第7話
ジルさんはすぐに帰ってきて、厨房まで案内してくれた。
そこには野菜や果物、鍋やお玉などの調理器具まで揃えてあって、目を輝かせ、思わずジルさんを抱きしめてしまった。
「ジルさん、ありがとう!」
「食事担当ノ者タチニモ来テモラッタ。オレヲモット褒メロ」
えっへんと胸を張るジルさんの後ろには、耳と犬歯の尖った人たちが厨房エプロンを纏って、にこにこと笑っている。
もう夕飯の時間まであまりないし、手伝ってもらえるのはありがたい。それに、料理人さんたちから色々教えてもらえるかも。
「よろしくお願いします!」
魔法でやってもらう部分は多かったけど、材料や手順さえ把握できれば、私でも作れそうで安心した。
これからも手伝いたいと言ったら、彼らは快諾してくれた。
食事を摂る部屋の大きな長いテーブルへ、みんなと料理を並べる時間も楽しい。シディルたちは喜んでくれるだろうか。
そんなことを思っていると、お義母様が扉から現れて、抱きついてきた。
「今日はフィンさんが夕飯を用意してくれたって聞いたわ! どれも美味しそうね。私は料理は苦手だから、尊敬するわ」
今にも涎を垂らしそうな勢いのお義母様は子供っぽくて、その可愛らしさに気が緩んで笑ってしまった。
「私はお手伝いをしただけです。ジルさんや料理長に色々教えてもらいました」
るんるんで私の両手を振り回すお義母様の後ろから、お義父様とシディルが入ってくる。
「料理長のご飯もいつも美味しいけど、フィンが頑張ってくれたご飯も美味しそうだね」
シディルは微笑みながら、私を席へと座らせてくれる。喜んでもらえているようで、良かった。
惜しみなく美味しいと言ってもらえたのが嬉しくて、次の日から城内の掃除から食事の準備など、人の手でできることは何でもやってみた。
鼻歌を歌いながら脚立の上で窓を拭いていると、脇の下を抱えられ、シディルに降ろされてしまい、首を傾げる。
「フィンが楽しそうで何よりなんだけど…僕が休みの日くらいは、かまってよ」
拗ねてほっぺたを膨らませる美男子は、可愛いを極めていらっしゃる。
胸元に額を擦り付けてくるシディルに犬耳が見えて、ついぎゅうぎゅうと抱きしめ返すと、赤い瞳が上目遣いで真っ直ぐに見つめてきた。
ドキッとした次の瞬間、ボフッとベッドの上に落ちていた。
えーっと、この雰囲気はたぶん──
気合いを入れるためグッと拳を握り、見下ろしてくるシディルを見つめ返す。
「私、今日こそ、身籠ってみせる」
後継問題、大事だもんね。って、なんで笑われてるの? 私、変なこと言ったかな。
ムッとしていると、頬を撫でられた。
「そんなに気負わなくていいんだよ」
戯れるような甘い口付けがたくさん落とされて、強張っていた身体が溶かされ暴かれていく。
全身を余す所なく滑っていく手のひらは熱くて、鼓動が逸る。
「ふ、あ…」
子供を作るための行為なのに、何でこんなに満たされるんだろ。シディルが触れてくれる所から、愛が染み込んでくる。
たまらず彼の首へと腕を回すと、中心を穿つ熱がより深く腹を抉り、吐息が漏れ出てしまう。
中で放たれる飛沫さえも心地良くて脱力すると、逃がさないとでも言うように、密着された。
「…っあ、も、だめ…」
眉間に皺を寄せるシディルからポタポタと汗が落ちてきて火照った肌を冷やすが、再開された律動によってすぐに熱を生む。
「ごめん、フィン。もう1回…」
もう1回では、終わらなかった。
大きく開かされた股関節はギシギシと悲鳴をあげていて、半端ない運動量のおかげで発熱し頭痛に襲われている。
私やっぱり、子供産めないのでは?
