第6話


 その日の昼には微熱も下がり、元気な状態で魔法を使ったらどうなるのか気になって実践しようとしたら、シディルに全力で止められてしまった。


 この数日間、どれだけ拗ねても甘えても、魔法を使わせてもらえなかったと、お義母様のシェルフエールさんに愚痴り中だ。


 魔王城の中庭、様々な花が咲き誇る庭園の真ん中で、ハーブティーと様々なスイーツを頂いているのだが、毎日、食事とは別に用意されるこのような豪華なおやつに、近頃太ってきた気がする。



「魔王って本来、魔界に住む魔物なの。周りに病気にかかるような者がいないから、身体の弱いフィンさんが心配なのよ。私も、貴女に魔法を使ってほしくないわ」


 そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。でも、そんなんじゃ私はただのお荷物なのでは。


「せっかく魔女になれたのに、役に立てないなんて…私もお義母様のように魔法を自在に操ってみたいです」


 お義母様は、歴代の魔女の中でもかなり魔力が強いらしく、日常的に魔法を使っているのを見てきたし、発熱した私を冷却魔法で楽にしてくれたことだってある。


 着替えだって、手を振るだけで終えてしまう。


 私は、体調が悪かったとはいえ、物を寄せようとしただけで嘔吐してしまったのに。


「体質だもの。仕方ないことだし、貴女は何も気負わなくていいのよ。魔王が勝手に人間を好きになって、勝手に魔力を分け与えたんだから。自分勝手な魔王どもが悪いの」


 勝手にという部分にすごく力が込められていたような…。お義母様も苦労されたのだろうか、目が据わっている。


 そう言われても、魔法を使うことの憧れと興味は抑えきれなくて、シディルの目を掻い潜って、どう試してみようかと考える。


 近くで使うとばれてしまうようだし、少し離れたところでこっそり練習することにした。



 ご両親とシディルは魔界で色々仕事があるらしい。私はまだ魔界の空気に耐えられないからと、連れて行ってもらえないのが、少し寂しかったりする。


 みんな揃って魔王城からいなくなることは中々なかったけど、やっとその日が来た。


 自室の窓から森を見ていた時に湖を見つけ、そこなら見晴らしもいいだろうし、迷子にもならないだろうと、練習場所の目星をつけていたのだ。


 こそこそと城を出て10分程度歩くと、キラキラとした湖面は澄んでいて、周りには小さな野花が風に揺れている。

 とても綺麗。


 背徳感から周りを見回し、誰もいないことを確かめてから湖のそばに座り、密かに持ち出したコップを地面に置く。

 そこへ手をかざし小出しに魔力を込めると、コップの中に湖の水が少したまり、胸の奥で魔力が熱を持って渦を巻く。


 胸が、痛い。苦しい。…気持ち悪い。


「ぅ、おえ、…っ…けほっ。──元気な状態でも吐いちゃうのか。私、ほんとにダメだなぁ」


 顳顬を揉んで軽い頭痛を和らげ、吐いてしまったところへ湖の水をかけて、なるべく綺麗にしていたら、大きな影に包まれる。


 この場に現れそうな、このシルエットは──


 思い当たる人物は、たぶんきっと、怒ってる。

 背中にそんな感じがビシビシと伝わってきて、怖くて振り向けないまま、ダラダラと冷や汗をかくことしかできない。


「フィン? こんな所で何してるの?」


 恐る恐る後ろを向くと、ドス黒いオーラを纏った、にっこりと笑うシディルがいた。




 言い訳や謝罪をする間も与えられず、土などで汚れた服を剥ぎ取られ、簡単に身を清められた。


 シディルは向かい合うように私を抱っこして、ソファに座っている。

 間近にある綺麗なお顔は、笑っているが、笑っていない。相当お怒りのようです…。


「城を出た気配がしたからフィンの行動を追ってたんだけど、まさか魔法を使うなんて思わなかった。身体に障るからダメだって、僕、何度も言ったよね」


 その迫力に腰が引けるが、ガッチリと掴まれていて、全く動けなかった。


「で、でも、吐くだけで済んだし。私だって魔女になったんだから、少しくらい使っても…」


 見つめてくる紅瞳がスッと細められ、言葉が尻すぼみになっていき、視線を彷徨わせる。


