやったらそんなお腹が細くて胸がばい~んになれますか?

・怒涛の質問攻めで草


 これはもしかたら女性かもしれないなと、男性は少し興味を持つ。

 質問をされたら答えるのが雑談配信の醍醐味として、サキュバスさんはう~んと考えた後に教えてくれた。


『特別なことはしてないよ。そもそも俺はサキュバスだ――よっぽど酷い環境に置かれない限り肌は艶を保てるし髪も綺麗になる。スタイルも小学生くらいの年齢で既にFカップとかだったし。冷静に考えてくれ? そもそも人を誘惑するのがサキュバスなんだから魅力を損なう事態には陥らないよ』


 なにそれ羨ましいと、コメント欄に来ていた女性たちが一転して嫉妬に狂ったかのように群がる。

 中には私もサキュバスに生まれたいと書く人が居るくらい……だがそれに対し苦言を呈したのもまたサキュバスさんだ。


『そういえば言ってなかったんだけど、俺はサキュバスの中でもかなり特殊なタイプで男から精気を吸わなくて大丈夫なんだよ。まあサキュバスになった時点である程度は気持ちの整理は出来るだろうけど、普通のサキュバスなら生きるために男と交わらないといけないぞ? どんな見た目だったとしても、性欲の方が勝ってどうでもよくなるかもしれないけどね」


 それは少しゾッとする話だったが、所詮は人間と淫魔という種族の違いなので気にしても仕方ない。


「……って、何を真剣に考えてんだ俺は」


 そもそもサキュバスさんのこと自体設定のはずなのに、真剣に考えてしまったことが恥ずかしかった。


「でも……良いよなぁ」


 男はモニターに映るサキュバスさんに欲望が募る。

 あの素晴らしすぎる肉体……男の心を知り過ぎて寄り添ってくれる抱擁力……今すぐにでも利き手でアレを握りしめたい数多の欲求……男は気付かない――否、サキュバスチャンネルを見ている視聴者は気付かない。

 サキュバスさんに対してどんな感情を抱こうが、彼女の魅力は魔力という形となってモニターから不可視に漏れ出していることを――それはつまり、並大抵の人間は男と女に関わらず……サキュバスさんの魅力に抗えずその場で発散してしまうのだ。


▽▼


 サキュバスさん……サキアの配信を見て視聴者の一部どころではない数の人間がどうなっているか知る由もなく、サキアは満天の星空の下で配信を終えた。


「あぁ……気持ち良いな」


 温泉の温もりに浸りつつ、サキアは配信のことを思い返す。

 明確に異世界と現代の違いを理解しているのはサキア自身だが、だからこそこの世界の境界線を知っているのに合わせ、どのようにすれば視聴者が喜んでくれるかも分かるからこそ楽しい。


「当然大事な部分とかは出ないけど、こんな風に入浴シーンとか見せたら俺がサキュバスかどうかに限らず喜びすぎだろ。もう五十五万人まで行ったぞ」


 一昨日は確か五十万くらいだったはずなのに……これは夢の百万まで一瞬だろう。


「それにしてもなんでBANされないんだ? 広告とか付けてたら剥げるのは当たり前だろうけど……Fortube君は甘々ですなぁ」


 許されるなら今の形をサキアは続けるだけだ。


「でも……意外とエロいのとか前世であったよな。Vtuberや普通の配信者に限らず、ゲームに負けたら健康器具のスイッチを入れるとか……つうかあれって実際本当にやってたのか? 単にエロい声を出しただけ……? う~む、今となっては永遠の謎だぜ」


 ちなみに、健康器具というのは大人の玩具である。

 元の思考が男性でもあり、サキュバスという性の解放的な種族なのも相まってそういうのも試してみるかと少し悪戯心がサキアの中で浮かぶ……ただ、この異世界にはそのようなハイテクな機械は存在しない。

 敢えて言うと樹海の奥地なら女を辱め苗床にする触手は大量に住んでいるが、ぶっちゃけ見るのは好きだがやられるのは趣味ではなかった。


「……いや、昔に触手に捕まったことあるけど逆に殺したんだったわ」


 かつて、一度だけまだ戦いに不慣れな時にサキアは触手に捕まったことがある。

 あのままだと確実に犯されていただろうが、サキアの持つ魔力はあまりにも強く熱いもの――逆に纏わりついた触手たちが燃えカスになってしまった。


「ま、配信に関しては色々と試したいところだな!」


 そんな風に意気込んだ後、サキアは何故かため息を吐き――こう言った。


「それで、いつまで隠れてるんだ――リルア」


 リルア、そう名前を呼んだ瞬間、何かが茂みから飛び出した。


「は~い! 見つかっちゃいましたかお姉さま!」

「……………」


 出てきたのは桃色の髪を持った小柄の女。

 小柄なのはあくまで身長のみの話であり、そのスタイルはあまりにも暴力的で凄まじい……そう、彼女もまたサキュバスだ。


「はぁ……いつ見てもお姉さま素敵♪」

「……面倒なのが来たよマジで」


 いつの間にか下着同然の服を脱いで隣にやってきたリルアを鬱陶しそうにしながらも、サキアは決して突き放したりはしなかった。

 それはサキアの甘さであり、もしかしたら……一人旅で少し寂しかったのかも?

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