第14話 ちゃんと好きだった 【過去6】


 気が付けば自宅に戻っていた。

 どうやって帰ったのか覚えていない。

 結局2人には気づかれずにその場を後にしたことだけは覚えている。

 

 衝撃的だった、と言うほかない。


 エーちゃんに告白しようと決意していた。

 だけどその感情をどこかに忘れてきたみたいに、今では抜け落ちている。

 思考の整理がつかない。頭が考えることを拒否している。


 夜になっても勉強がまったく進まなかったので、早めに寝ることにした。






 朝になってカレンが迎えに来る。

 今日は塾の日。憂鬱な気分だったが、夏期講習をサボる選択肢はない。


「おはよう、ゆうき」

「ああ……」


 空は快晴なのに、俺の心はどんよりと曇り空。

 いつものようにカレンと一緒に駅前の塾へと向かう。

 駅まで歩いている途中で、ふとカレンの様子がおかしいことに気づいた。


「どうしたカレン?」

「―――えっ? あ、うん……」


 自分のことでいっぱいいっぱいだった俺は、このタイミングでようやく思い出す。

 そういえば昨日は、カレンもトー君に告白する予定だったんだ。

 だけど、トー君は昨日エーちゃんと―――。


「実はね……昨日トー君に会ったんだ」

「それ、何時くらいの話?」

「夕方くらいかな」

「そっか」


 じゃあ、あの後か……。


「それで、告白したら―――断られちゃった」

「……そうか」


 あんなことがあったんだ。当然と言えば当然か。

 カレンの告白が断られたと聞いて、少しホッとしている自分がいた。


「それでね……。私、落ち込んでいるんだなって気づいたの」

「ん? それが普通じゃないのか?」

「最初に告白された時は正直迷惑だなって思っていたの。でも、それからトー君の事が気になりだして―――」

「それで好きになった?」

「んー、どうかな。悪い気はしなかったよ。だって、きちんと正面から好意を向けてくれていたから」


 ふとエーちゃんの顔が頭に浮かぶ。

 まっすぐと好意を向けてくれていた、あの笑顔を。


「だけど、付き合いたいとは思わなかったの」

「ならどうして告白したんだ?」

「―――それは、エーちゃんにはかなわないと思ったから、かな」

「どういうこと?」 

「私って、エーちゃんみたいに明るくないし、地味だし、初対面の人と話す時とか物怖ものおじしちゃうし……。だから、ずっとエーちゃんがうらやましかったの」


 そんなことはない! という言葉は、なぜか口から出てこなかった。

 幼馴染のカレンに惹かれていた俺が、それでもエーちゃん惹かれた理由。

 それがまさにカレンが今言った内容だったから。

 カレンには無い魅力。それがエーちゃんには確かにあった。

 

 でもそれは、タイプが違う! ただそれだけのこと。

 比較するようなことではなく、どちらかが劣っているという話でもない。

 

 でも例えそうだったとしても、カレン本人にとってはコンプレックスに感じていたのだろう。

 そう思う気持ちもまた、他者からはどうすることも出来ないものではある。



「だから張り合う勇気がなくて……。そんな自分が嫌で落ち込んでいた時に、トー君が私を見てくれていたの」

「エーちゃんの幼馴染のトー君が、ってことか」

「うん。エーちゃんと私は違うって言ってくれた。その上で私のことが好きだって」

言えたのか」


 同じことを俺も思っていた。エーちゃんとは異なる魅力がカレンにはある、と。

 でも、言わなかった。言えなかった。

 そもそもカレンの劣等感を察することすら出来ずにいたから。



「それで私も試しにトー君と付き合ってみようかなって思ったの。私をきちんと見てくれて、そして想いを伝えてくれたトー君に、私もちゃんと向き合ってみようって」

「そういうことだったのか」

「それにゆうきがエーちゃんのことを好きなのも見ていれば分かるしね。だからゆうきとエーちゃんが遅かれ早かれ恋人になると思っていたし、私も前を向くいいきっかけになると考えたの。まあ、結局私の方は振られちゃったけど」


 そう言って、苦笑いを浮かべるカレン。


「いざ振られてみると、思ったよりもダメージが大きくて……。こんな気持ちになるならもっと早くトー君の想いに応えていれば―――とか考えちゃってた」


 もっと早く想いに応える、か……。

 カレンの一言一言が、まるで我が身を切りつけてくる刃のように感じる。



「それに後悔するなら、そもそも私は―――いえ、なんでもない。今のは忘れて」

「ん? まあ、いいや」

「でも、こうしてゆうきに聞いてもらえて少し落ち着いたわ。ありがとう、ゆうき。そっちはエーちゃんと頑張りなさいよ! 応援しているから!」


 明るい調子で言うカレン。

 だけど、その表情は複雑な想いを押し留めているようだった。







 塾に到着して、席を探す。

 まだ開始時刻に余裕のある教室は、まばらにしか埋まっていない。

 

 そこでエーちゃんを見つける。

 トー君も含めた4人で同じコースに申し込んでいた。

 とは言っても、トー君はまだ部活が続いていた。引退は9月頃の予定だとか。

 なので休みがちなトー君を除いた3人で授業を受けることが多い。

 今日もエーちゃんだけしかいないことから、トー君は休みなのだろう。

 昨日の今日だ。トー君がいないことに安堵した。


「2人ともおはよ……」

「……おはよう」

「おはよう、エーちゃん」


 いつものように俺がエーちゃんの隣に座る。俺を挟んだ反対側にカレン。

 席に座ると、エーちゃんがビクリとして少しだけ距離を置いて座り直した。

 いつもだったらピタリと身体を寄せてきていたのに。


「あ、あの……ゆうき……」

「……なに?」

「…………」

「…………」


 会話が止まってしまう。

 俺は昨日のことを思い出し、エーちゃんの顔を見れないでいる。


「その……2人で、話せないかなって……」

「―――わかった。後でね」

「……うん。約束……ね……」


 俺とエーちゃんの様子にカレンが何かを察してくれたのか、これ以降はカレンが主導して話を振ってくれた。

 それで気まずさは薄れていく。

 何も聞かずに配慮してくれたカレンには感謝しかない。


 エーちゃんの事を考えないようにしていた俺は、2人で会う約束をすっかり忘れてしまい、授業が終わった後すぐに帰ってしまった。

 家に帰ってから思い出したが、気が進まなくてそのままにしまう。



 それからしばらくして、トー君とエーちゃんが付き合うことになったと知る。







 ―――――


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