第2話
私は熱で寝込んだ2日間、そんな夢を見た。どうやら死は免れたようだ。
妙にリアルだったなと思いつつも、体調は良くなり、少しでも稼ぐために魔物の森へ花を摘みに行くと、白い菫の群生を見つけた。
2日前には無かった花畑。
魔物の森って言われているし、何が起こっても不思議はないのかな…。
恐々としつつ菫を見つめ触れてみるが、特に変わった様子はなく、普通の白い菫と遜色ない。むしろ、街に咲いているものよりも輝いて見えるほどだ。
これなら売り物にできると、菫の花をバスケットいっぱいに詰めて、城下町で道行く人々に売っていく。
道の向こうに、ガンドールが男を2人連れて近付いてくるのが見えて、嫌な予感に身体が硬直する。目が合ってしまって、気付かなかったことにして逃げることさえ出来なかった。
「やあ、フィン。また体調を崩してたんだろう。大丈夫だったか」
壁を背にしていた私の逃げ場をなくすように、男2人が両横に立ち、ガンドールが目の前を塞いだ。
臭い、怖い、気持ち悪い。
「…っ、ご心配ありがとうございます。もう平気です…!?」
右隣の男に腰を抱き寄せられ、その手が身体のラインを確かめるように上下に摩ってくる。左の男は、わたしの髪へ鼻を擦り付け、匂いを嗅いできた。
セクハラはよく受けるが、ここまであからさまに来られるのは初めてで、恐怖から動けない。
「ガンドール、こいつは本当に良い女だなぁ。ちっと痩せすぎだが、唆るぜ」
ガンドールは私の手を撫で回しながら、にまにまと気持ち悪い笑みで、鼻息を荒げている。
「フィン、金はいくらでもやる。ワシらに身を任せてくれるだけでいいんだ」
私よりも大きな3人に身を隠され、胸やお尻を揉まれながら路地裏へと移動して、足は震え血の気が引き、より身体は言うことを聞いてくれない。
倉庫のような薄暗い小屋へと連れ込まれそうになり、喉の奥が引き攣った。
押し込まれそうになって、必死で抵抗するが、ズリズリと引きずられる。
なんで、こんな人気のない所に? 身体に触れられる以上の何があるって言うの!?
「やめて! いやっ、離して!!」
埃っぽい硬い床へと投げつけられ、持っていた白い菫が周りに散らばった。
「大人しくしてれば、金はやると言ってるだろう。こんな花なんか売るより、いい思いさせてやるから」
花を踏みつけながら組み敷いてくる男たちを前に、震えが止まらない。
背中から1人に抱き込まれ、脚の間に入り込んできたのはガンドールで、もう1人は私の手をパンツ越しに股間へと擦り付ける。
未知の硬さと熱さ、ハァハァと気持ちの悪い吐息と、生暖かい肌の感触に、涙がこぼれ落ちた。
怯え啜り泣くのも、男どもを興奮させる要因だと分かっているのに、怖くてたまらない。
いや、やだ。気持ち悪い。誰か助けて。
一張羅がスカートなことを後悔しながら、無理やり開かれる脚を見てられなくてギュッと目を瞑ると、コンコンとノック音が響いて、全員が扉の方へと振り向いた。
「嫌がる女性に何してんの、おっさんたち。扉を閉める余裕もないほど興奮してさぁ」
逆光で表情はよく見えないが、ルビーのように輝く瞳だけが、ただひたすらに剣呑と煌めいている。
「お前は、この前のクソガキ! また邪魔をする気か!?」
唾を散らして叫ぶガンドール越しに、こちらを指す青年の人差し指がクイっと上に向くのが見え、次の瞬間、ガンドールが宙へ浮いていた。
っ、何が起きてるの!?