 シディルはいつでも私に優しかったから、こんなに怒らせるのは初めてで──

 私、嫌われちゃった、のかな。


 じわっと目尻に滲んできた雫をシディルの指が拭ってくれるが、彼の大きなため息に肩が跳ねた。


「吐くだけって…それだけ身体に負荷がかかってるってことなんだよ」


 顔中に柔らかく降ってくる口付けが優しくて、嫌われていないんだとホッとして、ごめんなさいと小さく呟く。


 私は魔法以外で何か役に立てることはあったかな。


 そんなことを考えていたら、シディルの唇が私のそれに重なり、境目を舌がなぞってきて、そっと開くと口の中が彼でいっぱいになる。


 スカートの裾から手のひらがゆるゆると上へ登って、隙間から吐息が漏れ出てしまう。

 たまらず、シディルの首へ腕を回した。


「…っあ」


 解され慣らされた所に、私の様子を窺いながら殊更ゆっくりと入り込んでくる熱は、初めての時と同じものだ。


 私に負担がかからないようにと緩やかな動きが、心地良くてもどかしくて、腰を撫でてもらうだけでピクリと反応してしまう。


「フィン、辛くない?」


 そう言うシディルの方が辛そうだ。だけど、これ以上に激しくされてしまうとまた熱が出そうで、小さく頷くことしかできなかった。




 シディルは残してきた仕事があるらしく、すぐに魔界へ戻ってしまったが、そのおかげで微熱に気づかれず誤魔化せたのは都合が良かった。


 毎回、熱を出すなんて…私、もしかして子作りもまともにできないのでは?

 シディルは魔王の息子だ。後継は必要な、はず。


 そこまで思い当たって、血の気が引く。


 何の役にも立てない私は、いつか捨てられるのでは…私にできることって何だろう。



 常備してもらっていた解熱効果のある葉っぱをおでこに貼り付けたまま、魔王城の中を散策してみると、鬱蒼とした森に囲まれているはずなのに、陽の光が入り込んで明るい廊下や室内。


 窓から外を見ると、城は高台に建っているようだ。


 厨房に顔を覗かせるが、どこもかしこも人の気配がしない。


 ここに住んでるのはシディルとご両親だけっていうのは聞いていたけど…メイドさんたちは呼ばれた時だけ魔界から来ているのかな。


 シディルたちは魔界でお仕事中だから、誰もいなくてあたりまえか。


 私も手伝えたらいいのに。魔力を分けてもらって魔女になったはずなのに、病弱なせいで魔界の空気に耐えられないし、後継も産めるかどうか…。


 ネガティブな思考を振り払うように頭を振ると、目眩がして、足に力を入れて耐えた。


 とりあえず今できることをしようと、厨房の棚を片っ端から開けてみたが、空っぽだった。これでは料理もできない。


 自室へ戻ってクローゼットを開けると、花を売っていた時に使っていたバスケットがあり、底に布で包んだ銀貨がある。


 シディルに返せないまま忘れてたけど、これだけあれば夕飯を用意する材料や器具が買えるよね。


 おでこの葉っぱをひっぺがして、白いワンピースから下町の庶民が着るワンピースに着替え、魔王城前の森まで来たのは良いのだが、街までどれ程歩かなければいけないのか分からない。


 立ちすくんでいると、木の上にカラスがとまっていることに気がついた。


「えっと…間違ってたらごめんなさい。あなたは、ジルさん? もしそうなら、道案内をお願いしたいんですけど」


 カラスはバサリと、私の肩へと飛び乗ってきた。


「ドコニ行クンダ?」


「街まで買い物に行きたいんです」


「人ノ足ダト3日ハカカルゾ」


 3日!? それじゃ今晩に間に合わない。


「転移魔法ナラ一瞬ダケド、フィンニハ魔法使ワセルノ、ダメッテ言ワレテル。諦メロ」


「シディルに、ご飯作ってあげたかったのに」


 肩を落とすとジルさんは羽で頭を撫でてくれ、胸を逸らした。


「オレニ任セロ!」


 そう言って、どこかへと飛んでいってしまった。彼が、調達してきてくれるのだろうか。

 胸元に銀貨を握り、ジルさんを信じて部屋で待つことにした。


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