サキュバスさん納得する

「登録者五十万人……かなり増えたな」


 自身のチャンネルアカウントを見ながらサキアは笑みを浮かべた。

 まあ普通の配信者に比べ、サキアの配信はあまりにも特殊であり特別なのは言うに及ばず……そのためどれだけ信じられないような映像の数々であっても、ただ他ではあり得ないチャンネルだからこそ一気に人は増えたのだ。


「さ~てと、適当に宿でも取って寝るとするか」


 サキアが転生したこの異世界アーゼンスは勇者や魔王という存在も居る。

 各地で人と魔族による争いは絶えないが、そんなものはどうでも良いと言わんばかりにサキアは放浪の旅を続け、その中で現代に映像を届ける配信者として活躍しているわけだ。

 とはいえサキアの配信をアーゼンスに生きる者たちは知らないし、そもそも配信という活動自体が何のことか分からない……それ故に、サキアは完全に現代のことしか見えていないのだ。


「あら、綺麗なお嬢さんじゃないか。アンタみたいな子が来るとはねぇ」

「こんにちはお婆さん。部屋は空いてる?」

「こんなボロ宿にお客さんなんてそう来ないからねぇ。どこも空いてるよ」

「そう。なら数日泊まらせてね。でもボロ小屋なんて言わないでよ? こうして扉を開けて出迎えてくれたのが温かい心を持ったお婆さんだったんだから」

「あらあらまあまあ! 嬉しいことを言ってくれるじゃないのさ!」


 サキアは魔法でサキュバスの証である翼などを隠しているため、よっぽど勘の鋭い人間でないと気付かれることはない。

 宿を切り盛りしているお婆さんの心を一瞬で掴み、サキアは部屋に向かった。


「……わお」


 確かにボロ宿と言うだけあって、今までに泊まったことのある宿に比べたら確かに酷い……とはいえ、休めないほどでもないのでサキアは気にしなかった。

 ベッドの上に寝転がり、今日の配信は何をしようかと考えを巡らす。


「にしても……いい加減しつこくないか?」


 しつこくないか……それはサキアに対する追手への言葉だ。

 実はこのTSサキュバスさんなのだが、転生者ということもあってその身に秘める魔力は莫大であり、現在のサキュバスの長であるサキュバスクイーンに並ぶ魔力を秘めている。

 それ故か、男から精気を吸わなくても生きていける強靭な肉体を持っており、魔法の腕も魔王を補佐する幹部クラスに匹敵するとさえ言われていた。


「同族だからあまり酷いことしたくないしなぁ……気にしなくて良いことではあるんだけど、サキュバスとして生まれたからにはちょっとだけ同族意識ってのもあるから困ったもんだ」


 サキュバスクイーンに並ぶ力を持っているからこそ、サキアは次代の長に相応しいと言われたせいで、同族のサキュバスたちに戻って来いと追われているのだ。

 それは決して嫌なものではなく、単純にサキアを大事にしているからこそ……なのだが、実はもう一つ問題があった。


「なんで俺の場合は女まで引き寄せるんだよ……」


 転生の影響か、或いは不可思議な魔力を持ったせいか……サキアは男だけでなく女さえも惹きつける魅力を放っている。

 そのせいで里に居た頃には同性のサキュバスが色仕掛けをしてきたり、顔を真っ赤にして真正面から告白してきたりと散々だった……それもあって、サキアは流浪の旅に一人で出たのである。


「エゴサしよっと」


 サキアは空中にスマホのような液晶を浮かび上がらせた。

 異世界にスマホは存在していないので、これは完全にサキアが独自に編み出した現実世界に干渉するスマホを再現する魔法だ。

 実在しないため誰かに見られることもなく、どこかに落すこともない便利な魔法。


「おぉ……これはすげえな」


・サキュバスさん可愛すぎんか!

・いや色気たっぷりでエロすぎぃ!

・その辺のコスプレイヤーとか相手にならんじゃん

・つうかなんであんなの信じられるんだ?

・絶対CGか合成なの分かり切ってるのに馬鹿が多い

・なんでそんなこと言えるんだ? 証明できるのかよ

・逆にあれを本物だと思えたらお前は病気だぞ

・それな! ちょっと技術の進んだVtuberじゃねえの?