にっこりと笑いかけてくれる青年は、反対の手で指を鳴らす。すると今度は、2人の男の姿が消えた。
ガンドールは未だ宙に浮いたまま、首を両手で掻いて、もがき苦しんでいる。
「あんた、この前もお姉さんにベタベタ触ってたよね。嫌がって顔真っ白にしてたの、気づかなかった? あ。性癖狂ってそうだから、わざとだったとか? 気持ち悪いなぁ」
目に見えない何かが、ガンドールの首をギリギリと締め付けているのが、影でわかる。
真っ赤に膨れていく顔からは、鼻水や涎が溢れ出ていて──
「待って! 私はもう大丈夫だから…っ。このままじゃ、死んじゃう!!」
瞳孔が開ききった青年の瞳が、こちらへと流れるように向けられ、柔らかく蕩けた。その変化の理由もわからず、私は混乱しっぱなしだ。
どさりと落とされたガンドールは泡を吹いて気を失っていた。
この人、何なの。何をしたの。
彼は扉から一歩も動いていないし、男たちに指一本触れていなかったのを、この目で終始見た。
私にゆっくりと近づき、目の前へ跪く青年にびくりと肩を揺らす。
「もう大丈夫だよ」
いや、あなたが1番怖いんですけど。
何か言わないとと思うのに、はくはくと言葉にならない。
そんな私を宥めるように涙を拭ってくれるが、得体の知れない存在に、私の恐怖が落ち着くわけもない。
「魔法を見るのは初めてだったかな。…もしかして、お姉さんを怖がらせてるのは僕!?」
ごめんねと、両手を上げながら距離をとってくれる彼を、ポカンと見上げる。
魔法?
あわあわと戸惑っている彼からは、何の悪意も感じられず、身体の力が抜けた。
何はともあれ、助けてくれたのだ。
「助けてくれて、ありがとうございます」
頭を下げると、青年はふわりと笑い、私を支えるように立たせてくれた。
小屋の横にある肥溜に男が2人、頭から突っ込んでいて、小さく悲鳴をあげた。
私が道案内をするまでもなく、家まで送ってくれたことを不思議に思いつつも礼を言うと、ぽんぽんと頭を撫でられた。
好みの殿方にされると、全く嫌ではない行為だ。
「僕はシディル。お姉さんは?」
「私は、フィンです。…シディルさんは、魔法使いなんですか?」
言葉を選んでいるのか、シディルさんはうーんと唸って間を置いた後、そんなとこかなと答えた。
魔法使いとは、また違った何者かなのだろう。謎すぎる人物だ。
そもそも魔法が存在していることにも驚きだ。絵本や夢物語の中だけの話だと思っていた。
魔物とかも本当に存在しているのだろうか。
ついジッと見つめてしまっていたら、彼の垂れた目尻が柔らかく赤らんでいて、艶やかな瞳と視線が交わる。
「僕、フィンより年下だし敬語なんていらないよ。シディルって呼んでほしいな」
ひゃい…と、我ながら間抜けな返事をしてしまった。恥ずかしい。
彼の顔が良いのが悪い。
「せっかく治ったのに…無理をさせられたからかな。また熱が出てる。フィンの身体、弱いね」
確かに微熱が出ている…色々ありすぎて気が付かなかった。
だけど微熱程度はいつものことで、寝込むほどのことではない。
「これくらいは、いつものことだから平気…。立ち話させてしまってごめんなさい。中に」
助けてくれた人に外で長話させてしまっていたことに今更気づいて、慌てて玄関の扉を開くと、後ろから抱きしめられた。
「体調悪いのに、自ら部屋に男を誘い込むなんて…警戒心なさすぎじゃない? だからあんな目に遭うんだよ」
耳元で囁かれて、体温がぶわりと上がった気がする。
言い訳やら抗議の声を上げようとしたら、ひょいとお姫様抱っこされてしまい、ベッドへと優しく降ろされた。
真っ赤になっているであろう頬を、彼の手が包み込む。
「熱が上がってる。ゆっくりお休み、フィン」
これは発熱による熱さじゃなく、恋人に触れるような優しさを与えてくれる彼への恥ずかしさからくるものだ。
体調の悪さではないと、うまく伝えられない。
眠気などなかったはずが、真っ直ぐに射抜いてくる赤によって魔法をかけられたみたいに、瞼が落ていく。
その動きに沿うよう、明るさを遮ってくれる手のひらの冷たさは、夢と同じものだった。
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