サキュバスさんにんまりしちゃう

「ブラックホール」


 サキアが小さくそう呟くと、魔物を黒い魔力が包み込んだ。

 中で何が行われているのかは分からないが、耳をつんざくほどの獣の悲鳴が聞こえたことで、おそらく目を覆ってしまうほどの光景が広がっているはずだ。


「はい、おしまい」


 魔法が消えた時、魔物の姿は既に残っていなかった。

 ブラックホールという言葉が表すように、魔物は捻じ切れるようにその存在を抹消されただけに過ぎない……ただそれを黒い魔力で隠さなかった場合、ほぼ確実にBAN対象になり得るグロテスクな姿だっただろう。


・死んだのか?

・流石サキュバスさん!

・マジで異世界なの?

・あなたは本当に異世界の人?

・凄すぎる……

・アンチ黙っちゃったよ


 アンチは完全に黙ってはいないものの、少しだけ大人しくなっていた。

 サキアとしてはやっぱり信じてもらえなくても構わないというスタンスなので、あくまで堂々としているだけだ。


「よし、それじゃあ当初の目的通りに雑談でもしよっか」


 サキュバスは夜を統べる種族である。

 さっきの魔物を含め、どんなに強力な魔物であっても夜の間はサキュバスに勝てない……単純に強い魔法が使えなくても、搦め手においてはサキュバスの右に出る者は居ないのだから。


「好きなこと聞きなよ。エッチなことでも全然大丈夫だからさ」


 元男としてもそうだが、かつて多くの配信者のリスナーだった彼女はどんな質問でも答えられるほどの度胸はある。

 サキアがそう言った瞬間、色んな質問でコメント欄が埋め尽くされた。


・バストサイズは?

・初体験は?

・異世界ってどんなところ?

・どこに住んでるの?

・本当に実物なの?

・恋人は?

・サキュバスって本当にエッチなの?


 とまあ、アンチの意見を押し流すほどの大量の質問である。

 やはりどんな質問が来てもサキアとしてはリスナー側の気持ちも分かるため、丁寧に答えていくことにした。


「測ったことはないけどHカップくらい。俺はサキュバスの中でも特殊だから初体験はまだ。普通に剣と魔法の世界だし勇者も魔王も居る。住んでる場所は……ってそっちじゃねえってば。実物、マジもんのサキュバスです。恋人はいない。基本的にサキュバスはエッチ」


 包み隠さず、聞かれたことには正直にサキアは答えた。

 それからもサキアに対する質問は途切れなかったが、こうやって元々住んでいた世界の人たちと会話をするのは楽しかった。

 赤裸々な質問に答えればコメント欄は沸き、その間もチャンネル登録者はどんどん増えていく……正にサキアは無敵だった。


「次はこっちから聞いても良い? そっちの世界では何が今のトレンドなん?」


・ソシャゲとかめっちゃ流行ってるわ

・転売流行ってるな

・TCGとかヤバいよな転売

・男がどうとか女がどうとかも騒がしいね

・面白いアニメとか漫画いっぱいあるよ!

・ちなみにサキュバスさんのことも取り上げられてるわ

・まあそうなるよなぁ……異世界がマジだったら大事件だし

・仮にCGとかリアル寄りのVtuberだとしても技術ヤバいし

・とにもかくにもサキュバスさんは色んな方面から人気

・コラボ依頼とか来ないの?


「結構あるんだな……コラボはないね。あったとしても俺とコラボして困るのは向こうだろうし……だってほら、俺ってこんな風にこっちの映像を届けることしか出来ないからさ。ゲームなんてものもないしそもそも会えないしね」


 だからやれることは限られるのである。

 ただ……それを少しだけ寂しいと思ったのは確かで、もしかしたら声にその感情は乗っていたかもしれない。


「それじゃあ今日はこの辺で終わるわ。じゃあなみんな」


 お疲れ様、また見たい、また来る……多くのコメントが流れたのを見届けた後、サキアは魔法を解いて配信を切った。


「……ふぅ」


 サキアがサキュバスであることを除いても、チートレベルの魔力を駆使すればこの世界を平伏させることすらもしかしたら出来るかもしれない。

 噂では魔王さえも右腕にしたいだとか、嫁にしたいだとか言っているとかいないとかでサキアからすれば戦々恐々ではあるが、やっぱり興味はない。


「配信……楽しいなぁ」


 世界征服? 酒池肉林?

 そういった類のことにサキアは一切興味はなく、本当に自分と違う世界に住む現代の人々の反応が見たいがため、そんな力の無駄使いをサキアは楽しんでいる。

 配信中は魔力を練っているため、体はとても熱を持ってしまう。

 サキアは熱を冷ますために近くの湖へと転移した。


「よっこらせっと」


 爺臭い台詞を口ずさみつつ、サキアは水に足を付けた。

 月明かりが反射する水面には彼女の体が映っており、自分で言うのもなんだがサキアは本当に俺って美人だなと微笑んだ。


「男としての感覚は残ってるし、サキュバスとしての感覚も共存してる……不思議な感覚なんだよなぁ」


 これで男を貪らないと生きて行かないとかなら憂鬱だったが、この体の構造には本当にサキアは感謝している。


「……俺自身と結婚したいねぇ」


 異世界人だからこそ整っている顔立ちかもしれないが、それにしてはあまりにも整いすぎている……美貌だけでなく、胸に付いた巨大な膨らみなんかも欲望を誘うには十分すぎる代物だ。

 だがしかし、悲しいかな自分の体では全く興奮出来ない。

 女だからか、それともサキュバスだからか……男としての感覚が残っていてなお興奮出来ないのがちょっとだけ……ちょっとだけサキアは悲しかった。


「……う~ん」


 試しに胸を揉んでいた。

 刺激はあるし気持ちが良い……なのにそれだけ……これでは完全に枯れたおっさんでしかないとため息が出る。


「そういえば……ASMRとかどうなんだ? 俺って声めっちゃ良いし」


 聞き方によっては王子様のようにも聞こえるし、お姫様のようにも聞こえると言われているサキアの美声……だからこそASMRというものにも興味はあった。

 魔法で映像を届ける性質上、もしかしたらリスナーが聞き取る音に細工が出来るのではないかとほくそ笑む。


「うんうん。やっぱり配信って楽しいねぇ」


 前世でも見ていた配信者たちはみんな、こんな風に楽しんでいたのかなと……サキアは彼らと同じ舞台に立てたことを喜ぶのだった。

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