・それもそれで無理があるだろ……


 サキアの活動に関してはやっぱり否定的な意見も多く、SNSだけでなく動画のコメント欄もそういった意見は多い。

 中には度を越した誹謗中傷も見受けられるが……サキアは一切気にしない。

 サキュバスとして並大抵のことは響かないし、何より仮にサキアが現代に生きる人間としてこの映像を見た時、同じように信じられないと考えるからだ。


「……良いねぇ……ゾクゾクするわこの引っ掻き回してる感がさ」


 だが、いずれどこかの研究者が苦しい顔をしながらこう言うだろう――これはCGでも合成でもなく、現実なのだと。

 それを想像した時、サキアは最近で一番の快楽が体を駆け巡った。


▽▼


「おっす~。今日はもう夜だから適当に雑談でもするよ」


・待ってました!

・サキュバスさんこんばんは!

・まだやってるの?

・嘘ばっかで注目されて空しくないの?

・恥ずかしくない?

・ま~たアンチが沸いてるよ

・仮に嘘か本当か分からなくても楽しめばいいじゃん

・なんでもかんでも否定から入る奴はネット向いてないよ


「俺のコメント欄で喧嘩はやめてくれなぁ? そんな奴らにはこうするぞ」


 ニヤリと笑い、サキアは魔法によって生み出したカメラのレンズに体を向けた。

 そのまま自身が持つ豊満な胸元をレンズに押し付けることで、きっと映像の向こうでは巨大な胸が迫り、そのままむにゅりと真っ白な肌で埋め尽くされたはずだ。


・おっぱい!

・えっど!

・絶対本物やん!

・映像だけでこんな肉感があるのはリアルだろ!

・……マジなの?

・男共キモすぎ

・くっそおおおおっ!! なんでスパチャできねえんだ!

・本当だよ! なんで解禁しないの?


「スパチャとか出来ないんだよねぇ。言ったでしょ? こっちは異世界でそっちは現代……映像は届けられるけどその辺りの繋がりは一切ないんだよ」


 本来ならば配信者は広告料やスパチャ……投げ銭でお金を稼ぐことが出来る。

 だがサキアの場合は流石に世界の違いもあって動画の広告料は届かないし、スパチャも絶対に届くことはない。


(だからこそ普段から魔物を狩ったりしてるんだけどさ)


 幸いにもサキアの魔法はチート級……頭の悪い言葉だが本当にその通りなので、魔物を狩ったりすることで簡単に生計を立てることは出来ている。

 とはいえ、サキアはこうして異世界と現代については明確に証言している。

 何も嘘は言ってないのだが、やはり信じてもらえないのも仕方のないこと。


・他にサキュバスって居るの?

・異世界ってどうやったら行けるの?


「同族は多く居るよ。俺みたいなのが多いかなぁ……あと、異世界には基本的に来れないよ。死んだら異世界転生とかそういうのないからねぇ?」


・草

・やっぱりかぁ……

・つうかサキュバスさんこっちの流行に詳しくね?

・そりゃお前これは全部嘘だからだよ

・答え出たなGG


 サキアは現代のことに詳しい……それもやはり異世界のサキュバスだと信じられない理由の一つだ。

 分かり切った反応に苦笑するサキアだが、そんな彼女の元にある存在が現れた。

 ぐおおおおおおおっっと声を上げて現れたのは巨大な獣……大型の魔物だ。


・な、なんだ!?

・魔物だ!

・またCGかよ

・なあお前ら、一つ良いか? これがCGとか合成だとして、ここまでリアルに動くモノを見たことあるのか?

・いや、普通に金曜ロードショーとかで見るだろ

・ここまでのレベルを?

・……探せばあるだろ

・ないよ

・つうかサキュバスさん大丈夫?


「大丈夫だよ。サクッと料理しちまうか」


 サキアは手の平に魔力を生み出し、それを魔物へと向けた。

 これで倒したら倒したでまたCGかよと騒がれるのは目に見えているが、その喧しさこそサキアが求めるもの――異世界サキュバスさんはアンチの反応も全部楽しんでおります。

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