「身体、辛いよね。ごめんね、フィン。僕が無理させたせいで」
今にも泣き出しそうに抱きついてくるシディルの髪をすいてやる。
「私が貧弱なのが悪いんだし、気にしないで」
ごめんなさいと繰り返しながらとうとう泣き出してしまった彼を宥めながらも、身体がだるくて、ゆったりと意識を手放した。
やっぱり後継問題、どうにかしないと──
寝て起きると僅かなだるさはあるものの、平気だ。
肩に乗っかっているシディルの腕をどかし、足元にあった彼のシャツを着ると、お尻がしっかり隠れたので、これでいいかと書斎へ向かった。
確か、家系図があったはず。
目当てのものはすぐに見つかり、巻いてある紙を広げてみると、魔王はどうやら魔物とも夫婦になっていることがあるみたいだ。
一夫多妻の代もある。
シディルが他の女性に触れるのは、想像もしたくないけど…兄弟もいないようだし、好みの女性を他に見繕ってもらうべきなのか。
「何をしている?」
うーんっと唸っていると、急にお義父様に声をかけられ、飛び跳ねてしまった。
そんな私に構わず、お義父様は背後から覗き込んできた。
「あ、えっと…私、子作りの度に体調を崩すので、子供が産めるか不安で、その…後継とか」
混乱しながらで支離滅裂になってしまった…伝わっているだろうか。
ちらりとお義父様を見上げると、フッと笑われてしまった。
「後継のことは気にしなくてもいい」
余裕そうな、そんなことどうとでもなるというようなお義父様の態度に、少し苛立つ。
私は、シディルの役に立ちたいのに。
「そうはいきません! 魔界を統べる魔王一族の存亡の危機なんです。シディルに他の女性をあてがうことも考えなくては」
ガンっと扉の方で音がして、シディルが蹴り開けたような体勢で立っていた。オーラがドス黒くて、ものすごく怒っていることが肌を差す魔力からわかる。
「…フィン? 何の話してるの?」
一歩、こちらへと近づく彼のルビーの瞳からハイライトが消えていて、唾を飲む。
「そんな無防備な格好でフラフラしてるのも腹が立つのに、僕に他の女性を? ふざけてるの?」
魔法による風の渦が本や書類を巻き上げている中、慌ててシディルに縋ろうとするが、風の刃が私の肌に朱を散らした。
「落ち着いて、シディル」
「やっぱり、僕のこと嫌いなんだ」
見開かれたシディルの瞳が渦を巻くように赤から黒へと変わっていき、魔力が増大して家具さえも壊し始め、お義父様が私を守るように抱き寄せてくれる。
「バカ息子が。暴走しかけてる」
お義父様に引かれ窓際まで下がると、晴れていたはずの空は雲に覆われていて、その中で雷がバチバチと光っている。
──魔王は恋した人間と想いが通じ合わない場合、国を滅ぼす。
まさか、私のせい? シディルのこと大好きなのに、私がシディルのこと嫌いだって思い込んでるのは、どうして?
とにかく、誤解を解かないと。
外からは土砂崩れのような轟音が響いて、城内が揺れ始める。
「頭を冷やさせないとな…どうしたものか」
つぶやくお義父様の腕を握り、目を合わせる。
「私が、何とかします」
私が誤解をさせて不安がらせてしまったのが原因だ。
シディルの方へと足を進めると、お義父様が防御魔法をかけてくれたのか、風の刃は私に届かない。それでもシディルに近づけば近づくほど、魔法壁はヒビが入って少しずつ割れていっている。
ピッと頬へ傷が走る。
自分でも魔力を込めると体内で渦を巻いて吐き気を催すが、奥歯を噛み締め一歩ずつ足を進める。
あちこち傷ができても痛みなんてどうでもいい。私だってシディルのことが好きなんだと、伝えたい。
大体、なんで私がシディルのこと嫌いだなんて思ってんだ。腹が立ってきた。
あ、シディルも同じ気持ちだったのかな。こんなに好きなのに、他の人と、なんて…そりゃ、怒るか。
なんとか瞼を上げ手を伸ばすと、渦の中心でうずくまる子がいた。
「…シディル? ごめんね、私…シディルの気持ち無視してた」
肩に触れると、その小ささに驚く。だけど、見上げてくる赤い瞳は確かにシディルのもので、ホッとして抱きしめる。
「僕が、無理やり魔女にしたり無理をさせて体調崩させたりしたから…っ、フィンは僕のこと嫌いなんだ」
しゃくりあげながら言う彼の見た目は、幼児のようだ。
そっと背中を撫でてやる。
「魔女にされたのは驚いたけど、体調を崩しちゃうのは貧弱な私が悪いの。そんなことでシディルのこと嫌いになったりしない。優しくてかっこよくて可愛いシディルが大好きだよ」
涙をいっぱいたたえた目で見つめられ、目尻を拭ってやる。丸いほっぺが柔らかい。
「ほんと?」
「うん、本当。愛してるよ、シディル」
頭から背中までゆったりと撫でていると、風も少しずつ落ち着いて、シディルの寝息が聞こえてきた。
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